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第2章
祝福と日常
しおりを挟む重厚な扉がゆっくりと開かれる。
七日間、外部との接触を断ち、ただ愛し合うためだけに使われたその部屋から、ヴォルフとエリアスはついに足を踏み出した。
廊下に満ちる屋敷の空気は、部屋の中の甘く澱んだ熱気とは違い、清涼で凛としている。
「……行かなくては」
「はい……行ってらっしゃいませ、ヴォルフ」
朝、目が覚めてからも名残惜しくて、支度が整うギリギリの時間までキスを繰り返していた二人だったが、さすがにこれ以上仕事を放置するわけにはいかない。
ヴォルフは玄関ホールへ向かう間際、エリアスを強く抱きしめた。
「必ず、君との時間は作るよ。待っていてくれ」
「はい。私も待っていますから……お仕事、無理だけはなさらないでくださいね」
エリアスが背中に腕を回してそう伝えると、ヴォルフは名残惜しそうに離れ、待機していた馬車へと乗り込んでいった。
遠ざかる馬車の音を聞きながら、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じる。
けれど、その寂しささえも、愛されている証拠なのだと思うと少しだけ誇らしかった。
エリアスは自らの頬を軽く叩いて気合を入れると、一週間ぶりに自分の私室へと戻った。
「お帰りなさいませ、エリアス様」
部屋に入ると、そこにはアンナが満面の笑みで待っていた。
主が不在の間も完璧に清掃が行き届いた部屋には、清潔なリネンの香りと、どこかホッとする空気が漂っている。
テーブルの上には、今の時間――遅めの朝食兼昼食に合わせて、消化に良く温かい食事がタイミングよく湯気を立てていた。
「アンナ……ありがとう。部屋も、食事も」
「いいえ、当然のことです!それよりエリアス様……本当におめでとうございます」
アンナは感極まった様子で、目を潤ませながら言葉を続けた。
「お二人が念願叶って『番』になられたと聞いて、屋敷の者一同、朝から浮き足だってお祝いムードなんですよ」
「えっ、みんなが?」
「ええ、もちろんです!シュミット執事長なんて、朝からハンカチが手放せないみたいで」
ふふっ、と笑うアンナの言葉に、エリアスの胸が温かくなる。
この屋敷の使用人たちは、エリアスが金銭と引き換えに嫁いできた当初から、ずっと優しかった。
ヴォルフと心が通じ合わず、よそよそしい仮面夫婦だった頃も、そして心を通わせてからも、変わらずに敬意を持って接し、見守り続けてくれた人たちだ。
彼らが自分のことのように喜んでくれている事実は、エリアスにとって何よりの救いであり、喜びだった。
「本当に……ありがとう。みんなのおかげで、ここまで来られたよ」
エリアスは改めて礼を言うと、左手の薬指に嵌められた指輪をそっと撫でた。
その仕草にアンナが目ざとく気づく。
「あら、エリアス様、その指輪……」
「あ、うん。これね……」
エリアスは少し照れくさそうに、プラチナの台座にアイスブルーの宝石が輝く指輪を見せた。
「ヴォルフが、贈ってくれたんだ。互いの瞳の色を交換した結婚指輪として。……それとね、もう一度、結婚式をやり直そうって」
「まあ……っ!!」
アンナは口元を両手で覆い、まるで少女のように目を輝かせた。
「素敵……!なんて素敵なんでしょう!最初の式は、その……少し寂しいものでしたから、今度こそ盛大に、幸せなお式にしなくてはなりませんね!」
「うん。……親しい人たちだけの、温かい式にしたいんだ」
「お任せください! 準備なら、私たちが全力でお手伝いいたします!」
アンナは張り切って拳を握りしめ、それから悪戯っぽく笑った。
「もっとも、奥様の当日の衣装に関しては、一から十まで旦那様がご自分で決めるでしょうけれど」
「え……?」
「だって、あの旦那様ですよ?エリアス様の晴れ姿を誰よりも美しく、かつ自分好みに仕立て上げたい独占欲が爆発するに決まっています」
「う……っ」
ヴォルフの周知の事実となっている独占欲を改めて指摘され、エリアスは反論できずに顔を真っ赤にした。
確かに、あの夫なら生地選びからデザイン、小物のひとつに至るまで、全てを自分で管理しそうだ。
「う、うん……否定できないかも……」
小さく頷いたエリアスを見て、アンナは幸せそうに笑い声を上げた。
平和で穏やかな昼下がり。
エリアスは湯気の立つスープを口に運びながら、この温かい場所が自分の帰るべき家なのだと、改めて噛み締めていた。
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