夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

23. 王宮侵入

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■ 1.23.1
 
 
 ミリは王宮から数km離れたところでビークルを乗り捨てた。
 住宅街にも近く、この辺りでビークルを乗り捨てても全く目立たない筈だ。
 人通りの少ない道を選んで王宮にたどり着く。たどり着く前から、ブラソンとの交信が始まる。
 
「聞こえるか?」
 
「聞こえる。良好だ。現在周囲に異常はない。王宮外周部にも異常はない。」
 
 王宮外壁に到着し、ブラソンの指示により少し移動する。
 
「所定の進入経路だ。その辺りから塀を越えろ。」
 
「諒解。」
 
 吸着グローブと、吸着ソールをそれぞれ手と足に装着する。
 いずれも、ただ単に強力に引っ付く吸盤として使用する事も出来るが、チップで制御してやれば、ひっつけたい時にだけ引っ付き、離したい時には簡単に剥がれるというコントロールが出来る優れものだ。
 ミリは辺りを見回して人がいない事を確認し、王宮の壁に取り付いた。
 カメラやセンサーを過度に気にするのは止めた。
 ブラソンが何とかしている筈だ。
 
 吸着グローブを使った登壁は訓練科目の中に入っており、飽きるほどやらされた。
 手際よく一気に城壁の最上部まで登り詰める。
 最上部に到達したところで、一瞬頭だけを上に出し、城壁の上がクリアである事を確認する。
 誰かいればもちろんブラソンがあらかじめ警告するのだろうが、やはり自分の目で見て誰もいない事を確認しないと、どうも気持ちが悪い。
 気持ちが悪いと言えば、沈黙の時間が長く続くと、ちゃんとブラソンと交信が繋がっているのか不安になる。
 実はすぐ目の前に脅威があるのだが、信号が途絶えていて、警告を叫ぶブラソンの声が聞こえていないだけではないか。
 自分は大間抜けにも、敵が集結しているど真ん中に向けて突き進んでいるのではないか、と。
 
「塀の頂上に到達した。今から敷地内に潜入する。」

「諒解。こちらでも把握している。周囲クリア。城壁内クリア。安心しろ。お前の隣にいる。」
 
 だから、必要でも無いのに現状を報告して沈黙を破ってみる。
 ブラソンからはまるでそんな不安を見透かしたような返事が返ってくる。
 それで少し安心している自分を嗤うと同時に、潜入作戦など経験のあるはずの無いブラソンの、案外に的確なサポートに少しだけ驚く。
 物理的な侵入は経験無くとも、ネットワーク上での侵入はプロ中のプロだったな、と思い出し、顔に出して少しだけ笑った。
 
 今のところ周囲には脅威となる人影はなかった。
 城壁内の定期巡回も、ほんの数分前に通り過ぎたばかりで、次の警備兵が塀の下を通るまでまだしばらくある。
 ブラソンは、王宮の立体図に重ねて投影されているネットワークマッピングを油断なくチェックする。
 ミリの周囲のセンサー類は全て、欺瞞済みを示す黄色に変わっている。
 緑色の二重点滅輝点で示されているミリは、素晴らしい速度で城壁を登り切り、そしてそのまま城壁内に侵入した。
 さすがプロフェッショナルだな、と思わず笑みが漏れる。
 MPUに補助され、ブラソンの両手から次々と探査PG、欺瞞PGが放たれ、ミリの進行方向前方にある目的のセンサーやカメラに食らいついて無効化する。ブラソン自身も、何重ものマスカレードに護られて、客観的にはネットワーク管理者がごく一般的なシステムチェックを行っているようにしか見えなくなっている。
 
 ミリが前庭を横切り、建物に取り付く。
 王宮外壁のセンサー類は全て黄色に変わっている。
 振動、光学、重力、電磁、音波、そして接触型。
 外壁には一定間隔で考えつく限りの多様なセンサー類が仕掛けられている。
 本来これらのセンサーに検知されずに外壁を登るのは不可能だ。
 だが検知されても、センサーのロジックがそれを異常と思わなければ良い。
 光学センサーに映るカメラ画像信号が、平常と変わり無いものが流れていれば良い。
 
 探査PGが食らいついて、センサーの種類とその出力信号を取得する。
 欺瞞PGがその信号を受け、センサーとプロセッサの間に割り込んで、延々と平常信号をコピーして流し続ける。
 そしてセキュリティシステムと、セキュリティセンターは、何事もない平和な夜を示すセンサーデータとカメラ画像を受け取り続ける。
 
 唯一、アクセスポイントだけはミリの存在を認識している。
 当然だ。認識していなければ、通信が出来ない。
 しかしミリは城壁を越えるとほぼ同時に、自身のチップのIDをブラソン指定のものに書き換えていた。
 その為、アクセスポイントはミリを王宮軍の上級管理職の一人として認識している。
 チップIDを自分で自由に書き換えられる情報軍のエージェントであるから出来る方法だった。
 先に、ミリが自分のチップからのメッセージをブラソンに送った際に行った悪戯を思い出して、ブラソンが思いついた方法だ。
 そしてミリが通過した後、ブラソンは該当するノードのアクセスポイントハブに一種の攻撃PGを次々と送り込み、ミリがそのノードにアクセスしたというログを全て消去している。
 アクセス中も、その場にいて問題無いIDとして認識され、アクセス後はその記録が直ちに消去される。
 こうしてミリ自身の安全と、通信の安全を確保していた。
 
 アクセスポイントの使い方はそれだけではない。
 例えば、アクセスポイントが五つ並んでおり、ミリが三番目のアクセスポイントの前に立っているとする。
 当然、ミリのチップはもっとも強い強度の信号を送受信する事が出来る三番目のアクセスポイントと通信を行う。
 しかし、ミリからの信号を受け取っているのは三番だけではなく、当然その両脇の2二番と四番も信号を受けており、一番と五番も微弱ながら信号を受け取っている。
 チップから発せられる信号強度は統一規格で決まっている為、アクセスポイントを中心にして信号強度に反比例する円を描けば、それらの円が重ね合った部分の中心にミリがいる事になる。
 ブラソンはこうやって現実とネットワーク上両方でのミリの現在位置を特定していた。
 この位置特定用のプログラムは、ミリが出発する前までに急遽作り上げたものだった。
 
 そしてこの位置特定法が使えるのは、ミリに対してだけではない。
 王宮内を巡回する警備兵、夜遅くまで仕事に精を出している王宮職員達、人のいない時間帯を選んで、メンテナンスロボットでは対応出来ない故障箇所を修理するメンテナンス要員など、王宮内の全ての人間の移動を同様の方法で特定している。
 場所を特定すると同時に、アクセスしているIDをチェックし、王宮ネットワークのIDサーバに問い合わせる事で、ミリに接近しているのが警備兵なのか、事務方の職員なのか、もしくはただのメンテナンス要員なのかを知る事も出来る。
 
 ミリ周辺の脅威となり得るIDはこうやって特定され、ブラソンの視野に展開されている王宮の3Dマップにミリの輝点と同時にベクトル付きでマークされる。この位置情報と、王宮内部のカメラ画像とを合わせて警備兵などの位置を特定し、人の眼が無い隙を狙ってミリに廊下を横断させ、警備兵の進行に応じて遮蔽物の陰に待避させる、といった指示を出す事が出来るようになる。
 確実に良好な通信状態を確保するためにアクセスポイント密度が非常に高い王宮内であるので、かなり精密に位置が特定出来、効果的な方法だった。
 もっともこの方法では、携帯端末を置き忘れてしまったうっかり者を特定する事が出来ない。
 しかし携帯端末が無ければ業務に支障をきたす為、携帯端末を持たずに王宮内を移動する者がいる事は通常あり得ないので、この可能性は無視できると踏んでいた。
 
 ミリが建物外壁のテラスに取り付く。城壁内側の巡回はまだ遠い。
 
「侵入ルート上のテラスに来た。開けてくれないか。」
 
 ほぼ同時にカチリと小さな音がして、テラスのドアのロックが解除される。
 
「室内クリア。セキュリティは黙らせてある。安心して入れ。」
 
 ブラソンの声が頭の中に響く。音がしないようにドアを開け、室内に入って再びドアを閉じる。
 室内は真っ暗だった。
 
「真っ暗だ。ライトを付けても大丈夫か?」
 
「問題無い。周囲の光学センサーは全て黙らせてある。」
 
 腰のバッグの中から小型のライトを取出し点灯する。
 広い部屋の、テラスのドアとは反対側の壁に別のドアが見える。
 
「待て。通路の端を巡回が通る。今出るな。」
 
 ドアを開けようと手を伸ばしたところにブラソンの声が響く。
 手を引っ込め、念のためライトを消して壁に貼り付く。
 しばらく経って、再びブラソンの声が響いた。
 
「よし。もう大丈夫だ。通路クリア。センサークリア。ドアを出て右に50mで左手のドアだ。」
 
 ドアを開けるととたんに廊下の光が差し込んできた。
 何もかもが真っ白な廊下に出る。
 仕事の都合上ミリも王宮には何度か来た事があるが、このひたすら真っ白い通路にだけはどうも慣れない。落ち着かない。
 主要な通路は普通の形状をしているが、脇にそれる通路には全てドアが設けられており、そこが部屋なのか通路なのか分からなくなっている。
 真っ白い廊下も、通路に蓋をするように設けられたドアも、はるか大昔まだセキュリティシステムが発達していなかった時代に、侵入者対策として考案されたものだと聞いている。
 もっとも今では侵入者対策の意味よりも、王宮建築の伝統という意味合いの方が強いのだが。
 
 通路を進み、ブラソンに指示されたドアを開けて脇道に入る。
 ナビゲーションと、索敵と、セキュリティの無効化を同時に行ってくれるブラソンの誘導がとても有り難い。
 通常、建造物への侵入はこんなに楽に出来るものでは無い。
 楽をし過ぎて、気を緩めないようにしなければならないと自戒する。
 
「お前は今五階のフロアにいる。これから主に階段を使って一階まで降りて、マサシの消失ポイントに接近する。問題無いか?」
 
「諒解。問題無い。続けてくれ。」
 
「よし。目の前右のドアを入れ。その先20mでまた右のドアだ。ドアが並んでいる。分からなくなったら立ち止まって聞いてくれ。」
 
 またドアを開け、その先の通路に進む。
 右側にいくつかドアが並んでおり、どれがブラソンが指示したものかよく分からない。
 
「まずい。50mほど先の部屋から人が出てくる。すぐに右のドアに入れ。今すぐだ。」
 
 ブラソンの声と同時に、目の前のドアが開く。そこに飛び込むと同時にドアが閉まる。小さな個室だった。綺麗に片付けられており、何かに躓くような事も無かった。
 
「隠れろ。ドアが閉まるところを見られたかも知れない。様子を見に来る可能性がある。」
 
 急に隠れろと言われてさすがに慌てる。
 室内には隠れられるようなものは何も無い。窓さえ無い。
 
「来るぞ。5、4、3、2、1」
 
 吸着グローブを使って壁に飛びつく。
 そのまま壁を登り、天井との境目に貼り付く。ちょうどドアの真上だ。
 動き終わり、天井の隅で固まるのと、ドアが開くのはほぼ同時だった。
 開いたドアから、廊下の明かりが差し込む。ちょうどミリの真下から男が一人顔を突き出し、室内を見回す。
 もし上を見上げるようならば襲いかかれるように身構える。
 
「・・・ふむ。」
 
 何度か左右を見回した後、男は少し首を傾げながら、ドアを閉めて出て行った。
 室内に再び暗闇が戻る。
 冷や汗が出た。
 どうやらやり過ごせたようだった。
 無意識に止めていた息を吐く。
 
「大丈夫か?」
 
「危なかった。何とかやり過ごせた。」
 
「すまない。予測の範囲を広げる。突発の変化を予測出来るようにする。」
 
「頼む。まだ見つかりたくは無い。」
 
 そう言いながら、壁を伝って床に降りる。
 
「どうやってやり過ごした? 一瞬完全に点が重なって見えたが。」
 
「ああ。壁を登って、天井に張り付いた。ニンジャについて教わっておいて良かった。」
 
 緊張が去り、少し面白がって心なしか声が弾む。
 ブラソンは急に喋らなくなった。
 
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