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第3章
帰る場所
しおりを挟むそれから一週間が経過し、ついにエリアスの退院の日がやってきた。
身体はまだ動かし辛く、激しい運動は禁物だが、傷口からの出血は完全に止まっている。
今後も定期的に包帯を交換し、化膿止めの軟膏を塗って清潔に保てば、自宅療養で十分に回復していくと医師から太鼓判を押されたのだ。
退院の朝、ヴォルフは当然のように仕事を休み、朝からつきっきりでエリアスの身支度を整えた。
「ヴォルフ、荷物は使用人の方にお任せしても……」
「いいや。君に関することは全て私がやる」
ヴォルフは手際よく荷物をまとめると、着替えを手伝い、最後にまだ少ししか歩けないエリアスを軽々と横抱きにした。
そのまま廊下を歩き、アルシードが特別に手配してくれた王宮の紋章入りの馬車へと向かう。
馬車の前では、アルシードが見送りのために待っていた。
「世話になったな、アルシード」
「なに、気にするな」
アルシードはいつものように気さくに笑い、ヴォルフの肩を軽く叩いた。
「バンガルド卿の裁判に進展があったら、また報告に行くよ。奴らの悪事は全て暴いてやるから安心して療養しろ」
「ああ……本当に、世話になった。お前が友人で良かったよ」
ヴォルフが珍しく素直に感謝の言葉を口にすると、アルシードは少し照れくさそうに鼻を擦った。
「よせよ。……お前はもっと、俺に頼るべきだ。水臭いぞ」
爽やかに笑うアルシードは、ヴォルフの腕の中のエリアスにも視線を向けた。
「エリアスも、お大事にな」
「はい。本当に……ありがとうございました」
エリアスが深く頭を下げると、アルシードは満足そうに頷き、馬車の扉を閉めた。
馬車が動き出し、車窓から王宮の景色が遠ざかっていく。
懐かしい屋敷への道を辿り始めた時、ふと、エリアスの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
目覚めてから、痛みに耐える時でさえ泣かなかったエリアスの涙に、ヴォルフは驚いて顔を覗き込んだ。
「エリアス?どうしたんだ、どこか痛むのか?」
「いえ……違うんです」
ヴォルフが心配そうに抱き寄せると、エリアスはヴォルフのシャツをぎゅっと握りしめ、しゃくり上げながら答えた。
「あの時……矢が刺さった時、本当に、これで最後かもと思ったので……」
死を覚悟した瞬間が蘇る。
「だから、こうしてまたヴォルフと一緒に、屋敷に無事帰れるのが嬉しくて……なんだか、急に実感が湧いてきて、涙が出てしまいました」
ふにゃ、と泣きながら笑うエリアスの表情は、安堵と喜びに満ちていた。
その言葉と笑顔に、ヴォルフの胸も詰まった。
「……ああ」
ヴォルフはエリアスを抱きしめる腕に力を込め、壊れ物を慈しむように背中を撫でた。
「私も……実感が湧くたびに、泣きそうになるよ」
ヴォルフはエリアスの髪に頬を埋めた。
「君が私の元に帰ってきてくれて、こうして泣いて、笑ってくれる。……こんなに幸せなことは、この世にない」
ヴォルフは一度言葉を切り、そして意を決したように、エリアスの瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。
「君は悲しむと思うけど……もし、君があのまま目覚めなかったら、私は後を追っていた」
「えっ……」
「この世に、君がいないのに生きていく理由がないんだ。君なしの世界になど、一秒たりとも留まるつもりはなかった」
それは比喩でも誇張でもない、ヴォルフの偽らざる本心だった。
エリアスは目を見開き、「そんな……」と絶句した。
けれど、否定や叱責はしなかった。
エリアスは震える手でヴォルフの頬を包み込むと、愛おしそうに目を細めた。
「貴方の……そういう弱いところが、たまらなく好きです」
「エリアス……?」
「可愛い……」
エリアスはそう呟くと、ヴォルフの唇にチュ、とキスをした。
「っ!」
「可愛い」などと言われるとは想像もしていなかったヴォルフは、驚きに目を見開いたが、すぐにその瞳が潤んだ。
「……敵わないな」
ヴォルフは苦笑し、エリアスの体温を全身で感じるように抱きしめ返した。
「私の弱いところも、全部君が受け止めてくれるから……安心して曝け出してしまうんだ」
優しく、でも力強く。
二人の絆を確かめ合うように、馬車が屋敷に着くまで、ヴォルフはずっとエリアスを離さなかった。
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