夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第二章 インターミッション (Dancing with Moonlight)

4. 起動試験

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■ 2.4.1
 
 
「ドック内ブリッジ分離。気密確認。漏洩無し。ドックゲート開放開始・・・・解放確認。重力アンカー消失確認。ドック内重力イジェクタ作動。微速後進。ドック離脱30%・・・50%・・・70%・・・90%・・・ドック離脱完了。後進増速。シャルル造船所との距離100・・・200・・・300。距離1500でリアクタ#1起動シーケンス開始します。許可を。」
 
 ルナの感情のこもらない声が状況を読み上げる。
 
「許可する。」
 
「バッテリーコイルチャージ50%。重水分解開始。リザーバタンクチャージ開始。」
 
 俺は船長席でルナが実施している船の起動試験の読み上げを聞いている。ルナは機関士席に座り、ブラソンは航海士席に座っている。
 ちなみに操縦士席、航海士席、機関士席、船長席とコクピット内に4つあるシートの並びは、船首左側が航海士席、右が操縦士席、船尾側右が機関士席で左が船長席となっている。つまり今、俺の前にブラソンが座り、右にルナが座っている。俺が船長席に座っているので操縦士席は空席だ。
 ルナは俺の右で状況を読み上げている。正確に表現するならば、船のAIとして彼女が持っている情報を逐一口頭で俺に伝えている。生義体として独立した個体を用いているので間違えそうになるが、ルナ=船なのだ。
 
「シャルル造船所との距離1500に到達。リアクタ#1起動シーケンス開始。リアクタコイル起動。リアクタ#1内にHD混合気導入開始。リアクタ#1内磁力密度上昇。混合気濃度200%。混合気着火します。着火成功。リアクタ内温度550万度。電磁シールド正常。磁力線分布正常。プラズマ濃度160%・・・120%・・・100%に到達。混合気濃度を上昇。リアクタ内温度5000万度。磁力線密度上昇。プラズマ圧力2.5。中性子濃度10%。重水素供給停止。プラズマ圧力10.0。リアクタ内温度1億度。プラズマ臨界に達します。臨界に達しました。バッテリーコイル停止。リアクタ#1出力15%。出力上昇30%・・・50%・・・75%・・・リアクタ#1出力100%に達しました。プラズマ雲安定。プラズマ温度1.8億度。プラズマ圧力4.5。磁力線密度、分布ともに正常。電磁シールド正常。リアクタ外壁温度正常。プラズマ漏洩無し。放射線漏洩無し。コクピット内放射線密度正常。船外モニタ放射線密度アステロイドベルトバックグラウンド。リアクタ#1起動成功です。引き続きリアクタ#2の起動シーケンスに入ります。」
 
「ルナ、リアクタ#2と#3は起動完了報告だけで良い。トラブル時には知らせろ。」
 
「了解。リアクタ#2起動シーケンス進行中です。」
 
 コクピットに沈黙が降りる。俺の座る船長席の前にはめ込まれているモニタにリアクタ起動シーケンスのログが流れる。本当はシーケンスの進行状況はこのログを見ていれば分かる。しかしそれをあえてルナに読み上げさせている。船の起動試験でもあると同時に、ルナの動作試験でもあるのだ。
 視野の中にAAR表示が重なり、船の周囲の状況を示すセンサーモニタ結果が表示されている。ホロモニタのように実際に投影されているわけではない。AAR表示はチップから直接視覚に割り込ませる画像情報だ。
 船長席コンソールの向こう側で視野に入っているブラソンの前には、航海士用のAAR画面が表示されているのが見える。コクピット内では情報共有のため、互いのAAR表示が見えるようになっている。
 しかし右を向くと、ルナの前には何も表示されていない。モニタは明るく明滅しているのが見えるので、モニタ情報は表示されているようだが、機関士席に座るルナの視線は真っ直ぐ正面を向いており、モニタを全く見ていない。
 見る必要がないからだ。船の情報は全てダイレクトにルナに伝わる。モニタに表示されるような情報は全て、ルナは既に「知っている」のだ。
 
 その後、リアクタ#2、#3起動を完了し、重力ジェネレータ八基を全て無事に起動する。勿論シャルルと奴の職人たちの仕事は信用しているが、高い金を払って手に入れた自分の新造船ということになると、やはり不安になるし緊張もする。
 デブリシールドの試運転と展開を終えたところで、対デブリレーザー砲の試射を行う。
 
「A砲塔起動。パワー供給。照準器アライメント。完了。試射目標を上方1万3000kmのアステロイド性デブリに設定。目標Aとします。A砲塔照準開始。完了。自動追尾開始。射線上障害物無し。発射の許可を。」
 
「許可する。」
 
「A砲塔発射。外れました。誤差修正。第二射発射。命中。目標蒸発。A砲塔照準再アライメント。完了。A砲塔出力は迎撃効果予想の誤差範囲内です。A砲塔試射完了しました。B砲塔試射に移ります。」
 
 船体左下のB砲塔、右のC砲塔も試射を完了する。
 
「静的確認項目終了。動的確認項目のチェックに入ります。船長、許可と目標の設定を。」
 
 「船長(Captain)」と呼ばれるのは、なにかこそばゆい。呼び方を変えよう。
 
「ルナ、俺を呼ぶときは常に『マサシ』でいい。『船長』はなんだか居心地が悪い。」
 
「諒解しました、マサシ様。」
 
「『様』も無しだ。ただの『マサシ』でいいよ。」
 
「諒解です、マサシ。許可と目標の設定をお願いします。」
 
 動的確認項目というのは、要するに実際に船を航行させることだ。
 
「シャルル。聞こえてるか?」
 
『マサシさん、シャルルは別のお客様との打合せに入っています。私が代わりに承ります。』
 
 と、アンジェラの声が応えた。
 
「アステロイド警察から試験航行の許可は出てるんだよな?」
 
『はい。J区警察署のナポリターノ署長名で許可が出ています。試験航行先は取り敢えず地球にしておきました。』
 
「バーナード星じゃないのか。」
 
『・・・・変更しますか?』
 
「冗談だ。北に抜けて、そのまま黄道面鉛直方向で全力航行を行う。その後地球に寄って戻る。ルナ、燃料はあるか?」
 
「はい。タンク容量10%で、想定最大必要燃料の850%を積載しています。」
 
「OK。じゃそれで行こう。」
 
「了解しました。ブラソン様、航路確認お願いいたします。」
 
 ブラソンは航海士だ。船のAIが自動で作成した航路を確認するのはブラソンの仕事だ。
 ブラソンが確認している航路は、俺のAARコンソールにも表示されている。現在この船のクルー全員があたっている優先処理事項であるため、全員で情報共有されるように全員のコンソールに表示される。勿論、ルナの、というか船のAIの判断だ。
 
「ルナ。俺のこともただのブラソンで良いぞ。航路確認した。問題ない。」
 
「了解です、ブラソン。確認ありがとうございました。マサシ、承認いただけますか?」
 
 固いな。こなれたAIなら先に航路設定をやってしまって、その事後報告だけが行われるところだ。
 もちろん、生まれたばかりのAIであるルナにそんな芸当を求めることが間違っていることは分かっている。そんな事が出来るようになるのは、アンジェラやアンリエットクラスの経験のあるAIだけだ。
 あれでアンリエットは二十年、アンジェラに至ってはシャルルのオヤジの時代から合わせて五十年、シャルルの元で働いている。仕事に関しては既に阿吽の呼吸で流れていくし、二人ともシャルルの性格を知り抜いているので、たとえシャルルが仕事を投げ出して雲隠れしたとしても、ごく短期間でシャルルは捕獲されてしまうだろう。
 あのクラスのAIになると、駄々をこねて嫌がる主人を引きずっていって仕事をさせる位の芸当はやってのける。
 まぁ、ゆっくりとやっていくさ。
 
「承認した。規定の試験飛行プログラム通りやってくれ。」
 
「承認ありがとうございます。試験航行開始します。進路黄道面鉛直北方向。ジェネレータ#1を船内重力発生用途に固定。#2を慣性制御用途に固定。#3、#4、#5、#6を通常航行用に設定。#7、#8を高機動航行用に設定します。進路変更。ヘッディング。完了。1.0Gにて加速開始。」
 
 「Regina Mensis II」には、化学ロケットモータや、大口径のプラズマジェットノズルは付いていない。地球政府の規定はアステロイドベルト内でのジェット推進航行を求めているが、無いものはしようがない。次善策として認められている3.0G以下での重力ジェネレータ加速を行う。
 化学ロケットモータにしても核融合プラズマジェット推進にしても、燃料を吹き出してその反発力で推進するなど、燃費が悪過ぎてお話にならない。化学ロケットモータなら、ばかでかい燃料タンクを山ほど接続して、それでも太陽系を脱出できるかどうか。
 プラズマジェット推進であればもう少しマシになるが、それでも太陽系を脱出すれば力尽きるだろう。
 そんな燃費の悪い推進方式を使用することを規定するなど、発展途上国である地球には、まだまだ非合理的で意味不明な法律が多く残っていた。
 
「全ジェネレータ問題なし。推力を3.0Gに上昇。二時間後に速度規制宙域を抜けます。ジェネレータファンクション切り替え。#1、#2、#7、#8問題ありません。進路このまま。加速継続。」
 
 船は太陽系の黄道面から真上に向けて、まるで垂直上昇をするアクロバット機の様に進んでいく。勿論黄道面という物理的な平面もなければ、速度に対して空間が広すぎるので、そんな印象を受けるのはAARやホロ画像で投影される航路図を眺めているからだ。
 
 さてやることがなくなった。この試験飛行プログラムは、新造船用にパターン化されているものなので、たとえルナがいなくとも船のAIが自動で処理するものだ。機関士席にルナが座って状況を読み上げているが、勿論ルナが何をしなくとも、機関士席に座っておらずとも、船は自動でプログラムを全て終了して地球にたどり着くだろう。
 ということで、俺は操縦室を離れて別のものの試運転に取りかかることにした。
 
「ルナ。状況読み上げはもう良い。後は自動処理に任せる。」
 
「了解しました。」
 
「ところでルナ、お前料理は出来るか?」
 
「経験はありませんが、レシピと料理法はネット上から取得可能です。」
 
「十分だ。キッチンに入って料理を作ってもらえないか。こっちも試運転だ。確か簡単な鍋やパンはアンジェラが揃えてくれていたはずだ。キッチンに行こう。食材も積んであるはずだ。」
 
「了解しました。」
 
 俺は立ち上がり、ルナの肩を軽く叩くとコクピット出口ハッチの方に歩いて行く。機関士席からルナが立ち上がり、俺の後を付いて歩いて来る。
 
「そういえば腹が減ったな。ルナの手料理が食えるのか?」
 
 首だけでこちらを振り向き、ブラソンが言った。
 なんだかんだ言って、ブラソンもAIであるルナを一人格として認めているようだった。ヒトの女性でないだけ逆に話しかけ易いのかも知れない。
 ルナはブラソンの声には反応せず、俺の後ろを歩いて来る。
 
「来いよ、ブラソン。飯にしよう。ルナに作ってもらおう。」
 
 ルナに無視されたことで少々情けない表情を浮かべたブラソンに声をかける。とたんに笑顔になったブラソンが航海士席から立ち上がる。
 キッチンに入って冷蔵庫を開ける。卵に牛乳にバターに鶏肉に幾つかの野菜類。バンズとバゲット。米は無いようだ。塩や小麦粉もちゃんとある。ブラックペパーなどの基本的な香辛料もあるようだ。
 あとは、包丁にまな板に皿にカトラリ。とりあえず一通りある。コーヒーとドリッパーまであるのはちょっと驚きだ。紅茶に日本茶まである。勿論、非常食として固形ブロックなどのパッケージも備えてあった。本当に至れり尽くせりだ。AIもそれなりに経験を積めば、ここまで気配りが出来るようになる。
 
 この在庫から何が作れるだろう。まだ経験に乏しいルナに「何でも良いから作ってくれ」などとオーダーを出しても何も作れるわけがない。彼女が困るだけだ。
 そうだな。
 
「ルナ、グリルチキンバーガーは作れるか?」
 
「ネット上に2186通りの調理法を見つけました。大別して13通りにまとまります。いずれのレシピでも、数種の材料が不足しています。」
 
「構わない。ピクルスは無くてもいい。レタスがなければキャベツでも突っ込んでおくか、無くても構わない。早い話が、最低限焼けた肉が丸バンの間に挟まっていて、ソースがかかってりゃ合格だ。」
 
「諒解です。その条件であればどのレシピでも適用可能です。」
 
 ・・・ホントにやりそうで怖いなこいつ。自分で言っておいてなんだが。
 
「おいマサシ、それはザッパ過ぎる。オニオンスライスと照り焼きソースは必要だろう。」
 
 どこで覚えてきやがったそんなモン。というか、照り焼きソースかけたら照り焼きチキンバーガーだ。
 
「分かった。ルナ、ブラソンの分は奴の要望を聞いてやってくれ。自分の分を作り忘れるなよ。出来たら呼んでくれ。自分の部屋にいる。」
 
 「諒解です。調理に入ります。」
 
 キッチンを出て、少し船首方向になる自室に入る。
 部屋は、幅4mx奥行き6mx高さ3m程度の広さがある。船の個室としては破格の広さだが、俺達はこれからこの船を家として、この部屋を自分専用の個室として毎日生活していくのだ。これくらいの広さがないと息が詰まる。
 俺の部屋にはまだ何もなかった。半収納式のベッドが一つ、一人掛けと二人掛けのシンプルなソファがそれぞれ一つ、その間にローテーブル、そして壁際にこれもシンプルなデザインのライティングデスク。
 どれもまだ作りたてで、そしてこの部屋に他のものはほとんど何もない。
 
 自分の船を失ってからこっち、俺の私物は極端に少ない。雇われのパイロットとして、あちこちの会社の仕事を引き受け、毎度のように違う船に乗っていたため、自然と私物の量は減り、今では少し大きめのバッグに着替えと簡単な身の回りの物が詰め込んであるだけ。その着替えも、自分の物となったこの船に乗った早々にランドリーシステムの中に放り込まれ、いまは中身がほとんど無くなったバッグがデスク脇にくたりと転がっている。それが今の俺の私物の全てだ。
 
 そのバッグ以外に何もない部屋を見回して、まだ違和感の残るこの部屋が自分の部屋で、そしてこの部屋があるこの船が自分の船である事を考える。
 その船を買うための金を得るために、船乗りとはとても思えない仕事を引き受け、何度命の危険にさらされたことか。しかしその結果、夢にまで見た地球製の新造船を手に入れることが出来た。
 感慨深い物があるが、まだ実感がわかない、というのが本音だ。
 
 ベッドを引き出して寝転がる。
 少しくすんだ、まだ汚れ一つ付いていない綺麗な白い天井が視野に広がる。
 これからこの船を使ってどうしよう。
 今まで通りに荷物を運んでも良いが、折角小綺麗な新品の客室が付いた新造船が手に入ったのだ。小型の船をチャーターしたがる金持ちを中心に旅客輸送の比率を増やしても良いかもしれない。
 そのような金持ちはとかく我が儘なことが多く、輸送の間何日も顔を突き合わせて気を遣い、我が儘に付き合わされて面倒な思いをするのは少々気が滅入るが、しかし貨物と比べて実入りは数倍になる。
 特にキッチンとダイニングを備えたこの船であれば、その手の客を取りやすいだろう。
 我慢してでも旅客を運ぶ比重を増やそう。
 そして金回りが良くなれば良いな。
 などととりとめの無いいわばビジネスプランを考えていたら、いつの間にか俺は寝てしまっていたようだった。
 
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