【R18】会社追い出されたから趣味みたいな仕事始めて住込みメイド雇ってみた

スイ

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8.ある晴れた日の休日について

 いい天気だった。

 死にたかった。



 :::

 

 部屋に帰り、下着姿になってベッドにもぐりこんだ。脱いだメイド服はしぼんだ自分自身みたいに床に投げ出し、目を閉じて眠ろうとすればするほど頭が冴え、何度も昨日の光景が脳裏に流れ、時に電気に打たれたように背筋を伸ばし、かと思ったら胎児のように丸まり、気づけば夜闇も明け空の青に変わり、結局一睡もできず、土曜日の朝がやってきた。

 

 お酒でかすれた記憶を辿ると、自分がとんでもないことを言い出したような気がする。

 

 酒癖が悪いという自覚はなかったし、これまでそういう失敗もしたことはない。だけどそもそも男の人と一緒の席でたくさんお酒を飲んだという事もしたことが無かった。あくまで付き合い程度。アルコールをおいしいと思ったこともなかったし、ソフトドリンクの方が口に合っていた。

 だけど昨日のワインは別だった。一口飲んで『おいしい』と思ったお酒は初めてで、ついつい手が伸びてしまった。ワイン自体が確かにいい物だったんだと思う。だけどそれ以上に、雰囲気に呑まれたというのもあっただろう。男の人に食事を誘われたことは何度もあるけれど、自分から進んでその誘いを受けたのは初めてだった。舞い上がりはあった。緊張もしていたし、私のために料理を作ってくれたことが気恥ずかしく、そして何よりうれしくもあった。それに少しだけ、生理周期的に欲求不満気味でもあった。心臓は色んな感情に蹴られてドキドキしっぱなしで、手持無沙汰で飲んだアルコールがまたその鼓動を速めた。理性のタガが外れていく様を、心の中の何処かにいる冷静な自分が、一番星を見上げるような気持ちで見ていた。

 その後に発した言葉は……

 それ以上を思い出そうとした結果が眠れない夜になった。要約したら『襲ってください』という事を私は言っていたのだと、そう認識し心に馴染ませるのに一晩かかった。

 

 私は襲われたのだろうか?

 最初はそう思っていたけれど、少しだけ冷静になった頭が『それは違う』と状況証拠を積み上げていく。メイド服は若干乱れていたけれど、下着はそのままだった。メイド服にはいくつか透明なシミがあって、それはスカートの部分に多く、胸元近くに若干残されている。布団から顔だけ出してメイド服を確認したから間違いない。そして何より、体の痛み……特に股に違和感はなかった。

 だからたぶん、彼は我慢したのだ。

 社長と社員という立場。法律。倫理観。何が足かせになったかは分からないけど、彼は私の誘いに乗ることなく、だけどたぶん私をおかずに、自慰をしたのだ。

 大事にされたのだろうか。

 それとも、いろんな葛藤を超えるほど、私は魅力的でなかったという事だろうか。

 思考がぐるぐる回る。今日が休みで本当に良かった。もし彼と会うとなったら、一体どんな顔をすればいいのか。スマホを見るともう十時を過ぎていて……着信が来ている? そういえば、仕事中はサイレントにしているのだけど、昨日は解除するのを忘れていた。発信者を見る。

 彼だった。 

 

 コンコン

 

 ノックの音が心臓を突き刺す。体が反射的に起き上がり、半ば裏返った声で「はい!」と返事をする。してしまう。

 

「あ、その、僕だけど」



 真っ先に心配したのはお風呂の事だった。昨日は帰ってすぐ布団に入ったからシャワーも浴びてないし歯磨きもしていない。なんだったら化粧だって落としていない。しかも下着姿だ。男性を部屋に迎える準備は何一つ整っていない。



「あ……、お、はよう、ございます!」



 彼は少し遅れて「あ、お、おはよう」と返した。

 

「電話したけど返事がなかったから、大丈夫かなって」



「す、すみません。その、ついさっきまで寝ていたもので」



「体調は大丈夫?」



「はい、その……大丈夫です」



 扉越しの彼がすっと息を吸い込んだのが分かった。

 

「昨日は、本当に申し訳ない。その、謝っても許されないとは……」



「いえ、こちらこそ!」

 

 私は無理やり彼の言葉を抑え込む。これ以上、彼に言葉を続かせてはいけないと思った。このままでは、今の関係が壊れてしまう。これからの二人がどうなりたいかは分からないけれど、とにかく今は、彼は社長で、私は社員であり続けたいと強く思った。

 

「私こそ、ご迷惑おかけして申し訳ありません。久しぶりにお酒を飲んでしまって、正直に言いますと、昨日の事はほとんど覚えていないんです。後片付けもせず、社長の好意に甘えっぱなしで、本当にすみませんでした」



 彼の沈黙がピリピリと肌にまとわりついた。私はその数秒の間に昨日の事、そしてこれらかの事について考えを張り巡らしていた。彼もまた、私と同じことを考えていたかもしれない。

 

「いや、こちらこそ、申し訳なかった」



 ふっと緊張の糸が途切れて吐息があふれ出た。安息だったのか、それともため息だったのか、自分でも分からなかった。

 

「とにかく体調が悪くないんだったらよかった。土曜だし、ゆっくり休んでくれ」



「はい、社長も休んでください」



 ありがとう、と言って彼は階段を下りて行った。外へとつながる扉が開いて、閉じる音を聞いて、私は再びベッドに倒れこむ。一晩漬けこんだ悩みがきれいに消えて、だけどなぜだかもやもやが残った。社長と、社員。昨日までの関係が、今日も、明日も続くという嬉しさと悲しみが混ざり合う。

 

 :::

 

 昨日の事は何も覚えていません。だから気にしないでください。

 そう言われた。とりあえず安心した。如月さんは明日からもここにいてくれるという事なのだから。

 

 :::



 水を飲んで、酔いがさめた如月さんが部屋を出ていった時、まさに絶望だった。あっちから誘ったとか、乗り気だったとか、そんな事はもはや遠い過去になった。自分がしている事、されている事に気づいた如月さんが逃げ出していった。それが目の前にある事実だった。

 つい一か月前まで名前も知らなかったのに、いなくなってしまうかもと思ったら目の前が暗くなった。たった一人の従業員というのもあるだろう、綺麗で有能だというのももちろんある。だけどそれ以上の何かが、如月さんという存在そのものが、僕の中を大きく占めるようになっていた。

 ズボンを下ろしたままバカみたいに座り込んでいた僕は、とりあえず履く物を履いて、片づけをして、自分の部屋へと戻った。疲れているはずなのに眠れず、ネトフリで昔に見た古い洋画を流しながら過ごした。

 朝が来ると夜闇に紛れていた焦りが表にあふれてきた。もしかしたらもう部屋は空っぽかもしれない。今頃、あの小さな駅舎で始発の電車を待っているのでは。今すぐ確認したい気持ちを抑えて、早朝から朝と呼べる時間になってから電話しても出る事はなかった。時間的に寝てておかしくないと思っていても焦りにたきつけられる。朝、出かけないといけない用事があるのも手伝って、昨日逃げ出した女性の部屋に訪れるという場合によっては恐怖そのものの行動を起こしてしまった。



 結果オーライってやつか。

 シャワーを浴び、ひげをそり、ドライヤーを髪に当てながら考える。覚えていない、と言ったけれどほんとはどうだろう? 全部覚えていない、というのはさすがに嘘だと思う。扉越しに聞こえる如月さんの声は、いつもの冷静さをことごとく欠いていた。僕が本格的な謝罪に移ろうとすると、それを遮るように『覚えてないから気にしなくていい』という意味の事を言い出した。たぶん、如月さんは如月さんで今の環境を壊したくなかったんだと思う。

 どうして?

 労働環境? 都会から離れた場所で住み込み。給料は決して多くないけど家賃、水道、光熱費はこっちもちだからトータルの条件は悪くないと思う。アンティークを扱う仕事も若い女性にとっては魅力的だろうし、メイド服という条件もプラスするなら唯一無二の職場といっていいだろう。気遣い? 如月さんは気をもむタイプだし、昨夜の出来事についてある程度責任を感じていたのかもしれない。どこまで覚えているのか、という問いにもつながるが、もし誘った時のことをかすかにでも覚えていたら、とっさに僕の責任を軽くする言葉を吐くことも考えられる。

 僕に好意があった?

 ……。

 魅力的な選択肢だけど可能性は低い気がする。普段の言動にそういうものを感じる事はないし、昨日だってお酒の勢いで出た言葉だ。それに恋仲になりたいんだったら、むしろ昨日の事を覚えているというのではないのか? その上で関係を進める方がより建設的だ。

 常識的に考えたら。

 

 朝用の洗顔クリームを塗りこみ、軽くワックスを付ける。香水をほんの一吹きだけ手首につけ、首元に刷り込む。スーツを着て、いつものバッグにタブレットや財布を入れたらもう十一時を回ろうとしていた。車のキーをもって家を出る。

 ほとんど同じタイミングで、如月さんも離れを出たところだった。いつものメイド服じゃない、Tシャツに七部丈のデニム、後ろで長い髪を一つにまとめていて、肩にはエコバッグをぶら下げていた。如月さんは僕を見て、あ、とここまで声が聞こえそうなほど口を開けて、小さく会釈した。僕は手を振って近づく。



「出かけるところ?」

「はい、ちょっと買い物に」



 普通に話せて、少し安心する。如月さんもいつもどおりの口調に戻っていた。



「いつも買い物どうしてるの?」

「バスで街まで出ています。あの、社長は?」

「ちょっと今から仕事で人に会いに。バスだと不便でしょ? 送っていくよ」



 如月さんは返事をせず、僕の顔をじっと見つめた。最初は疑問の色を浮かべていたその視線は徐々に鋭くなり、僕が「どうしたの?」と訊ねる頃には今まで見たことないほどの鋭利さを秘めていた。



「いつもと雰囲気が違いますね」

「え? いや、そう、かな」



 それほど気合を入れたわけでもない。だけどいつもの癖で、というか、昔からの習慣で、アイツと会う時は少しだけ身だしなみには気を使う。今更気をひこうとか、そんなつもりは一切無い。ケチをつけられるのが嫌なだけだ。アイツは昔から、人の格好にばかり口を出していた。

 という事情を言ったら、少しだけややこしくなりそうに思えた。



「今からお会いする人は、どんな方ですか」

「あ、まぁ、大学時代の同級生で、向こうも小さなイベントの会社をやっている……」

「女性ですか?」



 嘘をつこうか、という思いを唾と一緒に飲み下し、



「そう、だけど」

「なるほど」



 と呟いた如月さんは、「そういえば」と口調を変え、



「送っていただけるんですよね」

「え、あ、もちろんそうだけど」

「ぜひ、お願いします」



 目の鋭さを変えないまま、如月さんはもう一度「ぜひ」と言った。

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