夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

文字の大きさ
上 下
112 / 143
第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

38. Terra Forming Sattelite

しおりを挟む

■ 4.38.1
 
 
 貨物船レベドレアは、巨大な重力井戸の縁に腰掛ける様にブラックホールの周回軌道に乗っているレジーナに対して、アリョンッラ星系から見て殆ど逆方向にジャンプアウトしたようだった。
 
 量子通信ユニットは即時性通信が可能だが、時間と空間をほぼ無視するため発信位置の特定は不可能だ。
 そのため、ニュクスが細工をした「実はもう独立していない」独立系量子通信ユニットを通じてノバグがレベドレアの基幹システムに侵入し、航行(ナビゲーション)システムの中の位置情報を抜き取って、レベドレアの位置を特定している。
 
 レベドレアがジャンプアウトしたのは、目標とされている座標からたかだか数光時しか離れていない場所だった。
 目立たない褐色矮星の恒星系や、太陽系から離れて遊星となってしまった惑星などの天体が目標ではない、という事が分かった。
 とすると、目標は小型のステーションか、ただ単に海賊船の一つとランデブーして荷渡しをするだけか。
 海賊の本拠地ステーションであればそれなりに武装もしているだろうし、そもそも海賊船団が駐留しているだろう。エイフェを探して、その様な所にこの武装が貧弱で装甲の薄いレジーナで突入せねばならないという事だ。
 逆に海賊船とランデブーして荷渡しするだけであれば、今度は荷を受け取った海賊船を追いかけなければならない。レベドレアには色々仕掛けを仕込むことが出来ていたが、そのような仕掛けを全くしていない海賊船を追跡するのは相当骨が折れる話だ。
 
「マサシ、レベドレアのシステム上で接岸シーケンスが走り始めました。目標座標ポイントは、独立型のステーションと思われます。ステーションの規模、防衛網等詳細については、レベドレアのシステム上に情報が全く無く、不明です。」
 
 いつ突然行動開始になるか分からないため、コクピットに詰め、システムに繋ぎっぱなしの俺達に向けてノバグからの報告が届く。
 
「諒解した。レジーナ、行動開始だ。現在レベドレアが接岸しようとしているステーションをステーションXとする。まずは、ステーションXから三光年の宙域にホールアウト。そこからステーションXの敷いている警戒網と防衛網を調査しながら、小刻みにホールドライヴで接近する。」
 
「諒解です。重積シールド出力最大。ジェネレータ出力最大。21分後にホールインします。」
 
 レジーナの返答と共に、船体が回頭する。
 その後、最大加速を行い始めたはずだが、回りの景色が動き始めるわけではなく、実感はない。
 しばらくして、レジーナの声がホールインを告げる。
 
「ホールイン、十秒前。リードプローブ射出。カウントダウン、5秒前、4、3、2、1、ゼロ。ホールインしました。ホールアウトは25分12秒後です。ステーションXの三光年手前でホールアウトの予定です。」
 
 勿論、ホールアウトした先ですぐに血みどろの戦いになるというわけではない。
 しかしレジーナは、戦うことを選び、戦いに向けて徐々に近付いて行っている。
 貨物船で戦いを挑むこと、どれだけの戦力が有るかも分かっていない海賊船団に戦いを挑むこと、それがどれだけ馬鹿な事かなど分かっているし、身をもって知っている。
 しかし俺は、バディオイが苦しみと哀しみの余り零す涙を見た。コンテナの中で機械に埋もれて囚われていたミスラが、ルナやニュクスと楽しげに笑いながらケーキを頬張る姿を見てしまった。
 生きていく中で、絶対譲れないというものがある。どうしても我慢がならないものがある。
 だから、今からそれを手に入れに行く。
 そしてそのために勝ち残り、生き延びる術を考えている。
 
 
■ 4.38.2
 
 
「ホールアウト十秒前。リードプローブホールアウト。異常データなし。本船ホールアウト五秒前、3、2、1、ゼロ。ホールアウトしました。全方位索敵開始。ステーションX光学観察開始。ステーションX発見しました。この距離では外観詳細は不明です。」
 
 レジーナがステーションX発見の報告をする。
 違和感を感じた。三光年先から、光学観察で発見されるステーションとは何だ? 近傍に恒星などの強烈な光源が有るならば分かる。金属の表面は恒星の光を反射し、かなり眩しく輝くだろう。
 しかしここにはそんなものはない。ステーションXから二十光年以内に恒星系など無い。
 だが、レベドレアが接岸シーケンスを走らせた事は確かだ。
 考えられるのは、直径千km程度の小型の惑星表面に着陸用の港湾設備があることくらいか。
 
「本船周囲索敵完了しました。一光年以内に船影無し。一光月以内にセンサープローブ無し。重力特異点無し、電磁的特異点無し。クリアです。」
 
 周囲に脅威がないことをルナが静かに報告する。
 さて。ここに留まって三年前の画像を見ていても仕方がない。
 
「レジーナ、ホールドライヴで一光年前進してくれ。」
 
「諒解しました。ホールインは3分8秒後です。」
 
 レジーナが静かに前進し始める。僅か一光年の移動だ。速度はそれほど乗せなくても良い。
 そして3分後ホールドライヴに突入し、数分でホールアウトする。
 ホールアウトした所で再び周囲を警戒し、問題がないことを確認した後に再びホールドライヴで一光年前進する。
 慎重すぎるほどの接近だが、向こうは軍用ではないとは言え戦闘に特化した海賊船団だ。正面から殴り合いになれば、質でも数でも向こうが勝っている。
 ゆっくりと接近しながら詳細を観察し、何か搦め手を考えなければならない。
 
「マサシ、ステーションXの正体が判明しました。直径250kmのほぼ球状、表面は金属性物質で構成されています。これは多分、テラフォーミング用の人工衛星(サテライト)です。分光分析結果を待ちます。」
 
 テラフォーミング用サテライト。また面倒なものが出てきやがった。
 様々な大きさや形状のものがあるが、どれも目的は一つ。
 居住可能な表面重力と恒星からのエネルギー輻射を持ちながらも、大気組成や表面組成などが適さず居住不能と判断された惑星に対して、数百年、事によると数万年もの時間をかけて大気組成を最適化し、惑星表面を最適化し、馴染みのある生態系を強制的に植え付け、人が入植できる居住可能惑星とするための巨大な装置だ。
 巨大なリアクタを多数搭載した有り余るパワーに、物質変換から製品組立、果ては生体培養までを一連の工程とした何でも生み出せる工廠を備え、惑星の軌道を変えることさえ可能なジェネレータ出力、作業の邪魔をされないように敵性の障害を排除するための攻撃力、過酷な環境下でも長期間作業が行えるだけの防御力、そして目的の星系まで辿り着けるジャンプ機能も当然持っている。
 はっきり言って、惑星を作り変えるよりもこの中に住んでいた方が安全で快適なのではないかという、何でもありありの機動要塞が、テラフォーミング用のサテライトだ。
 
 勿論、このサテライトを建造するにはすさまじくコストがかかる。テラフォーミング自体にも長い時間がかかる。
 だが例えば、将来的に軍事的要衝となりそうな場所への植民星展開や、敵性の勢力に邪魔されて植民星の開発に多くの制約があるときなど、限られた状況下でしか用いられることはない。
 そしてテラフォーミングに必要な期間を短縮するために、通常は多数のサテライトを同時に運用する。
 テラフォーミングが終了すれば、サテライトを分解して地上に降ろして工業の基礎としても良いし、サテライト群をそのまま移動させて次の惑星に取りかかっても良い。
 
 いずれにしても、テラフォーミング用のサテライトという物は単基で用いられる物ではなく、数基から数十基の集団で運用される物だ。
 それが一基だけここに存在しているというのは、廃棄された物を海賊達が占拠して使用しているのだと考えて良いだろう。
 軍の本格的な艦隊に対抗するだけの装備を持つサテライトを、幾ら武装船団だからとは言え、正常に動作しているものを海賊達が奪取できるとは考えにくい。
 その動作不良となっている点を突ければ良いのだが、どこがどのように動作不良になっているのかの情報がない。
 
「分光分析結果出ました。かなり古い物のようです。表面の劣化が進んでいますが、ダワハ族の中期以降の量産型サテライトとかなり高い一致を見せています。多分間違いないと思います。」
 
 ルナがいつも通り冷たい声で報告する。
 ダワハ族? 聞かない名前だが。
 
「ダワハ族は、十万年ほど前に滅亡した種族です。他の幾つかの種族と同盟を組んでいましたが、デブルヌイゾアッソによる領域分断攻撃を行われ、分断された領域の一方をデブルヌイゾアッソに、他方をラフィーダにほぼ同時に攻め込まれて滅亡しました。分断攻撃から一斉侵攻までが非常に短時間に行われたため、同盟からの援軍が間に合わなかったとされています。」
 
 つまりあのサテライトは、十万年以上前に造られたものというわけだ。
 色々動作不良を起こしている部分がありそうだ。何とか調査できないものだろうか。
 
「ダワハ族の量産型テラフォーミングサテライトの最終期仕様について情報があります。主武装は2150mmレーザー220門です。防御は空間断層シールドと通常の電磁シールド、重力シールドを組み合わせた重積シールドとなっています。突出した仕様は特にありません。」
 
 ちょっと待てよ。さっき、ルナが何か気になる事を言った気がする。
 
「ルナ、分光分析の結果が上手く一致しないのか?」
 
「はい。長期間放置されていた様です。表面劣化が激しく、表面に露出している部分の組成や、反射率がカタログデータと著しく異なっています。ただ、他に近いものも認められませんので、ダワハ族のサテライトであると帰属しました。」
 
 シールドが死んでいると言う事だ。
 重積シールドが生きていれば、表面劣化など起こる訳が無かった。シールドが死んでいるので、デブリや放射線に晒されて表面が劣化しているのだ。
 確かに、シールドが修理の仕様も無い程に深刻な壊れ方をしていれば、例え高価なサテライトといえど廃棄されるだろう。
 サテライトを陥落する目途が立った。
 
「ニュクス。済まないがまた工作を頼んで良いか?」
 
「なんじゃ。お主、何のかんのと言うておる割には、儂に泣きついてくるのう?」
 
 システム越しにもニヤニヤと笑っているであろう雰囲気が伝わってくる。
 言葉も無い。が、なんとなく腹が立つ。
 
「リードプローブか、ミサイルを改造して、ホールショットであのサテライトに打ち込みたい。サテライトそのものの情報収集と、周辺宙域にいる海賊船の情報を取りたい。」
 
「ふむ。成る程のう。しかし、これだけ安定した場所でホールショットを用いれば、小さなものでも重力擾乱は相当目立つがのう?」
 
「それは仕方が無い。情報収集をして、相手が混乱している間に乗り込むしか無いだろう。」
 
「貨物船一隻で、海賊船団が根城にするテラフォーミングサテライトを強襲とはのう。バカじゃ、バカじゃと思うてはおったが、これほどまでとは。」
 
 やかましいわ。
 
「あい分かった。任せて暮れるかのう? 儂に少し考えがある。」
 
「構わない。2000mmのレーザーを増設したりしなければ、全て任せる。」
 
「・・・お主、案外根に持つタイプかや?」
 
「地球人はしつこくて、徹底的なんだよ。知らなかったのか?」
 
 ニュクスはカラカラと笑いながら離れていった。
 
 無謀である事などよく分かっている。
 しかし、このサテライトの防御が使用不能となっているというのは、間違いなく突破口だ。
 あとは、どれだけの海賊船団が存在するかなのだが、これは実際に調査してみなければ分からないだろう。
 海賊船団の規模によって攻め方を変えなければならない。
 レジーナで威力偵察の様な事をするよりも、プローブを一基打ち込んで蜂の巣をつついてみる方が余程ましだろう。
 
しおりを挟む

処理中です...