銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

幸せな日の終わり

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互いの熱を吐き出した後も、二人は少しでも離れるのが惜しくて、ソファベッドの上でくっついたまま寝転んでいた。

時折、視線が合うたびにチュッと軽いキスを交わし、他愛のない言葉でイチャイチャとじゃれ合う。
先ほどの行為で汚れてしまった身体は、ヴォルフが広間に置かれたままになっていた清潔な布を使って、丁寧に優しく拭ってくれた。

そして、アンナが気を利かせてサイドテーブルに置いていってくれた水を二人で回し飲みし、渇いた喉を潤して身体を休める。

「……エリアス、無理はしていないか?身体は大丈夫かい?」

ヴォルフは、まだ少し汗ばんでいるエリアスの前髪をかき上げ、愛おしげに撫でた。

「はい。大丈夫ですよ。……すごく気持ちよかったし、嬉しかったです」

エリアスが素直に伝えると、ヴォルフは安堵の息をついて微笑んだ。

だが、このまま眠りにつくには、汗ばみ、少し汚れてしまった衣装のままでは寝心地が悪いだろう。
広間は暖炉の余熱もありそれほど寒くはないので、上着を羽織って毛布を使えば温度的には問題ないが、行為によってシワになり、少し乱れてしまったあの美しい水色の衣を、このまま着続けて寝るわけにはいかない。

「エリアス。少し待っていてくれ。部屋からナイトウェアを持ってくる」

ヴォルフが身を起こして言った。

「部屋に戻って寝ることもできるが……せっかくだから今夜はここで、このまま寝よう」
「はい、賛成です」

エリアスも大きく頷いた。
なんだか、二人だけで広い屋敷の中の秘密の場所で、こっそり寝泊まりしているみたいでワクワクする。
屋敷の広間でソファベッドを使って寝るなんて、そうそうやることではない非日常感が楽しかった。

「すぐに戻るよ」

エリアスが待っているので、ヴォルフは距離があるにも関わらず、風のような速さで廊下を往復し、二人のナイトウェアを持って颯爽と戻ってきた。

「お待たせ」

ヴォルフは自分が着替えるよりも先に、エリアスの着替えを手伝い始めた。
羽織っていた上着を脱がせると、エリアスが自ら脱いで腰に纏っていた水色の衣が、下半身にだけしっとりとまとわりついている。
それを脱がそうとして、ふとヴォルフの手が止まった。

「……」

上着を肩に掛けさせたまま、ヴォルフはそっと、エリアスの胸元に触れた。

「さっきは興奮していてじっくり見られなかったが……本当に、薬の効果が出ているな。たった一回で、こんなに綺麗になるとは」

ヴォルフは感嘆の声を漏らし、驚くほど薄くなった胸の傷跡を指先でなぞった。
そして、ナイトウェアと一緒に持ってきたあの薬瓶を取り出した。

「……このまま塗ってしまおう」

ヴォルフはジェルを指に取り、胸に残る傷跡に塗り込み始めた。

「ん……」

エリアスの身体が反射的に強張る。
一回目に塗った時、そこからスイッチが入ってえっちな気分になってしまったことや、先ほどの行為の余韻を思い出してしまったからだ。
それに気づいたヴォルフは、手を止めず、けれど低く甘い声で囁いた。

「……安心して。今夜はもう、何もしないよ」
「……はい」

ヴォルフの穏やかな声に肩の力が抜ける。
エリアスは大人しく身を委ね、胸、そして背中の傷まで丁寧に薬を塗ってもらった。

「…………いつになったら」

薬を塗られる感触に浸りながら、エリアスはぽつりと呟いた。

「いつになったら……ヴォルフと、最後まで愛し合える状態まで回復するんでしょうか」

焦る気持ちが、言葉になって零れ落ちる。
ヴォルフは何も言わず、背中の傷にも薬を塗り終えると、水色の衣装を脱がせ、清潔なナイトウェアを履かせてくれた。
着替えを終えると、ヴォルフはエリアスを優しく抱きしめたまま、二人でソファベッドにごろんと横になった。

「わ、っ」

視界が揺れ、前を見ると、そこには慈愛に満ちたアイスブルーの瞳が、至近距離でエリアスを見つめていた。

「エリアス。……私も、早く君を愛したい。抱き潰したいほどにね」

ヴォルフは真剣な眼差しで、エリアスの頬に触れた。

「でも、君が無理をして傷つくこと……それが、私にとっては何よりも怖いんだ。今この時の欲望よりも、君が元気になって、長く共に生きられる未来を優先したい」

ヴォルフの指が、エリアスの頬を優しく撫でる。
「だから、一緒に頑張ろう。焦らなくていいんだ」

「……はい」

エリアスの瞳が潤む。

「焦らないで……ヴォルフと一緒に、頑張ります……っ」

エリアスはヴォルフの胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみついた。
ヴォルフの落ち着く匂いに包まれ、心臓の音を聞いていると、深い安心感が押し寄せてくる。
エリアスはゆっくりと目を閉じた。

「……ヴォルフ、愛しています」
「ああ」
「……もう一度、神様の前で誓えて良かったです。みんなにお祝いしてもらえて、本当に嬉しかった。……結婚式のやり直しをしようと言ってくださって、本当にありがとうございます……」

とろとろとした眠気の中で、感謝の言葉を紡ぐ。
ヴォルフは愛おしそうにエリアスを抱き寄せ、その髪にキスを落とした。

「……私もだ。最高の一日だったよ。何度でもやりたいくらいだ」

ヴォルフが朗らかに笑った振動が、胸越しに伝わってくる。
二人は抱きしめ合い、時折キスをして、片時も離れがたくくっついたまま、いつの間にか深い眠りへと落ちていった。

静寂に包まれた広間で、二人の寝息だけが重なる。
こうして、長く、幸せに満ちた結婚式の夜は静かに幕を下ろした。
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