転生した俺が貴方の犬になるまで

ぶたこ

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就職

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 騎士団の補給部隊用の馬車は怪我人やその他の状況を想定して荷台の両側面に人が乗るスペースが備え付けられている。誰も乗らなければ荷物を載せることもできるし、体力温存のために騎士が乗り込むこともできるスペースをあえて最初から荷台とは区切ってあるのだ。カシミロさんは馬車の御者と一緒に前へ座っているが、俺はその側面スペースに乗せてもらった。
 馬車の側面に掴まりながら立ったまま風を受ける。皇都の道は舗装されているし、この馬車は魔導馬車でもあるので激しく揺れたりすることはなくスムーズに進んでいく。騎士団の紋章が描かれている馬車は皇都内でも振り返って見られる対象だから、それに乗っている自分まで市民に注目されているようでなんだかいたたまれない。それでも俺はもう准尉になって腕にその証である腕章をつけているので、なるべく堂々とした態度でいなければならない。下っ端とは言え、平の騎士より上の階級であることは見る人が見れば分かるものだ。そんな奴がふにゃふにゃしてちゃ騎士団全体が侮られるかもしれない。

 そんなことを考えてなるべく市民からは目を逸らし進行方向だけを見ていた俺だったが、馬車が大通りから第5騎士団方面へ曲がろうとした時に無視できない存在感を感じてそちらへ顔を向けた。通り過ぎていく馬車を眺めている翠色の学生服を着た少年たちが、スローモーションのように俺の視界に入り込む。大通りの向こう側にいて馬車からは離れているのに、俺の目にははっきりと見えた。その内の一人である美しい黒い巻き毛の少年の持つ深緑の瞳が俺を見つめているのを。

「カシミロ中隊長、俺、ここで降ります!」
「え?!」
「送っていただいてありがとうございました!」
「レネ中隊長?!」

 俺は咄嗟に大声でカシミロさんに声を掛けて馬車を飛び降りた。彼が吃驚して俺を振り返ったのを感じるが馬車は止まらずに走り去っていく。お疲れ様とかまた任務でとか、叫んでくれているのが背後から聞こえてくる。本当に良い人だと思うけれど、今の俺はそれどころじゃなかった。
 だって、会いたいと願ってやまないあの人を見つけたから。前世からの俺の推しであり、運命の主であるあの人、クロス・オリバー・ソースイミヤ様を。

 俺は大通りの端に避けてから、その場に跪いて両手を後ろに組んだ。これは皇国における最敬礼のやり方だ。前世とは全然違うし、ゲームにも出てこなかったようなマニアックな敬礼方法だけれど、この日のために勉強した。片膝ではなく両膝を地面につけて背中で手を組み、俯くのではなく背筋をまっすぐに伸ばして相手の目を見つめるのだ。偉い人にこちらから声を掛けるのが失礼なのは前世と同じで、この体勢で相手が近づいてきてくれるのを待つのが礼儀だ。無視された場合は諦めるしかない。でも、俺には分かっていたから不安はなかった。クロス様はきっと俺のことを覚えていてくれる。

 クロス様の周囲にいた二人は戸惑ったような様子を見せたけれど、クロス様は思った通り俺の方に歩いてきてくれる。あれから8年も経って、その間に一度も会えなかったというのに一目で俺のことを分かってくれたらしい。彼も背が伸びて顔つきだって変わっているし、幼い頃みたいなあどけない表情ではなくゲームに近いクールな無表情だ。それでも俺には気配だけで分かったくらい他とは違うオーラを醸し出している。
 クロス様がこちらに近づくにつれ、俺はやっと会えたという思いが溢れて震えそうになった。本物だ。本物のクロス様だ。しかもゲームに出てこない13歳バージョン……! すごい。生きてて良かった。

「久しいな、レネ・ルフィーナ」

 あの頃とは違う貴族然とした言葉遣いと声変わりしていない高めの声のギャップが可愛らしくて口元が緩みそうになる。思った通りだった。彼は1度しか会っていない俺のフルネームを覚えてくれていた。頑張って我慢して真面目な表情を保とうとしたのに、挨拶を返そうと口を開いたら自然と笑顔になってしまった。

「はい、お会いしたかったです……クロ様」

 あの時許してもらった呼び方を初めて口にしたら、声が上ずりそうになった。ずっと呼びたかった大切な愛称だから。またクロス様に会えたらこうやって挨拶しようって決めていた。クロス様のお友達だろう二人に聞かれたらマズいかもしれないと思いながらも止められなかった。
 クロス様はゲームでも主人公のことを覚えてくれていて、主人公が過去のことを思い出すまで待っている設定だった。魔法省の官僚として態度はクールだけど、さりげなく主人公をサポートしてくれたりして出会った当初からちょっぴり優しいのである。
 だから、この現実のクロス様も絶対に俺とあの時の約束を覚えていてくれるって信じていた。そんな俺の気持ちに応えるようにクロス様は両目を細め口角をちょっとだけ上げて、

「うん」

と、頷いてくれたのだった。
 それだけで時間が止まったような感覚になっていつまでもそうしていたかったけれど、クロス様はお友達と一緒だったからそれ以上深い話はできないまま別れることになった。本当に一言挨拶を交わしただけだ。でも、俺は満足だった。俺の推し様は超麗しかったし、控えめに微笑んでくれたのがクールさの中にも可愛さ爆発で最高だった。あのオーラと麗しさもあいまって少女漫画のようなボタニカルな背景を背負っている幻覚すら見えた。なにより、俺の最敬礼を受け取ってくれたのはあの約束を覚えていてくれたからに違いないと思う。貴方の騎士になるという子供っぽくてキラキラした硝子みたいな約束を。
 ちょっと挨拶を交わしただけなのに俺は大興奮してしまって、このまま皇都の大通りを走って一周しようかと思ったくらい元気いっぱいになった。任務終了直後にそんなことをしていたら不審に思われるだろうからしなかったけど、この衝動を何かで発散させたくて堪らなくて、結局、ナスフの店で受け取った証書を騎士団の金庫に預けたら、お風呂にも入らずに皇都の外へ繰り出した。都内ならともかく城壁の外なら誰も気にしない。毎朝走っている場所でもあるし。

 ちなみに、城壁を出る時には門番をしてくれている第3騎士団の人にぎょっとされて、適当に気持ちが落ち着くまで走って帰ってきた時には呆れた顔をしたジェニーに呼び止められた。

「レネってば何やってるの?」
「うん、ちょっと軽く運動してから休もうと思って」
「僕はてっきり2週間たっぷり運動してきたんだと思ってたよ。それにお風呂に入るんじゃなかったの?」
「えへへ……これから帰って入るよ」

 推しに会えた興奮を冷ますために走り込んでましたなんて言えないので笑って誤魔化すしかなかった。



***



 というわけで、次の日からの3連休もいつものように早朝の柔軟と走り込みと魔法の訓練のための瞑想と思索、それに筋トレをこなし、城壁外で獣を狩って、狩って狩って狩りまくった。クロス様のおかげで休みなのにパワーが有り余っている。と言うか、この体がめちゃくちゃ健康的で運動神経抜群なおかげで楽しくて訓練が趣味みたいになっている。やればやるほど強くなっていく気がするのは嬉しい。きっとゲームにおけるレベルはまだまだ上限に達していないと思う。
 狩った獲物は自分で加工して第5騎士団の地区にある教会に寄付した。昨日の今日でナスフのところへ持っていくのは気が引けたし、物資が不足しているなら少ない税金でやりくりしている教会は一番打撃を受けているはずだから。皇都は広いので他の騎士団の地区にもそれぞれ教会がある。皇都の教会では孤児や病人や障がいで働けない人が養われていて、その費用は税金で賄われている公共施設だ。皇帝は神の子孫ってことになっているので、教会も皇帝の下にある組織らしい。何かあって困った人も教会に行けば最低限生きていけるようになっている。
 第5騎士団地区の教会のみんなとはもう顔見知りで俺が物資を持っていくのには慣れている。そのせいでいつもは当たり前みたいに迎えられるのだが、今日ばかりは大歓迎された。普段はそんなにしょっちゅう寄付しに来ているわけでもないけど、物資が不足している中で長期任務についた俺だけじゃなく他の人も余裕がなくて暫く支援に来られなかったみたいだった。
 この様子だと隣町も大変だろうと思われたので、クロス様パワーと暇を持て余していた俺は休暇を全部使って皇都の周辺にある街の教会にも支援物資を届けに行った。俺一人の支援でも、教会の数日分の食料は確保できるので助けにはなったと思う。この世界の獣は大きいから、1匹捕まえるだけでも大量の肉が獲れる。今はまだ魔力結晶が取れる動物も多いし、教会の人には結構喜ばれた。
 人に喜んでもらえるのは嬉しい。俺としてはクロス様から貰った幸せエネルギーを発散しているだけなので、俺も助かってみんなも助かる。ウィンウィンで良かったと思う。

 そんな日々を過ごしていたら休暇はあっという間に終わってしまった。3日しかなかったし当たり前だ。隣町って言っても今の俺が獣を狩りながら走ると2時間くらいかかるところにある。移動だけで結構な時間を費やした。まあでも、充実した休暇だったので俺は晴れやかな気持ちで出勤日を迎えたのだ。

「レネ中隊長」

 そんなご機嫌な俺が寮の食堂で朝ご飯を食べていると、誰かに名前を呼ばれる。振り返ってみるとナシオ大隊長が背後から俺を見下ろしていた。

「どうかなさいましたか、ナシオ大隊長」
「うん、それがな、上から君に呼び出しがかかっている」
「呼び出しですか?」
「ああ、悪いことじゃないから安心していい。今日の訓練は副中隊長に任せて、本部の騎士団長のところへ行きなさい」
「分かりました。それじゃ朝食を終えたらそのようにいたします」
「よろしく頼む」

 ナシオ大隊長はそれだけ言って自分の朝食を取りに行った。呼び出しということは前回の任務のことで何か聞きたいことでもあるのかもしれない。さすがにまだ例の巨大魔力結晶の分析は済んでいないはずだからな。俺は朝食をかき込んで食べ終えると、第31中隊の副隊長に今日のことを託して本部へ向かった。中隊の副隊長は普段はあってないような職務なので話を聞いて顔色を青くしていて、今日は施設内での訓練の予定であることを伝えるとあからさまにホッとしていた。ナシオ大隊長がいるから外での任務も心配ないのに。

 騎士団基地は城壁の門を中心に半円を描くように広がっている。皇都の中心の方に一番近いのが騎士寮で、5階建ての正方形に近い建物が半円の円周にぐるりと無数に建ち並んでいる。本部は騎士団基地の真ん中ら辺にあり、俺の寮からだとゆっくり歩いて20分くらいかかる位置だ。基地ってホントに広いから初めて来たときは吃驚した。
 本部は貴族のお屋敷みたいにでっかい建物だけど、正面玄関は誰も守っていなくて気楽に入ることができる。そもそも基地の敷地内に入れるのは騎士団員かもしくは許可のあるお客様だけだから、一々入る人を確認する必要がない。大隊長なら勤務シフト確認をしに来たりするし、休暇や病休申請なんかの事務手続きもここでするので、下っ端でもわりと来る頻度は高い。有給はないけど、田舎に帰りたいとかいう自己都合でも休暇を申請できるようになっているから、騎士団は割とホワイトな職場だ。
 本部は天井が高く作られていて2階建てなのに5階建ての騎士寮と同じくらい高い建物だ。中央会議室もここにある。本日の目的の騎士団長室は2階だ。

「レネ・ルフィーナ准尉です。騎士団長に呼ばれて参りました」

 騎士団長の執務室に続く小さな小部屋には受付の役割をしてくれる事務員さんがいる。まずはその人に声をかけて騎士団長に取り次いで貰う。事務員さんは俺の代わりに執務室のドアをノックして中へ声を掛けた。

「レネ准尉がお越しです」

 すると、ドアの向こうから入るようにとの声が聞こえる。俺は事務員さんに促されてドアの前に立った。

「失礼いたします」

 ドアを開けると正面にデスクに座った騎士団長がいる。俺は中へ入らないままその場で敬礼して挨拶をした。

「第3師団第31中隊、レネ・ルフィーナ准尉、参りました」
「うむ、こちらへ」
「ハッ」

 第5騎士団長は壮年の男性で優しげな雰囲気をしている。貴族らしいけど位は高くないんだと聞いた。この国では貴族に『公爵』とか『伯爵』みたいな位ごとの爵位はない。第1位から第5位までの数字で位の高さが決められているけど、呼ぶ時に敬称を変えたりはしないみたいだ。みんな、家の名前を丸暗記していて家の名前が分かれば自動的に位の高さも分かるんだとか。だから、俺なんかが騎士団長の名前を聞いてもどれくらい偉い貴族なのかは分からない。分かったとしても何にもならないし。位が低いからって必ずしも平民に優しいとは限らないしな。
 まあとにかく、第5騎士団長は貴族なのに平民の俺にも優しい話し方をしてくれる落ち着いた人だってことだ。

「レネ准尉、この度の遠征はご苦労だった」
「ありがとうございます」
「君の活躍はナシオ大尉から聞いている。大発生の原因を突き止められたのは君のおかげだ。もっとも原因があれだけとはまだ断言できないが」
「とんでもないことでございます。ナシオ大尉や第7大隊の隊員のおかげです」
「謙遜しなくても良い。君の実力は入団前から世間に知られている。こちらとしては噂通りの実力を発揮してくれて嬉しい限りだ」
「勿体ないお言葉です」
「それでだな、実は君に昇進の話が出ている」
「昇進ですか? しかし、私は准尉になってまだ日が浅いのですが」
「分かっている。前回の昇進も異例のことだったからな。だが君はそれだけの成果を上げている。なにより、君のような優秀な人間を遊ばせておくのは騎士団にとっても不利益だ」
「評価していただき嬉しく思います」
「ただ、今回の昇進は更に異例のものとなる。それでここへ来てもらった。実は……第7大隊を君に任せたい」

 そこまで聞いて俺は目を丸くした。前回のことがあるから昇進にはあまり驚かなかったけど、大隊長となると話は変わる。だって、大隊長になるには少なくとも『大尉』にならないといけないのだから。俺はまだ准尉なんだぞ。つまり、今から三つ上の階級に特進するってこと?
 俺の反応を見て騎士団長は溜息を吐き視線をデスクに落とした。

「驚くのも分かる。この間、2階級特進したばかりだからな。だが、今回の遠征では騎士団にかなりの損害が出た。全体的に人手が足りない。今まで役職に就いていなかった階級持ちを回しても足りないのだ」
「ではナシオ大尉は」
「彼は第2師団第8大隊に異動となる。そして君は今日付けで少尉に昇進だ」
「少尉ですか? それでは階級が足りないのでは」
「そうだ。だが既に2階級特進している君を更に3階級も昇進させるのはさすがに無理があってな。君には申し訳ないが第7大隊隊長を勤めながら徐々に昇進してもらうことになる」
「なるほど……次の成果を上げ次第、ということでしょうか」
「いや、それもあるが、成果がなくとも4半期ごとに昇進となるだろう」

 いや、めちゃくちゃ出世させてくれるじゃん。なにそれどういうこと? じゃあ、何もしなくても来年には大尉になるの? そんなのありなんだ、凄い。いつも思ってるけど、この国の人って本当に柔軟な対応をしてくれる。実力に応じた職務に就かせてくれるのはありがたいと思う部分もありつつ、一体どういう気持ちで15歳の平民を大尉にしようと思うんだろうというのは気になる。15歳だぞ? 精神年齢は高いつもりだけどさ。俺、15歳なんだよ。この国の基準では数か月前に成人したばっかりだ。まだ子供じゃないの?
 とかなんとか思いつつも、とりあえず敬礼して昇進を受けた。

「拝命いたしました」
「レネ少尉、期待している」
「ハッ」

 そして退室しようとしたところ、騎士団長が俺を呼び止めたので、一歩下がった足を元に戻した。

「待ってくれ。もう一つ話がある」
「なんでしょうか」
「レネ少尉にルーナガート魔導学校から『課外授業の引率をして欲しい』と打診が来ている」
「魔導学校から……私に、ですか?」
「ああ、ソースイミヤ家のご嫡男が参加なされるため、そちらからの打診だ」
「!!」

 その名前にドキリと胸が鳴った。クロス様が学校の課外授業に? そう言えばあの学校そんな名前だったなとか、課外授業って何だろうとか、ゲームでそんなことあっただろうかとか、色んな事がグルグルと頭の中を廻った。

「ルーナガート魔導学校では毎年成績優秀者のみで狩りの実地訓練が行われる。その護衛をする者が必要だが、魔導学校の教員は老年の魔法使いばかりのため不適当だ。そこで例年は騎士団や冒険者組合に募集をかけ希望者の中から適当な護衛を選抜することになっている。今年はそれに加えて君に直接声がかかったというわけだ」
「大変光栄です! 必ずや魔導学校の皆さんをお守りします!」
「まあ待て。先方からはこの話を受けるかどうかは君の任意だと言われている。無理に受ける必要は」
「いえ、やらせていただきます! 是非やらせてください!」
「そ、そうか。それなら魔導学校にはそう伝えよう」

 俺の勢いに軽く引いてしまった様子の騎士団長に再度敬礼をする。クロス様と一緒に行動できる機会なんて絶対に逃せないじゃないか。しかも、クロス様の方からお声を掛けてもらったっぽいし、断る理由がない。大歓迎である。それに、騎士団長の説明を聞いていて思い出したゲームでのイベントがある。そのイベントでクロス様とかちあったことはなかったけど、過去イベントのおかげで展開が変わったのだろう。
 俺はこれからのことに思いを馳せスキップしてしまいそうな勢いで騎士団長の部屋を退室した。クロス様とのイベント、凄く楽しみだ。

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