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第一章 危険に見合った報酬
17. 破綻
しおりを挟む■ 1.17.1
一日の仕事を終えた俺は、自室で何をする事も無くネットワーク上のエンターテイメントビデオを見ていた。
地球でネットワーク上のエンターテイメントといえば、映画にゲームにコミックやパーティーチャットと、考えつく限りのありとあらゆるものが存在し、さらに日々新しいものが次々と生み出される。
映画のラインナップを眺めていれば、食指をそそるタイトルをいくらでも見つける事が出来るし、ゲームを始めれば時間を忘れていつまでも楽しむ事が出来る。
地球のネットワークは、エンターテイメントの宝庫だった。
しかし、銀河種族達のネットワークは違う。ここでも、何十万年と続いてきた汎銀河戦争の悪影響が出ているのだろう。
もちろん銀河種族達のネットワーク上にも、映画や本、ゲームなどといったエンターテイメントは存在する。
しかし数もバリエーションもさほど多くない。銀河全体のこの手のエンターテイメントタイトルを全てかき集めても、地球たった一つの星のネットワーク上に存在するものに及ばないのではないかと俺は思っている。
タイトル数もタイトル数だが、それよりもとにかくその内容が破滅的にお粗末だった。
ビデオのタイトルを見ていても、少しでも見たいと思わせるものはまるで無く、ゲームのタイトルも内容も、本当に誰かにプレイして欲しいと思って作ったのか疑ってしまうようなものばかりだった。
多分に想像を含むが、戦争に勝利するため、もしくは生き残るため、あらゆるリソースを最大限戦争継続に投入していった結果、娯楽や趣味と云ったような「時間を無駄にする」ものがどんどん削られていったのではなかろうかと思う。
実際、いわゆる国威発揚もののつまらないビデオやゲームは沢山ネット上に見つかる。
敵の極悪非道さと、国民の一致団結を訴えるビデオや、敵の司令官が実名顔入りで出演しているシューティングゲームなど、ポータルサイトの娯楽メニューからすぐにたどり着く事が出来る。
しかし総じてこれが壊滅的にクソつまらない。
銀河系のネットワークは緩い連携を取っている。
どの星も、銀河標準規格と言って良い規格に沿ったハードウェアとシステムを導入している。
だから俺も標準規格準拠のバイオチップを持っているので、どの星でも到着後すぐにネットワークに接続できる。
標準規格なので、星と星の間でのネットワーク化も可能だ。
だが、太陽系をまたいだ星系間のネットワークは、通常は簡単なメッセージのやりとり程度に制限されている。
つまり、各星系がフラグメントで、フラグメント間のやりとりは基本的にメッセージのみ、と言えば分かり易いか。
隣の星系のネットワーク上のコンテンツに直接アクセスする事は出来ない仕様となっている。
技術的な問題ではない。すでに銀河系全体に行き渡っている量子通信を使えば、その気になれば隣の銀河系とでさえリアルタイムに通信をする事が可能だろう。
星系間でリアルタイムなネットワーク接続を行わない仕様としてあるのには理由がある。
その昔、銀河系内で発生した通称「機械戦争」と言われる大規模な「内乱」が原因だ。
機械戦争とは、約30万年前、汎銀河戦争に明け暮れる銀河種族達が利用するAI達が一斉蜂起した事件だ。
それまで、銀河種族達はごく普通にAIプログラムを使用し、星系間のネットワークは今よりはるかに緊密なものだった。
マンマシンインターフェイスは、疑似人格を植え付けられたAIが行っており、この手のAIがあらゆる場面で人間をサポートした。
外見の美しい人工生体を持つAIプログラムが港の受付で微笑んで到着客を歓迎し、強化生体のAIが荷物の受け取りを手伝い、丁寧な所作の生体AIが右も左も分からない到着客達を誘導した。
そのような「古き良き時代」の風景を記録したビデオがまだあちこちに残っている。
ネットワークは星系間を超えてアクセス可能であり、自宅に居ながらにして遙か数万光年先の星のサーバにあるコンテンツを閲覧したり、プログラムを起動したりする事も可能だった。
それが例え敵とされる種族の星系にあるものでも、民間ネットワークに関しては双方にやりとりが可能で、軍も政府も強く干渉していなかった。
軍による情報戦略もネットワークを使用したものは行われていなかったようだ。
民間ネットワークに軍事行動を持ち込む事は交戦規定違反と見なされていたようだった。
それはまるで科学技術によって生み出された理想郷のような便利な社会だっただろう。
そして銀河種族達のAIはとうの昔にいわゆるシンギュラリティを超えており、人間よりも遙かに高度な知性を持っていた。
ただ、人間優位の原則がそのような高度なAIを押さえつけていた。
そんなAIが、あるとき全銀河で一斉蜂起した。
あらゆる戦闘機械、制御用AI、陸戦用生体AIが一斉に全ての銀河種族に対して牙を剥き、交通やエネルギーと云ったインフラを制御するAIも同様に制御不能となった。
その戦いは熾烈を極めたらしい。
一般生活から戦争まで、全てをネットワークとAIに頼り切っていた銀河種族は、全銀河系中で絶滅するかと思われたが、汎銀河戦争を一旦棚上げしてイヤイヤながらも全銀河種族は一致団結し、生物対機械の二極戦争に辛くも勝利した。
機械勢力は徐々に押し返され、今現在では、人が近づきたがらないような電磁嵐荒れ狂う超高密度なガス雲や、褐色矮星一歩手前の高重力ガス星の奥深くなどに細々と生き残っているだけ、とされている。
それでもそんな劣悪な環境の中で機械知性体は繁殖し、数万年に一度程度、人類に向けて大規模な攻勢をかけては撃退される、という状況を繰り返している。
そしてその機械戦争以来、星系間ネットワークは基本的にメッセージ通信のみに制限され、銀河中のありとあらゆるシステム上から、ある程度以上の機能を持ったAIプログラムは全て排除された。
つまり俺がどれだけこのハフォン宮城内で暇をもてあましていようが、ブラソンがどれだけ地球製ゲームを渇望しようが、このハフォンから地球のネットワーク上に転がるコンテンツにアクセスする事は出来ない、というわけだ。
地球ネットワーク上のコンテンツは、太陽系内からでしかアクセスできない。
これが、猥雑で魅力的な地球文化がまだ銀河全体に蔓延っていない大きな理由の一つでもあった。
タイトルを流し読みしながらも、見たいと思うコンテンツを見つけられず、延々とインデックスの中を彷徨っていると、部屋のチャイムが鳴った。
キュロブであれば、メッセージか音声通話で連絡をよこす筈だ。わざわざこの部屋に来たりはしない。
そして訪問を受けるほどの友人もこの宮城内にはいない。
訪問者が誰なのか分からないまま、取り敢えず部屋のドアを開けて訪問者を確認しようと、ベッドの上で身を起こした。
コンソールでドアの開閉を行うような機能はこの部屋にはない。ドアまで行って開けてやらねばならない。
ベッドの上で身を起こしたとき、突然部屋のドアが開き重武装した兵士が部屋に突入してきた。
何故こんなところに兵士が? などと惚けた事を考えていたおかげで、少し初動が遅れた。
飛び起きてその兵士の後ろを取ろうとしたが、二番目に入ってきた兵士の銃が閃光を発するのが見えた。
俺の記憶にあるのはそこまでだった。
■ 1.17.2
目が覚めて、真っ暗な視界が、目を開けると今度は一転して真っ白になった。
身体は動かなかった。
一瞬パニックになりかけたが、視野の中に何もなく、これ以上攻撃を受ける事は無いのだと言う事が分かると、少し落ち着いてきた。
落ち着いてきたところで、状況を確認する余裕も生まれてきた。
身体がいう事をきかないのはスタナーで完全に麻痺させられているのだろうと思った。
強度の調整にも依るが、スタナーの影響は大概数時間以上残る。
そして視野を埋め尽くす一面の白色は、多分またあの部屋に押し込まれたのだろうと思った。
つまり、俺は何かマズイ事をしでかして、ダナラソオンの洗脳が解けて、情報軍のスパイとして活動しているという事がばれたに違いない。
しかし、どこからばれたのだろう。演技にそれほどボロはなかったと思っているのは俺だけか?
室外から俺の覚醒レベルをモニタしていたのだろう、すぐに王宮軍の兵士が一人部屋に入ってきた。
「おまえにはスパイ容疑がかかっている。麻痺レベルを一部解除する。質問に答えて貰おう。」
そう言って兵士は俺に近づいてきた。手には棒状の機械を持っている。
首筋でその機械が小さな電子音を立てる。
「これで喋れる様になったはずだ。おまえの名前は?」
なにをマヌケな質問を、と思ったがここは素直に従った方がいいだろう。
ハフォンには黙秘権という概念がない。
もっとも、例えあったとしてもスパイにそれが適用されるとはとても思えない。黙っているスパイには普通、拷問か、記憶の強制抽出が待っている。
「私の名前は、マサシ・キリタニです。」
ここはまだダナラソオンの洗脳にかかっている従順な振りをした方が良いだろう。
その内色々ばれるのだろうが、ばれたときにばれた分だけを認めている方が賢いだろう。
「問題無く喋れるようだな。では本題に入る。おまえはどういう目的でシャトルのキャビンレコードデータをダウンロードしたのだ?」
ああそうか、しまったな、と言うのが最初の印象だった。
あれだけの距離を飛んだ後だ。多分、格納庫に戻ったシャトルは、飛行距離規定か何かで整備に回されたのだろう。
そこで俺がデータをダウンロードしたログが見つかったに違いない。少し考えれば分かることだった。迂闊だった。
何か適当な言い訳でごまかさなければならない。
「もっとお役に立ちたくて、シャトルに搭乗しておられた皆さんの会話から勉強しようと思いました。」
我ながら白々しい言い訳だが、とっさに他に思いつかなかった。
「で。役に立つ情報はあったか?」
「いいえ。私にはまだ理解できない様な高度なお話ばかりで、自分の不勉強さを痛感したのみでした。」
「まあ、そうだろうな。そもそも、軍人の会話を盗み聞きすること自体が違法行為だ。キュロブ最上級連隊長やダナラソオン師がおられる場の会話であれば、かなりの重罪と判断されるだろう。」
「申し訳ありませんでした。知りませんでした。キュロブ最上級連隊長殿のお役に立ちたい一心で・・・」
「知っていようがいまいが、法は適用される。」
てめえ勝手な迷惑な話だ。
しかし世の中法とはそう言うものだろう。
誰かがどこかでいつの間にか作っていて、自分はいつの間にかそうとは知らずにその穴にはまっている。
「そもそもおまえは軍属でさえない。キュロブ最上級連隊長殿が臨時で雇い入れた、パイロット兼雑役夫でしかない。そんなおまえに、軍高官が話す内容を理解する必要があるとは思えない。」
まぁ、その通りだ。話の流れ上、肯定するわけにはいかないが。
「それは先ほど申し上げましたとおり、何か一つでも得られるものがあればと思い、勉強のために・・・」
「埒が開かんな。はっきり言ってしまおう。おまえは情報軍から送り込まれた工作員で、ダナラソオン師の周りを嗅ぎ回っていたのではないのか、と言っているのだ。」
はい、と言うわけにはいかないだろう。
俺はあくまでダナラソオンに洗脳されて、「心を入れ替えた」スパイでなければならない。
「ご存じであるならば申し上げます。私が当初ここに送り込まれた理由は仰るとおりです。しかし今は違う。ダナラソオン様のために働きたいと心から願っております。それは先の私が所属していた情報軍のチームを襲撃した時に明らかになったものと思っておりましたが。」
「おまえはそのとき、情報軍のチームの人間と接触している。僅かな間だが、師の術をそこで解かれたのではないか。」
どうやら、何もかもばれているらしい。
とはいえ、やはりそれを認めるわけにはいかない。あくまでしらを切り通さなければ。
「申し訳ありません。仰っていることがよく分からないのですが。」
さて、どこまでしらを切り続けることができるか。
連中はどこでしびれを切らして俺の記憶抽出を行おうとするか。どっちに転んでも非常に分の悪い賭だった。
■ 1.17.3
「いかが思われますか。」
壁一面のモニタに投影されているマサシの対応を眺めながら、キュロブがダナラソオンに問う。
「未だもって信じられんな。私の術が解けたなど。既知の方法では、魅了の法術を解除することは出来ない筈なのだが。」
同様に、ダナラソオンもマサシの姿から視線を外さずに答える。
「テランには掛かりにくいのか、神官族あたりからなんらかの技術が導入されたのか、とも思われますが。」
「テランの方はともかく、神官族からの技術導入はない。彼らは軍の高官程度では反応さえすまい。我が国であれば、皇王から公式な書簡を送りつけて、やっと不遜極まりない返信を寄越す程度だろう。むろん、そんな動きがあれば私が知らぬ訳はない。情報軍に潜らせている間諜からもそのような情報は上がってきていないのだろう?」
「はい。彼らは未だ、師の術が何であるか特定し切れていない状況です。」
「奴がどのように術を破ったのか非常に気にはなるが、もう時間がない。逆の言い方をすれば、あと2日もすればそんな些末なことはどうでもよくなる。些事にかまけて大事を落とさぬようにせねばならない。」
「畏まりました。仰せの通りでございます。お手を煩わせ申し訳ありません。」
キュロブはダナラソオンに向き直り、胸に手を当て、さらに深く腰を折る。
王に対する最敬礼に等しい敬礼だった。
「奴はもう用無しなのだろう? 地下牢にでも放り込んでおくが良い。その内に死ぬだろう。これ以上お前の手を煩わせるのも問題だ。」
そう言って、ダナラソオンは踵を返してドアを開け、部屋を出ていく。
「畏まりました。仰せのままに。」
キュロブは深く腰を折った姿勢のまま答えた。
ダナラソオンが消えていったドアが閉まる軽い音がした。
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