それではまた、どこかでお会いしましょう。

スイ

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 私は別れた後も湊斗の性を名乗り続けました。実用的な意味で便利だというのもあります。ですがそれ以上に、もう家族が誰もいない私の旧姓に戻る事が無性に寂しかったのです。

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 私は神戸から京都へと引っ越しました。京阪沿線の、大学病院に行きやすい場所にある小さなワンルームマンションです。新しいパート先を見つけ、フルタイムで働くようになりました。生活は以前よりもずっと苦しくなりましたが、それでも生きていけないほどではありませんでしたし、むしろ貧乏暮らしは性に合っていました。

 私は、湊斗から貰ったお金でASUSのノートパソコンを買いました。簡単なグラボが載っていて、ちょっとしたゲームは動くという程度のパソコンです。今までゲーム機以外でゲームをしたことはありませんでしたが、それで簡単なゲームをいくつかやってみました。けれどどれも、クリアする前に投げだしてしまいました。子供の頃にあった集中力も情熱も、その頃には随分と薄くなっていました。実家から持ってきたWiiやDS、それに父さんのノートパソコンは、起動すること無くテレビ台の下に置かれていました。

 それからの私は毎日をほとんど同じように過ごしました。朝起きて、朝食を食べ、パートへ行き、夕方には帰って、料理をして、YouTubeを見て、寝る。たまに病院に行き、薬を貰って帰る。休みの日は勤め先とは違うスーパーに買い物に行って、帰る。合間合間にXを見て、誰かの幸せとか、不幸とか、怒りや喜びを見て少しだけ共感したり、反感したりする。それの繰り返しです。

 日々はあっという間で、昨日の出来事を去年の事のように思い出したり、その逆もあったりしました。辛いことがない代わりに、特に楽しいと思えることもありません。夜、真っ暗になった部屋で目を瞑っていると、湊斗との日々を思い出して、胸が苦しくなったりしました。

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 少しだけ、その時のiRIN≪アイリン≫について書いておきます。

 私はiRIN≪アイリン≫の治験は行いませんでした。けれど、私が治験に加わらなくても国はiRIN≪アイリン≫の普及を進めているようで、ニュースでその名前を見る機会は少しずつ増えてきました。その内、国は予防接種として従来通りのワクチンかiRIN≪アイリン≫のどちらかを投与できる、という風に制度を改めました。

 テレビや新聞社のネット記事は反対ばかりで、Xは賛成する人や是々非々な意見、それにテレビよりももっと激しく反対してる人もいて、まぁいつもの感じでした。

 週末に梅田とか河原町とか、そういう大きな街に行くと、街角でiRIN≪アイリン≫の反対デモをしている人をよく見かけました。パンデミックの時も同じのを見たなぁなんて、ちょっと懐かしく思ったくらいです。

 その当時iRIN≪アイリン≫に反対する人は白い目で見られていました。勿論、国民全員が得体の知れないナノマシンを体に入れたがっていた、とまではいいません。それでもスマホ経由で様々なウィルスに対応出来るiRIN≪アイリン≫は色んなところで賞賛されていて、特にSNSでは、一度投与すればもうワクチンをしなくて済むからと『コスパ』の良さを利点に言う人が多かったイメージです。

 それで無くても政治家はiRIN≪アイリン≫の普及をどんどん進めていて、実際その十年の間にiRIN≪アイリン≫は国民の間に広がっていきました。

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 離婚してからというもの、湊斗とは会うことは勿論、連絡を取り合うことはありません。

 だけど、たまに、どうしても寂しくてたまらない夜があって、そんな時に湊斗の配信を見る事がありました。湊斗は個人勢として成功していて、登録者も五十万人を越えていました。時折昼間にも配信をしていたので、設計の仕事も辞めて配信業一本になっていたのかもしれません。

 ゲーム配信ばかりじゃなくリアル配信や雑談、コラボも多くなっていて、端から見るに湊斗は充実した人生を送っているようでした。配信を見る度に昔と変わらないチューボーの声に癒やされる反面、この年でみっともない話ですが、たまに女性の配信者と楽しくお話ししている所を聞くとどうしようもなく嫉妬してしまいました。

 離婚してから二年ほど経った頃でしょうか。

 ある日、湊斗のチャンネルに『重大発表』という動画が上がりました。とっさに浮かんだのは中学生の頃の引退動画で、湊斗の身に何かあったのと私は怖々再生しました。

 動画には黒画面に白地の『重大発表』とだけ書かれた画面だけが映りました。ニコ動の時と同じですが、そこに流れてくる湊斗の声は浮き足立ったものでした。

 その動画の中で湊斗は、自分が結婚している事、そして子供が出来た事を報告していました。

 実は前々から結婚していて、相手は配信を通じて知り合った人らしいです。冗談っぽく「いわゆるファンに手を出したというわけで」と言い、その人が妊娠して、これから配信の頻度が落ちるだろうから早めに言っておこうという事で発表させて貰った、と言いました。

 五分ぐらいに短い動画の中で、私について語られる事はありません。
 もう湊斗の人生から私は綺麗に消え去ってしまったのだと思いました。

 わかりきっていたのに、全部私が望んでいた事なのに。それでも私は嘘であって欲しいと、そう思ってしまいました。だけど動画の湊斗の口調が、嘘を言っているものでは無いと、私自身痛いほどに分かっていました。

 湊斗が告知していた通り、配信頻度はそれから少しずつ落ちていきました。そして一年後には白地に黒文字で『ご報告』と書いたサムネイルの動画を上げました。そこには、顔を泣き顔のスタンプで隠した新生児の写真が張られていました。

 それが私と別れて四年後の話で、湊斗が殺されるのはそこからさらに七年後になります。
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