夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

4. 定期航路

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■ 1.4.1
 
 
 翌朝、ホテルのフロントロビー前で合流した。
 二人がやってくるまでの間、フロントデスク前の古びてくたびれたソファに座り、ネット上に流れているニュースを確認する。
 マジェスティック・ホテルでの殺人事件に関するニュースは存在しなかった。
 散々探して、マジェスティック・ホテルの三百階近辺で発生した、ジェネレータの暴走事故に関する小さな記事を見つけた。
 曰く、新型のジェネレータの開発サンプルを持った営業マンが宿泊した部屋で、その営業用サンプルが暴走して警察が出動する羽目になった、というものだった。
 どうやら、どちらかの組織が手を伸ばして事件をもみ消したらしい。
 国や軍を相手にするとこういうことになる。
 ヒト一人、事故一件、死体の五つや六つ位は簡単に消し去られる。
 薄ら寒い思いをした。

 三人そろったところで、ミリが俺達二人にチケットトークンを手渡してきた。
 昨夜の内に確保したのだという、今日の午後に出港するハフォン行きのチケットだった。
 勿論ハフォンまでの交通費も情報軍持ちだ。
 
 聞けば、ミリも同じ船でハフォンに戻るという。
 外交官として、もっと楽なルートがあるのではないかと思ったが、そこは相手が相手なので、在ダマナンカスハフォン大使館に自分の動きを知られることも避けたいのだという。
 宇宙船での旅は、長期間の密室状態だ。その気になれば何度でも命を狙うチャンスがある。
 なるほどと納得するが、自国の大使館さえ信用できない状況というのは随分ハードだろうと想像する。
 手渡されたチケットは、ハバ・ダマナンの軌道ステーションを出港した後、途中幾つかの星系に寄りながらも、約二週間ほどでハフォンに到着する直行便だった。
 民間の定期航路は経済性優先だ。
 ちょっとばかり時間がかかるのは仕方が無い事だった。

 大概の惑星は衛星軌道上になんらかの大規模ステーションを持っており、そこを港としている。
 港を出た船は星系外縁部の重力傾斜がほぼなくなる場所にあるジャンプポイントまで移動し、他の星系にジャンプする。
 ジャンプポイントに設置してあるジャンプゲートの出力がそのまま、そのポイントから飛べる距離に比例する。
 この領域のハブとなっているパダリナン星系のジャンプゲートはそれなりのジャンプ距離を持っている。
 それでもハフォンまで一度のジャンプで到達するパワーが無いのか、ただ単に経済性とのバランスで細切れジャンプを選択したのか。
 
 そして大概の民間航路は、ジャンプ距離の関係で折角立ち寄った他星系に寄港して、旅客や荷物を積み降ろししてから次の星系に向かう。
 途中寄り道をする分、どうしても時間がかかる。
 ハフォンの状況は結構切迫しているのではないかと思うのだが、この移動時間についてはどうすることも出来ない。
 
 ちなみにこれが軍艦であると随分状況が違う。
 軍艦は大概自前のジャンプユニットを持っているため、重力傾斜が極小である場所ならばどこでも、条件さえそろえば星系内であってもジャンプをすることができる。
 そして軍艦は、各種大型センサーや大口径のレーザーやビーム砲といった装備を使用するために桁違いに大きなパワーコアを持っている。
 有り余るエネルギーをふんだんにつぎ込める軍艦のジャンプは非常に足が長い。
 
 それほどの高性能の船を運用するためのコストは、当然民間船とは比べものにならない。
 燃料はどうせ水であるので大した金にはならないが’、ハードウェアのコストだけで民間船と軍艦では一桁違う。
 これが乗務員等のソフトウェアを含めるとさらに跳ね上がる。
 ミサイルやデコイ、センサープローブやマスドライバー弾などの消耗品を入れると、その運用コストは途方もない金額となる。
 
 一度の会戦でそんな軍艦が数十万隻、ことによると数百万隻の艦隊を成してぶつかり合う。
 挙げ句の果ては軍艦そのものが撃沈され、消耗する。
 一度会戦を終了すると、再度会戦を行うだけの軍備を整えるのに勝っても負けても相当な金と時間が必要となる。
 ヒネた地球の経済学者が、凡銀河戦争をして「大規模経済活動」と呼ぶ所以だ。
 
 ハフォン行き定期航路のチケットもとれ、俺達は出発の準備のために再び自室に戻った。
 準備と言っても何をする訳でも無い。
 元々船を渡り歩いて定住場所を持たない俺達雇われ船乗りの荷物は非常に少ない。そして旅慣れているので、準備など一瞬で終わる。
 あとはベッドに寝転がり、ネットワーク上でビデオを見たりして出発までの時間を潰した。
 ブラソンは今度の仕事で必要になると思われるプログラムを作るようなことを言っていた。
 
 今でこそ宇宙船の航海士をしているが、実はブラソンはそれなりに名の知れたハッカーだったらしい。
 母星であるバイニエでハッカーをしてそれなりに稼いでいたというのだが、少々おイタが過ぎて警察に目を付けられ、それで母星から逃げ出したのだそうだ。
 今時の航海士の仕事は、システムエンジニアの仕事と重なるところが非常に多い。優秀なるハッカーであったブラソンは、ローリスクで高い稼ぎが期待できる航海士に転職したというわけだった。
 なので、多分今頃ミリの通信はブラソンによって丸裸にされているはずだ。

 そうやってそれぞれの部屋に引きこもってはいるが、お互い連絡しようと思えば簡単だった。
 バイオチップを入れている俺とブラソンとの間であれば、ハバ・ダマナンのローカルネットワーク越しにただコールすればいい。まるで隣にいるかのように話し合うことができる。
 ハフォン人であるため、チップを持っていないらしいミリは携帯端末を用いていた。
 聞けば、宗教的な理由からバイオチップを入れることができない国民が不便を感じないよう、政府が個人用端末を支給しているとのことだった。
 随分大盤振る舞いな政府に思えるが、よく考えるとある意味当然のことでもあった。
 
 今時、銀河種族のほとんどは脳内にバイオチップを入れている。
 このバイオチップのネットIDがそのまま個人を特定するIDとなっていることが多い。個人口座のIDであったり、いわゆるパスポートIDであったりする。
 だから俺やブラソンは、仕事を終えて入国する場合にも半自動的に入国手続きが行われる。
 バイオチップを持っていなければこのようなサービスを享受できない。
 各個人側だけではなく、政府の側としてもこれは不便だ。なので、政府が個体IDを付けた端末を配布して個人ID管理を行っているのだろう。
 バイオチップは脳内にあって失くす事はないが、個人端末はついうっかり置き忘れたりする。
 悪意があれば、その端末を利用して個人IDを乗っ取ることだってできるだろう。そんなときはどうしているのかと、少々疑問に思うが。
 
 昼過ぎ、俺たちはホテルのすぐ近くから都市交通システムのビークルを拾い、軌道ステーションまで移動した。
 ミリとは宿の中で別れた。ミリの面は確実に相手方に割れている。
 それに対して、相手方の組織と接触する俺たちの面が割れるのはまずい。
 この雑多な街中ならばともかく、閉鎖された空間に一定期間閉じ込められる宇宙船内で、ミリと一緒にいるところを見られるのは具合が悪い、というわけだ。
 
 ビークルは港のすぐ近くの発着所に着いた。
 港に移動し、ハフォン行きの船に乗船する。
 もともと俺たち船乗りの荷物は少なく、荷物検査も必要ない。
 チケットを持っていれば、荷物ごとスキャナで危険物の有無を確認され、チケットトークンのIDとバイオチップのIDが照会されて乗船手続き終了だ。
 立ち止まることさえない。搭乗ゲートへの廊下を歩いている間に全て自動的に行われる。
 
 搭乗ゲート脇の窓から乗船する船が見える。
 ナダリ人が造る船殻の特徴を備えた、少しずんぐりと丸みを帯びたデザインの船だった。
 全長千二百m程度の、そこそこの大きさだ。定員は三千名程度との事だったが、見たところ乗客の数は千人居るかどうかに見えた。
 窓には何人もの子供達が張り付いて外を眺めている。
 初めての宇宙旅行なのか、宇宙船を見るのが好きなのか。
 こんなところは、地球人も銀河種族もない。子供達はどこの世界でも好奇心旺盛だ。
 
 ブラソンと俺は二人で一部屋の三等客室を確保していた。
 この船の客室は、スイートルームを除き、全て二人部屋との事だった。
 運がいい。三等客室ともなれば、船によっては六人部屋や十二人部屋なんて場合もある。
 もちろんそんな部屋にプライバシーなんて無いに等しく、何か用があってもミリに連絡を取ることさえできない。
 相部屋の中に刺客が混ざり込む危険性だってある。それを気にして安心して眠ることさえできない、なんて状況はまっぴら御免だった。
 
 昨夜から今日にかけて、メッセージやコールを使って三人で何度も打ち合わせを行った。
 俺とブラソンは、少し小金を稼いだ船乗りが地上に降りて運送会社を立ち上げようとしている、新しい会社の共同経営者二人、という設定にすることで落ち着いた。
 俺たちが船乗りである事は少し調べればすぐに判ることで、これは誤魔化しようがない。
 それを土台に、ハフォン王宮で活動しやすい設定を選ぶと、自ずと選択肢は限られてくる。
 ハフォンに着いた後の宿も決まっている。
 ミリとはそこで落ち合うことになっている。とりあえずミリと落ち合って、情報軍からのサポートと細かな要求を受けることになるだろう。
 
 心配していた航海中の襲撃は無くハフォンに着く。
 どうやらチケットの取得を速攻で行ったのが良い方に転がったようだった。
 襲撃の日の夜にチケットを確保し、翌日の船で移動するという早業に付いてこれなかったのだろう。
 ミリが言っていた、ハフォン大使館に同行を知らせなかったことも良かったのかも知れない。
 いずれにしても俺達は二週間船の中で退屈な時間を過ごし、そして二週間後に船はハフォン星系外縁のジャンプポイントからジャンプアウトし、ゆっくりと星系内に進入していった。
 
「皆様長らくのご乗船お疲れさまでした。本船は約十五分後、ハフォン標準時1840時にハフォン環状ステーションハフォネミナのエレシュササイ港第三ピアに到着いたします。お忘れ物などございませんよう、もう一度お手周り品のご確認をお願い申し上げます。
「本船到着後、ハフォン星にご上陸のお客様は第一ゲートに、ハフォン星系内のローカル航路にお乗り換えのお客様は第二ゲートに、ハフォン星系外の国内線航路にお乗り換えのお客様は第三ゲート、国際線航路にお乗り換えのお客様は第四ゲートにお進み下さい。ご不明な点がございましたら、ご遠慮なくお近くの係員に・・・」
 
 涼やかな女の声でハフォン語とマジット語、その他数種類の有力言語で船内にアナウンスが流れる。
 扉の外の廊下がざわつき始める。
 変に先頭切って下船したり、最後まで居残ったりして目立つわけにはいかない俺たちも下船の準備を始める。
 とは言っても俺もブラソンも小さなバッグを一つ持っているだけなのだが。
 
 部屋を出て人の流れに混ざり下船デッキに向かう。
 下船デッキには大きな窓があり外が見えるようになっていた。
 船はすでに接岸シーケンスに入っており、窓の外には少し緑かかった青い半月状のハフォンが見えていた。
 その微妙な色合いも綺麗だが、大気圏内で渦巻く白い雲の模様が印象的だ。
 ふと数千光年の彼方にある故郷、地球にある実家を思い出す。
 仕事の連続でもう何年も帰っていない。
 
 ハフォンの手前に窓を横切るように一本の白銀色の帯が見えている。
 環ハフォン軌道ステーションであるハフォネミナだ。
 ハフォン赤道面上空約35000kmで惑星ハフォンをぐるり一周りする幅50km程の環状ステーションだった。
 この一周10万kmほどのステーションが惑星ハフォンの港であり、防衛の要でもある。
 というようなハフォンに関する基礎的な知識とハフォン語を、ミリから渡されたメモリチップを使ってこの二週間の間に俺たちは頭の中にダウンロードしていた。

 結局この二週間の間、船内ではミリとは一度も顔を会わさなかった。
 船内の公共端末を使ったやりとりは何度か行ったので、彼女の無事は確認できている。
 緊急メッセージも受け取ったりはしなかった。
 彼女も今はこのデッキの近くのどこかにいるのだろう。

 ハフォネミナの外壁がどんどん大きくなり、窓一面を覆う。
 何本ものボーディングブリッジがハフォネミナから延びてきて船に接合される。
 それと同時に、下船開始のアナウンスが船内に流れた。
 窓の外の景色に見とれて立ち止まっていた人々がまたゆっくりと流れ始める。
 しばらく歩くと通路が左に折れて狭くなる。床と壁の色が変わる。
 二週間お世話になったこの船ともお別れだ。

 徐々に緊張が増してくる。スパイの真似事などするのはもちろん初めてだ。
 しかも敵は王宮にあって、そう遠くない将来クーデターを起こそうと画策しており、そして自由貿易港のハバ・ダマナンとは言え、いきなり飛び道具を持ち出して問答無用の抹殺を試みるような奴らだ。
 少しの気の緩みが命を落とすことに直結するだろう。
 ゲームはもう始まっている。
 警戒を厳にし、ロールプレイを完璧にこなす必要がある。

 ブラソンと二人、他の下船客と一緒になって通路を進む。
 「ハフォン上陸」と一定間隔で床にサインが書いてあり、進行方向を示す幅の広い矢印が引いてある。
 普通はAARでサインが書かれ、視野のあちこちに商用のポップアップが煩く表示されるところだが、チップを使わないハフォンらしい落ち着いた出迎えに少し心が安らぐ。

 そのまま通路を進んでいくと突然、辺りを警報が埋め尽くした。
 同時に体の自由を奪われた。
 この通路の俺たちがいる一部分の全員が突然止まる。
 全身を重く柔らかい飴にからめ取られたように手足の動作が不自由になった。
 警報が鳴り続け、照明が赤い点滅になって何らかの異常事態が発生していることを示す。
 
 頭から血の気が引き、顔が冷たくなっていくのが自分でも分かった。
 
 
 
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