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第2章
冷たい指と絶望
鉛のように重い身体を引きずるようにして、エリアスは意識を浮上させた。
瞼を開けても、そこに広がるのは漆黒の闇だった。
目隠しをされているのだ。
(……ここは、どこだ)
背中には柔らかな感触がある。床ではなく、ベッドか何かに寝かされているようだ。
状況を確かめようと身体を動かした瞬間、ジャラリ、と金属音が耳元で鳴った。
「……っ」
重い腕を少し持ち上げると、手首に冷たい感触と重みがある。足首も同様だ。
鎖で繋がれている。
薬品のせいで思考は霞み、身体は思うように動かないが、四肢が何かに固定され、逃げられないようにされていることだけは理解できた。
そのまま、どれくらいの時間が経っただろうか。
時間感覚すら麻痺した暗闇の中で、ぐったりと呆然としていると、ガチャリとドアが開く音がした。
ビクリ、とエリアスの身体が跳ねた。
誰かが入ってきた。
自分は拘束され、目視もできず、薬のせいで抵抗する力も残っていない。
この無防備な状態で、何者かが近づいてくる。
コツ、コツ、コツ……。
足音がベッドの脇で止まる。
恐怖で呼吸が浅くなり、震えていると、頬に冷たいものが触れた。
おそらく、男の指だ。
(怖い……っ)
そう思った瞬間、頭上から低い声が降ってきた。
「……まだ薬が効いているみたいだな」
その声を聞いただけで、エリアスの予感は確信へと変わった。
あの時、屋敷の広間で一度言葉を交わしただけだが、忘れるはずがない。
ねっとりと肌にまとわりつくような不快な響き。
やはり、バンガルド卿だ。
「……ぅ、あ……」
エリアスは何かを言ってやりたかったが、全身の倦怠感が酷く、喉が引きつって声にならない。
抵抗できないエリアスを見下ろし、バンガルド卿はフッと笑う気配を見せた。
次の瞬間。
頬に触れていた冷たい指が、強引にエリアスの唇を割り、口の中へと押し込まれた。
「んぐっ……!?」
苦しさと、生理的な不快感に驚愕する。
異物が口腔内を這い回り、舌を悪戯に弄び、粘膜を撫で回す。
蹂躙されている。
ヴォルフの指なら甘く感じた行為が、この男だと吐き気がするほど気持ち悪い。
(嫌だ、触られたくない……!)
必死に顔を背けようとするが、顎を掴まれて固定され、逃げられない。
悔しさと恐怖で、目隠しの下から涙が溢れ出し、こめかみを伝って流れ落ちる。
泣くことしかできない自分が惨めだった。
一通りエリアスの口内を蹂躙し尽くすと、バンガルド卿は濡れた指をゆっくりと引き抜いた。
そして、エリアスの耳元に顔を寄せ、楽しげに囁いた。
「お前は私のものになる。……ヒート期間が楽しみだ」
それだけを告げると、男は足音を響かせて退室していった。
ガチャリ、と重々しい施錠音が響き、再び静寂が訪れる。
エリアスはガタガタと震え出した。
今の言葉に、全ての意図が含まれている気がしたからだ。
『ヒート期間が楽しみだ』
つまり、バンガルド卿はただエリアスを監禁するだけではない。
もうすぐ訪れるヒートを利用し、理性を失ったエリアスを無理やり抱き、噛み付いて「番」にする気なのだ。
もし、この拘束された状態でヒートが来てしまったら。
抵抗できないまま本能を暴走させられ、あの男のものにされてしまう。
(……おしまいだ)
これ以上ない絶望に突き落とされた。
ヴォルフとの幸せな未来、約束した七日間の休暇、愛の誓い。
そのすべてが、黒く塗りつぶされていく。
「うぅ……っ、うあぁ……」
エリアスは闇の中で声を殺して泣いた。
ヴォルフ、助けて。
怖い。
貴方にしか触れられたくない。
あんな男の番になんてなりたくない。
「ヴォルフ……ヴォルフ……」
愛しい人の名前を繰り返し呼びながら、エリアスは意識が途切れるまで、絶望の涙を流し続けた。
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