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第4章
2つの正解
しおりを挟むエリアスはしばらくの間、弟の胸で泣き続けた。
やがて涙が枯れ、しゃくり上げる声が小さくなっていくと、ヨハンは泣き疲れたエリアスの背中を、赤子をあやすようにポン、ポンと一定のリズムで優しく叩いてくれた。
その心地よい振動と温もりに包まれながら、エリアスの呼吸が少しずつ整っていく。
「……兄さん、聞いて」
ヨハンは静かな声で話し始めた。
「僕は、旦那さんのことはよく分からない。数回しか会ったことがないしね。……でも、兄さんがベルク家にいた時と比べて、大きく変わったことだけは分かるよ」
ヨハンの言葉は、雨上がりの静けさのように、泣き腫らしたエリアスの耳に優しく染み渡った。
「兄さんが、自分の意思を持てるようになったこと。笑えるようになったこと。……それが、あの人に愛されたおかげだからってことも、僕には分かる」
ヨハンは一度言葉を切り、確信を込めて告げた。
「僕は……あの人は、今もずっと、兄さんのことを探していると思うよ」
「……」
エリアスが顔を上げると、ヨハンは身体を離し、エリアスの両肩に手を置いて、真っ直ぐに目を見つめてきた。
エリアスと同じ、ベルク家の血を引くセピア色の瞳。
そこには、かつてのような傲慢さも甘えもなく、少しの翳りも濁りもない、澄み渡った光が宿っていた。
「兄さんが選択したことは……僕は、『貴族としては』間違っていないと思う」
ヨハンは、エリアスの苦渋の決断を否定しなかった。
ハルトマン家という新興貴族の家を守るため、後継者のために身を引く。それは貴族社会の理として、一つの正解だろう。
「でもね」
ヨハンは悲しげに眉を寄せた。
「彼を『愛する妻』として、彼に『愛される妻』としては……今ここで、身を潜めて、こんな……身体を壊すくらい自分を追い詰めていることは、間違っていると思う」
「ッ……」
エリアスは息を呑んだ。
やはり、バレていたのだ。
毎晩、エリアスがほとんど眠れずに天井を見つめて過ごしていることを。
食事は摂れていても、心がすり減り、魂が削がれていっていることを。
そしてその原因が、ヴォルフと離れていることによる、番としての本能的な渇望と苦しみであることを。
エリアスは俯いた。
ヨハンの言うことは痛いほど分かる。
けれど、だからといって「じゃあ戻ろう」とはなれない。
エリアスには、ただ愛される妻として生きるだけではなく、貴族の当主の妻として、彼に不利益を与えないという選択をする義務があると思っているからだ。
「……自分を、これ以上追い詰めないで」
エリアスの頑なな心を溶かすように、ヨハンは再び優しく抱きしめてくれた。
「兄さん。僕には、兄さんの苦しみを完全に取り除いてあげることはできないかもしれない……。でも、その苦しみを一人で抱え込まないでね。僕がいるから」
「……ヨハン」
「ここで、僕と一緒にいる間だけでもいい。……少しでも休んで」
弟の腕の中は、思いのほか逞しく、温かかった。
エリアスは静かにその優しさに身を任せ、重たい瞼を閉じた。
張り詰めていた神経が、湯に溶けるように緩んでいく。
(……ああ)
ヴォルフの腕の中ではないけれど、ここも確かに、自分を守ってくれる場所だ。
今夜は、久しぶりに少し眠れそうだ。
エリアスはそう思いながら、弟の温もりに安堵の吐息を漏らした。
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