【第一部完結】精霊の幸う国の古城管理人

橘佐和

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entremets

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「はい――」
 慌てて顔を上げた二人は、ぎょっとした。先程まで噂していた、何かを調査している行政官が二人、連れ立って店に入ってきたのだ。
 一人は武器の携帯を許されている、治安維持に関わる紺の制服を纏う女。そしてもう一人は大きな書類鞄を提げた、都市開発や道路整備など地理に関わる蜜柑色の制服を纏う男だった。どちらもまだ若いが、立ち居振る舞いがこの辺りの人間とはまるで違う。
 これは、いよいよ噂が真実味を帯びてきたのかとブレットは身構える。立ち退きだの何だの、面倒事は勘弁願いたいが――。
 女は少し片足を引きずるようにして、カウンターの前までやってくる。
「こちらは、雑貨屋ファミリアで間違いないか。ご主人のブレット氏、奥方のミリア氏とお見受けするが」
「え、ええ――間違いございませんが」
「へー、面白いなあ。普通、店っていうと、パンはパン屋、靴は靴屋みたいな専門店しかないけど……この店は、いろんなものがいっぱい売ってる。なんかワクワクしちゃうなー。見てるだけで楽しいなあ。なんだか旧市街の街並みをそのまま店にしたって感じ。目新しいし、旅人には本気で受けそう。なんでも気楽に買えるし、足りないものの補充もできる。ある程度一回の買い物で済んじゃうのも楽そうー。けどそうなると、仕入れのセンスが問われるかなあ」
 一方、男の方はうろうろと、子供のように目を輝かせながら店内を回っている。それにあからさまに苛ついたような表情をして女が咳払いすると、「あ、ごめんねー」と呑気な返事をしながらカウンターの方へやってきた。
「あのー……行政官の方が、なんのご用で。やはり、今噂になっている……旧市街を観光地にするとか」
ミリアがおそるおそる尋ねれば、男性はへらっと気の抜けた笑みを返してくる。
「その話はまあ、半分嘘っていうか。ちょっと危なそうな人間がウロウロしてたんで、邪魔だなー嫌だなーと思って。普段見慣れない制服着た人がいっぱい来たら、腹になんか抱えてるやつは勝手にいなくなるだろうなあとは思ったんですけど、効果抜群でしたね」
「……は? 嘘?」
「いや多少本気で調べはしましたけど、観光地にするには僕的にはもうちょっと、ゆくゆくはって感じですねー。この辺りはまだ比較的新しいっていうか、それでも百年くらいは経ってるらしいんですけど、歴史に詳しい人間に言わせると百年は誤差らしくて。人選間違えたかなあー。とにかく歴史的建造物っていうのか、もう少し見栄え的に誰の目にもわかりやすく、他と時代差が開いた方が売りやすいかなーなんて。これからの時代は、必ず古さが価値になりますよー」
「……」
「ああもう、睨まないでよー。――じゃあ、本題に入ります」
再度女にめつけられた男は、途端にその雰囲気を変えて言葉を続ける。
「まずあなた方は、何事もないふうにそのまま聞いてください。変に慌てたり、取り乱したりしないで。せっかく胡散臭い連中がいなくなったのに、また変に噂になって、エスタシオン家の耳に入るのも面倒でしょう?」
男は先程と同じ毒気のない笑顔のまま、声色だけを変えて話す。その得体のしれない雰囲気と予想もしなかった言葉に、ブレットは動揺しながらも答えた。
「あ――あんた、一体……」
「僕らは行政官じゃありません。こちらの娘さん……でいいのかなあ? 娘さんのリリアンさんから、お手紙と荷物を預かっている者です」
「なんだって!?」
「ああほら、叫ばないで」
「あ――ああ。すまない……」
「結構です。じゃあ、お渡ししますね」
男は肩から提げた鞄から、ごそごそと小包をいくつか取り出し、野菜を横に退けながらカウンターに置いていく。いろいろ雑多に置きすぎて、カウンターは外からは見えない。それも都合がいいようだった。
 そして片割れの女は、おそらく人払いするためだろう、入り口から出ていくと店先で何事もないように、偶然よってきた野良猫を構い始めた。それはもう、にこやかに笑っている。動物には優しいらしい。
「じゃあ小包み二つに手紙一通。たしかにお届けしましたー」
「あんた――リリアンの字だ。本当に、リリアンの字だよ……!」
「ああ……!」
 ミリアが持つ上等な封筒には、たしかによく見覚えのある字でこの店の住所と名前が記されている。裏返せば、青紫色の封蝋。そしてその下には、リリアンの名前とともにもう一人分、見覚えのない名前が――今まで見たこともないような、美しく流麗な文字で綴られていた。
「すごい……字だな。……エレノア=レコンフォール……?」
「ああ――北方にある遠くのお城にお住まいの偉い方だそうで、その方に保護されて、こちらの手紙や荷物もその方が引き受けてくれたみたいです。運がよかったですよ、本当。いや、まさに天運。精霊に愛されているとしか思えないほどの、幸運でした」
「保護……じゃあ、無事なんですね。あの子は……無事なんですね……!」
「はい、それは間違いないですね。同封の包みを見ればわかると思います。ああ、申し訳ない。一応中身はすべてあらためさせてもらってるんで」
「いえ――あ、ありがとうございました。その、――失礼ですが、あなたはどちらさまで。なにか、できる限りのお礼を」
「あ、名乗るほどの者ではないのでお気になさらず。お礼はそうだなあ。わりと本気で、数十年後とか僕が死ぬ間際には観光地にしたいんで、それまでこの街並みを維持しといてほしいかなー。予算つけばいいけど、無理だろうからなあ。だから住んでる人たちに頑張ってもらわないといけないんで、なんとか別方向からフォローできたらいいんですけどねえー」
「……はあ」
「あとは――大事にしてやってください。今日お届けに上がった、すべてを」
「それは――もちろん」
 最後だけ、ふと男の表情が変わる。ブレットの目には、その一瞬だけ男の本音が表れたように映った。
 男は少し自嘲気味にその笑顔を変えると、軽く頭を下げる。
「では、失礼します。ああ――言い忘れました。残念ですが、お返事はなさらないでください。見た感じ、相手方もかなり危ない橋を渡ってるんで、荷物や手紙も、人目につかないところで管理してあげてください」
「それは……エスタシオン家の……」
「そうです。あとは――周りからなにか訊かれたら、適当にごまかしておいてください。とりあえずあなたの店は面白いし、しばらくは大丈夫ですよ。在庫と利益率、後追いだけちょっと気をつけてもらって――ああ、地域貢献や慈善事業も今のまま続けてほしいなあ。短期的には損に見えますけどねえ、観光地になったって、地域の人間をないがしろにするような店は、大変なときに助けてもらえませんから。人は大事ですよ――とかいう査定を受けましたーとか、答えといてください。あと僕はこの店、個人的にすごく気に入りましたんで。それじゃあ」
「……」
男はそうぺらぺらと連ねると、またあのへらっとした気の抜けた笑みを浮かべて、踵を返す。そして店先にいた女と何事かを話し、二人で少しだけ猫を構うと、ドア越しに会釈をして去っていってしまった。
「なんだありゃ……。まさか、本当にこれを届けるためだけに、あんな大掛かりな噂流したわけじゃねえよな……」
「そんなことどうでもいいよ! 早く包みを開けて! 手紙も!」
「お、おう、そうだな」
 残されたブレットとミリアは急いで奥の住居に向かうと、棚からペーパーナイフを取り出し交互に封と小包みの紙を破る。
「リリアン……!」
何枚もの便箋が折りたたまれた手紙に、ミリアはそれだけで目に涙を浮かべ、泣きじゃくりながら一枚一枚を追っていく。
「馬鹿ねえ、こんなに謝らなくていいのに。自分の方がずっと大変で、辛かったのに――ねえ、今もフィオと一緒だって。お城で助けてもらったって。精霊が住むお城なんだって。そこの人たちがねえ――」
「ああ」
後から絶対自分も読むのに、逐一となりで手紙の内容を報告してくれる妻に笑いながら、包み紙を破る。
 一つは、なんだろうか。薄い金色の、花びらのようなものが入った小さなケース。そしてもう一つは――。
「ああ――」
「リリアン。……よかった。よかったねえ……」
泣き女さえ敵わなさそうに泣くミリアを、ブレットはそっと抱き寄せる。目頭が熱くなって、自分もそれ以上を語ることはできなかった。
 薄い木の額に収められた一枚のスケッチ。隅には画家と思われる人間のサインがあったが、無名なのだろう、誰かはわからない。ただ――きっと優しいまなざしで、娘たちを見つめてくれていたのだろうことだけは、すぐに感じ取れた。
 絵の中の二人はまだどこか不安げで、それでも――幸せそうで。
 きっといずれ、子供たちが語った未来が、二人には訪れる。自分がしてきたことも、無駄ではなかったと――なにかに許されたような、そんな気持ちになる絵だった。
 なぜか心の中で、たまに教会で聴く説教の一節が思い浮かぶ。子供たちの付き合いで、半分眠りながら聴いていただけの言葉が、心に落ちてくる。
 それは多分、こういう気持ちのことを語っていたのだろう。
 だからブレットも、顔も名前も知らない城の住人たちへと、その言葉を贈る。
 娘たちを救い、見守ってくれたすべての人へ――どうか、祝福を、と。
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