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第3章
信じて待つ強さ
しおりを挟むあの女の取り調べを一通り終えたアルシードが、ヴォルフのいる待合室へと戻ってきた時、その友人の姿は見るも無惨な有様だった。
三日前の朝、あんなにも煌びやかだった白い礼服は、エリアスの血を吸って黒く変色し、バリバリに固まっている。
顔色は土気色で、髪は乱れ、瞳は深く窪んでいる。
何よりも、常に自信と威厳に満ちていた男が、精神的に摩耗しきって小さくなっているその姿は、長年の付き合いであるアルシードでさえ初めて見るものだった。
「……ヴォルフ」
アルシードは痛ましげに眉を寄せ、ヴォルフの肩に手を置いた。
「処置はまだ続くだろう。今のうちに少しでも身体を清めて、休んでおけ。……そんな姿でエリアスが目覚めたら、彼が悲しむぞ」
その言葉に、ヴォルフはハッとしたように顔を上げた。
確かに、血の匂いが染み付いたままでは、エリアスの側に寄ることさえできない。
ヴォルフはアルシードの言葉に従い、王宮の浴場を借りて身体を洗った。
排水溝に流れていく赤い水を見ながら、再び胸が締め付けられたが、借りた清潔な衣服に着替え、用意された食事を口にすることで、わずかに正気を取り戻した。
その後、ヴォルフは再び処置室の隣室に戻り、ただひたすらに祈りながら待つだけの時間を過ごした。
そこからさらに丸一日が経過しても、エリアスの輸血は続き、無菌室での絶対安静は解かれなかった。
何も手出しができず、ただ扉の向こうの気配を探ることしかできない現状に、ヴォルフは歯痒さを感じていた。
「……待つことしか、できないのか」
無力感に拳を握りしめた時、ふと、あの決闘の日のことが脳裏をよぎった。
自分一人が戦場に立ち、エリアスは観客席からそれを見守っていた。
あの時、エリアスも今の自分と同じような気持ちだったのかもしれない。
手出しができず、ただ信じて待つことしかできない苦しみ。
(……いや、違うな)
ヴォルフは思い直した。
ただ祈り、待つことができる人間は強いのだ。
それは、相手が必ず帰ってくると信じているからこそ出来ることだ。
あの時、エリアスは無謀な戦いに挑んだ自分を信じ、待っていてくれた。
ならば自分も、今はエリアスの生命力を心から信じるだけだ。
(しっかりしろ、ヴォルフ)
ヴォルフは自身を鼓舞した。
エリアスが目覚めた時、自分が疲弊しきってボロボロの姿でいてはならない。
そんな姿を見せれば、優しいエリアスのことだ、「自分のせいでこんなに」とショックを受け、泣いてしまうかもしれない。
それだけは駄目だ。
ヴォルフはエリアスを万全の状態で迎えられるよう、出された食事はしっかりと食べ、椅子の上でも仮眠を取るように心がけた。
そして、事件の日から丸三日が経過した朝。
ついに、医師が待合室へとやってきた。
「……容態が安定しました。もう急変の危険性は低いでしょう」
医師は安堵の表情で告げた。
「これより、無菌室から一般病棟の個室へ移します」
処置室の扉が大きく開かれる。
ストレッチャーに乗せられ、運ばれてきたエリアスの姿を見た瞬間、ヴォルフの目から涙が溢れた。
「エリアス……ッ」
彼はぐったりと目を閉じているが、ヴォルフがここに運び込んだ時の、死人のような青白さはない。わずかだが血の気が戻っている。
腕には何本もの管が繋がれ、輸血パックが揺れている。口元には呼吸を補助する装置がつけられており、それが規則的に白く曇ることで、彼が生きていることを証明していた。
痛々しい姿ではあるが、確かに生きて、戻ってきてくれた。
そのままアルシードの計らいで、エリアスは王族専用の特別病棟へと運ばれた。
警備は万全で、王族専属の医師団が今後も二十四時間体制で経過を診てくれるという。
広々とした静かな病室のベッドに移されると、ヴォルフは吸い寄せられるようにその枕元へ駆け寄った。
「……ありがとう、アルシード。先生方も、本当に……」
退室するアルシードと医師たちに深々と頭を下げ、ヴォルフは震える手で、シーツの上に投げ出されたエリアスの手をそっと包み込んだ。
「……っ」
あの日、急速に冷たくなっていくその感覚を、指先が覚えていた。
けれど今、ヴォルフの手の中にあるエリアスの手は、しっかりとした体温を宿している。
その温もりに触れただけで、また視界が歪んだ。
「……エリアス、私だよ」
ヴォルフは呼吸器に覆われたエリアスの顔を覗き込み、愛おしげに髪を撫でた。
「そばにいるからね。……どこへも行かない」
ヴォルフは椅子を引き寄せると、握った手を片時も離すことなく、エリアスの寝顔を見つめながら、静かに夜が更けるまでその場に居続けた。
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