夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

28. 惑星ハフォン 首都イスアナ 首都第三宙港ラシェーダ

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■ 1.28.1
 
 
 首都第三宙港というだけあり、ラシェーダ港は首都イスアナに近い郊外にある港だ。
 上空から見ただけで、ほぼ軍港として運用されている港だという事は分かった。
 民間船の着床も無い訳ではない様だったが、それも殆どは資材搬入用に雇われた民間の輸送業者であり、軍事物資の搬入と言えるだろう。
 尤も港とは言っても、軍艦を含めた艦船が地上に降りてくる事は滅多に無いようだった。
 
 全長数百m以下の駆逐艦程度ならまだなんとかなるが、全長1000mを超えるような戦艦クラスになると、地上に着陸する事はそもそも不可能となる。
 地表重力下でそれだけの重量の船を着陸脚などで支えようとするのがそもそもナンセンスだ。
 船の方も常に横向きにGがかかった状態となってしまい、艦体に歪みを発生する。
 だから大型になればなるほど、艦船が地上に降りてくる事はない。
 通常、地上の港を使うのは主にシャトルと、物資・兵員輸送用のプラットフォームが中心だ。
 シャトルやプラットフォームはラシェーダ港を出発して、ハフォネミナに到着する。
 ハフォネミナ内で物資や人員が移動し、ハフォネミナ上の目的の港や埠頭(ピア)に送られ、目的の艦船に飲み込まれていくのだ。
 
 だから、多くの星系はハフォネミナのような大型の軌道ステーションを設置する。
 星系外からやって来た船や物資のほとんどは、そのようなステーションで捌かれる。
 地上でなければ消費・加工が出来ないような一部の物資のみが地上に降ろされる。
 同様に、地上でなければ作る事が出来ないようなものだけが、地上からステーションに移送される。
 
 良く惑星の事を「重力井戸」という表現で表すが、重力ジェネレータがこれだけ発達した今の世の中でも、たかだか1G前後の惑星重力というのはやはり大きな障害となる。
 余計な引力など、無いに越したことはないのだ。
 とは言え、生物は無重力状態では長く生活出来ない。いや、出来ない事はないのだが、無重力による色々な体調の変調を来す。
 
 その解決策が、惑星の軌道上に大型のステーションを設置し、そこであらゆる物資を捌き、ステーション内部には人工重力を発生させて人が居住する、というやり方だった。
 だから俺たち船乗りにとって惑星地表とは、必要なときにだけ降りていく先であり、特に用事が無ければわざわざ行く程でもない面倒な場所、というイメージのあるところだった。
 
 ただ、酒場や置屋などといった、航海の後の「お楽しみ」の場所の多くは地上にある。
 何から何まで完全に管理されたステーションには、その手の店は出来にくい。無い訳ではないのだが、数も少なく羽目を外せる雰囲気ではない事が多い。
 だから俺たち船乗りは、仕事が終わった後のお楽しみの為に地上に降りて街に繰り出す。
 仕事で地上に降りるのは面倒だが、お楽しみで行く分には気にならない、という奴だ。
 ちなみにそれが、今回のこの妙な依頼を受けた時に俺たちがハバ・ダマナンの地上にいた理由だった。
 
 港の上空に到着し、広い駐機スペースを見渡すと、AAR表示で着陸マーカーが表示された。
 このシャトルの設計者の意図を大きく上回り手荒かったであろう先ほどまでの高機動の代償、という訳でもないが、ゆっくりとしたペースで港の上空を横切って駐機スペースまで移動し、ふんわりと着陸する。
 途中何度もブラソンと話し、このラシェーダ港が間違いなく情報軍によって掌握されている事、着陸後に情報軍がダナラソオンの身柄確保に迎えに出てくる事、ブラソンをはじめとして、クーデター対策本部の面々も順次このラシェーダ港に合流してくる事などを確認する。
 死にそうな目に遭いながらここまで連れてきたダナラソオンの身柄を、勘違いでクーデター派が占拠する港に着陸するという大間抜けをやらかして、むざむざクーデター派に奪還させる訳には行かないので、しつこいくらいに何度も確認した。
 
 ダラナソオンの身柄がこちらに渡ってしまった事が知れたのだろう、先ほどの艦載機による追跡劇が終了するや否や、キュロブ達が乗っていると思われる駆逐艦と、第五基幹艦隊が、いずれもハフォネミナを離れてベレエヘメミナに向かったとの事だった。
 この駆逐艦がベレエヘメミナに到着するのにあと半時間ほどあるが、到着後すぐにベレエヘメミナ駐留軍からクーデター宣言がなされるものと予想されていた。
 クーデター軍がどれくらいの規模になるかまだ判明していないが、基本的には反乱軍として扱い、要求を飲む事はないであろう事、軍と情報軍は出来るだけ速やかに事態を収拾させるためにはかなり強引な手段を執る事も辞さないつもりである事、などをブラソンから聞いた。
 もちろん、「これは俺たちが知らない事になっている情報だが」という注釈付きで、だ。
 
 上手く立ち回り、生き延びるためには情報は重要だ。
 俺たちが知らない事になっている情報も知っておき、それを考慮した上で自分達の行動を決めなければならない。
 場合によっては填め手搦め手を躱していかねばならない。
 俺たちは金を儲けるためにここに居り、そして何よりも生き延びなければならないのだ。
 
 クーデター決行はほぼ確定となり、クーデター決行後の対応開始を軍が決定した事で、俺たちへの依頼事項である「クーデター組織の詳細を暴き、可能であればクーデターを阻止する事」のパーフェクト完遂が不可能になってしまった。
 報酬額に響かねば良いのだが。
 クーデターが決行されてしまえば、あとは政治的な交渉と軍事的な衝突が主流な解決策となり、俺たちの出る幕はほとんど無いだろう。
 今の内にもう少し活躍してスコアを稼いでおきたいところだ。
 
 着陸後の各種手続きを行っているところで、港のビークルに混ざって、黒塗りの軍の車が何台も近づいてきた。
 多分、ダナラソオンの身柄を引き取りにやって来たのだみろうと、着陸後の半自動/手動のシーケンスを中断し、後部ハッチを開けて機体の外に出る。
 軍用ビークルのハッチが開き、中から銃を構えた陸戦兵がバラバラと出てくる。そのままシャトルの周りに展開し、一応は射線を外しながらも銃を構える。
 続いて、それらの銃を構えた兵士よりも明らかに階級が上であろうと思われる、情報軍の黒い制服の男が二人、ビークルから降りてきて、シャトルに向かって歩いてくる。
 二人は俺の前で立ち止まり、軽く敬礼をする。
 向かって左側の男が口を開いた。
 
「オマク上級隊長だ。こっちはカシャビ中隊長。ご苦労だった。危ないところだったな。重要参考人の身柄を引き取りに来た。」
 
「マサシと呼んでくれ。丸腰のシャトルであんなことは二度としたくないね。重要参考人様は中で寝ている。酷く揺さぶったからな。怪我してなければ良いが。」
 
 そこでオマクは俺の後ろのシャトルを眺めながら呆れたように言った。
 
「まぁ、酷かったのだろう、な。こんな凄まじい状態のシャトルは初めて見た。」
 
 言われて俺もシャトルを振り返った。外側から見るのは初めてだ。
 
 自分でやっておいて絶句してしまった。
 
 シャトルの外殻はどこもかしこもズタズタに切り裂かれ、外殻パーツが何箇所も丸ごと吹き飛んで内部がむき出しになっている。
 その内部の機器類も、あちこち破損したり熔けたりしており、所々からまだ煙が上がっていた。
 補助安定翼は根元から熔けてねじ切れており、二度と格納は不可能な形になっていた。
 外からは見えないが、ジェネレータも過負荷で長時間使い続けたので完全にオシャカの状態だろう。もう一度動くかどうかさえ怪しい。
 全体的に見て、まだ飛んでいたのが不思議な程の状態だった。
 
 酷い状態のシャトルを見て立ち尽くす俺の肩を叩いて、オマクとカシャビはシャトルの中に入っていった。銃を構えていた兵士が四名、後に続く。
 特に手伝うような事もないが、続いて俺も中に入る。
 四名の兵士が、機載の担架を取り出し、シートベルトを外したダナラソオンの身体をテキパキと担架へと移していた。
 
「話は聞いている。さすがテランというか、さすが『銀ネフシュリ』の見立てと言うべきか。彼らの組織に取り込まれて帰ってきたものは居ない。どんな催眠ブロックをかけても、逆催眠をかけても、果ては薬物による物理的脳内クリーニングや、脳波の強制上書きを行ってさえ、一度彼らに取り込まれたら二度と取り戻せなかったのだ。だが、君だけは帰ってきた。」
 
 ダナラソオンの身体の搬出作業を眺めながらオマクが言う。
 
「しかし残念ながら、クーデターは始まってしまった。もう少し早く彼女の主張に耳を傾けていれば、な。」
 
 ダナラソオンの身体は担架にガッチリと固定され、頭部は拘束衣のようなものでぐるぐる巻きにされた上で、その上から妙な形のヘルメットを被せられている。
 それを見ながら、俺はオマクに聞いた。
 
「本当に魔法だと思っているのか?」
 
 担架は重力ジェネレータによって浮き上がり、四人の兵士に付き添われて俺たちの前を通り過ぎていく。
 二度も掛けられた俺自身、それでも魔法など眉唾も良いところだと思っている。
 オマクは俺の顔を穴が開く程に見ている。
 たっぷり五秒間は俺の顔を眺めた後、不意に疲れ果てたような表情を浮かべて下を向いた。
 
「そういう考えをする者も居る、可能性として否定しきるだけの材料が揃っていない、という意味だと、俺は思っているよ。」
 
「だが彼女は随分前から、ダナラソオンは魔法を使うと主張していたのだろう?」
 
 俺が問うと、オマクは急に左の奥歯で苦虫を噛み潰したかの様な表情に変わった。
 
「ああ、そうだ。」
 
「ハフォンでは昔魔法を使った人間が居たと聞いたが。」
 
 唇を歪めていたオマクの表情が、唇の歪みはそのままに皮肉な嗤い顔に変わった。
 
「何万年も前の歴史上の人物だ。歴史と言うよりもほぼ伝説(ファンタジー)だよ。どこまで尾ひれ背びれが付いているのか、怪しいものだ。」
 
 まあ、似たような話は地球にもある。湖の水面を歩いたどこぞの教祖様が、触っただけで重病人が治ってしまったとか。
 たかだか2500年ほど前の話だ。ハフォンの例よりも遥かに最近だが、遥かに眉唾なファンタジーだ。
 宗教関係は、過去の功労者をすぐに聖人や大魔法使いにしたがる。
 
 シャトルのハッチを降りきったダナラソオンの担架は、兵士に付き添われてそのまま兵員輸送車に飲み込まれていく。
 
「彼をどうするんだ?」
 
「色々調べるさ。警察的な意味でも、科学的な意味でも。これ以上詳しいことは言えないが。」
 
 そう言ってオマクは疲れた笑顔を見せた。
 こっちもそれ以上詳しいことを聞きたくはない。催眠術を掛けられた俺まで解剖されかねなかった。
 ダナラソオンを乗せた黒い軍用輸送車が動き始める。
 その前後を兵員輸送車が固めている。
 オマク達が乗ってきた兵員輸送車だけが後に残っていた。
 ダナラソオンを見送った兵士たちが四人、最後の兵員輸送車に乗り込み始める。
 
「君を部屋に案内しよう。もうしばらくしたら市内のクーデター対策本部が合流してくる。それまで身体を休めておくと良い。何があったかだいたい聞いてはいるが、酷い顔だ。医務局に行くか?」
 
 顔や身体に付いた青あざもそうだが、少なくとも左手の火傷だけは処置しておかねばまずいだろう。
 オマクの勧めに従ってまずは医務局に行くことにする。
 軍港に付属の医務局ならそれなりの設備が整っているだろう。
 
「ありがたい。助かる。左手の火傷が酷いことになっていてな。」
 
「どうした。シャトルから火は出ていなかったが。」
 
「ダナラソオンにな。どうやら小型の火炎放射器か何かを隠し持っていたらしい。」
 
「火炎放射器?」
 
 オマクが怪訝そうな顔をして、俺の左手から視線を戻す。
 
「何か?」
 
「いや。さっきダナラソオンを担架に移すときに一応武器スキャンはしたのだが。まぁ、弾切れになって捨てたのかも知れん。」
 
「いずれにしても、少し酷い火傷になっている。処置をしないとマズい。取り敢えずはプラスターを貼って誤魔化してはいるが、結構痛いんだ。」
 
「連中が合流してくる前には終わるさ。案内しよう。」
 
 そう言うとオマクは視線で俺を促し、踵を返して軍用の輸送車の方に歩き始めた。
 気付けば、シャトルの周りに展開していた兵士たちは撤収済みでもう一人もおらず、この駐機エリアに立っているのは俺達だけだった。
 どうやら彼らを待たせてしまったようだ。
 
 医務局に行ったところ、俺の左腕の火傷は思ったよりも酷く、薬を塗ってプラスターを貼っておけばいいという様なものでは無いらしかった。
 本来ならば調整漕行きと診断されるところを、運良く重度の火傷が肘から先だけだったことと、ここが軍港であり傷痍兵のための局所調整層が医務局に常備してあったことから、局所調整層に左腕を突っ込んで数時間おとなしくしていればよい、ということになった。
 調整終了を待っている間、余りに暇なのでブラソンに連絡を取った。
 
 ミリはあの後、ブラソンの誘導で無事クーデター対策本部に戻れたらしい。
 ダナラソオンが撃った火薬式のハンドガンを何発か食らったように見えたのだが、どうやら俺の見間違いではなかったようだ。
 ただ、彼女は体内に医療用ナノボットを飼っているとの事で、あの後しばらくして回復し、つい先ほどクーデター対策本部に合流したとのことだった。
 さすが情報軍のエージェントと言うべきか。維持費のかかる医療用のナノボットを持っているとは。
 いずれにしても、ミリが無事に帰れたのは喜ばしいことだった。
 ダナラソオンの術に再び掛かったからとは言え、負傷した彼女を王宮の中に放置したことはずっと気になっていた。
 
 情報軍のクーデター対策チームはラシェーダ港に集結するとの事だった。
 情報軍はその性格上火力が高くなく、対して反乱軍は艦隊を中心とした強力な火力を持っている。
 この間の俺たちのホテルのときのような強襲をやられたらひとたまりも無い。
 火力という後ろ盾のある港に集結して統合本部を設置するとの事だった。
 
 俺が調整槽に左腕を突っ込んでしばらくして、ブラソンと音声で会話しているとき、にわかに辺りが騒がしくなった。
 今度は何が起こったのだろうと医務局の小部屋の中から聞き耳を立てているとブラソンが言った。
 
「連中が正式にクーデター宣言をした。ベレエヘメミナ総司令官リヤブ・ラーンの名前で宣言が出された。ベレエヘメミナ、第一・第二・第三・第五・第九基幹艦隊がこれに従った。それぞれ30万隻ほどの艦隊だから、合計150万隻ほどの船がクーデター側に着いた。ハフォンの全戦力が500万隻弱だから、約1/3がクーデターに加わった事になる。もっと増えるかも知れん。クーデター宣言は、ネット上の全帯域で流されているから、全国民が知るところとなったな。国民だけじゃ無い。フィコンレイドも知るだろう。」
 
 ブラソンが暗い声で言う。
 俺の方は、なぜここでいきなりフィコンレイドの名前が出てくるのか気になった。
 
「フィコンレイドが何か関係あるのか? もちろん、攻め時だというのは理解しているが。」
 
 俺はダマナンカスでのハナラワンサの話を思い出していた。ハフォンの仇敵。
 奴は、クーデターそのものよりも、それによって発生する国内の混乱と、それに乗じたフィコンレイドの侵攻の方をより危惧していた。
 
「お前、このクーデターが何で起こったか知ってるか?」
 
「俺が知る訳が無いだろう。情報収集はお前の担当だ。俺は身体を張って突入するのが仕事だ。」
 
「俺も知らない。多分誰も知らない。クーデターを画策した奴以外は、な。」
 
 ブラソンが何を言いたいか、想像が付いた。
 それほど長い付き合いでは無いが、そうは言っても何の根拠も無しに妄想を膨らませるような奴ではない事は知っている。
 こんな言い方をするくらいなのだから、何か掴んだり気付いたりしている事があるのだろうと思った。
 
「何か気付いた事でもあるのか?」
 
「現王の治世だが、国民からの支持は高い。評議会との関係も悪くないし、評議会自体も国民から支持されている。政府もだ。宗教という背骨が一本通っている分、この国の社会全体はかなり上手く回っていると思う。では、なぜクーデターなんぞおっ始めなきゃならんのだ? おかしいだろう。」
 
「俺たちには分からない不満が鬱積しているとか、か?」
 
「俺の調べた限りじゃ、無いね。王制を敷いているが、王主催だったり、評議会主催だったりの国民投票や世論調査は頻繁に行われている。高い支持率はその結果に表れている。」
 
「軍が暴走したとか、か?」
 
 少なくとも地球では、軍の暴走、というのはクーデターの理由に良く挙げられる。
 もっとも、本当は全然軍の暴走などでは無く、マスコミの持病であるミリタリーアレルギーによるただの偏向報道だったりする事も多いのだが。
 
「あり得ない。強権的な軍政を敷いて恐怖政治を行うのでも無い限り、民意を反映しない軍事クーデターは成功しない。そして今のハフォンの社会はすでに半ば軍政の様なものだ。王と評議会がそのバランスを取っている。軍が政権を取ったところで、たいして状況は変わらない。ならば、政権を取る事が目的で軍事クーデターを起こす必要などどこにも無い。」
 
 良く勘違いされるが、軍事クーデターも民意の支持がある必要がある。少なくとも、クーデター決行の瞬間には。
 民意の支持を得て軍が立ち上がるから、政権奪取後に国民が言う事を聞く。
 民意の支持の無い軍事クーデターは、たとえ政権を奪取したとしてもそのまま失敗に向けて下り坂を転がり落ちるか、ブラソンが言うような恐怖政治でも敷くしか無くなる。
 恐怖政治で一時的な支配を確立しても、そのような軍事政府は結局の所長命になる事は出来ず、再度革命が発生し打ち倒される事がほとんどだ。
 それは銀河種族達の歴史でも同様だった。
 
「政権を取る事が目的では無い軍事クーデターなど、それこそあり得ないだろう。」
 
「政権を取る事が『手段』だとしたらどうだ。」
 
「権力を握った後は、その権力を行使して目的を達成する訳だろう。その為の権力だろう。それが何かおかしいのか?」
 
「ああ、言い方が悪かった。『政権を取らせる事が手段』だとしたらどうだ。」
 
 どうもブラソンが持って回った言い方をして分かりにくい。
 奴はどうやら何かを掴みつつあるようだ。俺との会話を使って何かのヒントを得ようとしているように見える。
 
「それではまるで、軍はハフォン国外の第三者に操られているように聞こえるぞ。それがフィコンレイドだって? 考えすぎじゃ無いか?」
 
「ネットに繋いでみろ。ベレエヘメミナ総司令官殿が有り難い演説をしてくれている。『疲弊した社会を立て直すためには、隣国との平和的かつ安定的な関係の樹立が必要条件』とか言ってるぞ。」
 
「つまり、クーデター軍は実はフィコンレイドへの隷属を計画していて、ハナラワンサが危惧したとおりの結末が待っている、と言いたいのか? ダナラソオンは生粋のハフォン人だっただろう。何を好き好んで自らフィコンレイドに隷属しなきゃならんのだ。」
 
「お前を操ったように、ダナラソオンも操られていたら?」
 
 確かに、ダナラソオンが俺や他のハフォン人達を洗脳した方法は解析不明と言う事だったが。
 解析不能な洗脳ならば、相談役として登用される時に実施されたであろう検査類も通過できるのだろう。
 
「いや、ちょっと待て。クーデター軍の兵士達はどうなる。百五十万隻とベレエヘメミナが反乱を起こしたなら、それに荷担している兵士数は少なくとも五百万人から上になるだろう。一千万かも知れない。それだけをダナラソオンが洗脳して回るのはどう考えても無理だ。」
 
「ダナラソオン的な洗脳が出来る奴が他にも沢山居れば出来る。」
 
「フィコンレイドはどんだけ沢山の工作員を仕込んでるんだよ。それこそ無理だろう。一人が十人洗脳するとしても、五十万人の工作員が必要になる。それだけ居りゃ、一人や二人は絶対ボロを出す。五十万人の工作員全員が特殊な催眠術のエキスパート? 無理だろそれ。」
 
「・・・だよな。そこなんだよ。どうしてもクーデター軍の兵士数を考えると、そこに無理が出るんだ。」
 
「なあ、これは俺たちが考える事じゃないぜ。情報軍に任せろよ。」
 
「・・・そうだな。」
 
 ブラソンの口調は納得している風では無かった。
 しかし俺が言ったとおり、これは俺たちが考えるべき範疇を超えている。
 余計なところに首を突っ込んで丸焼けになりたくなければ、そんな事はしない事だ。
 何か決定的な証拠を掴んでいるのならば別だろうが。
 
 ブラソンはラシェーダ港への引越の迎えが来た、と言って接続を切った。
 
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