夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

42. 螺旋階段

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■ 4.42.1
 
 
 ノバグに指示されたとおり歩くと、暗闇の中にリフトの開口部が見えてきた。
 
 この階は普段使われていなかった階であるようで、明かりにパワーを供給するラインが故障しているのだとノバグが言っていた。
 -60℃程度に均一に冷え切ったこの階では、赤外線を使っても物の輪郭が上手く捉えられない。
 そのため、アデールが小型の白兵戦偵察用プローブを前方に飛ばし、プローブに搭載されたライトで辺りを照らしている。
 プローブの小さな光源が発するライトでも、AEXSSのヘルメットに取り付けられた複合センサーで画像を得るには十分だった。
 もちろん、AEXSSのヘルメットにもヘッドライトは付いている。プローブの小さなライトよりもより強力で明るいライトだ。
 しかしそれを点けて暗闇の中を歩くのは、標的がここにいますよと大声で宣伝しながら歩くようなものであり、余りに無思慮な行動だ。
 さすがにその程度は俺にでも分かる。
 
 そのリフトに近付くと、パワーが供給されておらず、入り口には厚く埃が積もっており、相当に長い間作動状態になかったことが一目瞭然だった。
 通路の明かりや、リフトのパワーは途絶えているが、先ほどのHAS格納庫にあったHAS支持架台はパワー供給されていたようだった。
 長い年月の中で朽ち果てたところと、かろうじて生き残っているところがあるのだろう。
 
 リフトの裏側には果たしてノバグの言った通りの階段があった。各階の入り口が僅かな踊り場のようになっているが、他は延々と続く螺旋階段であるようだった。
 
「最初に侵入した上の階層を第一階層と呼称します。現在、第二階層に向けて移動中です。」
 
 レジーナからの音声が入った。
 階段を下り始めたところでブラソンが立ち止まった。
 
「ニュクス、単分子ワイヤーを持っているだろう? そこの階段の入り口と、段の一番上の所に何本かずつ張っておいてくれるか?」
 
「ふむ、トラップかや。あい分かった。」
 
 ブラソンからの要請通りにニュクスがワイヤーを張り始める。単分子ワイヤーは扱いづらいので時間がかかる。
 
「退路が断たれるが、有りだな。二段構えか。悪くない。」
 
 アデールがニュクスの作業を眺めながら言う。
 
「そこの踊り場にシート状の対人地雷を置くのがいいのだろうが、今回はこっちもかなり武装しているから要らないか。」
 
「どこで習った? 知らなければ絶対に避けられない異種トラップの組み合わせで三段構えなんて、素人のする事じゃない。特に階段に単分子ワイヤーなど張られたら、警戒してそれ以上前に進めなくなる。」
 
 単分子ワイヤーは、線径が余りに細く光をほとんど反射しないので、光学系のセンサーでは捉えづらい。
 帯電粒子を吸着させたり、音波共鳴を使ったりすることで検知できるようになるが、その様なアクティブセンサーを使えば、敵がここに潜んでいますよとこれもまた大声で宣伝しているようなものだ。
 そもそもがいずれも通常の探索方法ではないので、そこにワイヤーがあることを知らなければそのような方法を通常用いることもない。
 だから、最初の独りは必ず引っかかる。そして残った者は疑心暗鬼に捕らわれる。
 因みに俺達が撤退する時には、ワイヤーを張った場所を高周波ナイフでひと撫ですれば良い。単分子ワイヤーは高周波ナイフで切れる。
 
 シート地雷は透明な薄いシート状の対人地雷で、暗闇の中で床に敷かれたりするとまず絶対気づけないものだが、ここの階段は埃が積もっているので却って目立つかも知れない。
 
 いずれにしてもブラソンの知識は、この一年でやり倒した地球製のFPSの中で覚えたか、もしくはミリに習ったものに違いない。
 そういえば、イスアナのカシュタペホテルでミリが非常階段を爆発チャンバーに見立てて殲滅戦を行った時、ブラソンはその場に居合わせたのだった。
 
「ミリか。屋内戦とトラップのエキスパートと言っていたな。」
 
 と俺。
 奴らはあれからどうしているだろう。
 帰りの船の中でブラソンが予言した通り、あれから再びハフォンではクーデターが勃発し、内戦状態にあるというニュースをしばらく前に見かけた。
 依頼は達成され、成功報酬を受け取った。
 完了した依頼の依頼主の安否など知ったことでは無いのだが、あの気の良い奴等のことは妙に気になった。
 
「それは、ハフォン情報軍のエージェントのことか? お前達が行動をともにしていたという?」
 
 アデールが話に割り入ってくる。
 
「そうだ。俺達にはミリと名乗っていた。ハフォン軍随一の屋内戦とトラップの達人だそうだ。」
 
「屋内戦とトラップの達人。変装の名手。千の顔を持つ女。蜘蛛のように罠を張り、蝙蝠のように闇を飛び、豹のように敵を一瞬で屠る。『白豹』だ。行動を共にしたのか。それは得難い経験だったな。」
 
「有名人だったとは知らなかった。逢ったことは?」
 
「無い。諜報活動が活発な国の主要なエージェントは登録されている。『白豹』クラスになると、データを検索するまでもない。私が覚えている。」
 
「内輪では『銀ネフシュリ』と呼ばれていたが。」
 
「知っている。ハフォン原住の肉食動物だろう? 獰猛で、罠を張って獲物を待ち伏せ、一瞬で狩る。まさにぴったりなあだ名だ。一度会ってみたいものだが、怖い気もするな。」
 
 雑談をしているうちにニュクスの作業が終わる。
 
「出来たぞえ。全く面倒なことを言いおってからに。階段の入り口に四本、一番上の段に三本、おまけで十段下に四本じゃ。マーカーを送っておくから、間違えぬ様気を付けるのじゃぞ。お主等のそのスーツでも防ぎきれぬぞ。」
 
 ニュクスの言葉と共に、階段の上に張られたワイヤーが赤い線となって表示される。
 同じルートを撤退する場合には気を付けなければならないだろう。
 
 ニュクスの作業が終わり、前進を開始して階段を二~三段降りた所で、下の方で白い光が何回か瞬くのが壁に映った。
 ニュクスの作業中、先頭を警戒していたルナが発砲したのだろう。
 
「どうした?」
 
 問いながら、階段を飛び降りる様に走る。
 
「下の階の出口から赤外線放射を感知しました。出口に入って来ようとしたので牽制しました。」
 
 ルナが落ち着いた声で返してくる。正確には、いつも通り無感情な声で。
 銃口はまだ下の入り口を狙っている。
 
「なるほど。しかし階段に入ってくるまで少しだけ待っておいた方が良かったな。今回は海賊を殲滅する予定だ。」
 
 ルナのヘルメットの角度が少し変わる。
 こちらを向き、少し頷いた。
 
「引きつけて、確実に殺す。諒解です。」
 
 それはいつもの事で、そして俺が指示した事なのだが、ルナのその無感情な声と口にした内容に僅かな戦慄を覚える。
 十代半ばの見た目の、本来船の管理を行うことを目的とした生まれたばかりの少女型生義体が口にする台詞では無かった。
 
 しかし、偏執狂的に何よりも人の命を大切にする地球圏ならばともかく、銀河をあちこち飛びまわる俺の船に居る限りは仕方の無いことだった。
 身を守る術を持たない者、力無い者は死ぬ。
 銀河には、弱者救済などという甘い考えは無い。
 助けて欲しければ、弱者は強者に対して、助ける意味のある何かを提供出来る必要がある。
 ルナにしろニュクスにしろ、彼女たちはAIの生義体であり、皆が彼女たちを殺そうと付け狙う理由こそあれ、生かしておこうとする理由は皆無だ。
 ならば生き延びたければ、生き延びる力を持った強者になる以外に道は無かった。
 俺は、彼女たちに随分と過酷な旅を強いているのだろう、と思った。
 
 ルナと話していると、残りの三人も俺達の後ろ、数段上に到着する。
 
「マサシ、ルナ、そのまま入り口を狙い続けて援護しろ。」
 
 アデールはそう言うと、俺の後ろから何かを投擲した。
 視野の中でフラッシュバンのマーカー表示されたそれは、正確にすぐ下の入り口の壁の断面に当たり、下の階層に転がり込んで壁の死角になった所で爆発した。
 下の入り口から鋭い閃光が差し込んでくる。
 一瞬ホワイトアウトしかける視界の中で、俺の後ろから飛び出したアデールが壁を走り、下の階層の入り口前の踊り場に着地した。
 俺もすぐに数段を飛び降りるように前進し、踊り場のすぐ上に陣取る。
 フラッシュバンの鋭く溢れる光が収まらない中、アデールが立て続けに数回発砲し、そのまま下の階に転がり込む。
 光が収まり始めた所で俺も出入り口を遮蔽物にして、階層内を覗き込んだ。
 
 アデールは入り口すぐ右の何かの端末の様なものを盾にしてフロア内に銃口を向けている。
 視野の中に動くものが見え、そこに照準を合わせて三点バースト。
 発砲の直前に表示されたマーカーの下に「破壊(Destroyed)」と赤文字が表示され、マーカーが白に変わった。
 すぐにアデールと反対側、入り口の左側の壁に移動する。
 階段出口の正面は、二十mほどの幅の通路が「Ψ」型に広がっていた。階段出入り口は下側の軸の位置になる。
 
「緊急。HASとLASの混成部隊二十機以上が第二階層で接近しています。接触まで30秒。第一階層からもLASが十機接近中です。こちらは接触まで1分。」
 
 ざっと数えて、残りのHASの半数、LASのほぼ全数を叩き付けてきた事になる。
 
 ノバグからの警告が聞こえてすぐ、俺達が守る階段の入り口から黒い何かが飛び出し、地上で一度跳ねた後に天井に消えた。
 マーカーは引き続き表示されているが、光学を含めたセンサーで捉えられない。
 
「ニュクス、大丈夫か?」
 
「儂は飛び道具を持たぬからのう。そもそもこの方が得意じゃ。ちぃと本気を見せてやるぞえ?」
 
 妖しく笑いながら喋る、ニュクスの不敵な声が聞こえる。
 
「ブラソン、ルナ、上の階を頼む。LASだが油断するな。先ずはワイヤーの罠に掛けろ。二番目が突破された時点で応戦だ。」
 
「ブラソン、諒解。」
 
「ルナ、諒解です。」
 
 アデールの指示に対して、二人の返答が聞こえた。
 螺旋階段を少し移動して、二人が射撃位置に着いたのがマーカーで確認出来る。
 
 視野の中、第二階層上を赤い大きなマーカーエリアが接近してくる。
 
「申し訳ありません。ネットワークブラック等でID分離出来ません。プローブから半径三百m以内に入った所でIDが個体判別可能となります。」
 
 十分だ。
 どれくらいの敵がどこに居るか、どちらに向かっているのか、それを知るだけで随分と楽になる。
 ネットワークを完全に支配されている海賊側は、自分達の本拠地でありながらもその様な情報さえ知り得ないのだ。
 
「中に入るぞ。正面に敵が展開するのを待って一気に叩き潰す。」
 
 アデールが後ろに下がり、階段入り口に身を隠す。
 俺もそれに倣い、入り口の左側に身を隠した。
 敵位置情報はノバグから送られてくるので、直接視認する必要は無い。
 海賊達がこちらに気付かず、通路いっぱいに広がるまで待てば良い。
 
 海賊のHASとLASが探知領域内に入ってきて個別に分離され、見る間に正面通路いっぱいに広がる。
 さすがにそのまま突進してくることは無く、二百mほど離れた所で一旦止まっている。
 
「弾種徹甲。弾速最大。フルオート。レーザー併用。出力最大。新型だ。両方最大でいけるはずだ。」
 
 アデールからアサルトライフルのモード変更の指示。
 
「OK。セット。行けるぞ。」
 
「カウントダウン。3、2、1、GO!」
 
 アデールの合図と共に身体を翻し、階段入り口の壁を遮蔽物にしてライフルを構え、引き金を引きっ放しにする。
 20発/秒で徹甲弾が合成され、バレル内に生成された斥力焦点によって加速されて銃口から吐き出される。
 銃口右側側面に設けられたレーザー射出孔からレーザーが一秒間発射され、一秒間のコンデンサ充電時間の後に再び、一秒間レーザーが打ち出される。
 これらの攻撃が、正面通路に展開する海賊どものHASとLASの混成団の中に連続で叩き込まれ続ける。
 
 銃を横薙ぎに動かすと、レーザーの着弾で半ば溶けかけた装甲に次の瞬間徹甲弾が着弾し、徹甲弾とレーザーそれぞれ単体で使用する場合の数倍の効果を得られる。
 勿論それには巨大なリアクタ容量が必要であり、その様なリアクタをアサルトライフルの大きさに小型化するのは至難の業だ。
 そもそもリアクタとジェネレータをライフルに組み込んで、さらに物質転換機能まで付与してやっとこの大きさにまとめ上げているのだ。
 しかし地球軍は、このライフルに新型のリアクタを組み込んだ上に、連射性を犠牲にしてまでもレーザーと物理弾頭を同時に使用出来る機能を組み込むことを選んだようだった。
 
 しかしその効果は圧倒的で、通路上に無造作に展開していた海賊達の内、LASは大穴を開けられ半ば千切れて吹き飛び、HASの重装甲でさえ初弾から装甲を貫通されて当たり所が悪く、数発で撃破されるものが出る始末だった。
 しかし荒れ狂う暴風のような攻撃も、チョコバーブレットタブの終了と共に終わる。
 連続で15秒ほど死の嵐を吐き出した後、チョコバーが尽きて連射が止まる。
 視野の下部に大きく「GUN EMPTY」の赤文字がフラッシュする。
 
「ニュクス、出番だ。」
 
 外股のマガジンポケットに入っているチョコバーを取り出しながらアデールが言った。
 
 海賊達の後方数十メートルの所に、小さな黒い影が音も無く舞い降りた。
 
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