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第2章
なぞる指先
エリアスがふと目を覚ますと、窓の外はすでに日が暮れ、部屋の中は藍色の静寂に包まれていた。
身体を起こしてみる。
鉛のように重かった四肢は軽くなり、悪寒も消えている。
ヒートの波が引くのと同じように、その余韻である微熱による体調不良も、嵐が過ぎ去るように回復していた。
「……ん」
ゆっくりとベッドから起き上がると、部屋のソファでヴォルフが身体を小さくして休んでいるのが見えた。
ここには二人で寝ても十分すぎるほど広い天蓋付きのベッドがある。
それなのに、体調の悪いエリアスが気兼ねなく、広々とゆっくり休めるようにと配慮してくれたのだろう。
(……ヴォルフ)
胸が温かくなるのを感じながら、エリアスは音を立てないようにベッドを降り、裸足でソファへと近づいた。
ソファの脇に音もなく膝をつき、寄り添うような体勢で、眠っているヴォルフの顔を覗き込む。
規則正しい寝息を立てて、彼は深く眠っていた。
整った鼻筋、閉じた瞼に落ちる長い睫毛。
これまでは緊張したり、余裕がなかったりして直視できなかったが、こうして至近距離でまじまじとその造形を観察するのは初めてかもしれない。
(綺麗な顔だ……)
エリアスはそっと手を伸ばし、彫刻のような頬を指先で撫でた。
そして、掛けられていたブランケットを少しめくり、こっそりと脇腹の状態を確認した。
決闘の時に負った打撲と骨折。
見てみると、腫れはすでに引き、青あざも薄い黄色に変わりつつある。
アルファの回復力は凄まじく、もうほとんど見た目には分からないくらいに治癒していた。
エリアスはほっと胸を撫で下ろした。
逆に、オメガであるエリアスは傷の治りが遅い。
首筋に手をやると、バンガルド卿にナイフを突きつけられた切り傷のかさぶたが、まだはっきりと残っている。
表面が切れただけなのに、アルファとは違うのだな、と思いながら、そっとその傷を撫でた。
そして、手はそのまま後ろへ。
うなじにある、愛咬の儀でヴォルフに噛まれた痕へと触れる。
まだ熱を持ち、少し腫れているその場所。
自分で見ることはできずもどかしいが、指先で凹凸をなぞるだけでも、ヴォルフがエリアスを自分のものにするために、番にするためにどれだけ強く、深く牙を立てたのかが伝わってくる。
(……嬉しい)
痛みさえ愛おしい。
エリアスは自然と破顔した。
もっと、自分をヴォルフのものにしてほしい。そう思うのは、番となったオメガの本能なのか、それともエリアス自身が持つ切実な願望なのか。
どちらにせよ、今のエリアスは心も身体も、全てをヴォルフに捧げたくて仕方がなかった。
「……んっ」
溢れる愛しさを抑えきれず、エリアスはヴォルフの頬にちゅ、とキスをした。
すると、ヴォルフの睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。
透き通るようなアイスブルーの瞳が、寝起きとは思えないほど穏やかで優しい光を湛えて、目の前のエリアスを捉えた。
「……エリアス」
ヴォルフは至近距離にエリアスがいることに驚くこともなく、自然に腕を伸ばしてエリアスの後頭部を引き寄せた。
そして、吸い付くように唇を重ねた。
挨拶代わりの軽いキスかと思いきや、ヴォルフは角度を変え、深く唇を合わせてきた。
舌が滑り込み、エリアスの口腔内を味わうように、ねっとりと絡め取られる。
「ん……ぅ……」
しばらくその濃厚なキスが続き、ようやく唇が離れた時には、エリアスはとろとろに溶かされ、潤んだ瞳でヴォルフを見つめることしかできなかった。
「ふふ、おはよう。……もう体調はいいのかい?」
ヴォルフは優しく笑い、親指でエリアスの濡れた唇を拭った。
「は、はい……。すっかり良くなりました。ヴォルフの、おかげです」
エリアスが頬を染めて答えると、ヴォルフは満足そうに目を細めた。
「そうか。……では、夕食の時間まで」
ヴォルフは甘く囁き、再びエリアスの後頭部に手を回した。
「……もう少し、君を味わいたい」
「んっ……」
再び重なる唇。
今度はより深く、慈しむように。
エリアスはその熱に身を委ね、さらに甘く、とろとろに溶かされていった。
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