【R18】会社追い出されたから趣味みたいな仕事始めて住込みメイド雇ってみた

スイ

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9.これからの仕事について

 車を二十分ほど走らせいつものコインパーキングに停め、打ち合わせ場所の珈琲屋についた時にはもう伊崎は足を組んでスマホをいじっていた。ひさしの影の下に置かれたテラス席に座る伊崎は、僕の姿を見るとすぐにその一方後ろを歩く如月さんに視線を移し、実に楽しそうな笑みを浮かべた。そういうやつなのだ。



「え? なに、どういう事?」



 伊崎は大きな瞳をニヤつかせる。如月さんが近寄りがたい鋭さがあるのとは対象的に、伊崎の目は無条件に愛想を振りまく猫の目だ。肩より短いショートヘア、少し膨らみをもたせたワイシャツにロングスカート、華美になりすぎない腕時計とブレスレット、出るとこが出たスタイル、耳に馴染む柔らかい声。かつての僕がそうだったみたいに、伊崎に心惹かれた男は数しれない。



「社員ができたから、紹介でもと思って」



 僕は車内で考えていた言葉を吐き出す。



「社員?」



 という伊崎の言葉と、



「はじめまして」



 と頭を下げる如月さんの声が重なった。口を噤んだ伊崎に対し、



「この度入社しました如月と申します。今後、お世話になることがあるかと思いまして、ご挨拶に」



 伊崎は如月さんの上から下まで無遠慮に見つめて「へぇーー」と声を上げた。



「これはこれはご丁寧に、こちらは伊崎美里と申します。あ、これ名刺。一応イベント運営の会社やってますんでお見知りおきを。あ、こいつとは大学の同級生」



 如月さんは渡された名刺に目を下ろす。僕は気が気でなく、如月さんと伊崎の一挙手一投足に神経を尖らせる。伊崎と如月さんが意気投合する姿も、逆に犬猿の仲になる姿も容易に想像が出来て、きっとどちらに転んでも僕にとって居心地の良いものである空間にはならないだろうという確信があった。



「まぁまぁ立ち話もなんだから、どうぞこちらへ。ゆっくりと、お話でも」



『ゆっくりと』のあたりで僕に舐めるような視線を投げる。うるさい、余計なことを言うなよ。そう思う僕の傍ら、如月さんは「いえ」と独り言のように呟いた。



「すみません、私はまたこれから用事がありますので。お誘いをお断りして大変申し訳ないですが、また次の機会にお話できれば」

「あ、そうなの? いーよいーよ気にしなく、また今度お茶でもしましょ。できたら仕事の話以外で」



 如月さんはまた深々と頭を下げて「失礼します」と言う。そして僕にも小さく会釈して「それではまた後でお願いします」と囁いた。「終わったらまた連絡して」と返すと、如月さんはまた頭を下げ、横断歩道を渡り、人の影の中に消えていった。僕と伊崎は、その姿が見えなくなるまで如月さんを目で追っていた。



「ーー彼女?」

「違う、社員だっていっただろ」

「ただの社員を連れてくるかね? ん?」



 ごもっとも。

 伊崎はどかっと椅子に腰掛け、カフェオレをがぶのみした。タイミングを見計らっていたのだろうか、今更のようにメニューを持ってきた店員に「オリジナル、Mサイズのホットで」と告げる。僕は伊崎の反対側に腰掛け、ほっと一息つく。



「しっかしどこで見つけてきたのあんな美人」

「募集したら来ただけだって」

「うっそだぁ。芸能事務所に掛け合ったんでしょ。ほら、モデルルームの事務員だか、コンパニオンだか、そんなのが欲しいって言ってたじゃん」



 否定したいところだけど、現状全く言うとおりの役割に収まっているだけに違うと言い難い。



「如月さんってどんな人よ。ねぇ、ねぇ」

「どんな人って」



 普段の言動を全て覆うように昨日の痴態が浮かんで、僕は思わず首を横に振る。次に浮かんだのは面接のときの第一印象で、



「ツボみたいな人」

「ツボ?」

「無機質と言うか、作り物みたいと言うか。でも不思議と人を寄せつける魅力があると言うか」

「あー、分かる分かる。でも、中身はどうなのよ」

「中身?」

「何が入ってるの? 水? 油? それとも火薬?」



 何が入ってる?

 そんな事考えたこともなかった。言われて考えてみても底知れず、清濁合わせこんだ闇色の液体が頭に浮かぶだけだ。水面に映るのは自分自身で、だけど絶えず波が立つその顔は常に歪んでいる。



「まぁいいや、それはまた今度で」



 そう言って伊崎は片手を突き出す。僕はイメージを振り払えないまま、カバンからタブレットを取り出し、安楽椅子の画像を表示して伊崎に突き出す。「さんきゅ」と伊崎は言いながら、タブレットを受けとって次々に画像をスライドさせていく。店員が持ってきたコーヒーに口をつけながらゆっくり仕事モードに頭を切り替えていく。伊崎の目はすっかり社会人のそれで、相変わらずの切り替えの速さに感心する。昔から頭の良いやつで、色んな物事を同時に進めていくのが得意だった。就職活動をせずに起業した時、それを止める人は誰もいなかったと思う。お前ならやっていけると、誰もがそう思ったしそれはその通りだった。

 

「いい感じじゃない。あのアニメ見た?」

「一応ね」



 伊崎が持ちかけてきたのはアンティーク家具のリース契約だった。

 来月に都内で開催される出版社の合同イベント、その中で少し前に話題になったアニメの劇場版を発表するらしく、そのためのブースを設けるらしい。よくある異世界もので、例にも漏れず美少女がたくさんで来るのだが、中でも特に人気のあるのが青髪で片目を隠したメイドのキャラだ。そのメイドが働く洋館を再現し、コスプレイヤーも置いてPRするとか。そのブースの設営、運営を伊崎の会社が担当していた。広告代理店からの丸投げだけどね、と笑いながら言っていたのを思い出す。



「雰囲気あってるし、まぁ値段もコレだったら妥当っちゃ妥当だし」

「さんざん叩いといてよく言うよ」

「で、さ。あともう一つ借りたいのあるんだけど」

「追加? そういうのは早めに言ってくれよ。タイミング的に結構ギリだぞ。なかったらまた探しに行かなくちゃならんし」

「大丈夫大丈夫、ちゃんとあるやつだから」



 そう言って伊崎は、



「あの子貸して」



 と言った。

 意味が分からなかった。



「ーーなに?」

「さっきの、えーと、そう如月ちゃん。一緒に貸してよ」



 笑ってはいるけど目は本気だった。僕が返事に困っていると、



「当日ブースに置くレイヤー探してるんだけどさ、いまいちピンとこないと言うか。そのくせ高くて予算押してるし、もう妥協しようかなって思ってたのよね。でも、今日良い子を見つけた」

「本気で言ってる?」

「別に演技とか司会進行とかそんなのを求めるんじゃないわよ? ただコスプレして、まぁ来客の写真撮影に応えたり、物品販売を手伝ってもらったりはやってもらうかもだけど、その程度よ? あの子だったら素で雰囲気合ってるから、あの感じで突っ立ってもらうだけでも様になるわ」



 どう?

 僕は返す言葉もなく、ただ、如月さんの底知れない心の中を思い浮かべるだけだった。
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