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第2章
幸福な諦め
しおりを挟むエリアスが次に目を覚ました時、部屋はすでに夕暮れの気配を帯びていた。
重いまぶたを押し上げると、視界に入ってきたのは見慣れた寝室の天井と、清潔なリネンだった。
どうやら、あの激しい情事の途中で意識を手放してしまったらしい。
身体を起こそうとして、自分が新しい寝巻きに着替えさせられていることに気づいた。
汗と愛液でべたついていたはずの身体は丁寧に清められ、サラリとした清潔感に包まれている。
そして、ふと顔を上げると、自分がすっぽりとヴォルフのたくましい腕の中に収まっていることを知った。
ヴォルフはエリアスを抱きしめたまま、穏やかな寝息を立てている。
(……終わったんだ)
七日間に及ぶヒート期間が、ついに終わった。
昨日はヒート特有の微熱と倦怠感に苛まれたが、今日はもう、そういった身体的な不調や強制力はなかったはずだ。
それなのに、記憶にある限りの自分たちは、理性をかなぐり捨てて貪るように求め合っていた。
これまでは「ヒート期間だから仕方ない」と、どこか本能のせいにしていた部分があった。
だが、今日の行為は違う。
フェロモンの強制力など関係なく、ただお互いを欲して、溺れていただけだ。
その事実に気づき、エリアスは改めて顔を熱くさせた。
しかし、冷静になった頭に蘇ってくるのは、それだけではない。
(……朝のこと……)
エリアスは頭を抱えたくなった。
今朝、あの防水シーツの上でさせられた屈辱的な行為。
この七日間、一体何度、ヴォルフの手によって排泄させられただろうか。
ヒートのピーク時は、身体の自由も利かず、トイレに行くことさえ困難だったから、百歩譲って仕方がないと思える。
けれど、最後の二回に関しては、完全に意識もはっきりしていて、身体も動く状態だった。
それなのに、今日に限っては「防水だから」という念押しをされた上で、あろうことかベッドの上でのお漏らしを強要されたのだ。
(ヴォルフの……変態性が、磨き上がっている気がする)
エリアスは戦慄した。
ヒート期間が終わったからといって、安心はできないのではないか。
あの満足げなヴォルフの顔を思い出すに、これからは場所も状況も関係なく、「次はここでして見せて」などと涼しい顔で言ってくる未来が容易に想像できてしまう。
(そんなの、絶対に無理だ……!)
貴族としての尊厳が、音を立てて崩れ去っていく音がする。
どうやって断ろうか、どうすればあの性癖を改めてもらえるだろうか。
エリアスが頭の中でぐるぐると百面相を繰り広げていると、ふいに抱きしめている腕に力が込められた。
「……ん」
ヴォルフが目を覚ましたようだ。
彼は寝ぼけ眼のまま、愛しい抱き枕を確認するように、エリアスをぎゅうっと強く抱き寄せた。
「……エリアス」
「っ……」
背中に密着するヴォルフの体温。
鼻先をくすぐる、安心する匂い。
包み込まれるような圧倒的な包容力。
先程まで、ヴォルフの底知れぬ変態性について危惧し、ゾッとしていたはずなのに。
ただこうして抱きしめられ、その温もりに触れただけで、エリアスの思考は一瞬で霧散してしまった。
(……まあ、いいか)
あれほど恥ずかしいことをさせられても、結局はこの腕の中が一番心地いい。
ヴォルフが幸せなら、もう何でもいいかもしれない。
そんな、ある意味で危険な境地へと、エリアスの心はストンと落ちてしまった。
「……おはよう、私の愛しいエリアス」
ヴォルフはエリアスの頬にチュッと音を立ててキスを落とすと、穏やかな声で言った。
「夢中になりすぎて、昼食を抜いてしまったから……お腹が空いただろう?」
「……はい」
「夕食にしよう。何が食べたい?」
日常に戻った会話に、エリアスは小さく頷いた。
窓の外には、穏やかな夜が広がろうとしている。
波乱と快楽に満ちた七日間を終え、二人はようやく、本当の意味での穏やかな生活へと足を踏み入れようとしていた。
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