夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

37. 宇宙の深淵の縁で

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■ 4.37.1
 
 
 レジーナは、これまで確認された事の無いブラックホールから一光年弱の所にホールアウトした様だった。
 ブラックホールの観測質量は、ソル太陽の約千倍程度とレジーナから報告がある。それだけの質量があれば、一光年先でもそれなりの重力傾斜を持つ。
 もちろん、ホールドライヴを用いたレジーナには何の障害も無い。ジャンプを使っていたら、相当やばい事になっていただろう。
 
「船体確認完了しました。問題ありません。申し訳ありませんでした。少々過剰な対応でした。」
 
 レジーナが、緊急警報を出した事を謝罪する。
 
「いや、問題無い。もう少し近ければ本当に危なかった。ジャンプ航法を使っていたら、今頃宇宙の塵になっていたかも知れない。適切な対応だった。」
 
 システムに接続した俺の視野の中央に、空間の歪みによって赤方偏移した光にぼんやりと包まれたブラックホールが見える。
 もちろん、星自体は見える訳が無い。引き込まれる物質が摩擦や衝突などで光を発し、その光がブラックホールの周りに雲の様に集まった物質を薄ぼんやりと照らしているだけだ。
 俺もブラックホールにこれほど近づいた事は無いし、肉眼でブラックホールを見るのは初めてだ。
 当たり前だ。科学探査船などならばともかく、一介の貨物船がブラックホールなどに用は無い。近づけば危険なだけで、何の得も無いところに商用貨物船は近寄ったりなどしない。
 
「トラップだったのだろうな。ジャンプ航法を使っていたら、俺達も確実に嵌まっていた。」
 
 海賊の本拠地があるのであれば、まずは超遠距離から光学観測でコソコソと探りを入れ、動きが分かってからどうするか決めるつもりだった。
 だから、レベドレアから得た座標の一光年手前を指定してホールアウトした。
 結果的にはその用心が功を奏したことになる。
 調子に乗って強襲などするつもりで、数光日の所にホールアウトなどしていたら、一巻の終わりだった。
 それも、ホールドライヴを持ったレジーナだからまだ生きていられるのだ。
 
 例えば通常のジャンプ船であれば、レジーナがホールアウトした宙域にジャンプアウトした場合、空間の歪みの影響をもろに受けて分解するか爆発したかしていただろう。
 かといって、数光年も先から光学観察したところで、情報が古すぎて何の役にも立たない。
 結果、レベドレアXポイントと呼んでいる座標の近くにジャンプアウトする事になる。
 それが、十分に武装し、海賊に確実に勝てる自信のある軍の艦隊などであれば、座標から数光日の所にジャンプアウトしようとしたかも知れない。
 例えば五光日の宙域にジャンプアウトすれば、海賊側に気付かれずに五日間海賊を観察しつつ、最大加速で接近する事が出来る。ステーションなどを強襲する場合に良く行われる手だ。
 しかしもしそんな事をこのレベドレアXポイントに対して行えば、ジャンプアウト時の空間の歪みで艦体を引き裂かれ、バラバラになった船はそのままブラックホールに飲み込まれて、証拠さえも残らない。
 
 もう一つの不明ポイントは、機械達の隠れ家だった。
 今でも「機械達は人類を見かけたら問答無用に攻撃してくる」と信じている銀河人類達にしてみれば、機械達の住処の近傍にジャンプアウトするなど、ブラックホールの近くにジャンプアウトするのと同様に致命的な罠になると考えるだろう。
 ニュクスが、色々な種族の軍の秘密基地だと断定したポイントにしても同じだろう。その様な基地は、かなり離れた所から厳しい警戒網を敷いていて、下手をすると近付いただけで問答無用で消されてしまうのだろう。
 
 レベドレアから取得した座標データは、臨検などで軍や警察にデータを抜かれた場合の為に仕掛けられた偽データ、もしくはその軍や警察を罠に掛けて消すための罠データであった可能性が高い、と俺は結論した。
 そして俺達はその罠データにまんまと嵌まり込んだ訳だ。
 レジーナはたまたまホールドライヴを搭載していたので生き延びた。
 レジーナ以外の船であったなら、俺達はもう既に生きていなかっただろう。
 それはただの偶然と幸運に過ぎない。
 見事にやられた。
 なかなかにえぐい構成の罠だ。さすが裏側の仕事に手を染めながらも長く生き残っている商人と云わざるを得ない。
 
 そしてまた、エイフェに繋がる糸が切れてしまった。
 勿論、五つほどあり、先にはねた閉鉱山や廃ステーション跡のポイントが実は海賊の拠点であるという可能性は僅かながらに残っている。
 しかしそれらのポイントは外れであるだろうと考えている。
 レベドレアから摂取したデータには元々当たりのポイントは入っていなかったのだろうという気がする。
 
「なんじゃ、随分気落ちしておるではないか。罠をかいくぐって生き延びたんじゃ。もう少し嬉しそうにしてもよかろうがの。」
 
 システムにアクセスしたまま考え込んでいた俺の耳元でニュクスの声がする。
 勿論、システム内の音声通信だ。
 
「結局あのデータの中に当たりは無さそうだからな。手掛かりが無くなってしまった。」
 
「なんじゃお主、儂らがあの貨物船をただ放流したものと勘違いしておらぬか? もう一度あの貨物船からデータを採取すれば良かろう。ミスラを失うたとは言え、あれだけの物資を積んでおったのじゃ。近いうちに海賊に接触するじゃろう。海賊も飲まず食わずでは生きてはいかれぬからのう。」
 
「それはそうだが、レベドレアに何か細工をしていたのか?」
 
 少し間抜けた質問になってしまった事に、言ってから自分でも気付いた。
 
「お主、大丈夫かや? あの貨物船にしても、ステーションのシステムにしても、一度占領したからにはその後いつでも使えるようにしておくのは当然じゃろうが。
「儂は貨物船の独立通信機にしか細工はして居らぬが、ノバグはあのジャキョセクションとか云う田舎ヤクザどものシステム然り、今まで手を付けたシステム全てに、いつでも手元に戻せるだけの細工はして居るじゃろ。当たり前のことじゃぞ。折角苦労して落としたものを、すぐに手放す馬鹿は居らぬわ。」
 
 言われてみればその通りだ。
 しかもレジーナにはニュクスが居る。ジャキョセクションにしても、街中の雑居ビルの裏手に仕掛けた、なんと云う事は無い古びた一般中継器に見せかけてニュクスが作製した量子通信ユニットまで仕込んである。
 その気になれば、銀河の反対側からでもジャキョセクションのネットワークに入り放題なのだ。当然、いつでも管理を手元に戻せるだけの細工はするだろう。
 確かに俺の考えが甘すぎた、というか、間抜けすぎた。
 ただ、気になることはある。
 
「バレたりとかはしないのか?」
 
 仮にもその道で飯を食ってきた連中、しかもその中でも超一流の腕を持つブラソンとその相棒なのだ。しかし、相手も馬鹿では無いだろう。
 
「そうですね。銀河種族達のシステムであれば、まず大丈夫です。ヒトがシステムの中に潜って作業するというのは、まるで水の中で作業するようなものと言えます。そこが本来生きている場所ではありません。ですから、能力の半分も出すことは出来ません。
「翻って、システムとして生まれた私たちAIがネットワーク上で作業する時には、その能力の全てを出し切ることが可能です。もともと演算速度には桁違いに差がありますので、ヒトのネットワークエンジニアが私たちの行動や仕掛けに気付くことなどほぼ不可能と言って良いかと思います。」
 
 なるほど。言われてみれば、納得のできる話だ。
 
「ただし、テラだけは別です。テラ圏にはAIが多数存在します。そのようなネットワークに何か仕掛けを行っても、AIによってすぐ発見されてしまいます。
「そうですね・・・例えるならば、ヒトは暗闇の中の道を手探りで進んでいるようなもの、我々AIは明るく陽が射すいつも通り慣れた道を歩いている様なもの、とでも言いましょうか。その様な所に見慣れない物が置いてあれば、ヒトには気づくことが出来ずとも、AIであればたちどころに発見されてしまいます。」
 
 よく分かる例えだった。
 いずれにしても、ブラソンやノバグがレベドレアやジャキョセクションのネットワーク上に仕掛けを残しており、いつでもそれをアクティブにして参照できる上に被発見率は相当低いものだ、という事は良く分かった。
 
「あのレベドレアとか言う貨物船じゃがの。例の独立通信ユニットが何回か使われて居るぞ。海賊どもと連絡を取り合うておるということじゃろう。
「と、云うことは、じゃ。ノバグ。」
 
「はい。貨物船レベドレアのシステムを引き続きモニタして居ります。現在の所、アリョンッラ星系から外に出る動きはありません。ただ、我々が奪ったコンテナの代わりに幾つか追加の一般資材コンテナが搬入された模様です。近いうちに出航するものと思われますが、大部分の積み荷がそのままである事から、配送先に変更はないものと思われます。」
 
 つまり、重要な積み荷は幾つか失われはしたものの、他の積み荷は予定通り届けるつもり、ということか。当然と云えば、当然の話だ。
 
「レジーナ、この位置に止まることは出来るか?放射線や、時間の遅れは大丈夫か?」
 
「問題ありません。放射線は本船の重積シールドで完全に弾けます。時間の遅れは無視して問題無いレベルです。引力による潮汐力は、この位置であれば一般の太陽系同等であり、これも問題ありません。」
 
「OK。この位置に止まって貨物船レベドレアを観察する。数日以内に『本来の目的地』に向けて出港するだろう。貨物の揚げ降ろしに注目しておいてくれ。大量の荷降ろしが発生したところが、その目的地だ。」
 
 そして俺達は、敵が仕掛けた罠のすぐ近くで息を潜めて潜伏し、俺達がブラックホールの重力傾斜で分解され、そして飲み込まれたと思いこんだジャキョセクションが再び海賊にコンタクトを取るために動き出すのを息を潜めて待ち続けた。
 
 
■ 4.37.2
 
 
 連中が動きを見せたのは、俺達がブラックホールの周りを周回し始めて七日後だった。
 ジャキョセクションには、俺達がどのポイントにジャンプしたかを確かめる術はない。ブラックホールに向けてジャンプアウトして空間の歪みに引き裂かれたか、どこかの秘匿軍事施設近傍にジャンプアウトして集中砲火を受けて宇宙の塵と化したか、それとも次々と外れくじを引いて延々と失われた旧跡巡りをしているか。
 
 いずれにしても、連中がジャンプ船を送り込めばレジーナと同じ運命が待っている。そして探知されにくく無人の小型プローブにはジャンプ機能はない。
 とは言え、たかがレジーナ一隻のために高額な小型無人艇を潰す気にはなれないだろう。だから、連中はレジーナの生死を確かめることは出来ない。
 七日間という時間は、地獄の釜の口のような罠の目の前にジャンプアウトしたレジーナが泡を食って出戻るだけの時間を想定しているのだろう。
 大概の星系で、ジャンプポイントから数日もあれば星系内に侵入出来る。
 秘匿基地であれば、星系外縁で防衛ラインに引っかかるだろう。ブラックホールであれば、この通りだ。
 
 七日経ってもまだ、罠にかけられ怒り心頭、もしくは大破寸前満身創痍のレジーナが戻ってこないようであれば、それはレジーナがどれかの罠にかかってしまってもう既に高い確率でこの世には存在しない、と判断するための時間だっただろう。
 
「貨物船レベドレア、出港しました。新たに追加された座標ポイントが五点ありますが、その内一つが目的地として選択されています。座標判明して居ります。」
 
 コクピットでは無く、ダイニングルームに集まっている俺達にノバグから音声で報告があった。
 俺とルナ、ニュクス、ブラソンとミスラがダイニングテーブルに着いている。アデールは、どうやらお気に入りらしいいつものソファに座って、手に持ったマグカップからコーヒーを啜っている。
 
「マサシ、座標取得しました。先回り可能ですが、どうしますか?」
 
 レジーナがこれもまた音声で問うてくる。」
 
「いや、まだ待つ。荷降ろしを開始するまで待とう。ホールドライヴを無制限で使えば、現場まで一時間以内で到着するはずだ。」
 
 レベドレアが確実に海賊と接触するまで待つことにする。
 ただそのための条件は、ホールドライヴを無制限で使うこと、即ち、レジーナがホールアウトするところを見た者は全て消し去る、という意味に他ならない。
 エイフェやミスラを売り物としようとした海賊と、そして実際にミスラを海賊に売ろうとした連中。彼女たち以外にも居るだろう。
 そんな海賊や運び屋に情けを掛ける必要はない。消し去ったところで、海賊たち自身とジャキョセクション以外に抗議の声を上げる者も居ないだろう。
 
「そのレベドレアが『新たに取得した』座標ポイント五点の周りをよく観察して置いてくれ。ホールドライヴだから、重力傾斜で分解するようなことはないが、それにしても未知のポイントに飛び込むことに変わりはない。情報は多いほど良い。」
 
 この船の乗員全員が集まったダイニングルームに俺の声が響く。
 俺の斜め前では、ミスラが機嫌良さそうにお絵かき帳を広げて色付きペンで何かの絵を描いていた。
 
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