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第3章
甘美な隠れ家
しおりを挟む馬車に揺られている間、ヴォルフは当然のように向かいの席ではなく、エリアスの隣に腰を下ろした。
肩が触れ合うほどの距離。
ヴォルフの大きな手がエリアスの手をすっぽりと包み込み、指を絡ませて握りしめている。
その強さと温もりから、一時も離れたくないというヴォルフの強い意志が伝わってきて、エリアスは嬉しくなり、そっと自分からもヴォルフの肩に寄り添った。
(……ヴォルフも、寂しかったんだ)
ずっと口にしていた通り、仕事が忙しくて十分に会えない時間が続いたこと。
それを寂しいと感じていたのは、待っていた自分だけではなかったのだ。
互いに同じ想いを抱えていたことを肌で実感し、愛しさが込み上げてくる。
二人は言葉を交わさずとも、絡ませた指先から互いの熱を確認し合いながら、穏やかな移動時間を楽しんだ。
やがて馬車が止まった。
ヴォルフのエスコートで降り立つと、そこには可愛らしい外観の洋菓子店が佇んでいた。
「可愛い……」
エリアスは思わず声を漏らしたが、ただ可愛いだけではない。
手入れの行き届いた植栽、重厚なドア、そして控えめながら品のある看板。
明らかに高級感が漂っており、下世話な噂話に花を咲かせるような貴族たちが気軽に立ち寄れるような店ではないことが、その雰囲気だけで察せられた。
カラン、とベルを鳴らして店内に入ると、内装も外観に違わず、洗練された可愛らしさに満ちていた。
甘い香りに包まれ、きらきらとしたショーケースに目を奪われそうになったが、すぐに店員が恭しく近づいてきた。
「お待ちしておりました、ハルトマン卿。奥へどうぞ」
ショーケースの前で選ぶのではなく、店員は二人を店の奥へと誘導する。
案内されたのは、店内の喧騒から切り離された静かな個室だった。
ケーキ屋に個室があるなんて、とエリアスは驚いたが、廊下に並ぶ扉の数は少なく、ここを利用できるのはごく限られた顧客だけなのだろう。
まさにVIP待遇だ。これなら、誰の目も気にせずに二人だけの時間を過ごせる。
ふかふかのソファに腰を下ろし、渡された革張りのメニューを開く。
「わあ……」
そこには、まるで画集のように美しいタッチで描かれたケーキの絵が並んでいた。
本物はどれほど鮮やかなのだろうと想像するだけで心が弾む。
しかし、その横には値段が一切書かれていない。
「あ、あの……どれにしよう……」
時価なのだろうか、それとも値段など気にする必要のない客しか来ないからだろうか。
戸惑うエリアスに、ヴォルフは優しく微笑んで言った。
「値段は気にしなくていい。好きなものを選ぶといいよ」
「はい……ありがとうございます」
ヴォルフの言葉に背中を押され、エリアスは真剣に悩み始めた。
どれも魅力的だったが、最終的に選んだのは王道の『苺のショートケーキ』だった。
ヴォルフは少し考えた後、『チョコレートケーキ』を注文した。
注文を伝えてほどなく、店員がワゴンを押してやってきた。
テーブルに置かれたのは、ただのケーキ皿ではない。
飴細工やフルーツのソース、エディブルフラワーで繊細にデコレーションされた、一つの芸術作品のような一皿だった。
「すごい……綺麗です」
エリアスは感動し、フォークを入れるのを躊躇うほどだったが、意を決して一口分を切り取り、口へと運んだ。
「……っ!」
口に入れた瞬間、ふわふわのスポンジと上品な甘さの生クリームが溶け合い、苺の酸味が弾けた。
今まで食べてきたケーキとは次元が違う美味しさに、エリアスは目を丸くした。
「おいしい……!すごく美味しいです、ヴォルフ」
「それはよかった」
エリアスが満面の笑みで報告すると、ヴォルフも満足そうに頷き、自身のチョコレートケーキを一口分フォークに取った。
「エリアス、あーん」
「えっ、あ、あーん……」
差し出されたフォークをぱくりと咥える。
濃厚なカカオの香りと、少しビターで深みのある大人の味わいが口いっぱいに広がった。
「んんっ、こっちも美味しい……!」
「ふふ、そうか」
エリアスは大満足の味に、自然とにこにこと頬を緩ませた。
至福の表情でケーキを頬張るエリアス。
ヴォルフは自身のケーキを味わうよりも、そんな愛妻の幸せそうな顔をじっと見つめ、その甘い表情を何よりも美味しそうに堪能していた。
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