【第一部完結】精霊の幸う国の古城管理人

橘佐和

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【第1部】第1章 嵐の夜の客人

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「どうしました」
「エレノア様――」
 息を切らしてきた夜警の男に、ヘンドリックとエレノアが駆け寄る。男はエレノアの姿を認めると、びしょぬれの顔と髪をぬぐい、居住まいを正した。
「表門にエスタシオン家の使者を名乗る男どもが来て、中に入れろと騒いでおります」
「なんだって!」
声を荒げたのは、フィオレロだった。苦々しい表情をして、再びエレノアたちに頭を下げる。
「重ね重ね申し訳ありません――使者などと名乗っておりますが、おそらく父に金を積まれて雇われた荒くれ者です。しつこく付け回されて――奴らはリリアンと私を引き離し、私だけを連れ戻して、あとは――」
「なんてこと」
言外に、不穏な気配を感じてエレノアは眉をひそめる。逃避行の上にそれでは、体も心も疲れ果ててしまうのは当たり前だ。
「いかがいたしましょう。今にも押し入ってくる勢いでして」
夜警の言葉に、エレノアはヘンドリックと視線を交わす。
 夜警の者は、城のある街の警備隊と契約し人数を回してもらっている。
 警備隊は自警団から発展した独自の組織で、いわば民間経営の騎士団だ。武装蜂起などを防ぐため定期的に領主の監査も入るが、運営は基本的に街の職業組合の長や市政に関わる有力者が行っている。
 犯罪者の追跡や逮捕などが主だった役割だが、職業として確立され、専門的な訓練も重ねているので荒事あらごとも多少は慣れているだろうが――今回相手は「王都の貴族」の名をかかげ、ここにやってきている。何かあったとき、警備隊が槍玉に挙げられるのは避けたい。
 それに――
「中まで入られると、きっとなお客人ね。わかりました。わたくしが参ります。ヘンドリック」
「お供いたします」
――後々のことを考えると自分たちで対処した方がいいだろうと、ヘンドリックを窺えば同じ考えだったらしい。
「それではフィオレロ様。申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちを。どうぞ囲炉裏の前でおくつろぎくださいませ」 
「レコンフォール様……しかし」
「そのような無粋な者をこのトルテュフォレに立ち入らせることは、わたくしが決して許しません」
「……」
まだ不安そうな表情のフィオレロに一礼し、エレノアは歩き出す。また後を夜警の者に任せると、ヘンドリックもそれに続いた。

   ・◆・◆・◆・

 居住棟の一階と三階は、城のメインとなる天守や王族の生活圏となる居館部分に繋がっている。
 通常使用されるのは一階の渡り廊下で、三階は地位のある使用人のみ、最短のルートで直接居館に出入りできるよう、限定的に造られていた。客間や応接室といった来賓を向かえる部屋もそちらに複数設けられており、リリアンはそこへ案内されている。
 渡り廊下を抜けると城内へと入る。さらに高くなったアーチ状の天井に、雨と雷の音がこだましている。それでも風は収まってきているようで、人気ひとけの消えた静かな廊下に入ると、ヘンドリックがエレノアに囁いた。
「エレノア様。おわかりですね?」
「わかっています。こういうときは、威厳ね。威厳。深呼吸」
 ああは言ったものの、二十歳で家令の地位を受け継いでからたったの二年。友好的な人間に対するならばともかく、そうでない人間に堂々と向き合うにはエレノアは年齢的にもまだ若く、圧倒的に場数が足りていない。初対面の相手には名乗った時点でまず間違いなく、先ほどのフィオレロのように驚かれるか、でなければあなどられる。
 あるじより上はなく、あるじと同等の権力を許された、家内の最高位の役職である〝家令〟。
 先代の家令であった彼女の祖父亡き後は、その友人でもあった執事長のヘンドリックが教育係も勤めてきたが、エレノアはまだ肩書きばかりが大きい、未熟なあるじであった。
 なので、
「――お引き取りくださいませ」
「それはできませんな。失礼ながら、家令といえども田舎都市にお住まいのお嬢様は、王都の情勢にお詳しくないとみえる」
相手のが悪ければ悪いほど、押し問答になる確率が高くなってしまう。
「よろしいですかな。エスタシオン家は今の御当主様が一代でお築きになり、その手腕で次々と財をなし人脈を築いてこられた、今をときめく新興のご貴族様であらせられます。このような――かび臭い、廃墟に見紛みまごう城の一使用人が、お飾りの肩書きだけで渡り合えるお方ではないのですよ」
「ですから先ほどから申し上げているとおり、そのご子息とお連れ様のようなお客人をお招きしたことはございません。万が一こちらにいらしたとしても、おおやけの捜索状なども当方は受け取っておりませんし、また受け取った上でそのようなお客様をお迎えしていたとしても、身分の証の立たぬ者にお引き渡しすることはできません」
 貴族の名を挙げているため仕方なく正面玄関から迎えた男たちは、雨避けに高級な外套がいとうを羽織り、その間から覗く衣装もいかにも貴族の従僕が身に着けるようなものであったが、物言いもわざとらしく身振り手振りに品がなかった。エレノアが顔をしかめれば、それさえ年若い女性を不快にする下卑げび揶揄やゆに使われる。
「お前たち――使者を名乗るにしては、いささか無礼ではないか。そもそもこの城は――」
「いやいや。良家のお嬢様お坊ちゃまには、お優しいおもりが何人もいらしてよろしいですな」
 見かねて、その場に残って侵入を止めてくれていた夜警の者がたしなめてもくれたが、逆効果だった。どうしたものかとため息を落とせば、それが雷鳴の間を縫って殊更に大きく聞こえてしまう。
「ちやほやされて、あんまりお高くとまるなよ。お嬢様」
「エレノア様!」
それがかんさわったのか、中心となってやり取りをしていた男は突然エレノアの顎をつかむようにすくい上げ、乱暴な口調で凄んできた。ヘンドリックと夜警が止めに入ろうとすれば、傍らにいた男たちがそれを阻む。
「俺たちも途中まではたしかに、坊ちゃんたちの姿を捉えてたんだよ。まあ、この嵐で見失ったが――こんな深夜に、明かりが贅沢に灯ってたのはここだけだぜ」
「……廃墟のような城でも、業務は数多くございますので」
「ははっ、せせこましく金勘定でもしてたのかよ――あんまりふざけたこと抜かしてんなよ」
男はそのままエレノアの胸ぐらを引っつかみ、突き飛ばす。尻もちをつき、それでも床に倒れ込む間際にヘンドリックが支えてくれたが、男はさらにエレノアに手を伸ばしてきた。
「貴様!」
 そこで夜警が剣に手を掛ける。それを見たエレノアは、息を呑んだ。
 直接的な暴力を受けたこともその応酬をの当たりにするかもしれないことも、エレノアの人生の中では今までに経験したことのない、異常な事態だった。しかしここで剣を抜かせては、万が一裁判などを仕掛けられたとき、厄介な貴族相手に街の人間を巻き込んでしまうことになる。
「待って――」
だが、慌ててエレノアがそれを制止しようとした――次の瞬間、突然男たちが背後に引っ張られるようにして吹き飛んだ。
「……!?」
キャノピーの外に倒れ込み、濡れ鼠のようになった男たちの上を、まるでからかうように薄いピンクの光が旋回する。
「な、なんだてめえ!」
光が回るたびにくすくすと楽しそうな少女の声がして、男たちは慌てて体を起こしそれを手で払おうとするが、ピンクの光はお構いなしに扉をくぐると、エレノアのもとにやってきた。
「……精霊?」 
 そしてそれに導かれるように――
「……〝トルテュフォレの招かれざる客は、あるじの祝福なしには城から戻れぬ〟。お前たち――それ以上踏み込むと、城に呑まれて一生惑うことになるぞ」
――暗闇から、一人の男が姿を見せた。
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