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狩人
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俺たちは馬車に乗ったまま市場に向かった。
アデマーさんが町役場で市場に出店する許可と場所を貰ってきてくれて、馬車の側面を覆っている布を屋根まで捲り上げることで荷台をそのまま店として出店した。他にも荷車で出店している人や地面に布を広げて出店している人など、色んな人がいる。
「売れるかなー?」
「ま、今日全部売れなくても良いだろ。少しずつ売って貯めて行けばいい」
期待半分心配半分の俺を慰めるみたいにアデマーさんが笑った。フェリペさんも馬の世話をしながらニコニコこっちを見ている。なんだか気恥ずかしい気分になってきた。二人とも優しいのは良いんだけど、これじゃまるで俺のために隣町まで来たみたいじゃないか? 売るのはほとんど俺のものだし、二人の雰囲気が俺の保護者と言うか、付き添いみたいた。隣町に行くって割と大変なことだからそんなわけないって思ってたけど、実際冷静に考えるとそうとしか思えなくなってきた。だって、アデマーさんの売り物があれだけってありえないじゃん。狩人組合のりーだーなのにさ。
「ねえ、アデマーさん」
「ん?」
「今日ってさ……」
「お! 熊の毛皮か!」
そのことを確認しようとアデマーさんに話しかけた時、ちょうどお客さんが来て聞けなくなってしまった。俺が一番最初に獲った熊さんの毛皮が目を引いたらしい。この世界の熊は巨大だし皮は薄いのに丈夫で、なめした後も柔らかさが出て使いやすい人気の毛皮だ。俺は街の職人さんに頼んで代わりに毛皮をなめしてもらった。もちろんお金がないので獲物と交換して。
熊さんの毛皮は8万ソルで売れた。ソルはこの国の貨幣単位で、四角い鉄でできた貨幣を8枚貰った。なんだか江戸時代のお金みたいだなあと思う。
「良かったな、レネ」
「高く売れたじゃないか」
「これってどれくらいの価値があるの?」
「ハハハ、価値って、レネは難しい言葉を知ってるな」
「8万あれば1か月は遊んで暮らせるぞ」
「1か月かあ、少ないなあ」
「獲物1匹でそれなら上等だろうが」
「あ、そっか」
「まったく……どれだけ貯めるつもりなんだ?」
「都に行くのに必要な分だけ。食べ物はなんとかなるし、寝るところと武器さえ確保できれば良いんだけど、そう言えばどれくらい貯めればいいのかな?」
「レネは都に行くつもりなのか?」
「うん! お城に就職するんだ」
「そりゃでっかい夢だな」
そんな感じでアデマーさんとフェリペさんの二人と雑談しながら和やかな雰囲気で過ごした。熊さんほどの値段はつかないけど時々品物が売れて、周囲の市場の人とも話したりして、俺は初めての市場を凄く楽しんでいた。
そんな時、紺色のフードを着た大人と俺と同じくらいの子供の組み合わせが俺たちの馬車の前を通った。
「やっぱり! 売ってるよ、アレクシ!」
「まさか、本当に……?」
子供の方が大人をアレクシと呼んで、俺たちの商品を指さした。大人の方は目を疑うみたいに驚いてジッとその商品を見ている。見ているのは熊さんの目玉と爪を並べている辺りだった。魔力結晶化しているから目玉は宝石みたいに赤く輝いているし、爪は真珠みたいにピカピカつるつるしている。魔力結晶は取れたら自分たちで使うか、自分の街で使うのが田舎の常識なのでこんな市場で売っているのが珍しいらしい。この二人以外のお客さんも珍しそうに見ていた。ただ買うにはお金が足りないとかでなかなか売れなかったのだ。
「どうやら本物のようですが……」
「疑うのはもっともだが正真正銘熊の目玉だ。買うのか?」
「熊の! それならぴったりだよ、ね、アレクシ! 買おう!」
戸惑った様子のアレクシさんにアデマーさんが声をかけると、子供の方が彼のマントの裾を引いて強請った。どうやら魔力結晶を探していたらしい。レオンの街ならちゃんとしたお店も多いから魔力結晶も売ってそうなのに、何故こんなところまで探しに来たんだろうか。しかし、買ってくれるのなら俺がとやかく言うことでもない。
ところがアレクシさんは暫く悩んだ様子を見せた後、首を振った。
「いえ、今はこれほどの物を買う余裕はありません」
「でも!」
熊の目玉ってそんなに高価なのだろうか。たしかに本にはそう書いてあったけど、みんながみんな買うのを戸惑うほど高いとか思っていなかった。アレクシさんはしゃがんで子供を説得している。二人が内緒話をするみたいに小さい声で何かを話し合っているので、俺もアデマーさんにこっそり聞いてみた。
「熊の目玉ってそんなに高いの?」
「そうみたいだな。悪いが正直俺も分からん。魔力結晶なんてほとんど取れねえし、取れても街で使っちまうからな。売ってるのを見たこともない」
「えー、じゃあ、どうやって値段付けるつもりだったのさ」
「そりゃ……買うっていう奴に合わせるしかねえだろ」
「そんなんじゃ騙されて安く買われちゃうじゃん!」
「そんなこと言っても仕方ねえだろ」
どうやらアデマーさんも魔力結晶の価値は知らないらしい。フェリペさんも首を振っている。ここは前世も含めると一番年長の俺がしっかりしないと。
改めてお客の二人に向き合うと子供の方がアデマーさんに小さな手を差し出した。
「すみません、今、持ち合わせがないので、これでこの熊の目玉と爪を買わせてもらえませんか?」
そう言って差し出したのは銀色のメダルに白い鷲の模様を刻んだものだった。俺は一目見てそれが貴族のメダルだと分かった。クロス様が俺に渡したメダルとは違うけど、きっとこの子も貴族なんだ。貴族はお金持ちのはずだけど何かで困っているのだろう。お金を持ち歩いていない時にトラブルに遭ったのかもしれない。
ところがアデマーさんは怪訝そうな顔をして返答した。
「ああ? なんだそりゃ?」
「ちょ! アデマーさん!」
そんなもんで売れるわけねえだろ、とでも言いだしそうな雰囲気を感じ取り、俺は慌ててアデマーさんの腕を引っ張って止めた。
「なんだよ、レネ?」
「いいから、アデマーさんは黙ってて。俺が交渉するから!」
「おまえが?」
「俺が獲ったんだし別に良いだろ?」
「まあ、良いが。騙されて変なもん掴まされるなよ」
アデマーさんは世間知らずの俺が騙されるのを心配しているんだと思う。わざわざしゃがんで俺と目を合わせてそう言ってくれたから、俺としても逆に申し訳ない思いになるくらいだ。だけど、貴族の印であるメダルを出されてるのに下手な対応は取れない。そんな人たちには見えないけど、俺たちの態度が気に食わなかったとか言って後で大変な目に遭わされる可能性もある。
そっとアレクシさんの顔を見上げると唇を噛み締めているのが見えた。フードで隠されて見えにくいけどよくよく見ると端正な顔をしている。絶対、貴族のお付きの人だ。
そして、改めて子供の方へ向き直る。アデマーさんの代わりに正面に立つと同じくらいの背丈なのでフードをしていても顔がよく見えた。
「!」
それで気付いた。その子は金髪に真っ白い肌をしたサファイアみたいな青い目をしている、ゲームの攻略対象だった。俺の推しはクロス様だけど色んなキャラクターの過去イベントを消化していたから分かる。この子はソルペッロ皇国の貴族で将来皇国の第3騎士団団長になるウージェン様だ。俺は物覚えが悪いし、ウージェン様は推しじゃないから覚えてなかったけど、メダルにある印はゲームでも出てきた気がする。
「あの……君は?」
「あ、俺はレネ・ルフィーナ。この熊を獲ったの俺なんだ」
「君が? 凄い!」
「えへへ、弓の練習してたら偶然林から出てきたところを仕留められたんだ」
俺が彼の顔を見て言葉を失ったので不審に思ったウージェン様が話しかけてきた。咄嗟に自己紹介をして誤魔化したけど、俺が彼の正体を知っていることがバレたらまずい。めちゃくちゃ怪しいもんな。
でも俺が熊を仕留めたことを話したら凄くキラキラした目で見つめられて怪訝そうな表情も消えたので良かった。誤魔化せたみたい。
「それで、売ってくれるかな?」
「あ、それは」
「どうしても必要なんだ。これで足りないなら後でいくらでも払うから」
「いやいや、待って」
ウージェン様は焦っているみたいで真剣な顔をして俺に迫ってくる。
確かゲームでは、お忍びで旅行中に馬車に見せかけた魔力車が壊れて、偶然出会った主人公と魔力結晶を探すんだったかな。家に帰るだけなら別に魔力車でなくても良いけど、魔力車でないと都まで物凄い時間がかかるし、お忍びだった分、長期滞在するためのお金も持ってきていないのだった気がする。それでも貴族の印をかたに魔力結晶を買おうとする程じゃないと思うけど、きっと何か他にも事情があるんだろう。ゲームでは魔力結晶を探している時に偶然主人公に会って共闘するだけだったし、そんなに焦っている様子じゃなかったんだけどな。
現実になった分、ゲームとは齟齬が生まれているんだろう。
俺はウージェン様のメダルを持っている方の手を取ってしっかり握り込ませた。
「あのさ、これって本当は物凄く大事な物なんだろ? こんなところで俺たちに渡したら駄目じゃん」
「えっ」
「魔力結晶ならタダで上げても良いよ。後で払いに来てくれたら良いし」
「いや、レネ! 何を言ってるんだ?!」
ウージェン様は目を丸くして、それを聞いていたアデマーさんが怒鳴ったけど、俺は気にせずに話を続けた。
「俺、いつかお城に就職するつもりなんだ。だから、その時に返してくれても良いよ」
「城に?」
「うん!」
ウージェン様がぽかんとしているので俺は熊の目玉と爪を小さな布の袋に詰めて渡した。ウージェン様はクロス様と違ってコミュニケーション能力が高くてみんなと仲良くできて人当たりが良い優しい騎士団長になる。優しすぎてお人好しで、一度受けた恩は絶対に忘れないしむしろそれを利用されたりする苦労人だ。だから、ここで魔力結晶をあげても絶対に悪いことにはならないと確信できる。
そうして自信満々でウージェン様に笑いかけたら、横からアレクシさんがその袋を取り上げて俺に返してきた。
「いけません! このような価値のあるものをただで譲渡するなど」
あまりの剣幕に『こんな旨い話があるわけない。この子供怪しいぞ!』とか言われているのかと一瞬誤解した。けど、そうじゃなくて、アレクシさんは俺の前に片膝を突いて俺の両肩に手を置いて真剣な様子でこう言った。
「良いですか、熊の魔力結晶は滅多に出回らない貴重品なのです。それを正体も分からぬ者に」
貴族のお付きの癖にアレクシさんってめちゃくちゃ良い人みたい。主人のために黙ってもらっちゃえば良いのに。でも、あのウージェン様のお付きの人だからな。きっと家全体が良い人でできた集まりなんだろうな。
仕方がないので俺はアレクシさんの耳元に近寄って囁いた。
「でも、貴族でしょ?」
「! ……それは」
「そのメダル、貴族のメダルじゃん。それがあれば悪いこともできちゃうって俺知ってるよ。そんな大事なものを俺たちに渡そうとしてる貴方たちもいけないと思う。この魔力結晶がいくら珍しくてもそのメダルより価値があるとは思えないよ」
アレクシさんは動揺して地面に膝を突いているのにもかかわらず後ろにふらついたように見えた。もしかしたらメダルの価値を知らない平民になら悪用もされずに後でお金で取り戻せると思っていたのかもしれない。魔力車さえ動けばすぐに都に戻ってお金を取ってくることができるだろうし。
でもクロス様のメダルでさえ返したのに、他の人のメダルを受け取るわけにはいかない。それにこんな大事なもの、もしも何かあって失くしたりしたらと思うと気が気じゃない。それならタダで魔力結晶を渡した方が気が楽だ。
「レネ、君はとっても気高い人なんだね」
「へ?」
俺が黙ってアレクシさんを見つめていると、ウージェン様がそう言った。今の会話で何が気高かったのか俺には全然分からないし、ウージェン様は褒め上手な人なのでお世辞のつもりで聞いた方が良いだろう。
ウージェン様はさっきまでの焦った様子とは打って変わってにっこり微笑んだ。うーん、めっちゃキラキラしてる。美少年だ。さすが攻略対象。俺の推しはクロス様だけど。
「君の気持ちは嬉しいけど、僕らもタダで君から物を貰うわけにはいかないんだ。今回は諦めて自分たちで魔力結晶を探してみるよ」
「タダだとなんで駄目なの?」
「うーんと、それは……」
納得できない俺にウージェン様は困った様子だったけど、俺の耳に小さな両手を当てて小さな声で教えてくれた。
『僕が貴族だからだよ』
って。
なるほど、平民に施すのならともかく、施されては貴族の名折れってことか。気高いのはウージェン様の方だな。
そうして魔力結晶は渡されることなく、二人とは手を振って別れた。
アデマーさんが町役場で市場に出店する許可と場所を貰ってきてくれて、馬車の側面を覆っている布を屋根まで捲り上げることで荷台をそのまま店として出店した。他にも荷車で出店している人や地面に布を広げて出店している人など、色んな人がいる。
「売れるかなー?」
「ま、今日全部売れなくても良いだろ。少しずつ売って貯めて行けばいい」
期待半分心配半分の俺を慰めるみたいにアデマーさんが笑った。フェリペさんも馬の世話をしながらニコニコこっちを見ている。なんだか気恥ずかしい気分になってきた。二人とも優しいのは良いんだけど、これじゃまるで俺のために隣町まで来たみたいじゃないか? 売るのはほとんど俺のものだし、二人の雰囲気が俺の保護者と言うか、付き添いみたいた。隣町に行くって割と大変なことだからそんなわけないって思ってたけど、実際冷静に考えるとそうとしか思えなくなってきた。だって、アデマーさんの売り物があれだけってありえないじゃん。狩人組合のりーだーなのにさ。
「ねえ、アデマーさん」
「ん?」
「今日ってさ……」
「お! 熊の毛皮か!」
そのことを確認しようとアデマーさんに話しかけた時、ちょうどお客さんが来て聞けなくなってしまった。俺が一番最初に獲った熊さんの毛皮が目を引いたらしい。この世界の熊は巨大だし皮は薄いのに丈夫で、なめした後も柔らかさが出て使いやすい人気の毛皮だ。俺は街の職人さんに頼んで代わりに毛皮をなめしてもらった。もちろんお金がないので獲物と交換して。
熊さんの毛皮は8万ソルで売れた。ソルはこの国の貨幣単位で、四角い鉄でできた貨幣を8枚貰った。なんだか江戸時代のお金みたいだなあと思う。
「良かったな、レネ」
「高く売れたじゃないか」
「これってどれくらいの価値があるの?」
「ハハハ、価値って、レネは難しい言葉を知ってるな」
「8万あれば1か月は遊んで暮らせるぞ」
「1か月かあ、少ないなあ」
「獲物1匹でそれなら上等だろうが」
「あ、そっか」
「まったく……どれだけ貯めるつもりなんだ?」
「都に行くのに必要な分だけ。食べ物はなんとかなるし、寝るところと武器さえ確保できれば良いんだけど、そう言えばどれくらい貯めればいいのかな?」
「レネは都に行くつもりなのか?」
「うん! お城に就職するんだ」
「そりゃでっかい夢だな」
そんな感じでアデマーさんとフェリペさんの二人と雑談しながら和やかな雰囲気で過ごした。熊さんほどの値段はつかないけど時々品物が売れて、周囲の市場の人とも話したりして、俺は初めての市場を凄く楽しんでいた。
そんな時、紺色のフードを着た大人と俺と同じくらいの子供の組み合わせが俺たちの馬車の前を通った。
「やっぱり! 売ってるよ、アレクシ!」
「まさか、本当に……?」
子供の方が大人をアレクシと呼んで、俺たちの商品を指さした。大人の方は目を疑うみたいに驚いてジッとその商品を見ている。見ているのは熊さんの目玉と爪を並べている辺りだった。魔力結晶化しているから目玉は宝石みたいに赤く輝いているし、爪は真珠みたいにピカピカつるつるしている。魔力結晶は取れたら自分たちで使うか、自分の街で使うのが田舎の常識なのでこんな市場で売っているのが珍しいらしい。この二人以外のお客さんも珍しそうに見ていた。ただ買うにはお金が足りないとかでなかなか売れなかったのだ。
「どうやら本物のようですが……」
「疑うのはもっともだが正真正銘熊の目玉だ。買うのか?」
「熊の! それならぴったりだよ、ね、アレクシ! 買おう!」
戸惑った様子のアレクシさんにアデマーさんが声をかけると、子供の方が彼のマントの裾を引いて強請った。どうやら魔力結晶を探していたらしい。レオンの街ならちゃんとしたお店も多いから魔力結晶も売ってそうなのに、何故こんなところまで探しに来たんだろうか。しかし、買ってくれるのなら俺がとやかく言うことでもない。
ところがアレクシさんは暫く悩んだ様子を見せた後、首を振った。
「いえ、今はこれほどの物を買う余裕はありません」
「でも!」
熊の目玉ってそんなに高価なのだろうか。たしかに本にはそう書いてあったけど、みんながみんな買うのを戸惑うほど高いとか思っていなかった。アレクシさんはしゃがんで子供を説得している。二人が内緒話をするみたいに小さい声で何かを話し合っているので、俺もアデマーさんにこっそり聞いてみた。
「熊の目玉ってそんなに高いの?」
「そうみたいだな。悪いが正直俺も分からん。魔力結晶なんてほとんど取れねえし、取れても街で使っちまうからな。売ってるのを見たこともない」
「えー、じゃあ、どうやって値段付けるつもりだったのさ」
「そりゃ……買うっていう奴に合わせるしかねえだろ」
「そんなんじゃ騙されて安く買われちゃうじゃん!」
「そんなこと言っても仕方ねえだろ」
どうやらアデマーさんも魔力結晶の価値は知らないらしい。フェリペさんも首を振っている。ここは前世も含めると一番年長の俺がしっかりしないと。
改めてお客の二人に向き合うと子供の方がアデマーさんに小さな手を差し出した。
「すみません、今、持ち合わせがないので、これでこの熊の目玉と爪を買わせてもらえませんか?」
そう言って差し出したのは銀色のメダルに白い鷲の模様を刻んだものだった。俺は一目見てそれが貴族のメダルだと分かった。クロス様が俺に渡したメダルとは違うけど、きっとこの子も貴族なんだ。貴族はお金持ちのはずだけど何かで困っているのだろう。お金を持ち歩いていない時にトラブルに遭ったのかもしれない。
ところがアデマーさんは怪訝そうな顔をして返答した。
「ああ? なんだそりゃ?」
「ちょ! アデマーさん!」
そんなもんで売れるわけねえだろ、とでも言いだしそうな雰囲気を感じ取り、俺は慌ててアデマーさんの腕を引っ張って止めた。
「なんだよ、レネ?」
「いいから、アデマーさんは黙ってて。俺が交渉するから!」
「おまえが?」
「俺が獲ったんだし別に良いだろ?」
「まあ、良いが。騙されて変なもん掴まされるなよ」
アデマーさんは世間知らずの俺が騙されるのを心配しているんだと思う。わざわざしゃがんで俺と目を合わせてそう言ってくれたから、俺としても逆に申し訳ない思いになるくらいだ。だけど、貴族の印であるメダルを出されてるのに下手な対応は取れない。そんな人たちには見えないけど、俺たちの態度が気に食わなかったとか言って後で大変な目に遭わされる可能性もある。
そっとアレクシさんの顔を見上げると唇を噛み締めているのが見えた。フードで隠されて見えにくいけどよくよく見ると端正な顔をしている。絶対、貴族のお付きの人だ。
そして、改めて子供の方へ向き直る。アデマーさんの代わりに正面に立つと同じくらいの背丈なのでフードをしていても顔がよく見えた。
「!」
それで気付いた。その子は金髪に真っ白い肌をしたサファイアみたいな青い目をしている、ゲームの攻略対象だった。俺の推しはクロス様だけど色んなキャラクターの過去イベントを消化していたから分かる。この子はソルペッロ皇国の貴族で将来皇国の第3騎士団団長になるウージェン様だ。俺は物覚えが悪いし、ウージェン様は推しじゃないから覚えてなかったけど、メダルにある印はゲームでも出てきた気がする。
「あの……君は?」
「あ、俺はレネ・ルフィーナ。この熊を獲ったの俺なんだ」
「君が? 凄い!」
「えへへ、弓の練習してたら偶然林から出てきたところを仕留められたんだ」
俺が彼の顔を見て言葉を失ったので不審に思ったウージェン様が話しかけてきた。咄嗟に自己紹介をして誤魔化したけど、俺が彼の正体を知っていることがバレたらまずい。めちゃくちゃ怪しいもんな。
でも俺が熊を仕留めたことを話したら凄くキラキラした目で見つめられて怪訝そうな表情も消えたので良かった。誤魔化せたみたい。
「それで、売ってくれるかな?」
「あ、それは」
「どうしても必要なんだ。これで足りないなら後でいくらでも払うから」
「いやいや、待って」
ウージェン様は焦っているみたいで真剣な顔をして俺に迫ってくる。
確かゲームでは、お忍びで旅行中に馬車に見せかけた魔力車が壊れて、偶然出会った主人公と魔力結晶を探すんだったかな。家に帰るだけなら別に魔力車でなくても良いけど、魔力車でないと都まで物凄い時間がかかるし、お忍びだった分、長期滞在するためのお金も持ってきていないのだった気がする。それでも貴族の印をかたに魔力結晶を買おうとする程じゃないと思うけど、きっと何か他にも事情があるんだろう。ゲームでは魔力結晶を探している時に偶然主人公に会って共闘するだけだったし、そんなに焦っている様子じゃなかったんだけどな。
現実になった分、ゲームとは齟齬が生まれているんだろう。
俺はウージェン様のメダルを持っている方の手を取ってしっかり握り込ませた。
「あのさ、これって本当は物凄く大事な物なんだろ? こんなところで俺たちに渡したら駄目じゃん」
「えっ」
「魔力結晶ならタダで上げても良いよ。後で払いに来てくれたら良いし」
「いや、レネ! 何を言ってるんだ?!」
ウージェン様は目を丸くして、それを聞いていたアデマーさんが怒鳴ったけど、俺は気にせずに話を続けた。
「俺、いつかお城に就職するつもりなんだ。だから、その時に返してくれても良いよ」
「城に?」
「うん!」
ウージェン様がぽかんとしているので俺は熊の目玉と爪を小さな布の袋に詰めて渡した。ウージェン様はクロス様と違ってコミュニケーション能力が高くてみんなと仲良くできて人当たりが良い優しい騎士団長になる。優しすぎてお人好しで、一度受けた恩は絶対に忘れないしむしろそれを利用されたりする苦労人だ。だから、ここで魔力結晶をあげても絶対に悪いことにはならないと確信できる。
そうして自信満々でウージェン様に笑いかけたら、横からアレクシさんがその袋を取り上げて俺に返してきた。
「いけません! このような価値のあるものをただで譲渡するなど」
あまりの剣幕に『こんな旨い話があるわけない。この子供怪しいぞ!』とか言われているのかと一瞬誤解した。けど、そうじゃなくて、アレクシさんは俺の前に片膝を突いて俺の両肩に手を置いて真剣な様子でこう言った。
「良いですか、熊の魔力結晶は滅多に出回らない貴重品なのです。それを正体も分からぬ者に」
貴族のお付きの癖にアレクシさんってめちゃくちゃ良い人みたい。主人のために黙ってもらっちゃえば良いのに。でも、あのウージェン様のお付きの人だからな。きっと家全体が良い人でできた集まりなんだろうな。
仕方がないので俺はアレクシさんの耳元に近寄って囁いた。
「でも、貴族でしょ?」
「! ……それは」
「そのメダル、貴族のメダルじゃん。それがあれば悪いこともできちゃうって俺知ってるよ。そんな大事なものを俺たちに渡そうとしてる貴方たちもいけないと思う。この魔力結晶がいくら珍しくてもそのメダルより価値があるとは思えないよ」
アレクシさんは動揺して地面に膝を突いているのにもかかわらず後ろにふらついたように見えた。もしかしたらメダルの価値を知らない平民になら悪用もされずに後でお金で取り戻せると思っていたのかもしれない。魔力車さえ動けばすぐに都に戻ってお金を取ってくることができるだろうし。
でもクロス様のメダルでさえ返したのに、他の人のメダルを受け取るわけにはいかない。それにこんな大事なもの、もしも何かあって失くしたりしたらと思うと気が気じゃない。それならタダで魔力結晶を渡した方が気が楽だ。
「レネ、君はとっても気高い人なんだね」
「へ?」
俺が黙ってアレクシさんを見つめていると、ウージェン様がそう言った。今の会話で何が気高かったのか俺には全然分からないし、ウージェン様は褒め上手な人なのでお世辞のつもりで聞いた方が良いだろう。
ウージェン様はさっきまでの焦った様子とは打って変わってにっこり微笑んだ。うーん、めっちゃキラキラしてる。美少年だ。さすが攻略対象。俺の推しはクロス様だけど。
「君の気持ちは嬉しいけど、僕らもタダで君から物を貰うわけにはいかないんだ。今回は諦めて自分たちで魔力結晶を探してみるよ」
「タダだとなんで駄目なの?」
「うーんと、それは……」
納得できない俺にウージェン様は困った様子だったけど、俺の耳に小さな両手を当てて小さな声で教えてくれた。
『僕が貴族だからだよ』
って。
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引き続きよろしくお願いいたします。
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