夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

27. Combat Maneuver (戦闘機動)

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■ 1.27.1
 
 
 ダナラソオンは確かにこのシャトルに乗っている。
 しかし麻酔薬で眠らせてある。
 戦闘機隊のリーダーは、ダナラソオンがこのシャトルに乗っているかも知れない、という不確定情報だけで攻撃を躊躇するだろうか。
 それとも、先ほど言っていた認証情報がなければ、乗っていないものとして躊躇うことなく攻撃してくるだろうか。
 
 ダナラソオンがクーデターの首謀者であれば、リーダーが乗っているかも知れないシャトルを攻撃することは躊躇うはずだ。
 そこに賭けるしかない。
 
「あー、済まないな。ダナラソオンなら俺の後ろで寝てるわ。」
 
「貴様、ダナラソオン様を呼び捨てなど不敬千万。名を名乗れ。」
 
 現在、シャトルの高度は地上約100km。
 乗り心地等を考慮しなければ、このシャトルのジェネレータでも1000G近くは絞り出せるだろう。
 1000Gで加速しながら垂直降下すれば、地上まで約20秒。
 
「いやいや、名乗るほどの者ではござりませぬ。はい。」
 
 出来損ないのコミカル時代劇みたいになってきたな。
 まあ、いいか。この調子でいこう。
 相手が怒れば怒るほどこちらのチャンスは広がる。
 宇宙空間では較べるのも馬鹿馬鹿しいシャトルと戦闘機の性能差だが、大気圏内であれば僅かでもそれが縮まる。
 
「貴様、愚弄するのもいい加減にしろ。わかっていると思うが、いつでも撃墜できるんだぞ。」
 
 戦闘機隊の小隊長は、相当頭に血が上っているようだ。
 
 母星に向けてたレーザー掃射を躊躇ってくれる事を期待しているが、世の中そう都合良くばかり出来てはいないだろう。
 戦闘機隊はレーザーを使ってくる。
 ミサイルは、命中しなかった流れ弾の後始末が大変だからだ。
 レーザー攪乱に有効な濃密な雲が発生しているのは高度10000m以下。
 18秒間は、奴らのレーザーをなんの遮蔽物も無しにかいくぐらなければならない。
 雲の中に逃げ込んでしまえば、奴らはミサイルしか使えなくなる。
 まさか、艦隊所属の戦闘機が実体弾レールガンを持っているとは思えない。
 
 地上への流れ弾の着弾を嫌って、ミサイルは撃たないだろう。
 例え撃たれたとしても、ミサイルなら何とかなる。
 艦載機に搭載されているミサイルは基本的に接近戦用の対艦ミサイルであるため、攻撃力は高いが追尾能力は低い。
 大気圏内という限定的状況であれば、避けるのはそう難しくない。
 いけるか?
 
「いいのか? 攻撃なんかして。愛しのダナラソオン様のお身体に傷が付いてしまうかも知れないぞ。そうなったら、クーデター続行は無理かも知れないなあ。」
 
 言っていて恥ずかしくなる様な、我ながら安っぽい悪役の台詞だ。
 
「貴様!」
 
 小隊長の歯軋りする音まで聞こえてきそうだ。
 距離はある方が良い。
 どのみちブラソンから指示されたラシェーダ港に向かうしかないのだ。
 
 オートパイロットを解除する。
 パワーコアのパワー供給リミッタを解除し、ジェネレータのリミッタも解除する。
 シールドへのパワー供給を上限値一杯まで上げる。
 機体を反転させ、地上に向けて垂直に降下を開始する。
 これらの操作を一瞬で行う。
 戦闘機はすぐには追従出来ない。
 
 一瞬、戦闘機隊からのロックオンが外れる。
 錐揉みしながら細かく機位を変えて照準が定まらないようにする。
 とは言え、これは相手が手動で照準していれば効果的な攪乱だが、通常はレーザーの照準は火器管制システムが自動で行う。
 戦闘機であっても、レーザー砲の砲身は上下左右に僅かに可動範囲を持っている。
 ほんの数度でしかない角度だが、レーザー砲の射程数千kmを考えればかなりの可動範囲だ。
 自動照準と自動追尾で瞬時に対応して撃ってくる。
 そして撃ち出されるレーザーは光の速度で着弾する。
 地球人の反射速度の優位性は無い。
 いくら地球人といえど、機械の反応速度と光の速度には手も脚も出ない。
 
 あとは、戦闘機隊がダナラソオンに向けてレーザーを撃つのを少しでも躊躇ってくれる事と、母星の大気圏内に向けてミサイルを撃ち込もうなどと言う無謀な考えを起こさない事を祈るばかりだ。
 
 キャビン前方の窓から見えるハフォンがぐんぐん近づいてくる。
 秒速数kmという対気速度で垂直に大気圏突入したため、シールドで押しのけられた空気が一気に真っ白に燃え上がるのが窓の外に見える。
 時々聞こえる爆発音は、シールドを貫通したレーザーが着弾する音だ。
 攻撃を躊躇ってくれるかと思ったが、ダナラソオンが居るという事が証明できなければやはり無理か。
 
 レーザーはシャトル外殻に着弾し、シールドで大きく減衰されているとはいえ外殻は一瞬で部分的に数十~百万度に達して爆発的に蒸発する。
 同じ部分に連続的に着弾されれば、レーザーは外殻を蒸発させて吹き飛ばし、機体内部に侵入して焼き切り、爆発させて致命的なダメージを与える。
 とにかく同じ場所に連続して着弾させないことが必要だ。
 
 連中は、ハフォンを背にしたこのシャトルに向けて、躊躇いも無くレーザーを撃ちまくってくる。
 どうやら、少々ハフォンの地上に着弾しようが気にしていない様だ。
 その分こちらの状況が悪くなるが、大気摩擦の炎による散乱で命中率も威力も相当落ちている。それでもあと5秒。
 
 高度20000mを切り、視覚的にもシャトルが急激に減速しているのがわかる。シールドの外で燃えていた大気の炎も徐々に収まる。
 俺と似たようなスピードで大気圏突入したのなら、今頃連中も燃える大気に包まれて、レーザーを撃っても散乱されてしまい、攻撃できなくなっているはずだ。
 高度5000mで水平飛行に移る。
 夜明け前のイスアナから飛び立ち、水平距離で1000kmほど飛んでいる。
 今、シャトルの周りは朝焼けに赤く染まる雲に包まれている。
 気温の下がる朝は雲が多い。運が良かった。
 雲の中ではレーザーは通らない。
 
 警告音。
 艦載機小隊がミサイルを放った。60発。
 正気かこいつら。
 艦載機のパイロット達が何を考えているのかわからない。
 ダナラソオンが乗っていないという確認さえとれていないのに、何の躊躇いもなくこのシャトルを撃墜しようとしている。
 そしてこのシャトルに当たらなかったミサイルは、間違いなく地上に落ちる。
 放射線を撒き散らさないとは言え、戦術核並みの爆発力を持ったミサイルが万が一市街地に落ちればどうなるかなど、考えるまでも無い。
 
 ダナラソオンは人質として全く役には立たず、彼らの母星であるハフォンを背にしても彼らに攻撃を思いとどまらせる事は出来ない、という事か。
 からかいすぎたか? 編隊長は少々頭に血が上りすぎて、正常な判断力を失っているのかも知れない。
 
 ダナラソオンが人質として役に立とうが立つまいが、現実の脅威は後ろから凄まじい勢いで迫ってくる。
 ミサイルは母機とリンクしてコントロールされているらしく、一旦散開し、シャトルを包囲するように近づいてくる。
 出発前のチェックで分かっている。このシャトルにはデコイや後方攻撃用のレーザーは搭載していない。
 とにかく必死で逃げるしかない。
 
 救いは、艦載機の攻撃用ミサイルは近距離用対艦ミサイルであるため能動アクティブ追尾・ホーミング性がそれほど高くない事だ。
 但しその代わりに一発の威力は大きく、一発貰えばこんなシャトルは確実に爆散する。
 
 常識的に、重鈍なシャトルが60発によるミサイル包囲飽和攻撃から逃げきれるわけがない。
 何でも良い。使えそうな者を必死で探す。
 ラシェーダ港の位置確認用に視野の端に開いていた地形図上で、すぐ近くに使えそうな地形を見つけた。
 山岳地帯だ。使える。
 この運動性の悪いシャトルで山の間を縫って飛行するのは相当リスクが高いが、他に使えそうなものもない。
 迷っている暇はない。
 惑星ハフォン地表に向けて真っ直ぐに突っ込んでいくシャトルを旋回させて、山岳地帯に向けて増速する。
 
 AARコンソールの端に明滅する表示が眼に入る。
 『大気圏内では安定補助翼の展開を推奨』
 王宮を出発した時には当然展開されていた大気圏内用ストラト安定補助翼スタビライザーは、高度60kmを超えた時点で自動操縦によって格納され、その後手動に切り替えたため格納されたままだった。
 
 僅かな期待を込めつつ、点滅する表示を指先で押す。
 もちろん、AARなので実際にボタンがある訳ではない。
 安定翼が展開する際に一瞬機体の姿勢がブレる。
 前方に山脈が見えてきた。4000m級の急峻な岩山が連なる巨大な山岳地帯だ。
 シャトルは大きなカーブを描いて水平飛行に移り、高度3000m、秒速2000m近い速度で山岳地帯に飛び込む。
 
 遙か彼方に見えた頂が、一瞬で目の前に迫り、次の瞬間には後方に消える。山頂と尾根は凄まじい勢いで次々と迫ってくる。
 激しい小刻みな運動にジェネレータは悲鳴を上げ、安定翼から伝えられる応力に機体構造材が軋み音をあげる。
 それでも高度と速度を保ち、容赦なく急旋回を繰り返す。
 
 バレルロールで山の尾根を乗り越える。
 ジェネレータ機動に空力翼が加わり、機動のキレが良くなった。
 やはり大気圏内は空力飛行機の方が挙動が落ち着く。
 後方で幾つか火球が上がった。
 追尾してきたミサイルのうちかなりの数が、旋回しきれず山腹に突っ込んだようだ。
 もちろん、これを狙って山岳地帯に突入したのだ。
 成功するかどうか半ば掛けだった三流SF映画のような方法だが、思いの外上手く行った。
 AIを持たない銀河種族のミサイルは目標を追尾する事に重きを置く余り、衝突を回避するという判断が甘い、しかもその追尾性さえも地球のミサイルに較べればかなり甘い、という情報を地球の船舶搭乗員組合発行の手引書で昔見たことがある。
 運悪く艦隊戦に巻き込まれた場合の対処法の項目に機載されていた。
 
 今もたかが艦載機一機から20発ものミサイルが発射されたように、彼らは追尾精度よりも数で押し潰す飽和攻撃をミサイルに求めていた。
 近距離ミサイルの用途が、宇宙空間での敵艦隊への肉薄攻撃を主眼においていることもあるだろう。
 宇宙空間で障害物に気を回す必要はない。
 例え運悪く障害物があったとしても、肉薄攻撃であればその障害物は大概の場合敵艦だ。
 目標とは違う敵艦であっても、敵に損害を与えるならばそれで良いのだろう。
 
 また鋭い先端を持った頂のすぐ脇を通過する。
 衝撃波を受けて山頂から雪煙が吹き上がる。
 左にひねり込んで谷間を縫う。
 右バレルロールで横向きに尾根を飛び越え、隣の谷間に滑り込む。
 幾つものミサイルが断崖に激突し大規模な爆発を起こす。
 時に山頂付近に着弾して散弾のように岩石を撒き散らすものがある。
 数mもある巨大な岩がシールドにぶち当たり弾き飛ばされる。
 戦闘機隊は高度20000m程度を維持してシャトル後方上空にいる。
 俺が山岳地帯を疾走している間は、手を出したくとも狙いが定まらず眺めているしかないのだろう。
 高度を上げたり、山岳地帯を抜けて直線的な飛行になったとたん襲いかかってくるつもりだろう。
 
 60発飛んでいたミサイルは、すでに半分近くまでに数を減らしている。
 しかしここにきて地上に突っ込むミサイルの数は目に見えて減ってきていた。
 シャトルを半球状の飽和包囲網で囲もうとしていた下半分のミサイルはすでに消え、上半分のものが残っている。
 上方から被さるようにシャトルを包囲するためそれなりの高度を取っており、いくら俺が曲芸のような飛行をしようとも、元々山に接触しないような高さで飛んでいるものだ。
 手詰まりか。
 
 これ以上山岳地帯を飛んでいてもミサイルの数を減らせそうにない。
 俺だって、いつまでもこんな曲芸飛行をミス無く続けられるわけはない。
 かといって山岳地帯から出れば、瞬く間にミサイルに食いつかれるのは目に見えている。
 肉薄戦用短距離ミサイルとはいっても、数十万kmある宇宙空間を飛ばすためのミサイルだ。数百km大気圏内を飛んだところで、そう簡単に燃料切れを起こすはずもない。
 次々と迫り来る断崖を避けつつ、何とかする方法を探す。
 
「済まんマサシ。まだ生きてるか?」
 
 地獄の仏のような声が聞こえた。
 
「声が聞こえるようならまだ生きてるんだろ。ろそろヤバいが。ミサイルを何とかしてくれ。丸腰のシャトルじゃどうしようもない。」
 
「戦闘機動中の戦闘機に割り込むのは無理だ。それよりも真っ直ぐラシェーダ港に向かえ。」
 
「何か策が?」
 
「そこから200kmほどの所に、ラシェーダ港の外郭対空防衛施設がある。そこに向かって突っ込め。実体弾で打ち落とす。」
 
 地形図上で確認すると、防空施設かどうかは判らないが、確かに軍事施設のマーキングが見える。
 
「諒解した。出来るだけ早くやってくれ。」
 
 実体弾は秒速30km程度の速度で打ち出される。
 この距離から撃っても当たらないのだろう。
 実体弾で長距離狙撃をしても、弾体が蒸発するだけで数百km先までは弾は届かない。
 こちらから砲座に近づいてやる必要がある、というわけだ。
 地形を確認し、山岳地帯から抜けるコースを決める。
 
「距離100kmで着弾するようにレーザーと混合で射撃する。出来るだけ真っ直ぐ突っ込んでこい。」
 
 無茶言いやがる。真っ直ぐ飛んだらミサイルだけでなく戦闘機の方にも的にされてしまう。
 最後の尾根の上をロールしながら山頂を一つ避ける。
 前方が開けた。山岳地帯を抜けた。
 慣性制御システムに回す分まで削って、ジェネレータを最大加速にする。
 シャトルは弾かれたように加速し、追尾してくるミサイルはまるで巣穴から出てきた兎を追う猟犬のようにシャトルに群がって近づいてくる。
 上空の戦闘機隊が軸線をこちらに合わせ、射撃位置を取ろうとしている。
 1000G近い、大気圏内では正気の沙汰とは思えない加速をし、それでも高度は3000mを維持する。
 
 地上の風景が凄まじい勢いで流れていく。
 シールドで無理に押しのけられた空気が窓の外で一気に白熱する。
 急加速に一瞬置いて行かれ、包囲網と言うよりも、シャトル後方に群がって追いすがってくる形になっているミサイル群が急速に接近する。
 左バンクして左に急旋回する。
 追尾性の悪いミサイルは、大回りになり少しだけ着弾時間を稼げるが、微々たるものだ。
すぐに後方に追いついてくる。
 
 右に急旋回。
 急にシャトルの挙動が不安定になり、地上に激突しそうになるのをギリギリで持ち直す。
 アラート。
 左安定補助翼脱落。右安定補助翼高温熔損注意。
 空力を得るためにシールドの外に突き出しているのだから、当然といえば当然だが、これは痛い。
 また一瞬安定が崩れる。右安定補助翼脱落。
 これでミサイルに対する運動性の優位はほぼなくなった。
 さらに左旋回して、防空陣地に向けて真っ直ぐ突っ込む形になる。
 ジェネレータ過熱オーバーヒート警告がキャビンに大音量で鳴り響く。
 ミサイルが追いついてくる。
 着弾まであと5秒。まだか。
 ブラソンの声が聞こえた。
 
「カウントダウン。3、2、1、避けろ!」
 
 推進に回していた全パワーを瞬時に横向きに変えて、シャトルを横滑りさせる。
 その直後、今まで飛行していた経路上を数え切れないほどの細い銀色の光が埋め尽くす。
 後方で立て続けに爆発。
 モニタ上からミサイルの輝点が消滅した。
 
 高度10000mまで降りてきていた戦闘機小隊が、急上昇していく。
 もう一度、ミサイルの輝点が一つもないことを確認し、ジェネレータ出力を下げる。
 どうやら、助かったようだった。
 ジェネレータは完全に過熱し、オシャカになっている。動いているのが不思議なくらいだ。
 機体ダメージ・損傷表示インジケーターは、機体全体が赤と黄色のまだらなっており、緑色の部分を探すのに苦労する。
 その脇に表示されている損傷部分ダメージリストは、とっくの昔に表示が溢れていた。
 気付けば、亜音速の巡航飛行だというのに、機体全体に大きな振動が発生している。
 ジェネレータが、というユニットレベルの話では無く、この機体自体が殆どスクラップと化している様だ。
 頬を汗が伝って、じっとりと濡れている首筋に落ちていく。
 
「マサシ、生きてるか?」
 
「お前の声が天使の声に聞こえる日が来るとは思っていなかったよ。もうこりごりだ。次からシャトルに乗るときには、デコイを確認してから乗ることにする。」
 
 俺はいたわるようにシャトルを緩く旋回させ、機首を再びラシェーダ港に向けた。
 
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