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第3章
峠
しおりを挟む朝が来て、太陽が高く昇っても、処置室の重厚な扉が再び開かれることはなかった。
アルシードが気遣って手配してくれたのであろう使用人が、ワゴンに載せた食事と水を運んできてくれたが、ヴォルフはそれに見向きもしなかった。
水一滴さえも、喉を通らない。
血に染まった礼服のまま、ヴォルフは魂が抜け落ちた廃人のように椅子に座り込み、ただ一点、虚空を見つめて待ち続けるだけの存在になっていた。
時折、瞬きをすることさえ忘れたかのように、その瞳は乾ききっていた。
そして昼が過ぎ、窓の外が茜色に染まり、やがて薄暗い夜の帳が下りる頃。
ガチャリ、と重い金属音が静寂を破った。
ヴォルフは弾かれたように顔を上げた。
ついに、再び医師が処置室から出てきたのだ。
医師は、昨日から一歩も動かず、血に塗れたままぐったりと待っていたヴォルフの姿を見て、一瞬驚いたように目を見開いた。
だが、医師自身もまた、丸一日以上も生死の境を彷徨うエリアスにかかりきりだったため、その顔には濃い疲労の色が滲んでいた。
医師はヴォルフの前まで歩み寄ると、小さく息を吐き出し、そして静かに告げた。
「……峠は、越えました」
その言葉が、ヴォルフの脳に染み渡るのに数秒かかった。
「容態は……安定、とまではまだ言えませんが、すぐに急変して命を落とすような危険な状態からは、抜け出せたでしょう」
「あ……」
虚ろだったヴォルフの乾いた瞳から、ボロボロと熱いものが溢れ出した。
言葉にならなかった。
ただ、溢れ出る涙を拭うこともせず、ヴォルフは医師に向かって何度も、何度も深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……っ、本当に、ありがとうございます……」
震える声で感謝を述べるヴォルフに、医師も労うように頷いた。
「ただ、依然として予断は許しません。まだこのまま輸血を続け、感染症を防ぐために無菌室へ移して様子を見させていただきます。……ですので、まだ直接お会いすることはできません」
「はい……分かっています。生きていてくれるなら、それだけで……」
すぐにエリアスの顔を見られないのは身が裂かれるほど辛いが、それでも、エリアスの命が助かる可能性が高まったという事実だけで、ヴォルフの心に光が差した。
医師が去った後、ヴォルフはふらつく足取りで使用人が残していったワゴンの前へと歩いた。
(……私が倒れては、何もならない)
エリアスが戻ってきた時、彼を支え、守るべき自分が弱っていてどうする。
ヴォルフは震える手でスプーンを握り、すっかり冷めきって油が浮いたスープを口へと運んだ。
味などしなかった。まるで砂を噛んでいるようだったが、ヴォルフはそれを義務のように胃へと流し込んだ。
冷たい肉やパンも、無理やり咀嚼して飲み下す。
これは、エリアスと共に生きるための糧だ。
皿を空にし、わずかでも身体に熱が戻ってくるのを感じると、ヴォルフは再び処置室の扉――その向こうにある無菌室の方を向いて、静かに手を組んだ。
絶望の祈りではない。
必ず戻ってくると信じて、エリアスの回復を神に心から祈り続けた。
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