夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

46. プログラム「メイエラ」

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■ 4.46.1
 
 
 コンテナコントロールルームの中は、お世辞にも綺麗とはいえない有様だった。
 部屋の壁は薄く黒ずんで所々大きく凹んでおり、コンソールの上には様々なものが散らかり、床には食事を摂った後にそのまま投げ捨てたのであろう空きパッケージや食べ物の屑などのゴミが散乱していた。
 第三階層で、海賊達が司令室として利用していたというコントロールルームと比べると、こちらの部屋の方が遙かに汚れて散らかっており、その汚さの差は部屋の使用状況の差を示して居るものと思われた。
 つまり、海賊達は豊富な貨物格納容量を使ってこのサテライトを物資や商品の集積基地として主に使っていたものと推測できる。
 海賊達が、なのか、海賊達を使ってジャキョセクションが、なのかは分からないが。
 
 そして部屋の中には、男女合わせて十五人の海賊達が、アデールが投げ込んだ睡眠ガスを吸って床に眠っていた。
 俺達が部屋の中に入り、床に転がっている海賊達の身体検査を行い、部屋の内部の状況を確認したりしているところで、俺達が入ってきたドアとは別のドアを開けてルナとニュクスが部屋の中に入ってきた。
 人手がそろったところで、部屋の床にだらしなく転がって眠る海賊達を、手近な空コンテナに放り込む。
 コンテナの扉を閉じ、後はノバグに任せる。
 海賊達が使っていたはずの、このサテライトのまだ生きている設備を使って、このサテライトに停泊している貨物船レベドレアにコンテナを移載し、そのレベドレアは自動操縦でソル太陽系外縁にジャンプさせる。
 不審船としてパトロールに拿捕されれば、パトロールが海賊達をそのまま自動的に刑務所まで連れて行ってくれるだろう。
 レベドレアの乗組員たちも同じ穴の狢だ。後の始末はパトロールに任せよう。
 
「諒解致しました。ニュクス、お手数ですが少し手伝っていただけますか? コンテナを移載している間、レベドレアのクルーには大人しくしていてもらいたいのです。」
 
「承知した。また睡眠ガスで良いかや?」
 
「お願い致します。」
 
 コンテナの処置は二人に任せるとして、俺たちは危険を冒しながらこんなところまでやってきた当初の目的を達成しなければならない。
 
「ブラソン。」
 
「分かっている。」
 
「どうやって例のエイフェという娘を見つけるつもりだ? 会ったことは無いのだろう?」
 
 アデールが俺の考えていることをそのまま質問した。
 
「マサシ、バディオイが最後に云っていた言葉を覚えているか?」
 
 デピシャノ人商人イベジュラハイに使役されたパイニエ人犯罪奴隷バディオイと、レジーナのダイニングルームで話をしたのがもうずいぶん昔の事の様に思える。実際にはまだ一月程度しか経ってはいない。
 しかしそれにしても、バディオイが最後に何を言っていたか細かなことまでは記憶してはいない。
 レジーナに問えば分かるだろう。レジーナは当然、船内で起こったことはログを取るという意味において全てを記録している。
 レジーナの判断で重要と思われた事項については、半永久的に保存される。
 
「バディオイは『「メイエラ」は常にエイフェと共に居る』と言ったんだ。」
 
 そういえば、そんなことを言っていたような気もする。
 しかし、「メイエラ」とは何だ。人の名前か?
 
「ずっと考えていた。バディオイが何を言いたかったのか。答えはすぐ近くにあった。文字通り、俺の中にあった。」
 
 例え誰かが常にバディオイの娘の近くに居ようとしても、バディオイの娘を売り飛ばしたバペッソがそれを許すとは思えなかった。
 そもそもが、そのエイフェという娘は、今は解放されてレジーナの中にいるミスラと同様に、コンテナの中に格納された生命維持装置に囚われていると考えられる。誰かが一緒にいるなど、不可能だった。
 
「俺の中には今でもノバグが居る。全てのノバグのオリジナルであるノバグゼロが。俺と同じ様な仕事をしていて、俺同様の能力を持つバディオイが、ノバグ同様のAIを作り出すことは当然可能だろう。
「逮捕され、奴隷落ちが決定したバディオイが、最愛の愛娘を護るため、何も出来なくなってしまう自分の代わりにその役目をAIに託す可能性は非常に高い。
「『メイエラはエイフェと共に居る』とは、つまりそういうことだろう。」
 
「チップを違法に拡張しなければ、容量不足でその手のプログラムは格納できないんじゃなかったのか?」
 
 ブラソンが昔語ったことを思い出す。
 ブラソンのチップは違法に容量を拡張してあり、しかしそれでもなおノバグのプログラムサイズは容量の大半を食ってしまうほどの大きさなのだ、と。
 
「その通りだ。だが、それは色々なことを学習して成長したノバグをそのまま格納したからだ。AIのサイズは、与えられた能力と、どれだけ学習して成長したかにも依る。実際、能力が飛躍的に向上し、比べものにならないほど色々なことを学習したノバグRは、もう絶対俺の中に格納できないほどの大きさになっている。」
 
 どうも納得できないところが色々残るのだが、ここでそのAIの存在の有無を議論する意味はないだろう。
 それよりも、エイフェを捜し当てることが先決だ。
 そしてブラソンが、そのAIプログラムがキーとなると言うのなら、まずは試してみればいい。上手く行けばそれで良い。
 議論など、バディオイの娘を見つけた後にでもゆっくりやればいい。
 
「では、コンテナに囚われている子供たちのチップを全てスキャンすれば良いのか?」
 
 アデールが問う。
 
「そんな面倒なことをする必要はない。ノバグ、頼む。」
 
「諒解いたしました。ステーションXネットワークにノバグR002からR011を展開致します。全コピー、コンテナのエントリーにアクセス中。パスコード解除中・・・・全コンテナでパスコード解除完了致しました。全コンテナアクセス可能です。ハンドシェイクプロトコル。エコー。コンテナ#32から反応を確認いたしました。応答有り。プログラム『メイエラ』発見いたしました。コンテナ#32にAARマーカーを付与。ブラソン、コンテナ#32からエイフェを解放してあげて下さい。」
 
 
■ 4.46.2
 
 
 #32コンテナは、案外とコントロールルーム近くにあった。
 コンテナに近寄ると、表面に大きな赤のAAR表示で「#32 コレTHIS!」と表示してあり、間違えようも無かった。
 全員が#32コンテナの前に立つ。
 コントロールルームに見張りなど必要ない。監視はノバグとレジーナが行っている。実際に誰かを一人残すのは、もしかしたらまだ残っているかもしれない残党から個別襲撃される危険を増加させるだけだ。全員が一カ所にまとまっている方が良い。
 
 恒例になっている訳では無いのだが、アデールがコンテナの扉を開く。
 すでにコンテナのシステムはノバグが管理下においているので、扉を開けるとコンテナの中は明るかった。
 ミスラが囚われていたものとよく似た機械類に埋もれて、大きく透明な窓の向こう、長く黒い髪を漂わせて、一人の少女が明かりの中に浮かび上がっている。
 
「システムロック解除してあります。意識レベルは覚醒前にまで戻してあります。緩衝用羊水パージ致します。」
 
 ノバグの声と共に、少女を捕らえていた液体が水音を立てて排出され、足下をコンテナの外に流れていく。コンテナルームのこの区画は、海賊どもが活動するためか、気温が10℃程度に設定されており、羊水がたちまち凍ってしまう様なことはない。
 
「キャノピーを開放致します。続いて重力アンカーを解除致します。
「ルナ、彼女の身体を支えてあげてください。ニュクス、彼女に何か羽織る物をお願い出来ますか?」
 
「承知した。」
 
 ニュクスがノバグの頼みを快諾し、ルナは無言のまま前に進み出ていつでも少女の身体を受け止められる位置に着いた。
 
「重力アンカー解除致します。」
 
 ノバグの声と同時に、まるで操り人形の糸が切れたかの様に少女の身体がカクンと落ち、ルナが差し伸べる両腕の中に倒れ込んだ。
 ルナはニュクスが差し出したタオルと毛布の様な物で少女の身体を包んで両腕に抱き直した。
 
「この娘がエイフェなのか。」
 
 少女の顔を覗き込みながら、ブラソンが誰に問うでも無く呟く。
 
「はい。彼女のチップの中に『メイエラ』という名のプログラムが格納されています。生命維持装置によりエイフェ自身が意識の無い状態に維持されていたため、チップの動作も不活性である事が原因と思われますが、メイエラも同様に非常に低い活性状態です。それでもこちらからのアクセスに対してごく簡単な反応は出来ております。メイエラからの応答で、プログラム名がメイエラである事と、その宿主、つまりその少女の名前がエイフェである事は確認出来ています。」
 
「バペッソやジャキョの罠である可能性は?」
 
 ブラソンがノバグにしつこく問う。
 気持ちは分かる。
 親友を思う気持ちと、やっと探し当てた友人の娘がもし偽物であったら、という不安もあるのだろう。
 
「可能性として否定は出来ませんが、バペッソやジャキョがその様な罠を仕掛ける理由がありません。
「またメイエラは、『メイエラ』と『エイフェ』という名前の組み合わせが解除キーとなっていた模様です。エイフェの名前はともかく、バディオイ以外がメイエラの名前を知っていたとは思えません。なぜならばメイエラはAIプログラムです。その様なものがチップ内に格納してあることが分かれば、エイフェの身体ごと消去されたものと思われます。
「ブラソンが心配しておられる様な状況である可能性は、非常に低いものと推察致します。」
 
 ノバグがブラソンの疑念に応える。
 
「ブラソン。彼女の目が覚めれば分かることだ。それまでレジーナはこのサテライトの近くに停泊する。それで良いだろう?」
 
 ブラソンの肩に手を置く。
 
「ああ。分かった。それで良い。ありがとう。」
 
 こちらを振り返ったブラソンが、酷く疲れた様な声で答える。
 
「さて、そうと決まれば、彼女を収容しなければ、な。ニュクス、その辺りの空きコンテナを一つ適当に改造して、エイフェと一緒に乗り込んでくれるか? レジーナ、ニュクスとエイフェが乗り込んだコンテナを移載収容してくれ。」
 
「諒解しました。ニュクス、準備でき次第連絡願います。サテライトのコンテナコントロールシステムはすでに解析が終了しています。」
 
「承知した。ルナ、コンテナの中にベッドを作るまで付き合うてくりゃれや?」
 
「諒解です。」
 
「さて、後の俺達は、ここにあるコンテナの実地検分だ。このコンテナ以外にも、子供達が囚われているらしいコンテナが幾つもあったよな。それを全部虱潰しにする。」
 
「それは良いが、もし子供が何人も捉えられていたら、どうするんだ? 全員解放するのか?」
 
 アデールが問うてくる。もっともな質問だ。俺もその点はどうするかかなり悩んだ。
 
「いや、とりあえず現状のままだ。まずはどのコンテナが当たりかマーキングをする。囚われている子供達の身柄は、地球政府の警察に任せようと思う。エイフェ一人ならともかく、何人、何十人と居た場合、はっきり言って俺達の手には負えない。」
 
 全員を親元に送り返してやりたいが、エイフェやミスラの様な例もある。
 もし、両親ともに所在が知れず、他に身寄りも無い場合、どうすることも出来なくなる。
 かといって、何人もの子供を俺達が引き取る訳にもいかない。非現実的だ。
 そしてアノドラ・ファデゴ矯正孤児院の様な例もある。無責任に適当な孤児院に放り出す訳にも行かないだろう。
 今レジーナで大人しく俺達の帰りを待っているミスラは、色々と特殊な事情の子供をたまたま俺達が引き当ててしまった特例だ。
 全員に同じ様な対応をするのは無理だ。
 
 そして、子供達を早く解放してやりたいのは山々だが、地球政府に引き渡すまで数十人もの子供の面倒を誰が見るのか、というより現実的な問題もある。
 解放したは良いが、まともに世話が出来ないのなら、却って子供達を不幸にしてしまうだろう。
 だから、どのコンテナに子供が囚われているのか全て確認し、その後コンテナごと子供の身柄を地球政府に引き渡そうと思っている。
 少々不本意だが、コンテナの中に居る間は子供達の時間は止まっている。そのまま地球政府に引き渡した方が、俺達も子供達も両方とも不幸にならずに済むだろう。
 
「地球政府との交渉は誰がやるんだ? 引き取ってくれるとは限らんぞ。」
 
 アデールが少々うんざりしたという口調で問うてくる。
 
「心配するな。それくらいは俺がやってもいい。情報部を託児所代わりに使おうとは思っちゃいないさ。アステロイド警察にちょっとした知り合いが居る。警察なら、迷子の保護は仕事の内だろう?」
 
 アステロイドJ区警察署のドリアーノ警部には面倒を押しつけることになるが、RedSunの一件では随分協力的に対応したのだ。
 少々過剰要求の様な気もするが、その時の貸しを返して貰おう。向こうが貸しと思っているかどうかは知らないし、そもそも向こうは俺のことを知り合いと思ってさえいないかも知れないが。
 それでも他に伝手は無い。
 奴は警察官などという職業を選択したのだ。正義の味方の義務として諦めて貰おう。
 
「ルナ、コンテナの準備があらかた出来たぞえ。こっちじゃ。」
 
 ニュクスからの呼び声が聞こえた。
 エイフェを抱いたルナがコンテナを出て行く。
 
「さて、俺達は実地検分だ。人手は沢山あった方が良い。ルナ、そっちが片付いたらこっちを手伝ってくれ。」
 
「諒解です。」
 
 そして俺達はノバグに手伝って貰いながら実地検分を開始し、ニュクスはレジーナに手伝って貰ってエイフェをレジーナに移動させる作業に着手した。
 
 まさかそれが別の面倒を引き起こすことになろうとは、その時の俺達には想像することさえ出来なかった。
 
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