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第4章
雪解けの涙
しおりを挟むエリアスがヴォルフの屋敷を出てから、季節が一つ進み、二ヶ月が経った。
エリアスは、ヨハンとジョセヌの温かいサポートのおかげで、心身共に「電池切れ」の状態でありながらも、無理をせずに日々の生活を送ることができていた。
だが、その笑顔が空元気であり、心がここにあらずであることは、一番近くにいる二人にはとっくに見抜かれていた。
ある日の夜。夕食を終え、片付けも済んだ頃、ヨハンがエリアスを呼び止めた。
「兄さん。……今日は、少し話さない?」
ヨハンは手際よく甘いココアを淹れると、それをエリアスに手渡した。
「ありがとう」
一口飲むと、優しい甘さがじんわりと身体に染み渡り、エリアスは久しぶりに肩の力が抜けていくのを感じた。
ジョセヌは高齢のため、夜は早めに自室で休んでいる。
静まり返ったリビングには、パチパチと燃える暖炉の音だけが響く。
二人は暖炉の前にクッションを置き、並んで座った。
こんなふうに兄弟で肩を並べて語り合うなんて、同じ家で育った子供の時ですら、一度もしたことがなかったことだ。
暖炉のオレンジ色の火に照らされるヨハンは、内側から発光しているかのように煌めいて見えた。
かつて「社交界の華」ともてはやされていた頃の、作り込まれた妖艶な美しさとは違う。
今の生活に満たされ、内面から快活な光が溢れ出ているような、生命力に満ちた自然な美しさだ。
ヨハンが話し出す前に、エリアスは思わずそのサラサラとした髪に触れた。
母親譲りの、エリアスの黒髪とは対照的な、柔らかく美しい金髪。
かつては、その髪に触れることさえ躊躇っていた。美しい弟に、誰からも愛されない薄汚れた自分が触れたら汚してしまうのではないかと、劣等感を抱いていたからだ。
「ヨハン。……お前、あの家にいた時よりも、ずっと綺麗だ」
エリアスが素直な感想を口にすると、ヨハンはくすぐったそうに笑った。
「なに、改まって」
そして、ヨハンは優しく目を細めてエリアスを見つめ返した。
「……兄さんもだよ。あの人の元で愛されて、すごく綺麗になったね」
「……っ」
そう言われるとは思っていなかったエリアスは、不意打ちの言葉に胸を突かれ、グッと涙を堪えるような顔をしてしまった。
ヨハンはそんな兄の横顔を静かに見つめ、核心を突いた。
「兄さん。……円満に別れてきたって話、嘘でしょ」
「ッ……」
エリアスは動揺し、視線を泳がせた。
「う、嘘じゃ、ない……。彼とは、ちゃんと話し合った上で、ここに……」
「だったら、どうして兄さんはそんなにも辛そうなの?」
ヨハンの声は、決して責めるような響きではなかった。
ただ、心配し、痛みを分かち合おうとする優しい響き。
その声色が、かつてエリアスが不安な時に、決して問い詰めず、諭すように言葉を待ってくれたヴォルフの優しさと重なった。
プツリ、とエリアスの中で張り詰めていた糸が切れた。
「……っ、ごめん……嘘を、ついた……」
視界が滲み、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
「本当は……何も言わずに、黙って出てきたんだ……」
嗚咽混じりに白状すると、ヨハンは何も言わず、エリアスの背中を優しく撫でてくれた。
その手の温もりに触れ、エリアスは堰を切ったように想いを吐き出した。
「彼のために……あの家のために……っ。わ、私は……子どもを産めない妻が居座ったら、誰のためにも、ならない……っ」
息を吸い込むたびに、喉が引きつる。
「でも、あの家に……私じゃない、子どもを産んでくれる人を迎える、その日を待つのも……耐えられなかった……っ!」
愛する人の隣に、自分ではない誰かが座る未来。
分かっていても、想像するだけで心が壊れてしまう。
「だって、私は、っ、ヴォルフを……愛してるから……っ!」
「……うん」
ヨハンは深く頷くと、泣き崩れるエリアスを強く抱きしめた。
「辛かったね、兄さん。……よく頑張ったね」
「うあぁぁぁ……っ、う、ぅ……!」
エリアスは弟の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて号泣した。
この二ヶ月間、眠れない孤独な夜に一人で抱え込み、一滴も流せなかった涙を、全て出し尽くすまで泣き続けた。
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