転生した俺が貴方の犬になるまで

ぶたこ

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先生

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「あ、そうだ。出発の前に、皆さん集まって下さい」

 クロス様との再会を喜んでばかりもいられない。はからずも俺がリーダーみたいになっているし、皆の命は俺が預かっているということになる。学生さんが誰一人欠けることのないように対策をしておきたい。冒険者の人たちを信用していないわけじゃないけど、ちゃんとリーダーの役割はしないとな。

「レネ少尉、全員集まりましたが?」

 声をかけてきたのはさっき学校の講義室で俺の二つ隣に座っていた男性の冒険者さんだ。彼を始めとした冒険者さんも学生さんも俺の意図を測りかねている様子だ。挨拶はさっきしたから何をするのか分からないんだと思う。

「今から皆さんに俺の魔力を印として付けさせてもらいます。皆さんは優秀な魔法使いですから他人の魔力は鬱陶しく感じるかもしれませんが、何か不測の事態が起こった場合に対応するためにも、申し訳ありませんが訓練の間だけは我慢していただきます。よろしいですね?」

 仕事だし、嫌だと言われても止める気はないのですぐに魔法を発動する。許可を取ると言うより確認の意味で説明しただけだ。
 これは大討伐の任務の時にも使用した魔法だ。今回は学生さんが5人一組として5組と3~5人の冒険者さんのチームが4組で全員で約40人くらいだから大討伐の時より楽だ。この魔法ってあんまり大勢に使うと訳分かんなくなっちゃうんだよな。人が個別に判別付きづらくなるというか。それでも隊列から離れちゃえばすぐに分かるから前回はそれ目的で使った。
 全員に俺の魔力を飛ばしてくっつけるだけなのですぐに終わる。

「よし、できました。それじゃ、これで」
「ま、待ってください!」

 そして出発しようとすると学生さんの中の一人が声を上げた。後ろの方にいて姿が見え難かったけれど手を上げながら前の方へ出てきてくれる。ストレートの紺色の髪をおかっぱみたいに切り揃えた浅黒い肌をした可愛らしい少年だった。皆子供だからか俺より背が低い子ばかりだけど、彼は特に小さいみたいだ。ひょっとするとクロス様みたいに13歳で、若いけれど魔法の実力が高いために選ばれた子なのかもしれない。

「どうかしましたか?」
「あ、あの、僕はターリブ・アーリム・アディーブと申します。初めまして」
「ご丁寧にありがとうございます」

 ターリブ君、と思わず呼びそうになるけど、苗字があるってことはやっぱり貴族だ。なんだか他の学生さんたちからは俺を胡散臭そうに見る視線を感じるけれど、ターリブ様はきちんと正式な挨拶の仕草をしてくれた。形は俺のする敬礼と同じで、騎士と違うのは貴族の挨拶では掌を見せないということだ。ただ、狩りの実地訓練なのに分厚い魔導書を持ってきているみたいで、後ろに回した左腕を重そうにしている。

「あの、お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい、なんでもお聞きください」
「先ほど言われた、魔力を印として付けるというのはどういう意味でしょうか?」
「ん?」
「ですから、魔力を印として付けると仰いましたよね? できたと仰ったのに何も感じられないのですが」
「ああ!」

 一瞬、俺の使っている魔法を知らないのかと思って焦ってしまった。俺の魔力を感じられないってことか。そりゃそうだよな。ゲームでも普通に出てきてた魔法だし。学校でも習うはずだ。

「それなら大丈夫ですよ。俺の魔力は正しくターリブ様に接着できています」
「待て、俺にも感じられないぞ」

 すると、一番前にいた茶髪の女の子もそう言いだした。この世界は男性同士や女性同士で恋愛できることもあって男女の区別が余りない。それで、ターリブ様みたいに優しい口調の男性もいれば、彼女のように前世の男みたいな話し方をする女性もいる。一人称もまちまちだ。前世持ちの俺は混乱しちゃうけど、ここではこれが普通だ。ファンタジーあるあるだよな。
 彼女を皮切りに他の学生さんたちも私も僕もと声を上げ始めた。でも別にそれは想定外じゃない。優秀だと聞いてたからひょっとして感じ取れるんじゃないかと思っただけで、基本的に印をつける相手には気付かれないくらいの魔力しか使っていないからだ。優秀とは言え学生さんだから、そこら辺は発展途上なんだろう。

「静粛にお願いします。ちゃんと皆さんにも俺の魔力を付けていますよ。そうですね……クロス卿、どうですか?」
「うん……微かにだが私の中にレネ少尉の魔力を感じる」
「さすがです、クロス卿」

 良かった。クロス様はちゃんと分かってるみたいだ。13歳なのに俺の推し凄い。

「はあ? 本当なのか、ソースイミヤ」
「ああ」
「皆さんはまだ学生ですからこれから修練すれば私の魔力も感じられるようになると思いますよ」
「だが、そもそもその魔法は何なんだ!」
「そうです! 僕もそれが訊きたくて!」

 茶髪の女の子にターリブ様が同調する。俺は思わず首を傾げた。あれ? やっぱり知らないってこと? いやいや、そんなことはないはずだ。どこでも見かける基本の魔法が記載された基礎の基礎とも言える魔法書に載ってた魔法だもの。

「ええと、アンカーの魔法って知らな……知りませんか?」
「えっ、アンカー?」
「アンカーくらい知ってる! それとお前の魔法とどう関係があるんだ」
「今のがアンカーの魔法ですが」
「そんな馬鹿な! 僕が知ってるのと違います」
「えっ? じゃあ、皆さんが知ってるアンカーはどういう魔法なんですか?」

 混乱したせいか敬語を忘れるところだった。衝撃的な事実が発覚しそうになっている。俺の知ってるゲームの魔法であるアンカーとこの世界の人が知っている魔法のアンカーが違うものかもしれない。魔法書には確かに載ってたけど、俺が気付かない違いがあったのだろうか。
 すると、茶髪の女の子が率先してアンカーの魔法を披露してくれた。

「ティリプスツソーグルース……」

 目を閉じて長めの呪文を唱えると発動の瞬間に目を見開いて俺を指さす。

「アンカー!」

 すると彼女の指から魔力の丸い塊が出てきて俺のお腹にくっついた。その塊からは魔力の線が飛び出ていて彼女の指と繋がっている。うん、アンカーの魔法だ。なんだ、ゲームと同じじゃん。

「これがアンカーの魔法だ」
「はい、そうですね」
「お前のとは違うだろうが」
「いや、同じですよ。ただこれを複数人にしているだけで」
「で、でも! 複数人にアンカーが使えるなんて聞いたことがありません」
「そうだ! 同じような魔法だとしてもお前のはアンカーとは言えない」
「ええ? そうなんですか? 同じことをしてるだけなんですけど」

 おかしいな。これじゃ俺が勘違い野郎みたいだ。前世の知識があるから、ひょっとして常識的じゃないことをしてしまったんだろうか。そうだとしたらめちゃくちゃ恥ずかしいし、絶対嫌だ。変なことを堂々と言ってたことになるじゃないか。ていうか、そんなことにならないようにこの世界の本でめちゃんこ勉強したのに。小さい頃から町長さんの家とか教会でたくさん本を読ませてもらったし、冒険者になってからは色んな町の本屋さんで色んな本を買って読んだ。
 そうだよ、俺は間違ってない! だって、基礎魔法の本に載ってたもん! アンカーの魔法を呪文なしでやれば複数人にも対応可能って『基礎魔法大全』に載ってたもん!

「皆さん、基礎魔法大全を読んだことがないのでしょうか?」
「っ!」
「え?」

 そう言うと、学生の皆さんは固まってしまった。それを見て、俺は何となく分かった。どうやら皆、勉強をさぼっているようだ。
 基礎魔法大全は皇国で一番有名な基礎魔法の本である。俺の故郷であるロクテルの町長さんの家にもあったし、どこの本屋に行っても必ず見かけるほどの魔法界における聖書的な存在だ。なにしろ、ルーナガート魔導学校の創設者である賢者ライムンドが書いた書籍なのだ。ここにいる学生さんが知らないわけがない。

「基礎魔法大全のアンカーの項目に俺の使った魔法のことは書いてあるはずです」
「そ、それは……」
「基礎魔法大全……」
「そもそもアンカーの魔法に呪文なんか唱えてたら実践では使えませんよね? こんな風に印をつけたことが相手に丸分かりでもいけません。この線を辿って、むしろこちらの居場所も割れてしまいます」

 俺は茶髪の女の子が付けたお腹のアンカーを指さして指摘した。まあ、明確に追いかけっこをしている状況なら相手に恐怖を与えられてむしろ良い場合もあると思う。
 茶髪の女の子はちょっと震えてアンカーの魔法を消した。怖がらせるつもりじゃないのでさりげなく話を逸らしてみる。

「皆さんが一人だけにしかアンカーを付けられないと思っていたのは呪文を唱えているせいじゃないですか? 呪文を唱えた方が魔法は発動しやすいかもしれませんが、慣れてきたら自分でやった方が効率的ですし自由度も高くなるので良いですよ」
「どういうことですか?」

 茶髪の子は黙ってしまったがターリブ様はまだ質問を続けてくる。きっと普段から真面目な子なんだろうな。

「呪文を唱えると唱えたことしかできませんから、アンカーの魔法もさっきの呪文を唱えたら俺でも彼女と同じ結果になるはずです」
「どうしてですか? じゃあ、レネ少尉はどうやってるんですか?」
「ええと、アンカーの魔法と同じように魔力を動かしているというか……皆さん、呪文を唱えなくても手から水を出せますよね? それと同じようにアンカーも呪文なしで行っているだけです」
「え!」

 待ってくれ。これでも吃驚されるのは想定外だ。やっぱり俺は勘違い野郎……いやいやいや、違う! そんなことないって! だって、平民の冒険者さんで無詠唱で魔法を使ってる人見たことあるもん! 嘘じゃないもん!
 俺はあえて冷静を装って学生さんたちを見た。

「皆さん、何を驚いているんですか? 平民の冒険者でも呪文なしで魔法を使用する人間はいますよ。そうですよね?」

 例の冒険者の男性を見ると頷いてくれる。

「あ、ああ、そうですね。呪文なしで使えるようじゃないと一緒に狩りは難しいと思います」

 その答えを聞いて安心する。良かった、俺は間違ってなかった。
 しかしそうすると、この学生さんたちヤバくないか? 優秀な子を集めてるんじゃないの? 全然知識も実力もなさそうなんだが。クロス様を除いて。
 真面目そうなターリブ様が知らないのは意外だけど、この中でも若い方だから仕方がないのかもしれない。13歳くらいだもんな。ターリブ様は動揺したのか、なんだか目がうるうるしてしまっている。しまった、俺も動揺してたせいで厳しく言い過ぎたかもしれない。そうだよな、学生さんなんだからさぼったり本を読まない子だっているよな。

「こほん、申し訳ありません。皆さんは優秀だと聞いていたので、俺が求め過ぎてしまったようです。学生さんですからこれから勉強すれば良いと思いますよ」

 謝るつもりだったのになんだか嫌味みたいになってしまった。どうしよう。でも他に言い方が思いつかなかったんだ。

「えーと、折角ですから呪文についてもう少しお話しておきましょう。皆さんもご存じの通り、呪文は精霊語でできています。この世界のあらゆるところに存在する精霊に話しかけ、自分の魔力を使って代わりに魔法を行使してもらうのが呪文を使用した魔法です。そこまではよろしいですか?」
「はい、それは知っています!」

 話し始めるとターリブ様は涙目のまま元気を取り戻して返事をしてくれる。いや、可愛いな。ゲームのキャラクターには出てこなかったと思うけど。

「つまり、精霊さんにお願いしたこと以外はしてもらえないのです。また、精霊さんは気紛れで好き嫌いが激しいものですから、呪文を使用した場合、低確率で魔法が発動しないことがあります。更に、精霊さんの好き嫌いのために人によって使える魔法の種類が限られます」

 水の魔法が得意で火の魔法が使えなかったり、火の魔法が得意で風の魔法が使えなかったりと、人によって違うのはこのためだ。

「しかし、呪文を使用しない場合、それらの制約はつきません。精霊さんにお願いしていたことを自分でやるわけですから、魔法が発動しないことはありえませんしどんな魔法でも使える可能性があります」
「わぁ~……!!」

 話しながら掌の上に水球・火球・風球・土球を作り出してくるくる回しながら空中に浮かべるとターリブ様や他の学生さんたちがキラキラした目でそれを見上げてくれる。

「ただ、流星群のような大魔法は精霊さんに手伝ってもらう方が成功する確率が上がります。自分で魔法を行使する場合は集中力が必要になってきますので、大魔法を使う場合のように魔力を練ることに集中したいなら呪文を唱えた方が良いでしょう」
「レネ少尉は流星群も使えるのですか?」

 話していると今度はターリブ様でも茶髪の子でもない学生さんが質問をしてくる。

「流星群は使用場面が限られる危険な魔法ですから使用したことはありません。しかし、呪文は覚えています」
「すごい……!」

 尊敬するような目で見られてちょっと得意な気持ちになる。実は流星群の魔法は基礎魔法大全にも載っている有名な魔法であるにもかかわらず、その呪文の長さから使用者の少ない魔法として知られているのだ。なにしろ、精霊語が意味不明なので、覚えるのも一苦労なのだ。しかし、俺は覚えている。何故なら、流星群は前世のゲームでクロス様の得意魔法であり、呪文を唱えている声がグッズとしてキャラクターCD化していたからである。クロス様が推しである俺は当然それを購入してBGMのように何度も聞いたので、呪文も丸覚えできたのである。

「皆さんも精霊語を習っていると思いますが、きちんと習得できればこんなこともできます。ティリプスツソーグルース テルエースディクイースティリプスツソーグルース」

 俺が呪文を唱えるとさきほど作り出した水や火の球体が生き物の姿に変わり、空中を飛び回り出した。子供たちから歓声が上がる。さっきまで落ち込んでいた茶髪の子も興味深げにそれを見上げている。

「精霊さんに姿を見せて欲しいとお願いしてみました」
「精霊ってこんな姿をしているんですか?」
「初めて見ました!」
「いいえ、精霊さんに決まった形はありません。ただ私たちに見えるように彼らの思い思いの形を作って見せてくれたんです」
「さっきの呪文はレネ少尉が考えたんですか?」

 また今までとは別の学生さんが訊いてくる。他の学生さんも俺の答えを待っているようだ。しかし、俺の使った精霊語はかなり簡単なものであるはずなので、みんなが理解できていないのはおかしい。クロス様を見つめたけれど、彼はいつも無表情なので何を考えているのかはよく分からない。
 こんな魔法は使い道がないので呪文が本に載っていないのは分かるけど、精霊語を知っていればピンと来るはず。学校では精霊語を習うって書いてあったのに。

「考えたというか、精霊語を学んでいればなんとなく意味は分かりますよね?」

 そう言うと、皆気まずそうに黙ってしまった。クロス様だけは変わらない無表情で俺を見つめている。クロス様は天才なのでこれくらい理解できて当然だ。そもそも、さっきの呪文は他の魔法でも良く使われる単語しか使っていないので、精霊語をマスターしていなくても理解できるはずなんだ。

「皆さんのこれまでの反応から考えると、基礎魔法大全を読んだことがなく、魔力操作のこともよく分かってないみたいですし、その上、簡単な精霊語も覚えていないようですね」
「……っ」

 俺の言葉に息を呑む学生さんたち。別に厳しいことを言いたいわけじゃない。ただ、俺は純粋に疑問に思ったことを口にした。

「私は学校には通っていませんから基本的に本からしか魔法の知識を得たことがないので、魔導学校ではそのようなことを学ぶものだと思っていたのですが違ったのでしょうか?」
「それは……えっと」
「もし違うのなら……皆さん学校で何してるんですか?」

 だってチラシに書いてあったじゃん、教育課程は歴史、実践訓練、精霊語、魔力操作、生物学などって。魔導学校ってそういう場所じゃなかったん? どういうこと?


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