銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

文字の大きさ
204 / 251
第4章

弟の恋

しおりを挟む

ヨハンとジョセヌと過ごす日々は温かく、花屋の仕事は慣れずに大変だったけれど、充実していて楽しかった。
接客の仕事も、最初のうちは勝手が分からずに慌てることが多かったが、来るお客さんは皆、良い人ばかりだ。それはきっと、長年この地で愛されてきたジョセヌの人柄のおかげなのだろう。

今まで、エリアスは平民の人たちと深く接することはあまりなかった。
けれど、腹の探り合いばかりで冷たい夜会の空気や、見栄と虚飾に満ちた貴族たちのギスギスした関係よりも、今日を懸命に、そして素朴に生きているこの街の人々の姿は、エリアスの目にとても眩しく、美しく映った。

夜は、ヴォルフを求めて身体が叫び出す地獄のような時間だったが、昼間は嘘のように明るく振る舞うことができた。
不思議と身体は元気で、無理をして笑顔を作らなくても、仕事に集中することで自然と時間を過ごせていたのだ。

そんなある日のこと。
店先に、花の新しい苗を積んだ荷車が止まり、配達に来た一人の男性がヨハンに親しげに声をかけた。
背が高く、日焼けした肌が健康的な、エリアスやヨハンよりも少し若そうな青年だ。

少し離れた場所で作業をしていたエリアスには、会話の内容までは聞こえなかったが、その雰囲気だけで十分だった。
青年はヨハンを見る目が輝いており、明らかに好意を寄せているのが分かる。
ヨハンもまた、社交界ではその美貌ゆえに多くの貴族から声をかけられていたが、いつもどこか冷めた仮面を被っていた。

だが今は、そんな仮面など微塵もなく、年相応の無邪気さで、本当に楽しそうに笑って話している。
弟のそんな姿を、エリアスは初めて見た気がした。
やがて、青年は名残惜しそうに、けれど颯爽と手を振って去っていき、ヨハンが他の作業のためにエリアスのところへ戻ってきた。

「……ヨハン。今の彼は、どういう人なの?」

エリアスがこっそり尋ねると、ヨハンは見たことがないくらい顔を真っ赤にした。

「えっ……!か、彼は……家で仕事として花の苗を作っている人で……この店に苗を卸していて、よく会う……人、で……」

しどろもどろになり、歯切れが悪い。
その様子を見て、エリアスはふわりと微笑んだ。

「……彼と話しているヨハン、すごく可愛かったよ。楽しそうで」
「う……っ」

ヨハンは両手で顔を覆い、指の隙間からエリアスを見た。

「バレた?兄さんにもバレるくらい、僕、分かりやすい?」
「うん、すごくね」
「うわぁ……恥ずかしい……」

顔を赤くして身悶えるヨハンは、本当に可愛らしく、そして幸せそうに見えた。
なんだか、すごく嬉しい。
弟が、過去の呪縛から解き放たれ、普通の恋をして、幸せになろうとしている。

そのはずなのに、エリアスの胸はズキズキと痛んだ。
ヨハンは、明るい未来に向かって生きている。
この街を行き交う人々も、みんな明日を見て生きている。

それなのに、エリアスだけが停滞している。
時が止まったまま、身体の機能を失い、愛する人の隣にいる資格もなくし、ただ逃げてきただけの抜け殻。

(……こんなの、生きてる意味って、あるのかな)

そんな、いつもなら眠れない夜の静寂の中でだけ考えてしまうような暗く冷たい思考が、ついに明るい日差しの下でも、エリアスの心に濃い影を落とし始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

【完結】重ねた手

ivy
BL
とても短いお話です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

処理中です...