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就職
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そんなわけで、俺はあっさりと皇都までの旅費を確保することができた。200万あれば旅費も武器や防具なんかの費用も余裕で賄える。しかもアデマーさんたち狩人組合は俺の売り上げを徴収しなかったので、俺は自分の狩った獲物で得たお金をそのまま貯金することができた。普段から獲物を分けたりして組合員としての仕事はしていたし、俺が子供だからってこともあって、みんな本当に優しくしてくれた。
そして、俺はウージェン様と出会ったことで一つ気付いたことがあった。
この世界はゲームの世界で、そのゲームと言うのはオープンワールド、つまりイベントが起こる順番は決まっておらず主人公が行くところでイベントが発生する仕組みだった。けれど、それが現実になったとしたらどうだろう。現実で起こる事件が一人の人間を待っていてくれるとはとても思えない。
つまり、この世界では時間の経過とともに起こるイベントが決まっていると見て間違いない。
この広い皇国ですべてのイベントを正しい順番通りに消化するのは無理ゲーに近い。そのイベントが起こるタイミングに合わせて決められた場所にいなければならず、しかもそれがいつ起こるのか分からないというのだからその難しさは理解してもらえるだろうか。
恐ろしいのはそれだけじゃない。もし、それが達成できなかったとしたら。
ゲームのイベントは主人公がいて初めて解決するものだ。もしそこに主人公がいなければ違った結末になる。それがハッピーエンドなら良いけれど、大抵の場合、そうでなくなるのは想像に難くない。
俺がゲームの中で冒険を共にしてきたキャラクターたちが不幸な目に合うかもしれない。最悪の場合、俺の知らないところでひっそりと消えてしまう可能性だってある。クロス様はもちろん、ウージェン様だって、もし俺が行かなかったら強い獣を追い求めている内に事故で……。
考えれば考えるほどその考えに震えた。ここは現実なんだからできることとできないことがある。すべての人を救えるわけじゃない。俺にはチートもないし、神様に会ったこともない。
だけど、俺は何が起こるのか知ってるんだ。すべてのキャラクターの過去イベントまで網羅したオタクだった俺は。
「むしろ燃えるじゃないか……!」
やってやる。
ゲームの結末は主人公にかかっていた。クロス様を幸せにするためにも、主人公の役割をする人間は絶対に必要なんだ。
ここで引き下がったら推しであるクロス様に合わせる顔がない。推しのためならなんだってできると言いながら挑戦すらしないのは推しに対する背信行為だ。俺は絶対にクロス様を裏切らない。ようやく現実として会えた俺の推し。俺の能力的に主人公のようなオールラウンダーにはなれないとしても、主人公の代わりくらいは務めて見せる。
「推しのためだ」
それが今世でやることだと決めた。7歳の春のことだった。
***
8年後、俺は無事、お城の騎士団に就職することができていた。あれからレオンの街で冒険者組合に入ったり、その組合長の伝手も使って他のキャラクターの過去イベントを消化したり、その功績で冒険者組合の名誉組合員になったりしたけど、その話は割愛する。ちなみにこの世界ではギルドのことを組合と呼ぶ。
それらのイベントはクロス様とは何の関係もない。あくまで過去イベントなので、クロス様やウージェン様と出会った時みたいに、その他のキャラクターともちょっとした顔見せくらいの関わりしかないのだ。俺としては無事すべて回収できてホッとしているが、それよりもこれからのことを心配している。
ゲームの主人公は15歳から始まる。この国では15歳になると成人になり職業を持つことになる。もっと現実的に言うと就職だ。ゲームではステータスに職業が付く程度の描写だったが、現実では違う。
俺はちゃんと就職活動をして正式にお城に採用された。つまり今の俺の職業は騎士団所属の兵士ということになる。
主人公には他にも職業選択の自由があるのだが、ともかく、そこから冒険を始めて世界中のイベント、というか事件と言うか、に関わっていくことになる。過去イベントもちょっと間違えば悲惨なことになるので蔑ろにはできなかったけれど、これから起こることの方が余程酷いので、俺の人生のクライマックスはここから始まると言っても過言じゃない。未来に起こることに比べたら過去イベントなんかほのぼのしてて癒されるくらいだ。難易度的にはむしろチュートリアルに近いと思う。
「ゲームではご褒美だったイベントがチュートリアルか……」
俺は兵士に与えられた寮で支度をしながら感慨深く今までのことを思い出した。
今日から最初のイベントが始まる。最初の、と言うのはゲーム開始時に自動的に起こるイベントだ。皇国で一番広大な森であるエカテール大森林で獣の大発生が起こり、国を挙げての大討伐が行われる。主人公はそれに関わることで今後この国に起こるであろう災害を予感する、と言うものだ。
予感するも何も俺は知っちゃっているわけだが、時間的経過を気にしなくていい主人公と違って俺にはタイムリミットがある。主人公が何度も死んで再挑戦できるところを一発でクリアし、なおかつタイムリミットまでに所定の場所に到達しなければならない。これはきついぞ。
ゲームではあくまで最初の戦闘だから獣の強さ自体はそれほどでもないはずだけど、現実では何が起こるか分からない。気を引き締めねば。
「隊長、おはようございます」
「ああ、おはよ」
朝食を取るために食堂に行くと、声をかけてくる男がいる。彼はパブロ君と言って、俺の部下だ。
なんで15歳で兵士になったばかりの俺に部下がいるのかと思うだろう。それは俺が就職して半月もしない内に出世したからだ。
と言っても、これはそれほど珍しいことじゃないらしい。皇国騎士団は厳しいところで仕事もきついので、怪我や精神的な理由で辞めていく人が多いのだ。それでも前世じゃ俺みたいな新米が隊長になるなんてほぼあり得なかったが、この世界は剣と魔法の世界。この世界で隊長みたいな役職に出世することは命の危険が増すことに外ならず、隊長職は実はあまり人気がないのである。
兵士になって一番最初の遠征訓練で上司が怪我をして退職してしまい、俺の所属する中隊は隊長不在になった。普通は先輩兵士やエリート貴族でまだ若い人なんかが偉い人から打診されて隊長になるのだが、誰も隊長なんかやりたくないもんだから巡り巡って冒険者組合で実績がある俺のところまで打診が降りてきてしまったのだ。
それに隊長とは言っても階級的には下の下だ。皇国騎士団は全部で5つあり、1つの騎士団に4つの師団が含まれる。それぞれの師団には10個の大隊が所属し、一個大隊の中には5つの中隊がある。簡単に言うと、中隊長だけで1000人いるのである。俺はその中隊長と言うわけだ。はっきり言って全く偉くないし、責任だけ増えて憂鬱な役職なのだ。
「隊長、随分気合が入ってますね。今回の任務はそんなにヤバいんですか?」
トレーに食事を受け取って席に着くと、付いてきたパブロ君が神妙な面持ちで訊いてきた。どうやら俺はかなり緊張した顔をしているようだ。隊長がこれじゃ隊員はきっと不安だろう。俺はなるべく顔の筋肉を和らげようと努めながら答えた。
「いや、隊長になって初めてのまともな任務だから気合を入れてただけさ」
「確かに。今までは訓練ばかりでしたもんね。でもレネ隊長は冒険者の経験がありますし、訓練とは言いますけど中身は獣の討伐だったじゃないですか。今回の任務とそう変わらないんじゃないですか?」
「まあそうだけど」
彼は俺より5歳年上の平民で、同期だ。俺の中隊には同期が8人ほどいて、全員俺より年上だ。成人になっていきなり兵士になる奴は少ない。もっと安全で街の中に居られる職業が第一志望で、それになれなかった時に初めて兵士になることを考える。それがこの国の常識らしい。
俺はこの中隊の最年少であるにもかかわらず、隊長職を押し付けられた哀れな少年なのだ。だから年上であるパブロ君も俺にへりくだった態度を取りめちゃくちゃ優しくしてくれる。他の同期も大体同じような感じだし、先輩たちすら俺に隊長を押し付けた負い目があるのか命令に背いたり反発したりなんてことはしてこない。俺にとってはとても良い職場環境だ。
そんな優しい同僚たちを守るためにも俺は真面目な顔でパブロ君に忠告した。
「大発生を舐めない方が良いと思う」
「え、そんなつもりじゃないですが」
「分かってる。でも、今までの討伐と同じだと思っていたらいけないんだ」
「どういうことですか」
「今までは精々、林や平原での討伐だった。視界が確保できて声も良く通る。獣もそう多くない。休む暇だってあっただろ」
「そう……ですね」
「今回の任務は森だ。森林ってのは中に入ると暗いし、木で視界が遮られてどこから獣が来るのか分からない。声だってそこら中から獣の鳴き声がしていたらかき消される。元々平原より森の方が獣が多いのに、それが大発生しているんだぞ? 一度森に入ったら休む暇なんてないはずだ」
「それは……」
「訓練ではノルマさえクリアできれば終了だったが今回は違う。これくらい討伐したら帰って良いなんて命令はされてない。上からはできるだけ多く討伐しろと言われてる。だから行けるところまでは進まないといけないけど、獣の襲撃が止まない状況を想定して、最初から撤退を視野に入れ退路を確保しながら進む必要がある」
話している内に俺も熱が入ってきてしまい、ふと気づくとパブロ君が青くなって朝食を見つめていた。あ、ヤバい、脅かし過ぎた。緊張しすぎても仕事に差しさわりがある。フォローしないと。
「て言っても、今回は第5騎士団全体で行う任務だし参加するのは俺たちだけじゃないからそんなに心配しなくても良いんだけどな。退路の確保とか撤退の指示は師団長や大隊長がすると思うし。俺は中隊長としての仕事を全うしようと思ってるだけだから、パブロ君がそこまで心配することはないよ」
「レネ隊長……」
俺が笑いかけるとパブロ君は少しだけ安心してくれたようで朝食のパンを食べ始めた。
朝食の後はパブロ君と別れて、俺は第5騎士団の中央会議室へ向かった。
皇国には国の運営する軍隊があり、全軍を合わせると100万人規模の大軍になるらしい。ただし皇都にいるのは、その中でも選抜された5つの騎士団だけである。広い皇都を円として見た時、五芒星の頂点に位置する場所にそれぞれの騎士団本部と訓練施設、兵士寮がある。騎士団1つにつき約2万人が所属しているので、もはや一つの街くらいの規模だ。
俺は中隊長なので今回は本部で会議に出席するわけだが、第5騎士団だけでも中隊長は200人いるのであるからして、中央会議室は前世で言うところの中央会議室とほぼ同じイメージだと思って貰って構わない。
つまるところ、俺みたいな者に発言権はほぼない。参加して作戦内容を覚えるだけの簡単なお仕事である。
「今回の大討伐では4つの師団をエカテール大森林のこの地図の位置に分散して配置し、それぞれの場所から森林の中央に向かって進んでもらう」
中央会議室の一番前に立ち作戦の説明をしているのは第5騎士団の副団長だ。前方中央の壁に地図が貼られ、左には団長が、右には4人の師団長が座っている。その前には階段状に備え付けられた沢山の椅子があり、俺もその中にいる。さっきも言ったが中隊長だけで200人いるので、自分の直接の上司である大隊長と師団長4人、団長と副団長くらいしか名前を憶えていない。たぶん、他の中隊長も似たようなもんだと思う。入れ替わりも激しいしな。
地図には、皇都の南東に位置する大森林の4か所に印がつけられている。その場所からそれぞれの師団が侵入し討伐を行っていくとのこと。俺たちには魔道具の通信機が配られ、それで上司とやりとりして安全と進行速度を確認しながら進むことになる。
通信機は耳に付けるカフスみたいな形をしていて、役職ごとに種類が違うようだった。中隊長である俺に配られた通信機は所属する大隊の中隊長5人(俺を含む)と大隊長に繋がるもので、師団長や団長には繋がらない。大隊長はそれに加えて、師団長まで繋がる通信機が配られていた。
俺は他の中隊長と情報共有しながら大隊長の指示通りに進んでいけば良いってことだ。それから大発生している獣の特徴なんかも説明された。俺はゲームで知っていることばかりだったので覚えるまでもなかったが、他の中隊長が情報を聞いて驚いていたので部下のみんなにもきちんと説明しておいた方が良さそうだった。どうやら普段討伐している獣よりも手強いらしい。
「レネ中隊長」
会議が終了した後、俺は直接の上司であるナシオ大隊長に声をかけられた。俺が所属しているのは第5騎士団の第3師団第31中隊で、ナシオ大隊長は第31中隊から第35中隊をまとめる第7大隊の隊長だ。
「今回は第35中隊に加えて第34中隊にも補給を担当してもらう」
「馬が邪魔になるからですか?」
「その通りだ。そこで第32中隊と第33中隊にはこの二つの補給隊の護衛についてもらう」
「なるほど、それじゃ俺の隊が先行すれば良いのでしょうか」
「話が早くて助かる。俺は殿で師団長との連絡と大隊の指揮をするから先頭は任せたぞ」
「了解しました」
第34中隊は騎兵で構成されている。今回は馬が使えないので補給に回ってもらうらしい。また、第35中隊は元から衛生兵や補給係で構成されている隊だ。俺の第31中隊は歩兵で、第7大隊にとっては1番隊みたいなものだ。俺は初任務だが、今までの訓練でも先行は俺の隊だったので慣れている。話が早くなるのも当然だ。
俺は早速、第31中隊のみんなが待機している訓練場へ行き、作戦と獣に関する注意点を伝えた。
「今回は普段より慎重に進むからもどかしいと思うけど、俺より前には絶対に出ないようにして欲しい。今回の任務地は森の中で獣が大発生している。今までの訓練みたいに隊列を乱したり、一人で先行してはぐれたりしたら探すのは困難だ。最悪、見捨てていくことになる」
そうならないように魔法で隊員を探知して動きを把握しながら進むつもりだけど、それでも獣との戦闘中に一人で突っ走って行かれたら追いかけられない。俺は自分の隊から一人でも離脱者が出ないようにしたいので万全に万全を期す。怪我人は出るにしても、遭難者は出したくないのだ。
「前から来る獣は俺が先行して倒していくから、みんなは左右からの襲撃に備えながら進んでね」
「隊長、殿はどうなりますか」
「俺たちの後ろには補給隊と護衛組がついてくるから後ろからの襲撃はあんまり気にしなくて良いよ。でも一番後ろの人は補給隊がちゃんとついてきてるか確認するように」
「あの! もし、万が一隊長とはぐれた場合はどうすれば」
「一人で突っ走らなければはぐれることはないと思う。いつも通り四人一組で安全を確認しながら進んで」
「しかし、獣の襲撃に対応している内に隊長が一人で進んでしまわれたら」
「俺もみんなが追いついてきてるか確認しながら進むよ」
「分かりました」
どうやら俺が一番突っ走るのを心配されているみたいだ。最年少の上、隊長として初任務だしな。張り切り過ぎないようにしないといけない。
「じゃ、行こうか」
俺の言葉にみんなが神妙な顔をして敬礼するので、この瞬間には未だにドギマギする。俺より年上のおじさんたちが15歳の若造に敬礼してくれるんだから騎士団って凄いよな。まあ、心の年齢は確実に俺の方が上だけど。
―――――
2023.8.28 エカテール大森林の場所を南西から南東に変更しました。
そして、俺はウージェン様と出会ったことで一つ気付いたことがあった。
この世界はゲームの世界で、そのゲームと言うのはオープンワールド、つまりイベントが起こる順番は決まっておらず主人公が行くところでイベントが発生する仕組みだった。けれど、それが現実になったとしたらどうだろう。現実で起こる事件が一人の人間を待っていてくれるとはとても思えない。
つまり、この世界では時間の経過とともに起こるイベントが決まっていると見て間違いない。
この広い皇国ですべてのイベントを正しい順番通りに消化するのは無理ゲーに近い。そのイベントが起こるタイミングに合わせて決められた場所にいなければならず、しかもそれがいつ起こるのか分からないというのだからその難しさは理解してもらえるだろうか。
恐ろしいのはそれだけじゃない。もし、それが達成できなかったとしたら。
ゲームのイベントは主人公がいて初めて解決するものだ。もしそこに主人公がいなければ違った結末になる。それがハッピーエンドなら良いけれど、大抵の場合、そうでなくなるのは想像に難くない。
俺がゲームの中で冒険を共にしてきたキャラクターたちが不幸な目に合うかもしれない。最悪の場合、俺の知らないところでひっそりと消えてしまう可能性だってある。クロス様はもちろん、ウージェン様だって、もし俺が行かなかったら強い獣を追い求めている内に事故で……。
考えれば考えるほどその考えに震えた。ここは現実なんだからできることとできないことがある。すべての人を救えるわけじゃない。俺にはチートもないし、神様に会ったこともない。
だけど、俺は何が起こるのか知ってるんだ。すべてのキャラクターの過去イベントまで網羅したオタクだった俺は。
「むしろ燃えるじゃないか……!」
やってやる。
ゲームの結末は主人公にかかっていた。クロス様を幸せにするためにも、主人公の役割をする人間は絶対に必要なんだ。
ここで引き下がったら推しであるクロス様に合わせる顔がない。推しのためならなんだってできると言いながら挑戦すらしないのは推しに対する背信行為だ。俺は絶対にクロス様を裏切らない。ようやく現実として会えた俺の推し。俺の能力的に主人公のようなオールラウンダーにはなれないとしても、主人公の代わりくらいは務めて見せる。
「推しのためだ」
それが今世でやることだと決めた。7歳の春のことだった。
***
8年後、俺は無事、お城の騎士団に就職することができていた。あれからレオンの街で冒険者組合に入ったり、その組合長の伝手も使って他のキャラクターの過去イベントを消化したり、その功績で冒険者組合の名誉組合員になったりしたけど、その話は割愛する。ちなみにこの世界ではギルドのことを組合と呼ぶ。
それらのイベントはクロス様とは何の関係もない。あくまで過去イベントなので、クロス様やウージェン様と出会った時みたいに、その他のキャラクターともちょっとした顔見せくらいの関わりしかないのだ。俺としては無事すべて回収できてホッとしているが、それよりもこれからのことを心配している。
ゲームの主人公は15歳から始まる。この国では15歳になると成人になり職業を持つことになる。もっと現実的に言うと就職だ。ゲームではステータスに職業が付く程度の描写だったが、現実では違う。
俺はちゃんと就職活動をして正式にお城に採用された。つまり今の俺の職業は騎士団所属の兵士ということになる。
主人公には他にも職業選択の自由があるのだが、ともかく、そこから冒険を始めて世界中のイベント、というか事件と言うか、に関わっていくことになる。過去イベントもちょっと間違えば悲惨なことになるので蔑ろにはできなかったけれど、これから起こることの方が余程酷いので、俺の人生のクライマックスはここから始まると言っても過言じゃない。未来に起こることに比べたら過去イベントなんかほのぼのしてて癒されるくらいだ。難易度的にはむしろチュートリアルに近いと思う。
「ゲームではご褒美だったイベントがチュートリアルか……」
俺は兵士に与えられた寮で支度をしながら感慨深く今までのことを思い出した。
今日から最初のイベントが始まる。最初の、と言うのはゲーム開始時に自動的に起こるイベントだ。皇国で一番広大な森であるエカテール大森林で獣の大発生が起こり、国を挙げての大討伐が行われる。主人公はそれに関わることで今後この国に起こるであろう災害を予感する、と言うものだ。
予感するも何も俺は知っちゃっているわけだが、時間的経過を気にしなくていい主人公と違って俺にはタイムリミットがある。主人公が何度も死んで再挑戦できるところを一発でクリアし、なおかつタイムリミットまでに所定の場所に到達しなければならない。これはきついぞ。
ゲームではあくまで最初の戦闘だから獣の強さ自体はそれほどでもないはずだけど、現実では何が起こるか分からない。気を引き締めねば。
「隊長、おはようございます」
「ああ、おはよ」
朝食を取るために食堂に行くと、声をかけてくる男がいる。彼はパブロ君と言って、俺の部下だ。
なんで15歳で兵士になったばかりの俺に部下がいるのかと思うだろう。それは俺が就職して半月もしない内に出世したからだ。
と言っても、これはそれほど珍しいことじゃないらしい。皇国騎士団は厳しいところで仕事もきついので、怪我や精神的な理由で辞めていく人が多いのだ。それでも前世じゃ俺みたいな新米が隊長になるなんてほぼあり得なかったが、この世界は剣と魔法の世界。この世界で隊長みたいな役職に出世することは命の危険が増すことに外ならず、隊長職は実はあまり人気がないのである。
兵士になって一番最初の遠征訓練で上司が怪我をして退職してしまい、俺の所属する中隊は隊長不在になった。普通は先輩兵士やエリート貴族でまだ若い人なんかが偉い人から打診されて隊長になるのだが、誰も隊長なんかやりたくないもんだから巡り巡って冒険者組合で実績がある俺のところまで打診が降りてきてしまったのだ。
それに隊長とは言っても階級的には下の下だ。皇国騎士団は全部で5つあり、1つの騎士団に4つの師団が含まれる。それぞれの師団には10個の大隊が所属し、一個大隊の中には5つの中隊がある。簡単に言うと、中隊長だけで1000人いるのである。俺はその中隊長と言うわけだ。はっきり言って全く偉くないし、責任だけ増えて憂鬱な役職なのだ。
「隊長、随分気合が入ってますね。今回の任務はそんなにヤバいんですか?」
トレーに食事を受け取って席に着くと、付いてきたパブロ君が神妙な面持ちで訊いてきた。どうやら俺はかなり緊張した顔をしているようだ。隊長がこれじゃ隊員はきっと不安だろう。俺はなるべく顔の筋肉を和らげようと努めながら答えた。
「いや、隊長になって初めてのまともな任務だから気合を入れてただけさ」
「確かに。今までは訓練ばかりでしたもんね。でもレネ隊長は冒険者の経験がありますし、訓練とは言いますけど中身は獣の討伐だったじゃないですか。今回の任務とそう変わらないんじゃないですか?」
「まあそうだけど」
彼は俺より5歳年上の平民で、同期だ。俺の中隊には同期が8人ほどいて、全員俺より年上だ。成人になっていきなり兵士になる奴は少ない。もっと安全で街の中に居られる職業が第一志望で、それになれなかった時に初めて兵士になることを考える。それがこの国の常識らしい。
俺はこの中隊の最年少であるにもかかわらず、隊長職を押し付けられた哀れな少年なのだ。だから年上であるパブロ君も俺にへりくだった態度を取りめちゃくちゃ優しくしてくれる。他の同期も大体同じような感じだし、先輩たちすら俺に隊長を押し付けた負い目があるのか命令に背いたり反発したりなんてことはしてこない。俺にとってはとても良い職場環境だ。
そんな優しい同僚たちを守るためにも俺は真面目な顔でパブロ君に忠告した。
「大発生を舐めない方が良いと思う」
「え、そんなつもりじゃないですが」
「分かってる。でも、今までの討伐と同じだと思っていたらいけないんだ」
「どういうことですか」
「今までは精々、林や平原での討伐だった。視界が確保できて声も良く通る。獣もそう多くない。休む暇だってあっただろ」
「そう……ですね」
「今回の任務は森だ。森林ってのは中に入ると暗いし、木で視界が遮られてどこから獣が来るのか分からない。声だってそこら中から獣の鳴き声がしていたらかき消される。元々平原より森の方が獣が多いのに、それが大発生しているんだぞ? 一度森に入ったら休む暇なんてないはずだ」
「それは……」
「訓練ではノルマさえクリアできれば終了だったが今回は違う。これくらい討伐したら帰って良いなんて命令はされてない。上からはできるだけ多く討伐しろと言われてる。だから行けるところまでは進まないといけないけど、獣の襲撃が止まない状況を想定して、最初から撤退を視野に入れ退路を確保しながら進む必要がある」
話している内に俺も熱が入ってきてしまい、ふと気づくとパブロ君が青くなって朝食を見つめていた。あ、ヤバい、脅かし過ぎた。緊張しすぎても仕事に差しさわりがある。フォローしないと。
「て言っても、今回は第5騎士団全体で行う任務だし参加するのは俺たちだけじゃないからそんなに心配しなくても良いんだけどな。退路の確保とか撤退の指示は師団長や大隊長がすると思うし。俺は中隊長としての仕事を全うしようと思ってるだけだから、パブロ君がそこまで心配することはないよ」
「レネ隊長……」
俺が笑いかけるとパブロ君は少しだけ安心してくれたようで朝食のパンを食べ始めた。
朝食の後はパブロ君と別れて、俺は第5騎士団の中央会議室へ向かった。
皇国には国の運営する軍隊があり、全軍を合わせると100万人規模の大軍になるらしい。ただし皇都にいるのは、その中でも選抜された5つの騎士団だけである。広い皇都を円として見た時、五芒星の頂点に位置する場所にそれぞれの騎士団本部と訓練施設、兵士寮がある。騎士団1つにつき約2万人が所属しているので、もはや一つの街くらいの規模だ。
俺は中隊長なので今回は本部で会議に出席するわけだが、第5騎士団だけでも中隊長は200人いるのであるからして、中央会議室は前世で言うところの中央会議室とほぼ同じイメージだと思って貰って構わない。
つまるところ、俺みたいな者に発言権はほぼない。参加して作戦内容を覚えるだけの簡単なお仕事である。
「今回の大討伐では4つの師団をエカテール大森林のこの地図の位置に分散して配置し、それぞれの場所から森林の中央に向かって進んでもらう」
中央会議室の一番前に立ち作戦の説明をしているのは第5騎士団の副団長だ。前方中央の壁に地図が貼られ、左には団長が、右には4人の師団長が座っている。その前には階段状に備え付けられた沢山の椅子があり、俺もその中にいる。さっきも言ったが中隊長だけで200人いるので、自分の直接の上司である大隊長と師団長4人、団長と副団長くらいしか名前を憶えていない。たぶん、他の中隊長も似たようなもんだと思う。入れ替わりも激しいしな。
地図には、皇都の南東に位置する大森林の4か所に印がつけられている。その場所からそれぞれの師団が侵入し討伐を行っていくとのこと。俺たちには魔道具の通信機が配られ、それで上司とやりとりして安全と進行速度を確認しながら進むことになる。
通信機は耳に付けるカフスみたいな形をしていて、役職ごとに種類が違うようだった。中隊長である俺に配られた通信機は所属する大隊の中隊長5人(俺を含む)と大隊長に繋がるもので、師団長や団長には繋がらない。大隊長はそれに加えて、師団長まで繋がる通信機が配られていた。
俺は他の中隊長と情報共有しながら大隊長の指示通りに進んでいけば良いってことだ。それから大発生している獣の特徴なんかも説明された。俺はゲームで知っていることばかりだったので覚えるまでもなかったが、他の中隊長が情報を聞いて驚いていたので部下のみんなにもきちんと説明しておいた方が良さそうだった。どうやら普段討伐している獣よりも手強いらしい。
「レネ中隊長」
会議が終了した後、俺は直接の上司であるナシオ大隊長に声をかけられた。俺が所属しているのは第5騎士団の第3師団第31中隊で、ナシオ大隊長は第31中隊から第35中隊をまとめる第7大隊の隊長だ。
「今回は第35中隊に加えて第34中隊にも補給を担当してもらう」
「馬が邪魔になるからですか?」
「その通りだ。そこで第32中隊と第33中隊にはこの二つの補給隊の護衛についてもらう」
「なるほど、それじゃ俺の隊が先行すれば良いのでしょうか」
「話が早くて助かる。俺は殿で師団長との連絡と大隊の指揮をするから先頭は任せたぞ」
「了解しました」
第34中隊は騎兵で構成されている。今回は馬が使えないので補給に回ってもらうらしい。また、第35中隊は元から衛生兵や補給係で構成されている隊だ。俺の第31中隊は歩兵で、第7大隊にとっては1番隊みたいなものだ。俺は初任務だが、今までの訓練でも先行は俺の隊だったので慣れている。話が早くなるのも当然だ。
俺は早速、第31中隊のみんなが待機している訓練場へ行き、作戦と獣に関する注意点を伝えた。
「今回は普段より慎重に進むからもどかしいと思うけど、俺より前には絶対に出ないようにして欲しい。今回の任務地は森の中で獣が大発生している。今までの訓練みたいに隊列を乱したり、一人で先行してはぐれたりしたら探すのは困難だ。最悪、見捨てていくことになる」
そうならないように魔法で隊員を探知して動きを把握しながら進むつもりだけど、それでも獣との戦闘中に一人で突っ走って行かれたら追いかけられない。俺は自分の隊から一人でも離脱者が出ないようにしたいので万全に万全を期す。怪我人は出るにしても、遭難者は出したくないのだ。
「前から来る獣は俺が先行して倒していくから、みんなは左右からの襲撃に備えながら進んでね」
「隊長、殿はどうなりますか」
「俺たちの後ろには補給隊と護衛組がついてくるから後ろからの襲撃はあんまり気にしなくて良いよ。でも一番後ろの人は補給隊がちゃんとついてきてるか確認するように」
「あの! もし、万が一隊長とはぐれた場合はどうすれば」
「一人で突っ走らなければはぐれることはないと思う。いつも通り四人一組で安全を確認しながら進んで」
「しかし、獣の襲撃に対応している内に隊長が一人で進んでしまわれたら」
「俺もみんなが追いついてきてるか確認しながら進むよ」
「分かりました」
どうやら俺が一番突っ走るのを心配されているみたいだ。最年少の上、隊長として初任務だしな。張り切り過ぎないようにしないといけない。
「じゃ、行こうか」
俺の言葉にみんなが神妙な顔をして敬礼するので、この瞬間には未だにドギマギする。俺より年上のおじさんたちが15歳の若造に敬礼してくれるんだから騎士団って凄いよな。まあ、心の年齢は確実に俺の方が上だけど。
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2023.8.28 エカテール大森林の場所を南西から南東に変更しました。
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そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。
となるアレです。性癖。
何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。
本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。
今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。
プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。
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いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。
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2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
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