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第4章
弟の恋
しおりを挟むヨハンとジョセヌと過ごす日々は温かく、花屋の仕事は慣れずに大変だったけれど、充実していて楽しかった。
接客の仕事も、最初のうちは勝手が分からずに慌てることが多かったが、来るお客さんは皆、良い人ばかりだ。それはきっと、長年この地で愛されてきたジョセヌの人柄のおかげなのだろう。
今まで、エリアスは平民の人たちと深く接することはあまりなかった。
けれど、腹の探り合いばかりで冷たい夜会の空気や、見栄と虚飾に満ちた貴族たちのギスギスした関係よりも、今日を懸命に、そして素朴に生きているこの街の人々の姿は、エリアスの目にとても眩しく、美しく映った。
夜は、ヴォルフを求めて身体が叫び出す地獄のような時間だったが、昼間は嘘のように明るく振る舞うことができた。
不思議と身体は元気で、無理をして笑顔を作らなくても、仕事に集中することで自然と時間を過ごせていたのだ。
そんなある日のこと。
店先に、花の新しい苗を積んだ荷車が止まり、配達に来た一人の男性がヨハンに親しげに声をかけた。
背が高く、日焼けした肌が健康的な、エリアスやヨハンよりも少し若そうな青年だ。
少し離れた場所で作業をしていたエリアスには、会話の内容までは聞こえなかったが、その雰囲気だけで十分だった。
青年はヨハンを見る目が輝いており、明らかに好意を寄せているのが分かる。
ヨハンもまた、社交界ではその美貌ゆえに多くの貴族から声をかけられていたが、いつもどこか冷めた仮面を被っていた。
だが今は、そんな仮面など微塵もなく、年相応の無邪気さで、本当に楽しそうに笑って話している。
弟のそんな姿を、エリアスは初めて見た気がした。
やがて、青年は名残惜しそうに、けれど颯爽と手を振って去っていき、ヨハンが他の作業のためにエリアスのところへ戻ってきた。
「……ヨハン。今の彼は、どういう人なの?」
エリアスがこっそり尋ねると、ヨハンは見たことがないくらい顔を真っ赤にした。
「えっ……!か、彼は……家で仕事として花の苗を作っている人で……この店に苗を卸していて、よく会う……人、で……」
しどろもどろになり、歯切れが悪い。
その様子を見て、エリアスはふわりと微笑んだ。
「……彼と話しているヨハン、すごく可愛かったよ。楽しそうで」
「う……っ」
ヨハンは両手で顔を覆い、指の隙間からエリアスを見た。
「バレた?兄さんにもバレるくらい、僕、分かりやすい?」
「うん、すごくね」
「うわぁ……恥ずかしい……」
顔を赤くして身悶えるヨハンは、本当に可愛らしく、そして幸せそうに見えた。
なんだか、すごく嬉しい。
弟が、過去の呪縛から解き放たれ、普通の恋をして、幸せになろうとしている。
そのはずなのに、エリアスの胸はズキズキと痛んだ。
ヨハンは、明るい未来に向かって生きている。
この街を行き交う人々も、みんな明日を見て生きている。
それなのに、エリアスだけが停滞している。
時が止まったまま、身体の機能を失い、愛する人の隣にいる資格もなくし、ただ逃げてきただけの抜け殻。
(……こんなの、生きてる意味って、あるのかな)
そんな、いつもなら眠れない夜の静寂の中でだけ考えてしまうような暗く冷たい思考が、ついに明るい日差しの下でも、エリアスの心に濃い影を落とし始めていた。
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