102 / 251
第2章
食べられてもいい
しおりを挟む4日目の夜。
二人はソファに並んで座り、遅めの夕食を摂っていた。
ヴォルフの手によって口元に運ばれたスープに浸したパンを、エリアスはゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「……うん、食べられます」
「そうか。よかった……。パンも食べられるようになったんだな」
ヴォルフは安堵の息を漏らした。
昨日までは固形物など受け付けなかったのに、今夜はゼリーとスープに加え、少しだけパンも胃に収めることができた。
「おそらく……明らかなヒートの激しい症状が出るのは、明日までだと思います」
エリアスは自分の身体の感覚を探りながら、静かに告げた。
「残り二日は、微熱が残る程度になるはずです。……若干ですが、いつもの食欲が戻ってきているような気がするのが、その証拠です」
それを聞き、ヴォルフはエリアスの唇についたパン屑を指で優しく拭い取った。
「では……『愛咬の儀』は、明日だな」
ヴォルフは穏やかに微笑んだが、ふと、その表情に微かな翳りが差した。
「……理性を失ったまま、君を衝動的に噛まなくて、本当によかった」
ヴォルフは低い声で、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「記憶がないくらい理性を飛ばしたまま、君を番にしてしまうなんて……そんなことをしたら、私は一生自分を許せなかっただろう」
獣のように本能だけでエリアスを貪った自分。
もしあの時、勢い余って首筋に牙を突き立ててしまっていたら――。
愛の証であるはずの行為が、ただの暴力的な所有の刻印になってしまっていたかもしれない。その可能性に、ヴォルフは恐怖していたのだ。
(……私は、それでもよかったのに)
エリアスは内心でそう思った。
ヴォルフになら、どんな形であれ刻印されることは喜びだ。
けれど、それを「許せない」と思うヴォルフの高潔さと、エリアスへの深い敬愛を何よりも尊重したかった。
「明日……ちゃんと、噛んでくださいね」
エリアスはヴォルフの手を両手で包み込み、真っ直ぐに見つめた。
「正真正銘、貴方のものだという証を……私に刻んでください」
その言葉に、ヴォルフの瞳に光が戻った。
彼はエリアスの頬に触れ、親指で優しく撫でた。
「ああ、約束する。……エリアス、君が本当に可愛い。愛しくて、どうにかなりそうだ」
「っ……」
熱っぽい瞳で見つめられ、エリアスは顔を赤く染めた。
「私も……ヴォルフを愛しています。どんなことでも受け入れられるくらい」
エリアスはヴォルフの手に頬をすり寄せ、潤んだ瞳で告げた。
「本当に……食べられてしまってもいいくらい、愛しています」
そのあまりに献身的で、危ういほどの愛情表現に、ヴォルフは一瞬目を見開き、やがて困ったように苦笑した。
「……そんなことになったら、さすがに止めてほしい。殴ってもいいから」
「ふふ、はい」
夕食を終えた二人は、そのまま浴室へと向かった。
温かいお湯で汗を流し、互いに柔らかいタオルで身体を拭き合う。
髪を乾かし、清潔なパジャマに身を包んでベッドに入ると、ふかふかの布団が心地よく二人を包み込んだ。
「おやすみ、エリアス」
「おやすみなさい、ヴォルフ」
眠りに落ちるギリギリまで、額や頬、唇に軽くキスを落とし合う。
触れ合う肌の温もりと、愛されているという充足感。
二人は互いの腕の中で、明日の儀式を夢見ながら、幸せな微睡みの中へと落ちていった。
68
あなたにおすすめの小説
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる