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第2章
英雄の凱旋
しおりを挟むガィィィィンッ!!
空気を切り裂くような音が、観客席のガラスを震わせた。
バンガルド家の騎士の攻撃は、音だけでその威力が伝わってくるほど重く、強烈だった。
ただの剣撃ではない。巨大な鉄塊で殴りつけられているような破壊力だ。
ヴォルフはその全てを剣で受け止め、受け流し、隙を見ては鋭い突きを繰り出す。
一歩も退かない攻防。
しかし、疲労と体格差は徐々にヴォルフを追い詰めていく。
「――っ!」
鈍い音が響いた。
騎士の剛剣をいなした直後、戻しきれなかったヴォルフの脇腹に、騎士の肘打ちのような攻撃、あるいは剣の腹が強打したのだ。
金属製の鎧の上からとはいえ、その衝撃は凄まじいものだったはずだ。
ヴォルフの身体が大きくよろめいた。
エリアスは息を呑んだ。今の一撃がどれほどの痛みか、肋骨が軋む音が聞こえたような気がして、視界が滲む。
けれど、ヴォルフは膝をつかなかった。
(……泣かない)
エリアスは目を見開き、涙を堪えた。
絶対に見逃したくない。
どんな結果になろうとも、彼が命を燃やして戦う姿を、最後の一瞬まで見守る。
そして、信じている。彼は絶対に負けないと。
ヴォルフは一度距離を取ると、ふっと息を吐き、剣先を地面に向けるようにだらりと下げた。
動きが止まる。
まるで、嵐の前の静けさのように、全神経を一点に集中させているようだった。
次の瞬間。
「おおおおぉッ!!」
獣の咆哮のような気合いと共に、ヴォルフが一気に騎士の懐へと駆けた。
神速の踏み込み。
巨体の騎士は熟練の技でヴォルフの正面からの斬撃をいなしたが、それはフェイントだった。
ヴォルフは騎士の死角である横へ回り込み、遠心力を乗せた渾身の一撃を、騎士の兜の側頭部へと叩き込んだ。
ガァァァンッ!!
鐘を突いたような音が響き渡る。
反応しきれなかった騎士の巨体が、ぐらりと揺らいだ。
脳震盪を起こしたのだ。
膝から崩れ落ち、そのままドサリと砂煙を上げて地面に倒れ伏した。
会場が静まり返る。
倒れてすぐ起き上がるかと思われたが、騎士はピクリとも動かない。
完全に意識を断たれている。
ヴォルフは、膝をつくことはなかった。
肩で激しく息をしながらも、剣を地面に突き刺して支えにし、毅然と立っていた。
その背中は、誰よりも高く、強く見えた。
「勝負あり!!勝者、ハルトマン家!!」
王宮騎士団長がヴォルフの腕を高々と掲げ、勝利を宣言した。
一瞬の静寂の後、闘技場が割れるような大歓声に包まれた。
「うおぉぉぉーッ!!」
「勝った!三連戦を一人で勝ち抜いたぞ!」
「英雄だ!ハルトマン卿万歳!」
観客たちは総立ちになり、常識を覆した新たな英雄の誕生を祝福した。
「……よかった、ぁ……」
その光景を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、エリアスはその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
勝った。ヴォルフが勝った。
喜びと安堵で、身体中の力が抜けてしまった。
「エリアス殿」
ふと、頭上から声がかかった。
見上げると、先ほどエリアスが部屋を出ようとするのを厳しく止めた王宮の騎士が立っていた。
彼はエリアスに手を差し伸べ、穏やかに微笑んだ。
「素晴らしい戦いでしたね。……よろしければ、闘技場まで護衛いたしますが?」
それは、規則で縛る必要がなくなった今、ヴォルフの元へ行くなら案内するという粋な申し出だった。
エリアスは涙を拭い、その手を取って立ち上がった。
「……はい!お願いします!」
エリアスは騎士に感謝し、一刻も早く愛する夫を抱きしめるために、扉を飛び出し、ヴォルフの待つ場所へと駆け出した。
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