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第2章
言葉より深く
しおりを挟む最後の夕食として用意された温かいスープを口に運びながら、ヴォルフはふと思い出したように口を開いた。
「……明日からは、少し忙しくなる。溜まってしまっている仕事を、一通り片付けなくてはならないからね」
その言葉に、エリアスはハッとして箸を止めた。
本来であれば、ヴォルフはこの一週間のヒート期間を万全の体制で迎えるため、その前の三週間を使って仕事を前倒しで片付ける予定だったと聞いている。
だが実際は、その準備期間に充てるはずだった二週間あまりを、エリアスの捜索や救出、そして決闘の準備に費やしてしまった。
商才に長け、多くの事業を手掛けるハルトマン家の当主が、実質三週間ものあいだ仕事を放棄していたことになる。
その影響がいかほどか、想像するだけでも恐ろしい。
山積みになっているであろう書類や決済の山を思えば、エリアスは申し訳なさで胸が痛んだ。
けれどそれ以上に、そんな非常事態であっても仕事を優先せず、約束通りこの七日間を片時も離れずそばにいてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
エリアスはカトラリーを置き、真剣な眼差しで夫を見つめた。
「あの……私のことは、心配なさらないでください。寂しくても、前みたいに一人で我慢したりしませんから」
「エリアス……」
「それよりも、ヴォルフのお身体が心配です。三週間分のお仕事なんて……どうか、絶対に無理だけはしないでください」
エリアスの言葉に、ヴォルフは目を細めて頷いた。
「ああ。だが、いくら忙しくても君との時間はなんとか確保出来るようにするよ。これは君のためというわけじゃない、私が君なしでは耐えられないからだ」
ヴォルフはエリアスの手に自分の手を重ね、誓うように言った。
「それに、君の夫として、身体を壊すような真似は決してしないと約束しよう。君を悲しませることは、何よりも避けたいからね」
その頼もしい言葉に、エリアスは安堵の息をつき、微笑み返した。
食事を終え、食器が片付けられた静かな寝室で、ヴォルフが寝る支度を整えていた。
背を向けて上着を脱ごうとしているその広い背中を見ていると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
エリアスは衝動のままに歩み寄ると、後ろからヴォルフの腰に抱きついた。
「ヴォルフ……」
「ん?どうした」
ヴォルフの手が止まる。
背中に頬を押し付け、エリアスは溢れ出る想いを言葉に乗せた。
「愛しています。……本当に、心から。言葉じゃ足りなくて、もどかしいくらいに」
かつては伝えることすら許されないと思っていた言葉が、今は自然と溢れてくる。
ヴォルフはゆっくりと身体を反転させ、エリアスに向き直ると、改めてその身体を強く抱きしめ返した。
「……私も愛している。言葉じゃ足りないというのは、私も同じだ」
ヴォルフはエリアスの髪に指を絡ませ、耳元で熱っぽく囁いた。
「だから、君に求めすぎて無理をさせてしまっている……。言葉で伝えきれない分、身体で伝えたくて、君のことが欲しくてたまらなくなるんだ」
その切実な響きに、ヴォルフの「変態」とも言える執着の正体が、純粋すぎる愛ゆえなのだと改めて知る。
エリアスは熱くなった頬をヴォルフの胸に埋め、小さな、けれど確かな声で答えた。
「私も……ヴォルフが欲しいです」
その一言が、合図だった。
「――ッ」
ヴォルフはエリアスの顔を上げさせると、食らいつくような濃厚なキスを落とした。
言葉にならない想いをすべて注ぎ込むような、深く、貪欲な口づけ。
今日は朝から日暮れまで、何度も求め合い、身体は疲れ切っているはずだった。
ヒート期間最後の七日目の夜。
もう休まなければならないはずなのに、重なった二人の身体は磁石のように離れようとしない。
そのまま二人は再びベッドへと雪崩れ込み、窓の外が白々と明るくなり始めるまで、結局一度も止まることなく愛を確かめ合い続けたのだった。
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