【第一部完結】精霊の幸う国の古城管理人

橘佐和

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第5章 描いて、書いて、つつんで、結んで。

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 昼を過ぎて暑さがピークを迎える頃、ようやくヴァイスからエレノアにお呼びがかかった。発送に必要な道具を持ってこいと伝えられ、先程使用した道具の一式を持ってリリアンの部屋に向かう。
 一足先に訪れていたヴァイスは、くしゃくしゃになった紙や古布などの梱包材とともにあの二人で選んだスケッチを持ち込み、リリアンに披露していた。
「すごい……本当に画家だったんですね! フィオにも見せてあげたい、本当にすごいです……!」
「大事な娘の行く末が、少しでも伝わればと思ってな。喜んでもらえたならよかった」
スケッチはいつの間にか薄い額に収められ、立派な「作品」になっていた。ヴァイスの絵はスケッチだけでもエネルギーのようなものが感じられる。一度スケッチブックを見たエレノアには、リリアンの今の気持ちがわかるような気がした。
「ああ、そうだ――エレノア様」
 ややあって落ち着いたリリアンは、思い出したようにベッドサイドのテーブルから紙の束を取り出す。
「いろいろ考えているうちに、遅くなってしまって……お手紙です。ぎりぎりになってしまって、申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お預かりいたします」
自分がしたためたものよりずっと厚い便箋。きっとたくさんのことを伝えようと、一生懸命に筆を取ったのだろう。専用の封筒に宛名を書いてもらい――しかし証書を貼ろうとしたところで、ヴァイスから制止の声がかかった。
「それはいい。サインと封蝋だけしてやってくれ」
「え? しかし……」
「どうせ〝特殊恭敬きょうけい郵便〟だろう」
「え――なぜ、あなたがそれを」
ヴァイスの口から飛び出してきた思いもよらない言葉に、エレノアは目を見開いた。
「俺がパトロンに送る手紙や荷物はみんなそれだ。証書や封蝋も預かっている」
「特殊……きょう、けい?」
不思議そうに小首をかしげるリリアンに、エレノアが説明する。
 〝特殊恭敬郵便〟というのは、王族や高位の貴族、またそれに準じた一部の特権を持つ人間が、書簡などをやり取りするときに使う郵便制度の一つだ。
 個人でも家や組織単位でも、登録されている紋章の封蝋と定められた証書の貼付ちょうふが必要で、引き受けから配達まで、取り扱いは専門の資格を持った局員がすべて行うため、確実性や機密性が非常に高いが、料金も高い。
 郵便物は一貫して、物理的な錠前と魔術的な封印のかかったはこで管理されるため、専門の局員以外開くことさえできないが、この函や郵便物を強奪、もしくは故意に破損などをした場合はその人間に処罰が与えられる。
 一方で、謀反や組織的な犯罪を防ぐために、発送や受け取りの記録は十年間保管され、条件を満たせば開示請求も行える仕組みにもなっている。
「――ですが、貴族の中でもまだ位の低いエスタシオン家にその資格はありません。ですので、無事にお届けできるかと思ったのですが」
「とはいえ、専門の局員は身なりでわかるからな。万が一見張りなんかがいたら、確実にこの城の関与がバレる。あいつら、この城まで来ているからな。だから――しゃくだが、俺のパトロンを使うことにした」
「パトロン……て、どうなさるおつもりですか?」
「リリアンの手紙と荷物を、俺の手紙と一緒にそいつに送る。事情を知れば、多分そいつは面白がって全力で事に当たる。軽い男だがこういうことには抜かりない。上手く足がつかないように、手紙や荷物を店の親父さんたちに届けてくれるはずだ。エレノア――あんたのことも、きっと守ってくれる」
「……」
エレノアが黙ると、ヴァイスはなぜか不満そうに続けた。
「なんだ。もっと相手は誰だとか突っかかってくるかと思ったら、大人しいな」
「……いえ。あなたがどう仰ろうともそのお方は、あなたがあなたの絵を託すに十分な信頼を置くお方なのでしょう。でしたら、何を疑う余地もないかと」
「いや、信頼というかな……まあ、裏切らないことだけはわかる。付き合いが長いからな」
「そうでしょう」
そもそもこの制度を知り、利用できる人間というのが限られてくる。だとすると、自分が不躾にいてしまっていいことなのか、エレノアには判断しかねた。必要があれば、目の前の男は自分から語ってくれるだろう。
「――でしたら早速、梱包いたしましょうか。リリアン様も、ご出立の準備でお手伝いできることがありましたら、何なりとお申し付けください」
「エレノア様――はい!」
エレノアが明るく笑んでそう告げれば、リリアンも安堵したように笑う。

 それからはメイドたちも呼び出し、荷造りや明日の準備に取りかかった。
 またヴァイスの指示どおり、手紙の封蝋だけはあの青紫色のものを用い、押した。初めて見るという封蝋をわくわくした様子で眺めていたリリアンに、もしも姉妹がいたらこんなふうだったのだろうか――とエレノアも少し寂しさを感じてしまったが、仕方ない。むしろ未来へ踏み出す旅立ちなのだから、明日は笑って見送ろうと決意した。
 それから薄羽ドラゴンのお守りと絵に、緩衝材となる紙や布を巻きつけていく。ぞんざいな扱いを受けることはないだろうが、王都までは長い道のりだ。
 リリアンとヴァイスの手紙。額入りスケッチ。薄羽ドラゴンのお守り。大きさも形も違うものを上手く重ねて、固定する。
「これでよろしいでしょうか。今でしたらまだ何か入れられるかと思うのですが、他には――」
「ああ、エレノア――」
メイドやリリアンたちから離れた部屋の隅に呼ばれたエレノアは、本当についでといった様子で、ヴァイスから細長い冊子を手渡される。表紙を見れば、請求書の文字。
「これに今日までの宿泊費を書いてくれ。そいつに払わせるから」
「まあ、パトロンというのはそういうものなのでしょうけれど……結構ですよ。わたくしとしては、皆様お客様としてお迎えいたしましたし」
「……あんた、欲はないのか?」
「とんでもない、いただけるものならいただきますけど。ですが、正規のお手続きもないままのご宿泊ですから、やはりお受け取りするわけには」
「違う違う。これもあんたが言う、『あくまでも個人間のやり取り』だ。俺がパトロンから金を受け取る。その金の使い道は自由だ。だから俺が、世話になったことに恩義を感じて、厚意であんたにやる。問題ないだろう」
「それはたしかにそうですが……」
「……。ちなみにだが、開放しているという客間は食事込みで一泊いくらなんだ。いや――待て。リリアンに聞かれて気を遣わせるのも悪い。とりあえず書いてみろ」
「それはプランによってもかなり異なりますので、おおよそになりますけれど」
「なんだこの小さい字は……」
エレノアはヴァイスの言葉に従い、手渡された請求書に額面を小さく記入する。ヴァイスに返せば、ヴァイスはそれを剥がして1を4に書き換え、さらにゼロをいくつか増やして折りたたむと、送る荷物に紛れ込ませた。
「――ちょっ、何するんですか!?」
「ちょうど書き換えやすい数字でよかったな。クロシェットの宿泊費込みだ」
「クロシェット様はお食事さえなさいませんが!? いえ、そうではなく、今わたし、なにか騙されました!? お返しください、トルテュフォレの品位が疑われます!」
「疑われるのは毎回俺の品位だけだからいい。あと、俺は帰ったあともしばらくここに滞在することに決めたから、長くいられる部屋を用意しておいてくれ。食事も常はあんたたちと一緒で構わない。宮廷画家を気取るのも、人生のうちに一回くらいあってもいいだろう」
「……? ……!?」
もはや言葉も出ない。
 またよからぬことを企んでいるとメイドたちが囁き合い、エレノアが混乱している中、ヴァイスはさっさと最後の支度に取りかかる。
 器用に荷物を厚紙で包み、手慣れた様子で素早く麻紐でくくって結ぶ。そしてざかざかと雑に宛先を記すと、エレノアのものと似た木箱を余った梱包材の中から取り上げる。
 ヴァイスが木箱を開けると、まず無造作に置かれた薄紙の包みが目に入った。ヴァイスはそこから証書を一枚抜いて貼り付け、棒状のワックスをキャンドルで炙り始める。そして結び目近くの麻紐の上に垂らしこむと、押印を果たした。
「そういえば――あんたの方は、手紙は書けたのか?」
「それは――手紙は書けましたけど、そうではなくて――お詫び状。お詫び状をお出ししなくては……! パトロンというのは、一体どこのどなたなのですか……!」
「そんなもの紋章を見れば大体わかると思うが、詫び状なんていらんぞ」
「そういうわけには参りません!」
エレノアはメモを取ろうとペンを引っつかみ、適当に余っていた梱包材の紙の切れ端をテーブルに叩きつける。そして――荷物を覗き込んで、その姿勢のまま、雷に撃たれたかのように硬直した。
 心臓が一度大きく跳ね、頭の中の思考すべてが一気に凍てつく。
 紋章の絵は――花樹鹿かじゅろく
 左右に堂々と枝分かれした対の角には蔦の葉が絡み、その後ろには太陽を表す真円、そして円の中には盾が描かれている。
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