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第3章
貪欲になるとき
その日から、ヴォルフとエリアスは仕事と療養の合間を縫って、結婚式の具体的な話し合いを始めた。
二人の意見は驚くほどスムーズにまとまった。
まず、誓いの儀式については、教会で二人きりで厳かに行う。
そしてその後、屋敷に戻り、今回多大なる心配をかけ、いつも献身的に支えてくれている使用人たちを中心に、畏まったものではなくラフな食事会を開く。
それが、二人が決めた新しい結婚式の形だった。
派手なことを好まず、あまり目立ちたくないというエリアスの希望が強かったが、ヴォルフとしても異論はなかった。
叙任式での騒動があったばかりで、不特定多数の他人を招くことには少なからず危険が伴う。何より、まだ身体が万全ではないエリアスに、気遣いが必要な来賓の相手をさせるよりも、気心知れた身内だけでアットホームに祝う方が負担も少ないだろうという判断だった。
食事会のメニューについては、ヴォルフが仕事に出ている日中に、エリアスがアンナやシュミット、そして料理長と相談して決めることになった。
「堅苦しい晩餐会のようなコース料理ではなく、もっと気楽なお祝いにしたいんです」
エリアスの提案により、ナイフやフォークを使って居住まいを正して食べるものではなく、会話を楽しみながら立ってでも摘めるような、彩り豊かなビュッフェ形式に決まった。
「奥様、それなら大きなウェディングケーキを用意しましょう!」
アンナが目を輝かせて提案した。
「教会での式はお二人きりですから、屋敷ではそのケーキに入刀して、皆で幸せを分け合うというのはいかがですか?」
「それは素敵だね。ぜひそうしよう」
エリアスは喜んで賛成した。皆で美味しいものを分け合う、その光景を想像するだけで心が温かくなった。
その夜。
二人きりの寝室で、エリアスはヴォルフに昼間の決定事項を報告した。
少しずつ体力も回復してきたエリアスだったが、二人きりの空間では、相変わらずヴォルフに過保護なまでに甘やかされている。
ヴォルフがエリアスのために特注した、身体を起こしたまま休める大きな椅子に深く身を預け、食後のデザートである果物をヴォルフの手から食べさせてもらっているのだ。
「……ん。それで、料理はみんなで楽しめるものにして、最後にケーキを切り分けようって話になったんです」
エリアスは差し出された果物を抵抗なく口に含みながら、楽しげに話した。
「なるほど、それはいい案だ」
ヴォルフは満足そうに頷き、次の一切れをフォークに刺した。
「エリアスは甘いものが好きだから、とびきり大きなものを用意するといい。……なんなら、以前二人でデートの時に行った、あのケーキ屋に特注しようか」
「えっ、あのお店ですか?」
エリアスの目が丸くなる。
あの、可愛らしい外観とは裏腹に、VIP専用の個室があり、メニューに値段すら書いていなかった高級店だ。
あのお店のケーキは確かに頬が落ちるほど美味しかったが、そんな店に、屋敷の全員に行き渡るような巨大なウェディングケーキを特注したら、一体いくらかかるのか想像もできない。
「で、でも……すごくお高いんじゃ……」
「費用は気にしなくていいと言っただろう?」
ヴォルフは困ったような顔をするエリアスを見て、優雅に微笑んだ。
「エリアス、君はもっとわがままになっていいんだよ。こんなことを自分で言うのもなんだが……今の私は、伯爵という地位ですら見合わないくらい、金持ちだ」
ヴォルフは冗談めかして、けれど確かな自信を持って言った。
「そんな私の妻なのだから、もっと欲しても良いんだ。金で叶うことなら、空の星以外なら何でも用意するよ」
「ふふっ」
エリアスは思わず笑ってしまった。
ヴォルフはそう言うけれど、エリアスが金銭や宝石といった俗世的な欲望に塗れる日なんて、一生来ないことを分かっているくせに。
もちろん、無駄遣いはしたくないが、せっかく使用人たちに食べてもらうなら、最高に美味しいものを用意してあげたい。
豪華絢爛に見せるためではなく、感謝を込めた「特別」なものにするために。
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えますね」
エリアスは頷いた後、少しだけ悪戯っぽい光を瞳に宿し、そっと手を伸ばした。
ヴォルフの形の良い唇に、指先で触れる。
「……私がわがままになるのは……ヴォルフにもっと気持ちよくしてほしいと、おねだりする時だけですから」
唇の輪郭をなぞりながら、甘く囁く。
「ッ……」
その瞬間、ヴォルフの瞳の色が変わった。
穏やかな夫の目から、獲物を狙う雄の目へ。
「……煽ったな」
ヴォルフは熱っぽい視線でエリアスを射抜くと、我慢できないといった様子で身を乗り出し、エリアスの唇を奪った。
「んッ……!」
触れるだけではない、深く、貪るような濃厚なキス。
怪我の影響で、まだセックスはできない。
だからこそ、あの日病室で我慢できずに口づけを交わして以来、二人は理性を失いかけるほどの激しいキスで、互いへの渇望を埋め合わせる時間が増えていた。
「ん、ぁ……ふ……ぅ……っ」
ヴォルフの手がエリアスの頬や首筋を愛撫し、舌が口内を蹂躙する。
ヴォルフはエリアスの身体を最大限に気遣い、傷には決して触れないようにしているが、そのキスからは「今すぐ抱きたい」という余裕のない情熱が伝わってくる。
貪られる感覚に、エリアスは背筋が痺れるほどの喜びを感じていた。
(……早く)
舌を絡め合い、唾液を交換しながら、エリアスは熱に浮かされた頭で願った。
このまま早く身体が良くなって、ヴォルフに抱かれたい。
幸せなこの部屋で、身体の奥の奥まで暴いて、愛し尽くしてほしい。
エリアスはヴォルフの首に腕を回し、その願いを伝えるように、一層深く口づけに応えた。
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