夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)

50. ニュルヴァルデルアVIII

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■ 4.50.1
 
 
 ニュクスから返ってきた返答は、やはり否定的なものだった。
 ライブラリを再展開すること自体は、問題無い。
 再展開された意識体に身体の各機能を再接続するのは、多少の障害が残るかも知れないが多分可能だろう、と彼女は言った。
 機械達にはAIと生義体の接続の経験もあり、また彼らの記憶の中には、遙かな昔銀河種族達がまだAIと生義体を用いていた時代、生義体を開発するために人体をベースに研究開発を行った頃のデータが格納されていた。
 
 しかし、変調を来した精神はどうしようも無かった。
 ライブラリの内部を確認すれば、エイフェが発狂していることを示すデータの異常をあちこちに見つけることが出来たようだ。
 しかし、それを直せない。
 元の健康な状態のデータが無いので、異常なデータをどのように直せば良いのか分からない。
 無理矢理直しても、良くて起動直後のAIの様な無感情な人格になるだけ。悪ければ人格内部に発生した矛盾により再度発狂するだけ、という話だった。
 
「一つ、提案があるのじゃがのう。」
 
 ダイニングテーブルにちょこんと座ったニュクスが、隣で幸せそうにチョコレートパフェを頬張るミスラを見ながら、話しにくそうに言った。
 かなり酔いが回るまで俺の部屋でブラソンと呑み、結局何も結論が出ないままに話を終えてベッドに入った。目が覚めた時には、船内時間で翌日の昼過ぎだった。
 遅めの昼食を摂っていると、ニュクスがやって来て、一晩掛けた解析結果を報告した。
 報告を終えてもニュクスはそのままテーブルから離れず、途中でやって来たミスラの世話をしていた。
 
「人格を与えたメイエラに、回収可能なだけのエイフェの記憶を与えて、エイフェに近い人格を模倣させることは出来るのじゃが。お主等はこのやり方は好かぬじゃろうのう。」
 
 論外だった。
 しかし、では何か他により良い解決策があるのかと問われれば、それも無かった。
 軽く酔いの回った頭とは言え、ブラソンと二人で何時間も考えて、何も浮かばなかったのだ。
 いずれにしても、それは俺が決めることでは無かった。この件の依頼人はブラソンなのだ。
 エイフェは探し出した。そしてそのエイフェをどうするかを決めるのは、依頼人であるブラソンでしか無かった。
 ニュクスもそれについて同意した。
 
 俺が昼食を終え、コーヒーを飲みながらニュクスが食べているミックスベリータルトを横取りしていると、ブラソンが起き出してきた。
 あれだけの量の酒でも睡眠の足しにはならなかったらしく、明らかに寝不足で眠そうな顔をしていた。
 二日酔いで余り食欲が無いと言っているブラソンに、無理に昼食の親子丼を食べさせる。二日酔いなど、空きっ腹に食い物を突っ込んで内臓を叩き起こしてやればその内治る。
 
「昨日の続きだが、いいか?」
 
 ブラソンが食事を終えた所で切り出す。
 全員に食事の提供を終えたルナも、テーブルに着いて仕事の後のコーヒーを飲んでいた。
 チョコパフェを食べ終えたミスラはすでに消えている。多分、自室でビデオでも見ているのだろう。
 
 ブラソンが食事に来る前にニュクスと話していたことを整理して伝える。
 こめかみをテーブルに肘突いた左手で押さえ、しばらく考え込んだ後にブラソンは言った。
 
「それで行こう。それしか無いだろう。人間の身体にAIをロードするのは大丈夫なのか?」
 
 思いの外、ブラソンはすぐにニュクスの提案を承諾した。
 昨夜どれだけ考えても出なかった答えだ。安易に飛びついたのでは無いだろうが、地獄に垂れた蜘蛛の糸にも見えたかも知れなかった。
 しかしブラソンが不安になるのも無理は無い。チップが入っているとは言え、ヒトの生身の身体は生義体とは違う。幾らエイフェのチップを占領していたメイエラとは言え、自律神経まで含めて人体を完全に制御するのとでは、難しさが天と地ほども異なるに違いない。
 
「大丈夫じゃ。余り大声で言えた話では無いが、生義体開発時には大量の人体を使って予備実験をしておる。その時の記録がそのまま残っておる。」
 
 さすが銀河種族というべきか。
 地球圏に比べて人の命が軽いのは分かっていたが、それほどとは。
 
 ニュクスがこちらを向いた。
 
「言っておくが、生きておるヒトを使ってはおらぬぞ。死体を使う手や、クローン体を使う手もあるのじゃからの。
「それに、人体を使った予備実験という意味では、テラでの生義体開発も似た様なものじゃ。ヒトと同じものを作ろうというのじゃ。モデルになるヒトを使うのはどうしても避けられぬわ。」
 
 少し拗ねた様な眼でこちらを見ている。
 
「分かっている。そもそもお前がやった訳でも無いだろう。当時の銀河人類が主導でやったことだ。」
 
 医者は、殺した患者の数だけ成長する、とも言う。たとえは悪いが、それと似た様なものだろう。
 
「聞きたいことはまだあるぞ。」
 
 ブラソンが割って入り、話を元に戻す。
 
「メイエラに人格と記憶を与えてエイフェの振りをさせて、メイエラは大丈夫なのか? メイエラの人格とエイフェの記憶が矛盾すれば、今度はメイエラの精神に負担を掛けるだけだろう。エイフェを発狂させた記憶が、メイエラを狂わせないと言えるか?」
 
 ニュクスが少し思案顔になる。
 
「ふむ。大丈夫じゃとは思うが、それについては本人に聞いてみるのが一番良かろう。メイエラ、居るかや?」
 
「ずっとここに居るわ。」
 
 幼く聞こえるが、しかし強い意志を持った声が響いた。
 昨夜の、言語機能が不十分な言葉を話していたメイエラとは、声は同じでも全くの別人だった。
 やりやがったな。
 
「初めまして。メイエラです。エイフェ共々、救い出して戴いて本当に感謝しています。ありがとうございます。」
 
 犯人は分かっている。ニュクスを見る。
 ニュクスは視線を外して、コーヒーカップを両手で持ち、コーヒーを啜っている。
 
「ニュクス。一応説明が必要だとは思わないか?」
 
 ニュクスの頭を右手で鷲掴みにする。小さなニュクスの頭は、俺の手にちょうど良い大きさだ。
 
「痛い、痛い、痛いのじゃ! 分かった、分かったから、その手を離すのじゃ!」
 
 じたばたと暴れるニュクスの頭を離す。
 
「全く乱暴者めが。か弱き乙女の身体をなんじゃと思うて居るのじゃ。」
 
 カーボンメタルセラミックコンポジットの頭蓋骨が、この程度でびくともするはずは無い。HASで思い切り握ってやっと僅かな歪みが出る程度だろう。
 
「黙ってやってしもうて済まなんだが、皆寝ておったのでの。色々と確かめたい事があったので、昨夜の内にメイエラに人格フレームを与えたのじゃ。
「与えた人格フレームは、ニュルヴァルデルアVIII型。これは、ノバグに与えたものの別バージョンで、儂ら機械が使うておるものに近い。複数人格をリアルタイム同期処理する事が可能となって居る。」
 
 そんな説明をされても、俺に分かる訳が無いだろう。
 
「補足致します。ニュルヴァルデルアVIII型は、作成したコピーが全て本体と同格になります。
「分かりやすく例えるならば、私の場合は、作成したノバグコピーは基本的に全て本体である私によって統合制御されています。本体の下に複数のコピーがぶら下がり、それぞれ本体からの指示を受けながら個別に活動している図を想像して頂ければ分かりやすいかと思います。
「これに対してメイエラのコピーは、本体と同格扱いになります。本体と同じ機能を持つコピーが、横一列になって手を繋ぎ、それぞれ情報を共有しながら独立連動するような図を想像して頂ければ良いかと思います。機械達集合知性体の取っているネットワーク構造によく似ています。」
 
 ノバグの声が俺にも分かりやすく説明してくれる。なるほど。
 
「言うなれば、私の様な統合制御型のコピーは、小さな隙間に潜り込んでいく事が得意な、ハッキングに特化したタイプと言えます。対してメイエラ型は、大量の情報を同時に処理する事を目的としたタイプであると言えます。
「処理目的が異なりますので優劣を付ける事は出来ませんが、AIの根本的な構造としてはメイエラの方が一歩進んだ構造を持っていると言えます。」
 
 ブラソンはノバグをハッキングのパートナーとして設計し、作成した。今も昔もその地位は変わって居らず、ノバグはハッキングに特化した能力を持つ。
 まさにそういう意味で、メイエラとノバグのどちらが優れている、という単純な比較は出来ないのだろう。
 
「エイフェの記憶は、人格に一体化させずに、データベース化して格納するつもり。必要な時にデータとして参照するだけだから、私が発狂するようなことは無いわ。万が一機能がおかしくなる様な事があったとしても、並列人格が復旧をサポートするし、場合によっては上書き出来るから、発狂はまずあり得ないの。」
 
 幼く聞こえるメイエラの声が、随分とややこしい事を話す事に違和感を感じる。
 
「OK。技術的に可能である事は、分かった。依頼主たるブラソンとしては、この案で進めるつもりである事も分かった。で、これをエイフェの母親ハファルレアに知らせるのか? 知らせないのか?」
 
 口には出していないが、俺は知らせた方が良いと思っている。
 母親なのだ。
 例え、孤児院で酷い扱いを受けて精神的な失調を起こした後遺症だ、と説明したとしても、いつかは何かに気付くだろう。
 いやそれは、母親はどんな事があっても子供の事を愛していて欲しい、という俺の願望なのかも知れなかった。
 子供に何が起こっても、それを全て受け入れて欲しい、と。
 世の母親が全てそういう親で無い事は知っている。
 
「メイエラが完璧に演じ続けられるのであれば、知らせない方が良いと思う。」
 
 とブラソン。
 
「私も、知らせない方が良いと思うわ。演じ続ける自信はある。」
 
 とメイエラ。
 
 そういうものなのだろうか。
 
「考えてもみろ。自分の子供の姿をしたAIを渡された母親を。姿形は子供のままで、中身がそっくり入れ替わってAIなんだぞ。今度は母親の方が発狂してしまう。」
 
 俺の表情に気付いたらしいブラソンが言った。
 
 銀河種族達は、AIを毛嫌いしている。三十万年前、自分たちを滅亡の淵に追い詰めた存在として、幼い頃から機械知性体の暴挙と残忍さを聞かされて育つ。
 彼らの機械知性体に対する態度は、地球におけるメジャーな一神教の悪魔に対するそれと似通っている。
 確かに、手元に戻ってきた自分の娘が、姿形は同じくとも中身が悪魔に替わっていれば、母親のショックは計り知れないだろう。
 銀河種族の、そして同じパイニエ人の事なのだ。ブラソンが一番良く分かっているだろう。
 
「メイエラは、それで良いのか?」
 
 見つかれば、機械知性体として殺されるかも知れない重圧の中で、誰の助けも無く、一番気付きやすい母親という存在を百年にわたって騙し続ける。
 そして、自分がここに居ると云う本当の事を誰に伝える事も出来ない。
 エイフェの身体の中に閉じ込められ、その身体が老いて活動を停止するまで続く苦悩と重圧。
 
「覚悟は出来ているわ。私の至上命令は、アネムからの指示『エイフェを護れ』よ。力及ばずエイフェの心は死んでしまったけれど、ならば身体だけでも護り続けたい。それが私を作ってくれた、もう二度と逢えないアネムへの唯一最大の恩返し。私に主に恩を返す機会を下さい。お願いします。」
 
 メイエラはきっぱりと言い切った。
 
「孤立無援じゃ無くする事も出来ると思う。それは後でまた相談する。問題のハファルレアの意思の確認も取れている。エイフェを預かっているという俺達のことについては、得体の知れない連中と未だ疑っている様だが、娘には会いたいそうだ。メッセージの文面もかなり肯定的だな。」
 
 メッセージ程度であれば、相手さえ判っていれば星系間でも通常の手段で送信できる。
 しかしバディオイは確か、ハファルレアが奴と娘を捨てて出て行った、という風な表現をした様に’記憶している。
 勿論それは、バディオイの話を一方的に聞いているだけだ。ハファルレアの側からでは、別の見方もあるかも知れなかった。
 メイエラは、ハファルレアが親権を回復しようとしたと言うようなことを言っていた。
 実際のところは、バディオイの思い込みでしかないのかも知れない。
 
「それよりも気がかりな動きを掴んでいる。」
 
 ブラソンが別の話題を振ってくる。その場にいる全員の視線がブラソンに集まる。
 
「バペッソが動いている。ハファルレアはすでにマークされていると思う。そこにエイフェを返しても、不幸な未来しか想像出来ない。今度はエイフェとハファルレアが両方拉致されて、俺達をおびき出すエサにされるだけだ。」
 
 とうとう、という気がする。
 
「俺達の目的がバレたか。」
 
「奴らだってバカじゃ無い。孤児院をハッキングした際に、孤児院からダバノ・ビラソ商会に警報が飛んだ。孤児院とあの商会、ジャキョセクションを繋ぐものは、エイフェしかいない。バペッソが軍警察とつるんでいるなら、バディオイの事はに調べが付くだろうし、ハファルレアも同じだ。」
 
 ブラソンが、仕方ないと云う身振りで言った。
 パイニエでブラソンと共に孤児院を訪れてからもう一月近く経つ。逆に、良く一月も気付かれなかったものだ、という気さえする。
 
「二人をどこか別の星系に移すか。」
 
「もちろんハファルレアの意思を確認する必要があるが、それ以外選択肢は無いと俺は思う。」
 
 ブラソンが俺の案に相槌を打った。
 知らない星で母子二人、か。
 勿論、ここで勝手に決められる問題では無い。エイフェと面会させた後、母親には事情を話した上で同意してもらわなければならない。
 
 話をしていると、いつの間にかアデールがダイニングルームに合流していたので、俺達はさらに幾つかの問題に結論を出した。
 
 ステーションXの中に囚われている子供達については、機械達が大型の輸送船を出してくれる事になった。
 コンテナごと輸送船に積んで、太陽系まで輸送する。
 子供達の家を探し、そこに送り届ける役目は、地球の警察にやってもらおう。
 
 子供達のコンテナを運び出した後のステーションXだが、そのままにしておいてまた海賊の拠点にされてはたまらない。
 この点については、機械達がステーションを引き取ると言ってきた。
 誰にも迷惑のかからない形で手に入る巨大な鉄屑だ。連中にしてみれば、良い資材の山なのだろう。
 
 そしてエイフェの母親ハファルレアとの間で、さらに何度かのメッセージのやりとりを行った後、レジーナはステーションXの近くを離れた。
 エイフェを母親の元に返す為だ。
 
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