【R18】会社追い出されたから趣味みたいな仕事始めて住込みメイド雇ってみた

スイ

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6.如月さんの仕事ぶりについて

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 端々にフリルがあしらわれたエプロンドレスは胸元で大きく盛り上がり、腰ひもが結ばれたウエストできゅっと絞られている。欧米の女性サイズで作られたはずなのに、エプロンドレスや中に着ているワンピースのスカート裾を引きずることなく、足首が見えるか見えないかぐらいの長さに収まっている。髪はみつあみにし、それを更に丸くまとめて後頭部に留めている。頭には白いメイドキャップ、顔にはいつもの凛とした無表情。始業時間の三十分前に本館に出社した如月さんは、客間になる予定の物置でソファでスマホをいじっていた僕の前に立ち、腕を軽く『く』の字に曲げ、手をお腹に当て、深々と頭を下げた。



「おはようございます」



 僕はしばらく黙ったままだった。なんて言っていいのかわからなかった。服装も立ち居振る舞いも完璧すぎるメイドが目の前に急に現れたのだから。

 如月さんはスカートを指先でつまんで、自分の体を見下ろす。



「やっぱり、変でしょうか」

「変じゃない」



 即座に否定する。



「全く、全然、変じゃない。むしろ完璧。本物そのもの」

「本物を見たことあるんですか?」

「今見てる」



 如月さんはしばらく無言のままだった。所在無さげに下を見て、窓の外を見て、また僕に向き直り、



「ありがとうございます」



 もしかしたらこれが如月さん流の照れなのかもしれない。



「すみません、大分早いんですけど、なにか仕事があれば」

「あ、じゃあまぁコーヒーでも飲みながらちょっと説明しようか」



 僕は奥のキッチンに向かうために立ち上がる。が、如月さんはそれを手の平で制して、



「入れてきますので、そのままお待ちください」

「キッチンわかる?」

「前来たとき見ました」

「でもコーヒーの場所とかは分からないでしょ?」

「隠し扉にでも保管しているのなら教えてください。一般的な場所に置いてあるなら、探せます」

「あ、だけど社員にお茶くみはコンプライアンス上問題が」



 キッチンに向けすでに歩いていた如月さんは、歩みを止めて振り返り、人差し指を唇に当てた。



「では、この件は内密に、社長」



 僕は廊下に顔だけを出して如月さんの後ろ姿を眺めていた。社長、と誰かから言われるのは久しぶりで、だけど役員会の紛糾の中でニ周りも上のおっさんから呼ばれる社長と、朝の静けさの中で冗談混じりに如月さんから呼ばれる社長では、その価値はまるで違った。

 けれど、



「……別にご主人様でいいんだけどな」



 少しばかりの未練はコンプライアンスに阻まれる。



:::



 如月さんに与えた仕事は、この家にお客さんが来れるようにする事だった。

 山のような事務仕事を丸投げしたい誘惑を抑えてその仕事を任せたのは、この家を借りた目的を果たさなくてはという義務感と、それに人を雇った分一日でも早く実入りを増やさなければならないという切実な理由。

 だけどその仕事が言うほど簡単ではないのはよく分かっていた。お客さんの購買意識を掻き立て、かつ不定期に行われる商品の入れ替えに対応出来るレイアウト。それにおもてなしの方法だって検討しなければならない。レイアウトについては専門のデザイナーと契約するという手もあったが、やっぱりお金はかかるし、売れるたびに変わる配置を外部と相談しながらというのは面倒だった。



「僕は外に出ることが多いから、基本的に一人で色々やってもらうことになると思う。売り物として展示するものと、お客さんのおもてなし用に使う非売品の物があるから、それは後で説明する。デザインから始まって、何度か僕と打ち合わせした後、最終的に業者を頼んでのレイアウト、完成、みたいな。どうしてもの時は事務仕事とか手伝ってもらうけど、基本的にそっちを急ピッチでやってもらう」

「どのくらいの期間ですか?」

「二週間。再来週の今日にはもうお客さんが呼べるようになっているイメージ」



 短すぎるだろうか、と言った直後に不安になる。だけど仕事だし、そんなにダラダラとやってもらうわけにも行かない。頭の一週間でデザインを完成させて、後の一週間のうちに業者を呼んでの配置。無理だったら少し時期は伸ばすが、それでも今月中はマストだった。

 如月さんはほんの一瞬の間を置いて、



「わかりました」

「いける?」

「大丈夫だと思います。ですけど、」

「ん?」

「重要な仕事なので私でいいのかという、そっちの不安はあります」

「スタートアップ企業はそんなもんだよ。それに、元々如月さんには期待してるし、能力はあると思っている」

「ご期待に応えられればいいですが」



 結論から言うと、応えられた。

 動きは早かった。その日の夕方、僕が納品から帰ってきた時にはすでにエクセルで大体の配置が描かれていた。お客さんの動線と見栄え、それに売れたときの運び出しの経路もきちんと織り込まれていた。僕は二、三の配置の入れ替えを……それも普通の人には分からないアンティークの年代の並び替え……を指摘しただけだった。



「イメージは、素朴さです」

「素朴?」

「海外の日常、と言ったほうが近いかもしれません。アンティークと呼ばれているこれらも、元は外国の風土や風習に合わせて作られた実用品のはずです。ただ飾るだけのものではなく、そこにある意味というものが感じられる配置が一番魅力的なレイアウトかと思いまして」



 感心して如月さんの横顔を見ていると、ちらりと目の端で僕を見て、また視線を元に戻し、



「飽くまで私見、ですが」



 二回目に上がってきたレイアウトはもうケチのつけるところがなかった。僕が指摘したところ以外に、より如月さんが言うところの『素朴』に見え、かつ実務的に出し入れのしやすい配置に変わっていた。僕はそれでOKをだし、如月さんは業者の手配をし、工事日程を早々に決め、かつお客さんが来たときのマニュアルも作成し始めた。

 僕は如月さんの仕事の速さに引きずられるように、来週からと決め込んでいたモデルルームの宣伝と、お客さんへの案内に入った。宣伝はホームページや、懇意にしてもらっているお店にチラシを置いてもらうこと。それとは別に、個人で取引していた何人かのお客さんの中で元々興味を示してくれている人もいた。そんな人たちに対して、具体的な日時を提示して来てくれないかと案内を送った。



 結局、次の週の頭には業者を呼んでの最終配置になっていた。その日も僕は外出していたため、作業の詳細をしらない。僕が見たのは、出かける前のいつも通りのリビングと、帰った後のすっかり様変わりしたモデルルームだ。



「社長、いかがでしょうか?」



 如月さんのコンセプト通り、そこには確かに、遠い外国の生活が垣間見えた。斜めに差す夕日を浴びた革張りのソファ、丸いテーブルと囲う椅子、ネジ巻式の時計が置かれた猫脚のキャビネット、まるで旅から帰ってそのままそこに置かれたようなトランク、茶色の地球儀、そして佇むメイドさん。



「いい、すごくいい」



 如月さんは多くを語らなかった。一週間の間に詰め込んだ苦悩をその表情にすら出さず、ただすこしだけ、僕の言葉の後に安堵の色を感じるため息をそっとつき、



「良かったです」



 と答えた。



:::



 案内を送った個人客のうちの一人、会社の経営を息子に譲って隠居の身の甲斐というおじいさんから、ぜひとも見に来たいという返事をもらった。金曜日に、ということだったので早速OKと返事を出した。如月さんにその事を伝えると、



「親しいお客様なのですか?」

「いや結構最近あったばかり。取引もまだ二回しか。でも僕を気に入ってくれて、これから先長く付き合っていけるお客さんだと思う」

「無礼がないように気をつけないと、ですね」

「いつもの通りで大丈夫だよ」



 金曜日。

 如月さんの「こられました」という声に振り向くと、甲斐さんが運転するベンツが庭先に止まるところだった。下りてきた甲斐さんはスラックスにジャケット、頭にはハットをかぶった老紳士といった佇まい。一着一着が海外の有名個人ブランドのはずだけど、その高価さをひけらかす事なく、ごく自然に着こなしていた。ガラス戸越しに見る僕に気づき、甲斐さんはハットを持ち上げた。僕は軽く会釈する。

 

「お迎え、お願いね」

「はい」



 と言って如月さんは部屋を出ようとする。少しだけ、いつもより歩き方がぎこちない気がした。



「如月さん」



 振り向いた彼女に、僕なりの満面の笑顔を見せる。



「我社の従業員は常に優秀だよ。だから、特別に何も気にすることはない。分かった?」



 少しだけ、如月さんも笑ってくれた。白く並んだ歯を唇の隙間から見るのは、そういえばとても久しぶりな気がする。



「わかりました」



 部屋を出て、しばらくすると呼び鈴が鳴る。遠くでドアが開く、かすかな話し声、如月さんと甲斐さんの会話の詳細はわからないが、その雰囲気からとても和やかに、そして楽しく話していることがわかった。どんどん近づいてくる足音、コンコンというノックに僕は「どうぞ」と返す。荷物を持って先導した如月さんの後に、甲斐さんがいつになく嬉しそうな顔をして近づいてきた。



「やぁ久しぶり」

「お久しぶりです。本日はお越しいただきありがとうございます」

「いやぁいい家具が見れると聞いたらいずこなり、だよ。しかし君も悪い人だな。二回も会ってたというのに、教えてくれないなんて」



 何を話しているのか分からなく、僕は一瞬、如月さんに視線を移した。だけどその目を避けるように、如月さんは壁を見る。



「えっと、なんのお話でしょうか?」

「何って、あんなにキレイな嫁さんがいるならちゃんと教えてくれないと」



 嫁? と呟いた声は甲斐さんには聞こえなかったみたいだった。立て続けに、



「それを知っていればもっとちゃんとしたものを持ってきたというのに。おっと忘れないうちに渡しておくか。ちょっと、すまないがそれを彼に渡してくれないか」



 如月さんは僕に歩み寄る。手に持った紙袋を渡すときに、コソッと、



「すみません、夫婦かと聞かれて、なぜか否定できなくて」



 あぁ、と乾いた息が出る。もらった紙袋は重く、見るとワインが入っていた。



「うまいワインだがあくまでもそこそこのものだ。次来る時にはもっと良い物を持ってくるから、まぁ今夜の食後にでも飲んでくれ」



 僕は未だ視線をそらし続ける如月さんの真意を考えながら、



「えぇ、じゃあ、今夜にでも『嫁』といただきます」



 と上の空で答えた。

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