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就職
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皇都への帰還はやっぱり5日かかった。行きは第5騎士団全体で討伐しながら進んだので帰り道の獣は多少減っていたものの、騎士たちの体力が持たなかったのだ。他の隊は森の中でかなりてこずったと聞いているし、よほど大変な目に遭ったのだろう。同情してしまう。そのため、一番疲れていない俺の隊が第3師団の先頭を引き受けて帰還することになったのは当然の結果だった。運良く獣の少ないところに当たって手柄を立てられたのは他の隊に申し訳ないと思っているけど、これでチャラにして欲しいと思う。第31中隊のみんなは『また先行部隊か』って文句を言いつつも俺に従ってくれた。
減ったとは言え獣の数はまだまだ通常より多い。大発生のせいで都市間の荷物の輸送なんかも滞っていたらしく、皇都民の生活のために今後も精力的に討伐していく必要がありそうだ。
「はー、やっと帰ってこられましたね」
「ああ、パブロ君もお疲れ様」
「俺より隊長の方が疲れてるはずじゃないですか」
「みんなが優秀だったから俺は楽だったよ」
第5騎士団の守る城門から皇都へ入場し始めるとパブロ君が話しかけてきた。これまでは先行部隊として戦闘の連続で緊張感があったから彼も無駄口は叩かないようにしていた。皇都に帰ってきて気が抜けたのだろう。
パブロ君だけじゃない。他の隊員たちも、それに第7大隊の他の中隊の騎士たちもみんなが俺の指示に従うと言ってくれて帰りは凄く楽だった。俺はたまたま先行部隊の隊長になっただけの青二才なのに、あの魔力結晶を見つけたことを俺の手柄だと認めてくれたらしい。この5日というもの、野営の度に色んな騎士に褒められて対処するのが大変だった。
15歳の若造が第5騎士団の全体任務で功績をあげたなんて、前世の常識で考えれば妬まれそうなものだけど、全然そんなことはない。上司以外のみんなが俺に敬語を使ってくれるし、俺の実力なら当然だって言ってくれる。この世界では獣の存在が大きい。中隊長のような危険な役職は人気がない分、それを担う人間はきちんと評価されるのだろう。
ゲームの世界とは言え、みんな本当に良い人ばかりで困惑してしまう。本当に一部の悪役だけが悪い人なのだろうか。というか、このゲームでは悪役もそれなりの理由があって悪いことをしているので、ひょっとするとこの世界には善人しかいないのかもしれない。
行きでは回収できなかった獣の素材もみんなの協力のおかげて沢山回収できた。良いことばっかりだ。
「みんな、今回は本当にありがとう。俺の我儘に付き合って素材回収までしてくれて、疲れてるのに面倒なことを頼んだな」
「何言ってるんですか! 俺たちがやらないとレネ隊長一人でやるつもりだったんでしょう」
「そうですよ! ただでさえ隊長はアレを運ばないといけなかったのに」
「ハハ、別にあれくらいどうってことないよ。運ぶだけならそんなに魔力は使わないし、むしろ補給部隊のみんなに余計な素材まで運んでもらうのが申し訳なくて」
「いえ、むしろ光栄でした。レネ中隊長の助けになれたのなら。それに遠征が進むにつれて物資が消費されるので素材を積む空きもできますし、これも仕事の内です」
第5騎士団の中央広場で第31中隊のみんなに挨拶していると、補給部隊の第35中隊・隊長であるカシミロさんがやってきてそんなことを言ってくれた。
「カシミロ中隊長」
「今回我々が無事だったのは全てレネ中隊長のおかげです」
「そんなことないですよ。みんなが協力してくれたからです」
「レネ中隊長は謙虚ですね」
「もう、そんなに褒めないでください。誉め言葉はこの5日で十分受け取りましたから」
「ハハハ。それで、回収した素材はどのように処理なさるのですか?」
「とりあえずナシオ大隊長に確認するつもりです。いつもなら俺の隊で確保した素材は街まで売りに行ってるんですが、今回は全体任務でしたし俺たちだけの戦利品にはできないので」
「なるほど」
騎士団の訓練や任務で回収した素材は騎士団の物になる。ただ、訓練で手に入れた素材の処理はそれぞれの中隊長に任されているので、隊の武器や防具の補強に使ったり売って隊員の臨時給与に当てたり、騎士団のために使用するのならある程度の自由が許されている。もちろん、全て記録に残した上でだ。
カシミロさんとの話が一区切りついたところで挨拶をして解散しようとみんなに向き直ったら、離れたところから俺を呼ぶ声がした。
「レネ―!」
それは聞きなれた声だったので俺はすぐに誰だか分かって顔が緩んだ。
「おかえり! 長期任務お疲れ様って言いたいところだけどレネは全然疲れてなさそうだね」
「ただいま、ジェニー。何言ってるんだよ、むちゃくちゃ疲れたし早くお風呂に入って寝たいよ」
「嘘だあ。あと一か月くらい討伐任務についても平気そうな顔してるよ」
「勘弁してよ」
近くまで駆けてきて、あはは、と朗らかに笑うその人は『ジェニー』と言っても女性ではなく、れっきとした男性だ。さらさらの金髪を後ろで短く結んでいて爽やかな青い瞳が抜けるように澄んだ美少年、その名もウージェン・アリアーヌ・ミシェーレ様だ。そう、あのウージェン様である。例の魔力結晶騒動からすっかり仲良くなった俺は彼にジェニーと呼ぶことを許してもらっていた。
「ジェニーこそお疲れ様。俺たちのいない間、第5騎士団の代わりをしててくれたんだよな」
「まだ終わってないからすぐ戻らないといけないけどね」
「そうだよな。それじゃ、俺もこれから会議があるから」
「うん。今回の話、また今度じっくり聞かせてね」
「おう、またな」
ジェニーは俺が運んできた巨大な魔力結晶にちらっと視線をやりながらもそれに言及することはなく、あっさりと手を振って第5騎士団管轄の城壁の方へ去って行った。さすがの自制心だ。今回の任務は第5騎士団全体で遠征するものだったので、俺たちが普段行っている城壁での見張りや都内を見回る仕事を第3騎士団が代わりに行うことになっていた。ジェニーもその任務でここにいたのだろう。偶然任務に就いているときに俺が帰ってきたので出迎えに来てくれたようだ。もちろん任務中に抜けるなんて許されないことだが、彼は俺と同じように中隊長にまで出世しているので、多少の融通が利くのである。
「隊長……」
ジェニーに手を振り返している俺にパブロ君が控えめな声を掛けてきた。早く帰りたいんだろう。俺もそれは分かっているので改めてみんなに向き直った。
「第31中隊!」
「ハッ!」
俺が声を上げるとみんなは素早く整列し直して敬礼してくれる。俺は既にナシオ大隊長から指示を受けていたことをそのまま伝えた。
「この2週間ご苦労だった。今日は騎士団長の計らいによりこのまま解散して良いことになっている。それと、明日からは全員に3日間の休暇が与えられた。しっかり休むように」
「ありがとうございます!」
「今日はみんなで飲みに行くんだよな? 俺はこれから会議があるし行かないけど、飲み代はおごるから楽しんで」
「えっ」
みんなが『何故それを……』みたいな顔で俺を見た。どうやら気付かれていないと思っていたらしい。たしかに俺は隊のみんなからすると上司だから野営のテントも別だったし夜の見張りでも単独になることが多かったので、仲間との会話みたいなものにはほとんど加わっていない。けれど、俺の隊のみんなが野営の度に密かに集まっていたのは知っている。きっと任務や上司の愚痴とかで盛り上がっていたのに違いない。ぶっちゃけ会話の内容も聞こうと思えば聞こえるのだが、意識して聞かないようにしていた。盗み聞きは悪いし、万が一自分の悪口なんかを聞いてしまったらショックだもん。
それでも、帰ったら盛大に宴会を開くという話だけは伝わってきた。誘われないのは寂しいという気持ちがある反面で、上司が出席する飲み会なんて絶対楽しくないということも分かる。お金だけ出して自分は出席しないのが良い上司だって俺は前世で学んだのだ。
「はい、これ」
「た、隊長……こんなに」
「いいから。その代わり、あんまり羽目を外し過ぎないようにしてね」
「了解しました!」
俺は事前に用意していた金貨5枚をパブロ君に渡して、みんなを解散させた。たぶん、あれで足りるはずだ。金貨1枚が100万ソル、つまり500万ソルを渡したことになる。ここは皇都、そして彼らは騎士だ。そこら辺の庶民の店で飲むわけにはいかない。飲み代は馬鹿にならないのである。一人3万円の会費で100人規模の宴会を開くと思えば分かって貰えるだろう。
俺の給料は一月金貨1枚だけど、今までの貯えがあるのと今でも休みの日には獣を狩って稼いでいるので、お金には困っていない。前世でもこんなこと一度言ってみたかったなあ。
「レネ中隊長はさすがですね。あれほどの金額を軽く部下に渡してしまうとは」
「いや、いつもはこんなことしませんよ。今回は俺の中隊長としての初任務だったので特別です」
「初任務の中隊長が出す金額とは思えませんが」
「あー、やっぱりやり過ぎですか? マズいかなあ」
「いえ、マズいことはないと思います。しかし、あまり部下を甘やかすのもどうかと。彼らも騎士としてそれなりの給与を与えられているので、自分の飲み代くらいは払えるでしょう」
「確かに。じゃあ、特別な時だけにします」
「それが良いでしょう」
俺と部下のやり取りを見ていたカシミロさんにやんわりと注意を受けてしまった。きっと、俺が甘やかしすぎて部下に集られるようになるんじゃないかと心配してくれたんだろう。余裕があるとはいえ、実際、自分の給料とは不釣り合いな金額なわけだしな。俺が勝手にしていることなのにそんなことまで気にかけてくれるなんて、カシミロさんも良い人だ。
「では、そろそろ参りましょうか」
「そうですね。他の大隊も解散し始めてますし」
第3師団以外の師団はまだ皇都に到着していないらしいので、今日の会議は一先ず第3師団のみで行うらしい。俺たちが先頭ではあったけれど、第3師団だけなら帰還して解散するのにそう時間はかからないはずだ。ぐずぐずしてはいられない。俺はカシミロさんと共に中央会議室へ向かった。
会議では簡単な確認と今後の予定を聞かされたくらいですぐに開放された。もっとも、俺だけは例の魔力結晶を第5騎士団の保管庫に運ぶ仕事があったが預けてしまえばそれでおしまいだ。魔力結晶を調べるのは皇国に勤める魔法使いたちが行うことになる。
魔法使いの部署は『魔法省』と呼ばれ、俺の推しであるクロス様も将来的にはそこに所属する。今のクロス様は13歳だからまだ就職はしていないはずだ。
ゲームでは15歳で主人公の物語が始まり、今回の獣の大発生を皮切りに様々なイベントを攻略していくことになる。システムはオープンワールドでイベントに攻略順序はない。その代わりに時間の経過がある。クロス様は天才魔法使いなので魔法学校を飛び級して14歳で魔法省へ就職し、物凄い勢いで出世して18歳になる頃には魔法省の対外部門のトップを任される。主人公とは皇都を守る戦闘イベントにおいて魔法省のエリート官僚として出会うのだが、それはクロス様が対外部門長官となるゲーム開始から5年後以降でないと起こらないイベントである。
つまり、普通に考えるとあと5年はクロス様に会えない計算だ。
「はあ~……」
「レネ中隊長、どうされました?」
「あ、いえ、やっと終わったなと思って」
「そうですね、お疲れ様です」
魔法省という言葉でついクロス様のことを思い出し、その遠い道のりに溜息が出た。そのせいで、獣の素材を処理するために同行してくれているカシミロさんに要らない気遣いをさせてしまう。今回は大量に素材が手に入ったので、補給部隊の馬車十数台に積み込んだまま店まで行って売り払うことになったのだ。ナシオ大隊長も俺がいつもしているように処理していいと言ってくれたので、普段通りに売り払い、そのお金は5分割してそれぞれの中隊長に渡すつもりでいる。
「今から行く店はレネ中隊長がよく使うところなんですよね?」
「はい、冒険者をしていた頃の伝手で紹介してもらったんです」
それと言うのも、ゲームの攻略対象絡みだ。俺は7歳からの8年間でゲームにおける攻略対象の過去イベントという過去イベントを一つ残らず回収した。その副作用というかなんというか、攻略対象たちとの淡いコネクションができた。
何度も言うように、ゲームでは攻略対象と仲良くなってから過去イベントが起きるので、それまでは過去のことは忘れていたか、覚えていても知らないふりをしていたか、のどちらかで処理される。攻略対象と仲良くならず過去イベントが起きない場合はそんなことはなかったとして処理される。そのため、主人公に対して過去のことを言及する攻略対象はほぼいないし、過去イベントはゲームを進める上で完全におまけ扱いであり影響がない要素だ。自由恋愛はこのゲームの売りでもあったが、恋愛をせずゲームを進めることも当然できるようになっていたのである。
しかし、こうして現実になってみると過去イベントの方が先に起きるので、なかったことにはならないし俺も覚えている。攻略対象の方だって一部の人たちを除けば、俺のことを覚えているはずだ。出会ってしまった人と綺麗さっぱり繋がりをなくすなんてことはなかなかできない。そりゃ普通の人間なら一度会っただけの人との縁なんて簡単に切れることもあるだろうが、俺は転生してきたオタクなのである。クロス様が一番の推しとは言え、他の攻略対象のことだって嫌いじゃないしむしろみんな好きだった。だからこそ助けたいと思ったし、7歳から必死こいて全過去イベントを回収したのだ。
まあ、つまり有体に言うと普通にゲームを開始していたら決してありえない『コネ』が使えるということだ。ジェニーのように。結局、ゲームの知識があるということが俺の唯一のチートなんだろう。
「まさか……ここですか?」
「はい」
その店は第5騎士団の守る区域の中にある2階建ての建物で、大通りに面しているとはいえとても小さな店だ。これだけの荷物を何台もの馬車に積んできたのでカシミロさんももっと大きいところだと思ったんだろう。いつも真面目な顔がポカンと口を開けているのが珍しい。商業組合なんかだとどこかの宮殿みたいなど派手な建物だったりするから、驚くのも無理はない。
「大丈夫です。ここは信用できる店ですから」
「そうですか。貴方がそうおっしゃるなら、そうなんでしょう」
「ちょっと待っててください。馬車を倉庫に案内してもらうので」
「はい」
この店はあくまでも窓口だ。商品を保管する場所は別にある。俺は御者席から飛び降りて店の扉を潜った。
「ナスフ! いる?」
声を掛けると、入ってすぐのところにあるカウンターの向こうに座っている髭もじゃのおじさんが手元の紙から顔を上げた。俺を見ると彼は目尻にしわを作って笑いかけてくれる。
「レネ様、お疲れ様でございます」
「うん、実は今日は大荷物なんだ。馬車を連れてきてるから倉庫に案内して欲しい」
「かしこまりました」
ナスフはベルで人を呼んで馬車を倉庫に案内させるように頼んでから、俺を応接室に通した。カシミロさんには荷物を預けたら馬車と一緒に帰ってもらうことにして、店の前で別れた。どうせこの後は買取価格を決めるだけだし、早く帰って休んでもらいたかったのだ。
「助かります。このところ、獣の素材は手に入りにくくなってまして」
「聞いたよ。大発生のせいで都市間の移動も難しくなってるらしいね」
「討伐するだけならともかく、素材の回収まで手が回らないそうで」
「運んでる内に次の獣が襲ってくるからな」
「皇都にも貯えがありますがこのままでは食糧危機も」
「大丈夫だよ。今回の任務でかなり減らしたから、狩りもしやすくなってるはずだ」
「ありがとうございます。すべてレネ様のおかげです」
「ハハ、俺じゃなくて第5騎士団のおかげだろ」
ナスフはいつもこの調子で俺を褒めてくれる。ちょっと持ち上げすぎるところもあるけど、俺みたいな子供も大事なお客様扱いしてくれるので好きだ。
ナスフは浅黒い肌をした彫の深い顔のおじさんだ。俺やクロス様、それにジェニーとも違う系統の顔をしている。この国には色んな人が住んでいるけど、街ごとに系統が変わる。俺が生まれたロクテルの街には俺と同じような顔をした人たちが多くて、クロス様の家が治めている街ではクロス様みたいな日本人っぽい顔の人が多い。皇都には色んな町から人が集まっているので、皇都だけは特別だ。
「それにしても、あれほどの量をまた私たちに売って下さるのですか?」
「……うん、悪いけど今回も頼むよ」
「いえ、我々としてはありがたいのですが、今の皇都の状況を考えますと彼らも無視できないのではと思いまして」
「平気だよ。俺が持ってきたのは第7大隊の分だけだし、他の大隊はあっちに売りに行くだろ。それに第3師団以外はまだ帰ってきてないから、他の師団が帰ってくればそっちの素材も売られると思う」
「それはそうかもしれませんが」
ナスフはなんだか歯切れ悪く話しながら窓の外を見た。外にはまだ馬車の列が続いている。ナスフが気にしているのは商業組合のお偉いさんのことだ。これくらいの規模の取引となると個人の商店より商業組合やもっと大きな商会でやりとりするのが普通だ。店が買取するにも資金が必要で、買い取ったものの保管場所も必要だから、小さな店の場合、こんなに大量の貴重品を売りに来られても捌けなくて迷惑なのだ。
それでも、俺はいつもナスフのお店で素材を売っている。彼に面倒をかけると分かっていながらそうしてしまうのは、まさに攻略対象と関係した理由がある。ナスフもそのことを知っているので普段は何も言わずに買い取ってくれるのだが。
「とにかく、俺はあっちに売る気はないから。価格も普段通りで良いし、支払いは後で騎士団あてに送ってよ。さすがに今回はこの場で渡せない金額になるだろうし」
「待ってください。普段通りというわけにはいきません」
「なんで?」
「先ほども説明しましたが物資の不足により価格が高騰しています。皇都のこのような状況でレネ様が命を懸けて集めてきてくださった貴重な素材なのですから、普段のような低価格で提供していただくのはあまりにも」
「いや、でもそれってつまり、みんな素材足りなくて困ってるってことだろ? だったらなおさら安く売って市民に行き渡るようにしなきゃ駄目じゃん。まあ、俺が持って来た分だけじゃ皇都には全然足りないだろうけどさ。騎士団は国の機関なんだから素材の売却価格も国民に寄り添わないと」
「レネ様のお志には頭が下がるばかりですが」
ナスフは毎度一々俺を持ち上げながら話すので話が長く遠回りになりがちだ。もっと直球で言ってくれないと頭の悪い俺には分からないって以前から話しているのに全然変わらない。むしろ俺の方が段々慣れてきた。ナスフの困った顔を見ていると、とにかく俺に譲歩して欲しいのだということは分かる。商売のことは分からないが俺が安すぎる金額で売ると何か困ることがあるのかもしれない。前世でもそんな話を聞いたことがある。趣味で良い物を安く売る人がいると、それを生業にしている人がお金を稼げなくなって困るという話だ。ただ、今回は緊急事態で不足している物資を供給するだけなんだからそれには当たらないと思うんだけどな。
「うーん、じゃあ、普段より高くても良いけど、他のところよりは安くね」
「もちろんでございます。ご理解いただけて助かります」
「ていうか、安く買ってナスフが高く売ればいいのに」
「そのようなことはできません。他ならぬレネ様との取引なのですから、国民に認められる適正な価格でなければ」
「ナスフはほんと大袈裟だなあ」
「当然の対応をしているまでです」
「あんまり持ち上げられても困るけど、俺と対等に話してまともに取引してくれるのは助かる。ナスフのそういうところ好きだよ」
「……光栄でございます」
ナスフは困ったように視線を落とした。たぶん、俺が『嫌いな奴』と比べて『好き』だと言ったことに気付いているのだ。困らせるつもりはなかったけど、今回はナスフの方から話を振ってきたんだから仕方がない。
「レネ様、そろそろあのお方を許して差し上げては……?」
「やだよ。あいつ一度も謝ったことないし、嫌なことばっかり言うし」
「しかし、決して悪いお方ではないのです」
「それは知ってる。でも悪人じゃないからって好かれる理由にはならないだろ」
ナスフが言う『あのお方』とはゲームの攻略対象の一人である商人のことだ。俺はそいつのためにあえてナスフの店を利用している。奴に会わないために。
『奴』がどんな人間かは分かってる。ゲームで散々関わったから悪いやつじゃないどころか、商売人としてはむしろ善良なやつだってことも知ってる。だから前世では嫌いじゃなかった。過去イベントも発生させたくらい、前世では好感を持っていた。でもさ、ゲームで会うのと現実で会うのって全然違うんだよな。例えばの話、ツンデレなキャラクターが実際にいたらただのムカつく奴になりそうだろ。そんな感じで、ゲームのキャラクターとしては魅力的だったのだが、奴は実際に会うとめちゃくちゃ嫌な奴だった。それこそ、ツンデレなキャラクターよりももっと酷いくらいに。
とにかく、過去イベント絡みで嫌なことがあったので奴とは関わらないようにしている。商業組合のお偉いさんということで彼と関わらないということは商業組合に関わらないということ。厳密に言えば正式に商売をするためには商業組合に入るのが必須で、ナスフだって商業組合には加入しているのだけれど、ここで売ったものは直接貴族や他の顧客に売ることになっていて商業組合を通して他の店に流通させたりすることはない。つまり奴と関わりの薄い店なのだ。
そんな話をしていたらカシミロさんを倉庫に案内してくれていた人が戻ってきた。
「売却リストでございます。ご確認ください」
「うん」
彼からリストを受け取ったナスフがこちらに手渡してくる。俺はあらかじめカシミロさんから貰っておいたメモをリストと見比べた。素材の損傷具合によって区別されてはいるものの、数は問題なく合っているようだ。
「間違いないよ」
「ありがとうございます」
その後、売却価格を計算してもらい契約書にお互いサインしたものを受け取って店を出た。これは後日金銭と交換することになる証書だから騎士団の金庫に保管しておく。
店の前には帰ったと思っていたカシミロさんが立っていた。
「問題ありませんでしたか?」
「カシミロ中隊長、待っててくれたんですか?」
「ええ、レネ中隊長も一度騎士団に戻るのでしょう? 私もそのつもりなのでどうせならご一緒しようかと」
「そっか、確かにそうですね」
カシミロさんは素材を積んでいた馬車を一台待たせていて、それに俺も乗せてくれるつもりで待っていたらしい。気の利く人だなあ、と思いながら俺はお言葉に甘えることにした。
減ったとは言え獣の数はまだまだ通常より多い。大発生のせいで都市間の荷物の輸送なんかも滞っていたらしく、皇都民の生活のために今後も精力的に討伐していく必要がありそうだ。
「はー、やっと帰ってこられましたね」
「ああ、パブロ君もお疲れ様」
「俺より隊長の方が疲れてるはずじゃないですか」
「みんなが優秀だったから俺は楽だったよ」
第5騎士団の守る城門から皇都へ入場し始めるとパブロ君が話しかけてきた。これまでは先行部隊として戦闘の連続で緊張感があったから彼も無駄口は叩かないようにしていた。皇都に帰ってきて気が抜けたのだろう。
パブロ君だけじゃない。他の隊員たちも、それに第7大隊の他の中隊の騎士たちもみんなが俺の指示に従うと言ってくれて帰りは凄く楽だった。俺はたまたま先行部隊の隊長になっただけの青二才なのに、あの魔力結晶を見つけたことを俺の手柄だと認めてくれたらしい。この5日というもの、野営の度に色んな騎士に褒められて対処するのが大変だった。
15歳の若造が第5騎士団の全体任務で功績をあげたなんて、前世の常識で考えれば妬まれそうなものだけど、全然そんなことはない。上司以外のみんなが俺に敬語を使ってくれるし、俺の実力なら当然だって言ってくれる。この世界では獣の存在が大きい。中隊長のような危険な役職は人気がない分、それを担う人間はきちんと評価されるのだろう。
ゲームの世界とは言え、みんな本当に良い人ばかりで困惑してしまう。本当に一部の悪役だけが悪い人なのだろうか。というか、このゲームでは悪役もそれなりの理由があって悪いことをしているので、ひょっとするとこの世界には善人しかいないのかもしれない。
行きでは回収できなかった獣の素材もみんなの協力のおかげて沢山回収できた。良いことばっかりだ。
「みんな、今回は本当にありがとう。俺の我儘に付き合って素材回収までしてくれて、疲れてるのに面倒なことを頼んだな」
「何言ってるんですか! 俺たちがやらないとレネ隊長一人でやるつもりだったんでしょう」
「そうですよ! ただでさえ隊長はアレを運ばないといけなかったのに」
「ハハ、別にあれくらいどうってことないよ。運ぶだけならそんなに魔力は使わないし、むしろ補給部隊のみんなに余計な素材まで運んでもらうのが申し訳なくて」
「いえ、むしろ光栄でした。レネ中隊長の助けになれたのなら。それに遠征が進むにつれて物資が消費されるので素材を積む空きもできますし、これも仕事の内です」
第5騎士団の中央広場で第31中隊のみんなに挨拶していると、補給部隊の第35中隊・隊長であるカシミロさんがやってきてそんなことを言ってくれた。
「カシミロ中隊長」
「今回我々が無事だったのは全てレネ中隊長のおかげです」
「そんなことないですよ。みんなが協力してくれたからです」
「レネ中隊長は謙虚ですね」
「もう、そんなに褒めないでください。誉め言葉はこの5日で十分受け取りましたから」
「ハハハ。それで、回収した素材はどのように処理なさるのですか?」
「とりあえずナシオ大隊長に確認するつもりです。いつもなら俺の隊で確保した素材は街まで売りに行ってるんですが、今回は全体任務でしたし俺たちだけの戦利品にはできないので」
「なるほど」
騎士団の訓練や任務で回収した素材は騎士団の物になる。ただ、訓練で手に入れた素材の処理はそれぞれの中隊長に任されているので、隊の武器や防具の補強に使ったり売って隊員の臨時給与に当てたり、騎士団のために使用するのならある程度の自由が許されている。もちろん、全て記録に残した上でだ。
カシミロさんとの話が一区切りついたところで挨拶をして解散しようとみんなに向き直ったら、離れたところから俺を呼ぶ声がした。
「レネ―!」
それは聞きなれた声だったので俺はすぐに誰だか分かって顔が緩んだ。
「おかえり! 長期任務お疲れ様って言いたいところだけどレネは全然疲れてなさそうだね」
「ただいま、ジェニー。何言ってるんだよ、むちゃくちゃ疲れたし早くお風呂に入って寝たいよ」
「嘘だあ。あと一か月くらい討伐任務についても平気そうな顔してるよ」
「勘弁してよ」
近くまで駆けてきて、あはは、と朗らかに笑うその人は『ジェニー』と言っても女性ではなく、れっきとした男性だ。さらさらの金髪を後ろで短く結んでいて爽やかな青い瞳が抜けるように澄んだ美少年、その名もウージェン・アリアーヌ・ミシェーレ様だ。そう、あのウージェン様である。例の魔力結晶騒動からすっかり仲良くなった俺は彼にジェニーと呼ぶことを許してもらっていた。
「ジェニーこそお疲れ様。俺たちのいない間、第5騎士団の代わりをしててくれたんだよな」
「まだ終わってないからすぐ戻らないといけないけどね」
「そうだよな。それじゃ、俺もこれから会議があるから」
「うん。今回の話、また今度じっくり聞かせてね」
「おう、またな」
ジェニーは俺が運んできた巨大な魔力結晶にちらっと視線をやりながらもそれに言及することはなく、あっさりと手を振って第5騎士団管轄の城壁の方へ去って行った。さすがの自制心だ。今回の任務は第5騎士団全体で遠征するものだったので、俺たちが普段行っている城壁での見張りや都内を見回る仕事を第3騎士団が代わりに行うことになっていた。ジェニーもその任務でここにいたのだろう。偶然任務に就いているときに俺が帰ってきたので出迎えに来てくれたようだ。もちろん任務中に抜けるなんて許されないことだが、彼は俺と同じように中隊長にまで出世しているので、多少の融通が利くのである。
「隊長……」
ジェニーに手を振り返している俺にパブロ君が控えめな声を掛けてきた。早く帰りたいんだろう。俺もそれは分かっているので改めてみんなに向き直った。
「第31中隊!」
「ハッ!」
俺が声を上げるとみんなは素早く整列し直して敬礼してくれる。俺は既にナシオ大隊長から指示を受けていたことをそのまま伝えた。
「この2週間ご苦労だった。今日は騎士団長の計らいによりこのまま解散して良いことになっている。それと、明日からは全員に3日間の休暇が与えられた。しっかり休むように」
「ありがとうございます!」
「今日はみんなで飲みに行くんだよな? 俺はこれから会議があるし行かないけど、飲み代はおごるから楽しんで」
「えっ」
みんなが『何故それを……』みたいな顔で俺を見た。どうやら気付かれていないと思っていたらしい。たしかに俺は隊のみんなからすると上司だから野営のテントも別だったし夜の見張りでも単独になることが多かったので、仲間との会話みたいなものにはほとんど加わっていない。けれど、俺の隊のみんなが野営の度に密かに集まっていたのは知っている。きっと任務や上司の愚痴とかで盛り上がっていたのに違いない。ぶっちゃけ会話の内容も聞こうと思えば聞こえるのだが、意識して聞かないようにしていた。盗み聞きは悪いし、万が一自分の悪口なんかを聞いてしまったらショックだもん。
それでも、帰ったら盛大に宴会を開くという話だけは伝わってきた。誘われないのは寂しいという気持ちがある反面で、上司が出席する飲み会なんて絶対楽しくないということも分かる。お金だけ出して自分は出席しないのが良い上司だって俺は前世で学んだのだ。
「はい、これ」
「た、隊長……こんなに」
「いいから。その代わり、あんまり羽目を外し過ぎないようにしてね」
「了解しました!」
俺は事前に用意していた金貨5枚をパブロ君に渡して、みんなを解散させた。たぶん、あれで足りるはずだ。金貨1枚が100万ソル、つまり500万ソルを渡したことになる。ここは皇都、そして彼らは騎士だ。そこら辺の庶民の店で飲むわけにはいかない。飲み代は馬鹿にならないのである。一人3万円の会費で100人規模の宴会を開くと思えば分かって貰えるだろう。
俺の給料は一月金貨1枚だけど、今までの貯えがあるのと今でも休みの日には獣を狩って稼いでいるので、お金には困っていない。前世でもこんなこと一度言ってみたかったなあ。
「レネ中隊長はさすがですね。あれほどの金額を軽く部下に渡してしまうとは」
「いや、いつもはこんなことしませんよ。今回は俺の中隊長としての初任務だったので特別です」
「初任務の中隊長が出す金額とは思えませんが」
「あー、やっぱりやり過ぎですか? マズいかなあ」
「いえ、マズいことはないと思います。しかし、あまり部下を甘やかすのもどうかと。彼らも騎士としてそれなりの給与を与えられているので、自分の飲み代くらいは払えるでしょう」
「確かに。じゃあ、特別な時だけにします」
「それが良いでしょう」
俺と部下のやり取りを見ていたカシミロさんにやんわりと注意を受けてしまった。きっと、俺が甘やかしすぎて部下に集られるようになるんじゃないかと心配してくれたんだろう。余裕があるとはいえ、実際、自分の給料とは不釣り合いな金額なわけだしな。俺が勝手にしていることなのにそんなことまで気にかけてくれるなんて、カシミロさんも良い人だ。
「では、そろそろ参りましょうか」
「そうですね。他の大隊も解散し始めてますし」
第3師団以外の師団はまだ皇都に到着していないらしいので、今日の会議は一先ず第3師団のみで行うらしい。俺たちが先頭ではあったけれど、第3師団だけなら帰還して解散するのにそう時間はかからないはずだ。ぐずぐずしてはいられない。俺はカシミロさんと共に中央会議室へ向かった。
会議では簡単な確認と今後の予定を聞かされたくらいですぐに開放された。もっとも、俺だけは例の魔力結晶を第5騎士団の保管庫に運ぶ仕事があったが預けてしまえばそれでおしまいだ。魔力結晶を調べるのは皇国に勤める魔法使いたちが行うことになる。
魔法使いの部署は『魔法省』と呼ばれ、俺の推しであるクロス様も将来的にはそこに所属する。今のクロス様は13歳だからまだ就職はしていないはずだ。
ゲームでは15歳で主人公の物語が始まり、今回の獣の大発生を皮切りに様々なイベントを攻略していくことになる。システムはオープンワールドでイベントに攻略順序はない。その代わりに時間の経過がある。クロス様は天才魔法使いなので魔法学校を飛び級して14歳で魔法省へ就職し、物凄い勢いで出世して18歳になる頃には魔法省の対外部門のトップを任される。主人公とは皇都を守る戦闘イベントにおいて魔法省のエリート官僚として出会うのだが、それはクロス様が対外部門長官となるゲーム開始から5年後以降でないと起こらないイベントである。
つまり、普通に考えるとあと5年はクロス様に会えない計算だ。
「はあ~……」
「レネ中隊長、どうされました?」
「あ、いえ、やっと終わったなと思って」
「そうですね、お疲れ様です」
魔法省という言葉でついクロス様のことを思い出し、その遠い道のりに溜息が出た。そのせいで、獣の素材を処理するために同行してくれているカシミロさんに要らない気遣いをさせてしまう。今回は大量に素材が手に入ったので、補給部隊の馬車十数台に積み込んだまま店まで行って売り払うことになったのだ。ナシオ大隊長も俺がいつもしているように処理していいと言ってくれたので、普段通りに売り払い、そのお金は5分割してそれぞれの中隊長に渡すつもりでいる。
「今から行く店はレネ中隊長がよく使うところなんですよね?」
「はい、冒険者をしていた頃の伝手で紹介してもらったんです」
それと言うのも、ゲームの攻略対象絡みだ。俺は7歳からの8年間でゲームにおける攻略対象の過去イベントという過去イベントを一つ残らず回収した。その副作用というかなんというか、攻略対象たちとの淡いコネクションができた。
何度も言うように、ゲームでは攻略対象と仲良くなってから過去イベントが起きるので、それまでは過去のことは忘れていたか、覚えていても知らないふりをしていたか、のどちらかで処理される。攻略対象と仲良くならず過去イベントが起きない場合はそんなことはなかったとして処理される。そのため、主人公に対して過去のことを言及する攻略対象はほぼいないし、過去イベントはゲームを進める上で完全におまけ扱いであり影響がない要素だ。自由恋愛はこのゲームの売りでもあったが、恋愛をせずゲームを進めることも当然できるようになっていたのである。
しかし、こうして現実になってみると過去イベントの方が先に起きるので、なかったことにはならないし俺も覚えている。攻略対象の方だって一部の人たちを除けば、俺のことを覚えているはずだ。出会ってしまった人と綺麗さっぱり繋がりをなくすなんてことはなかなかできない。そりゃ普通の人間なら一度会っただけの人との縁なんて簡単に切れることもあるだろうが、俺は転生してきたオタクなのである。クロス様が一番の推しとは言え、他の攻略対象のことだって嫌いじゃないしむしろみんな好きだった。だからこそ助けたいと思ったし、7歳から必死こいて全過去イベントを回収したのだ。
まあ、つまり有体に言うと普通にゲームを開始していたら決してありえない『コネ』が使えるということだ。ジェニーのように。結局、ゲームの知識があるということが俺の唯一のチートなんだろう。
「まさか……ここですか?」
「はい」
その店は第5騎士団の守る区域の中にある2階建ての建物で、大通りに面しているとはいえとても小さな店だ。これだけの荷物を何台もの馬車に積んできたのでカシミロさんももっと大きいところだと思ったんだろう。いつも真面目な顔がポカンと口を開けているのが珍しい。商業組合なんかだとどこかの宮殿みたいなど派手な建物だったりするから、驚くのも無理はない。
「大丈夫です。ここは信用できる店ですから」
「そうですか。貴方がそうおっしゃるなら、そうなんでしょう」
「ちょっと待っててください。馬車を倉庫に案内してもらうので」
「はい」
この店はあくまでも窓口だ。商品を保管する場所は別にある。俺は御者席から飛び降りて店の扉を潜った。
「ナスフ! いる?」
声を掛けると、入ってすぐのところにあるカウンターの向こうに座っている髭もじゃのおじさんが手元の紙から顔を上げた。俺を見ると彼は目尻にしわを作って笑いかけてくれる。
「レネ様、お疲れ様でございます」
「うん、実は今日は大荷物なんだ。馬車を連れてきてるから倉庫に案内して欲しい」
「かしこまりました」
ナスフはベルで人を呼んで馬車を倉庫に案内させるように頼んでから、俺を応接室に通した。カシミロさんには荷物を預けたら馬車と一緒に帰ってもらうことにして、店の前で別れた。どうせこの後は買取価格を決めるだけだし、早く帰って休んでもらいたかったのだ。
「助かります。このところ、獣の素材は手に入りにくくなってまして」
「聞いたよ。大発生のせいで都市間の移動も難しくなってるらしいね」
「討伐するだけならともかく、素材の回収まで手が回らないそうで」
「運んでる内に次の獣が襲ってくるからな」
「皇都にも貯えがありますがこのままでは食糧危機も」
「大丈夫だよ。今回の任務でかなり減らしたから、狩りもしやすくなってるはずだ」
「ありがとうございます。すべてレネ様のおかげです」
「ハハ、俺じゃなくて第5騎士団のおかげだろ」
ナスフはいつもこの調子で俺を褒めてくれる。ちょっと持ち上げすぎるところもあるけど、俺みたいな子供も大事なお客様扱いしてくれるので好きだ。
ナスフは浅黒い肌をした彫の深い顔のおじさんだ。俺やクロス様、それにジェニーとも違う系統の顔をしている。この国には色んな人が住んでいるけど、街ごとに系統が変わる。俺が生まれたロクテルの街には俺と同じような顔をした人たちが多くて、クロス様の家が治めている街ではクロス様みたいな日本人っぽい顔の人が多い。皇都には色んな町から人が集まっているので、皇都だけは特別だ。
「それにしても、あれほどの量をまた私たちに売って下さるのですか?」
「……うん、悪いけど今回も頼むよ」
「いえ、我々としてはありがたいのですが、今の皇都の状況を考えますと彼らも無視できないのではと思いまして」
「平気だよ。俺が持ってきたのは第7大隊の分だけだし、他の大隊はあっちに売りに行くだろ。それに第3師団以外はまだ帰ってきてないから、他の師団が帰ってくればそっちの素材も売られると思う」
「それはそうかもしれませんが」
ナスフはなんだか歯切れ悪く話しながら窓の外を見た。外にはまだ馬車の列が続いている。ナスフが気にしているのは商業組合のお偉いさんのことだ。これくらいの規模の取引となると個人の商店より商業組合やもっと大きな商会でやりとりするのが普通だ。店が買取するにも資金が必要で、買い取ったものの保管場所も必要だから、小さな店の場合、こんなに大量の貴重品を売りに来られても捌けなくて迷惑なのだ。
それでも、俺はいつもナスフのお店で素材を売っている。彼に面倒をかけると分かっていながらそうしてしまうのは、まさに攻略対象と関係した理由がある。ナスフもそのことを知っているので普段は何も言わずに買い取ってくれるのだが。
「とにかく、俺はあっちに売る気はないから。価格も普段通りで良いし、支払いは後で騎士団あてに送ってよ。さすがに今回はこの場で渡せない金額になるだろうし」
「待ってください。普段通りというわけにはいきません」
「なんで?」
「先ほども説明しましたが物資の不足により価格が高騰しています。皇都のこのような状況でレネ様が命を懸けて集めてきてくださった貴重な素材なのですから、普段のような低価格で提供していただくのはあまりにも」
「いや、でもそれってつまり、みんな素材足りなくて困ってるってことだろ? だったらなおさら安く売って市民に行き渡るようにしなきゃ駄目じゃん。まあ、俺が持って来た分だけじゃ皇都には全然足りないだろうけどさ。騎士団は国の機関なんだから素材の売却価格も国民に寄り添わないと」
「レネ様のお志には頭が下がるばかりですが」
ナスフは毎度一々俺を持ち上げながら話すので話が長く遠回りになりがちだ。もっと直球で言ってくれないと頭の悪い俺には分からないって以前から話しているのに全然変わらない。むしろ俺の方が段々慣れてきた。ナスフの困った顔を見ていると、とにかく俺に譲歩して欲しいのだということは分かる。商売のことは分からないが俺が安すぎる金額で売ると何か困ることがあるのかもしれない。前世でもそんな話を聞いたことがある。趣味で良い物を安く売る人がいると、それを生業にしている人がお金を稼げなくなって困るという話だ。ただ、今回は緊急事態で不足している物資を供給するだけなんだからそれには当たらないと思うんだけどな。
「うーん、じゃあ、普段より高くても良いけど、他のところよりは安くね」
「もちろんでございます。ご理解いただけて助かります」
「ていうか、安く買ってナスフが高く売ればいいのに」
「そのようなことはできません。他ならぬレネ様との取引なのですから、国民に認められる適正な価格でなければ」
「ナスフはほんと大袈裟だなあ」
「当然の対応をしているまでです」
「あんまり持ち上げられても困るけど、俺と対等に話してまともに取引してくれるのは助かる。ナスフのそういうところ好きだよ」
「……光栄でございます」
ナスフは困ったように視線を落とした。たぶん、俺が『嫌いな奴』と比べて『好き』だと言ったことに気付いているのだ。困らせるつもりはなかったけど、今回はナスフの方から話を振ってきたんだから仕方がない。
「レネ様、そろそろあのお方を許して差し上げては……?」
「やだよ。あいつ一度も謝ったことないし、嫌なことばっかり言うし」
「しかし、決して悪いお方ではないのです」
「それは知ってる。でも悪人じゃないからって好かれる理由にはならないだろ」
ナスフが言う『あのお方』とはゲームの攻略対象の一人である商人のことだ。俺はそいつのためにあえてナスフの店を利用している。奴に会わないために。
『奴』がどんな人間かは分かってる。ゲームで散々関わったから悪いやつじゃないどころか、商売人としてはむしろ善良なやつだってことも知ってる。だから前世では嫌いじゃなかった。過去イベントも発生させたくらい、前世では好感を持っていた。でもさ、ゲームで会うのと現実で会うのって全然違うんだよな。例えばの話、ツンデレなキャラクターが実際にいたらただのムカつく奴になりそうだろ。そんな感じで、ゲームのキャラクターとしては魅力的だったのだが、奴は実際に会うとめちゃくちゃ嫌な奴だった。それこそ、ツンデレなキャラクターよりももっと酷いくらいに。
とにかく、過去イベント絡みで嫌なことがあったので奴とは関わらないようにしている。商業組合のお偉いさんということで彼と関わらないということは商業組合に関わらないということ。厳密に言えば正式に商売をするためには商業組合に入るのが必須で、ナスフだって商業組合には加入しているのだけれど、ここで売ったものは直接貴族や他の顧客に売ることになっていて商業組合を通して他の店に流通させたりすることはない。つまり奴と関わりの薄い店なのだ。
そんな話をしていたらカシミロさんを倉庫に案内してくれていた人が戻ってきた。
「売却リストでございます。ご確認ください」
「うん」
彼からリストを受け取ったナスフがこちらに手渡してくる。俺はあらかじめカシミロさんから貰っておいたメモをリストと見比べた。素材の損傷具合によって区別されてはいるものの、数は問題なく合っているようだ。
「間違いないよ」
「ありがとうございます」
その後、売却価格を計算してもらい契約書にお互いサインしたものを受け取って店を出た。これは後日金銭と交換することになる証書だから騎士団の金庫に保管しておく。
店の前には帰ったと思っていたカシミロさんが立っていた。
「問題ありませんでしたか?」
「カシミロ中隊長、待っててくれたんですか?」
「ええ、レネ中隊長も一度騎士団に戻るのでしょう? 私もそのつもりなのでどうせならご一緒しようかと」
「そっか、確かにそうですね」
カシミロさんは素材を積んでいた馬車を一台待たせていて、それに俺も乗せてくれるつもりで待っていたらしい。気の利く人だなあ、と思いながら俺はお言葉に甘えることにした。
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