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第3章
空席の宰相
しおりを挟むユリウスが深い眠りにつき、目覚めないまま、季節は移ろい、半年という月日が流れた。
実質的にはすでに国王としての政務を執っていたカイエンが、ようやく正式に王座につく戴冠式が開催された。
十年間のブランクと混乱を立て直し、他国からの来賓を万全の状態で迎えるための大掛かりな準備が必要だったため、半年もの時間を要したのだ。
豪華絢爛な式典の場で、カイエンは新たな王冠を頂き、高らかに宣言した。
賢王として、今まで腐敗した権力者たちによって私物化され、支配されてきたこの国を浄化し、良くしていくことを。
その誓いは力強く、民衆の熱狂的な支持を集めた。
だが、その輝かしい新体制の中で、一つだけぽっかりと空いた穴があった。
この国の行政を司る最高責任者、「宰相」の地位だ。
本来なら、反逆罪で投獄されたローゼンタール卿――ユリウスの父の穴を埋めるため、早急に新たな人間を据える必要がある。
だが、カイエンも……そしてレオナルドも、その席に座るべき「真の適任者」を待っていた。
だから、どれだけ公務が激務になろうとも、宰相の席に一時的でも誰か代理を座らせることはしないと決めた。
その空席こそが、彼らの祈りであり、ユリウスへの揺るぎない信頼の証だった。
式典が終わり、正式に王となったカイエンが、人波が引いた回廊でレオナルドに声をかけた。
近衛騎士団と獅子騎士団を統べる総団長として、煌びやかな礼装に身を包んだレオナルド。
その姿は誰もが羨むほど優美で勇ましかったが、瞳だけは深く沈み、鬱々とした影を落としていた。
「レオナルド。……これからも、僕もユリウスを待ち続けるよ。君は一人じゃない」
カイエンは、友の肩に手を置き、静かに告げた。
レオナルドは、その言葉に救われたように、一度だけ強く頷いた。
「……ああ」
そして、レオナルドは祝賀会には参加せず、そのままその足で王宮内の医療棟、ユリウスの病室を訪れた。
扉を開けると、そこには半年前と何一つ変わらない光景があった。
半年が経っても、ユリウスの状態には何の変化もなかった。
相変わらず自発呼吸も出来ず、喉には管が通され、人工呼吸器が規則的な音を立てて肺に酸素を送り込んでいる。
腕には点滴が繋がれ、造血剤と輸血によってかろうじて命を繋いでいる状態だ。
長い睫毛が影を落とす瞼は固く閉じられたまま、ぴくりとも動かず、一度としてその美しい碧眼が開かれることはなかった。
「……ユーリ。今日、カイエンが正式に即位した」
レオナルドはベッドサイドに座り、冷たく白磁のようなユリウスの手を両手で包み込み、優しく撫でながら語りかけた。
今日あったこと。空席のままの宰相の椅子のこと。
返事のない虚空に向かって、変わらぬ愛を捧ぎ続ける。
「待っている。ずっと……」
待ち続けること。信じ抜くこと。
それが愛だと、心から信じている。その信念に嘘はない。
だが、半年が経過しても、あまりにも変わらないユリウスの状況に、レオナルドの心は悲鳴を上げていた。
希望と絶望の波が毎日押し寄せ、その落差に精神が摩耗していく。
いつか目覚めるという確信が、日を追うごとに「もし、このまま」という恐怖に侵食され、レオナルド自身の心は、音を立てて壊れかけていた。
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