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第2章
結婚指輪と結婚式
しおりを挟む5日目の朝。目覚めた時は、昨日の朝と同じように、まだ激しいヒートの波は来ていなかった。
嵐の前の静けさと、今日こそ訪れるであろう「儀式」への緊張感が漂う中、二人はテーブルに向かい合って朝食を摂っていた。
カチャリ、と食器を置く音が響いた後、ヴォルフが改まった表情で口を開いた。
「エリアス。……今日の『愛咬の儀』をする日に、渡そうと思っていたものがあるんだ」
ヴォルフは上着のポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。
パカ、と蓋が開かれる。
「これは……」
そこには、二つの指輪が並んでいた。
プラチナだろうか、上品な光沢を放つリングに、それぞれ一粒の宝石が埋め込まれている、シンプルだが洗練されたデザインだ。
よく見ると、片方にはヴォルフの瞳と同じアイスブルーの宝石が。
もう片方には、エリアスの瞳と同じセピア色の宝石が飾られている。
「……指輪?」
「ああ。結婚指輪だ」
ヴォルフは照れくさそうに頬をかいた。
結婚指輪をする夫婦もいれば、しない夫婦もいる。これまでは特に結婚を示すものを身につけていなかったし、エリアスも求めてはいなかった。
「実は、すぐにでも贈りたかったんだが……どうしても、君の瞳の色とそっくりな宝石を見つけたくてね。……時間がかかってしまった」
ヴォルフは苦笑しながら肩を竦めた。
「そこらの石では妥協できなかったんだ。これでも私は商人だからね、商品の質へのこだわりだけは強いんだよ」
世界中から宝石を取り寄せて吟味していたのだろうか。
たった一つの、自分と同じ色の石を見つけるために。
エリアスはその二つの指輪を見つめ、胸がいっぱいになり、ポロポロと涙を溢れさせてしまった。
「うぅ……っ、ヴォルフ……」
ヴォルフの気持ちが嬉しくて、幸せで。
ヒートの熱とは違う意味で、頭がおかしくなりそうだった。
「泣かないでくれ、エリアス」
ヴォルフは愛しそうに微笑むと、エリアスの左手を取り、セピア色の石――エリアスの瞳の色――が入った指輪ではなく、自身の瞳の色であるアイスブルーの石が入った指輪を、薬指に滑らせた。
続いて、エリアスが震える手でヴォルフの左手を取り、セピア色の石が入った指輪をはめる。
お互いが、お互いの瞳の色を左手に宿す。
それは、何よりも確かな夫婦の証だった。
指輪の交換を終え、ヴォルフはエリアスの手を握ったまま、真剣な表情になった。
「それと……ずっと考えていたんだが」
「はい」
「結婚式を、もう一度やり直したいんだ」
「え?」
エリアスは思わぬ提案に目を丸くした。
あんなに豪華で盛大な結婚式を挙げたのに、もう一度?
「……あの時は、初めて顔を合わせていきなりの挙式で、愛し合っていたわけじゃなかった。君が思っていた通り、私はあの時、貴族社会での地位の確立を目的に……しかも、弟君に縁談を申し込んだつもりだった」
ヴォルフは悔恨の情を滲ませて言った。
「あの時の私が誠実な男だったとは、到底思えない。あんな状態で済ませた形だけの式ではなく……今こうして、心から愛し合い、幸せな状態で、もう一度神に愛を誓い合いたいんだ」
ヴォルフの言葉に、エリアスはあの日のことを思い出した。
確かに、あの日のことは記憶から消し去りたいくらい、傷ついたのは事実だ。
ヴォルフは着飾ったエリアスをろくに見ることもなく、視線は弟のヨハンを探していた。誓いのキスも適当で、何を考えているかすら分からなかった。
あの日、エリアスはこの結婚には愛も幸せもなく、自分は一生どこでも幸せになることはないと絶望し、確信したのだ。
だが、ヴォルフに深く愛されている今となっては、それは完全に過去の話で、言われるまで忘れていたくらいだった。
それでも、ヴォルフがそう望んでくれるなら。
愛する人と、幸せな結婚式を挙げたいという夢は、エリアスの中にもある。
「……ヴォルフが望むなら、私もそうしたいです」
エリアスはヴォルフを見つめ、素直な感想を口にした。
「確かに、正直に言うと……あれは最悪な結婚式でしたから」
「うっ……」
ヴォルフはガクリと項垂れた。
分かりやすくダメージを受けているその反省の姿が、なんだか可愛らしくて、エリアスはふふっと笑った。
「でも、あまり他人を呼ぶような大きな式にはしたくありません。注目を集めることは苦手ですから……」
「うん」
「愛を誓い合い、本当に親しい人たちだけに祝福される……そんな式にしたいです」
「分かった。そうしよう」
ヴォルフは顔を上げ、力強く頷いた。
そして、商人の、いや、独占欲の強い夫の顔をして宣言した。
「君の挙式用の衣装も、当然私が一から仕立てよう。……頭の先から足の先まで、君が身につけるものは全て私が決めたい」
「……っ」
その言葉に込められた重く深い愛情に、エリアスはゾクっと背筋が震えた。
怖いのではない。嬉しいのだ。
全身全霊で愛され、束縛される喜び。
エリアスは左手の薬指に光る、ヴォルフの瞳と同じ色の指輪をもう一度見つめ、幸せそうに微笑んだ。
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