銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第4章

昼の労働、夜の渇望

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花屋の仕事は、朝から思った以上にやることが多かった。
水揚げ、水替え、枯れた葉の処理、店先の掃除。
エリアスはヨハンに教わりながら、まずは簡単な手伝いから始めたが、始めてすぐに自分が今まで所謂「労働」をしたことがないという事実に直面した。

実家では冷遇され、虐げられてはいたものの、使用人のように肉体労働をさせられていたわけではなかったのだ。
それに比べて、ヨハンは重いバケツを軽々と運び、手際よく作業をこなしている。あんなに深窓の令息だった弟の逞しい姿に驚くと同時に、自分の不甲斐なさを痛感した。

最初は、少し手伝うだけですぐにへとへとになってしまった。
特に、花を長持ちさせるための冷たい水は、エリアスの華奢な手には厳しいものだった。
すぐに赤くなり、感覚がなくなっていく指先を見て、ヨハンもジョセヌも慌てて止めに入った。

「兄さん、水仕事は僕がやるから!兄さんは接客やラッピングを手伝って」
「そうだよ、エリアス。あんたのそんなに綺麗な手を、荒れさせるわけにはいかないよ」

二人は、なるべくエリアスが手を荒れさせないようにと、過保護なまでに気遣ってくれた。
ヨハンの言葉の端々や、ジョセヌの優しい眼差しからは、どこか「いつかエリアスが愛する人の元へ戻れる未来」を信じているような気配がした。

「一時的な避難なのだから、元の生活に戻った時に困らないように」という配慮なのかもしれない。
けれど、その温かい気遣いが、エリアスにとっては酷く虚しく感じられた。

ヴォルフの元に戻り、ハルトマン家の妻として生きることは、もう二度とない。
そのことは、エリアス自身が一番よく分かっているからだ。

その何よりの証拠に、ついに恐れていた日がやってきた。
本来ならば、ヒート期間が来るはずの「三ヶ月目」が過ぎたのだ。
それなのに、ヒートは来なかった。

やはり、予想通りだった。
予兆がないことを不安に思っていたが、医師の仮説通り、エリアスの身体は沈黙を守ったままだった。
これが一時的なものなのか、一生続くものなのかは誰にも分からない。

けれど、今まさにエリアスが生殖機能を停止している、あるいは永遠に失ったという事実は確定してしまった。

(……やっぱり、離れて正解だったんだ)

エリアスは改めて思った。
こんな不安定で、跡継ぎも望めない妻が、ヴォルフのそばにいていいはずがない。
この選択は正しかったのだと、自分に言い聞かせ、心を納得させようとした。

だが、無理やり納得させようとする理性とは裏腹に、エリアスの身体は正直だった。
ヴォルフと離れてから、顕著に夜眠れない日々が続いていた。

安定した居場所を手に入れ、優しい人々に囲まれ、弟とも再会できた。
不安定な生活からは抜け出したはずなのに、エリアスは本能的に、魂のレベルで番であるヴォルフを求めていた。

夜、ベッドに入り目を閉じると、身体中の細胞が悲鳴を上げる。
ヴォルフは、もうそばにいない。
二度と、あの逞しい腕で抱きしめてもらえない。
優しく頭を撫でてもらえない。
あの甘く低い声で、「エリアス」と愛おしげに名前を呼ばれることは、もう一生ないのだ。
その喪失感が、真綿で首を絞めるように襲ってくる。
番と引き離されたオメガの本能が、半身を求めて泣き叫ぶ。

不思議なことに、食事は十分に摂れており、日中は気を張っているせいか元気に過ごすことができた。
眠れていないのに、仕事もこなせた。

けれど、静寂が訪れる夜だけが、エリアスを精神的に追い詰め、底なしの孤独へと突き落としていった。
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