13 / 26
9.これからの仕事について
しおりを挟む
車を二十分ほど走らせいつものコインパーキングに停め、打ち合わせ場所の珈琲屋についた時にはもう伊崎は足を組んでスマホをいじっていた。ひさしの影の下に置かれたテラス席に座る伊崎は、僕の姿を見るとすぐにその一方後ろを歩く如月さんに視線を移し、実に楽しそうな笑みを浮かべた。そういうやつなのだ。
「え? なに、どういう事?」
伊崎は大きな瞳をニヤつかせる。如月さんが近寄りがたい鋭さがあるのとは対象的に、伊崎の目は無条件に愛想を振りまく猫の目だ。肩より短いショートヘア、少し膨らみをもたせたワイシャツにロングスカート、華美になりすぎない腕時計とブレスレット、出るとこが出たスタイル、耳に馴染む柔らかい声。かつての僕がそうだったみたいに、伊崎に心惹かれた男は数しれない。
「社員ができたから、紹介でもと思って」
僕は車内で考えていた言葉を吐き出す。
「社員?」
という伊崎の言葉と、
「はじめまして」
と頭を下げる如月さんの声が重なった。口を噤んだ伊崎に対し、
「この度入社しました如月と申します。今後、お世話になることがあるかと思いまして、ご挨拶に」
伊崎は如月さんの上から下まで無遠慮に見つめて「へぇーー」と声を上げた。
「これはこれはご丁寧に、こちらは伊崎美里と申します。あ、これ名刺。一応イベント運営の会社やってますんでお見知りおきを。あ、こいつとは大学の同級生」
如月さんは渡された名刺に目を下ろす。僕は気が気でなく、如月さんと伊崎の一挙手一投足に神経を尖らせる。伊崎と如月さんが意気投合する姿も、逆に犬猿の仲になる姿も容易に想像が出来て、きっとどちらに転んでも僕にとって居心地の良いものである空間にはならないだろうという確信があった。
「まぁまぁ立ち話もなんだから、どうぞこちらへ。ゆっくりと、お話でも」
『ゆっくりと』のあたりで僕に舐めるような視線を投げる。うるさい、余計なことを言うなよ。そう思う僕の傍ら、如月さんは「いえ」と独り言のように呟いた。
「すみません、私はまたこれから用事がありますので。お誘いをお断りして大変申し訳ないですが、また次の機会にお話できれば」
「あ、そうなの? いーよいーよ気にしなく、また今度お茶でもしましょ。できたら仕事の話以外で」
如月さんはまた深々と頭を下げて「失礼します」と言う。そして僕にも小さく会釈して「それではまた後でお願いします」と囁いた。「終わったらまた連絡して」と返すと、如月さんはまた頭を下げ、横断歩道を渡り、人の影の中に消えていった。僕と伊崎は、その姿が見えなくなるまで如月さんを目で追っていた。
「ーー彼女?」
「違う、社員だっていっただろ」
「ただの社員を連れてくるかね? ん?」
ごもっとも。
伊崎はどかっと椅子に腰掛け、カフェオレをがぶのみした。タイミングを見計らっていたのだろうか、今更のようにメニューを持ってきた店員に「オリジナル、Mサイズのホットで」と告げる。僕は伊崎の反対側に腰掛け、ほっと一息つく。
「しっかしどこで見つけてきたのあんな美人」
「募集したら来ただけだって」
「うっそだぁ。芸能事務所に掛け合ったんでしょ。ほら、モデルルームの事務員だか、コンパニオンだか、そんなのが欲しいって言ってたじゃん」
否定したいところだけど、現状全く言うとおりの役割に収まっているだけに違うと言い難い。
「如月さんってどんな人よ。ねぇ、ねぇ」
「どんな人って」
普段の言動を全て覆うように昨日の痴態が浮かんで、僕は思わず首を横に振る。次に浮かんだのは面接のときの第一印象で、
「ツボみたいな人」
「ツボ?」
「無機質と言うか、作り物みたいと言うか。でも不思議と人を寄せつける魅力があると言うか」
「あー、分かる分かる。でも、中身はどうなのよ」
「中身?」
「何が入ってるの? 水? 油? それとも火薬?」
何が入ってる?
そんな事考えたこともなかった。言われて考えてみても底知れず、清濁合わせこんだ闇色の液体が頭に浮かぶだけだ。水面に映るのは自分自身で、だけど絶えず波が立つその顔は常に歪んでいる。
「まぁいいや、それはまた今度で」
そう言って伊崎は片手を突き出す。僕はイメージを振り払えないまま、カバンからタブレットを取り出し、安楽椅子の画像を表示して伊崎に突き出す。「さんきゅ」と伊崎は言いながら、タブレットを受けとって次々に画像をスライドさせていく。店員が持ってきたコーヒーに口をつけながらゆっくり仕事モードに頭を切り替えていく。伊崎の目はすっかり社会人のそれで、相変わらずの切り替えの速さに感心する。昔から頭の良いやつで、色んな物事を同時に進めていくのが得意だった。就職活動をせずに起業した時、それを止める人は誰もいなかったと思う。お前ならやっていけると、誰もがそう思ったしそれはその通りだった。
「いい感じじゃない。あのアニメ見た?」
「一応ね」
伊崎が持ちかけてきたのはアンティーク家具のリース契約だった。
来月に都内で開催される出版社の合同イベント、その中で少し前に話題になったアニメの劇場版を発表するらしく、そのためのブースを設けるらしい。よくある異世界もので、例にも漏れず美少女がたくさんで来るのだが、中でも特に人気のあるのが青髪で片目を隠したメイドのキャラだ。そのメイドが働く洋館を再現し、コスプレイヤーも置いてPRするとか。そのブースの設営、運営を伊崎の会社が担当していた。広告代理店からの丸投げだけどね、と笑いながら言っていたのを思い出す。
「雰囲気あってるし、まぁ値段もコレだったら妥当っちゃ妥当だし」
「さんざん叩いといてよく言うよ」
「で、さ。あともう一つ借りたいのあるんだけど」
「追加? そういうのは早めに言ってくれよ。タイミング的に結構ギリだぞ。なかったらまた探しに行かなくちゃならんし」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとあるやつだから」
そう言って伊崎は、
「あの子貸して」
と言った。
意味が分からなかった。
「ーーなに?」
「さっきの、えーと、そう如月ちゃん。一緒に貸してよ」
笑ってはいるけど目は本気だった。僕が返事に困っていると、
「当日ブースに置くレイヤー探してるんだけどさ、いまいちピンとこないと言うか。そのくせ高くて予算押してるし、もう妥協しようかなって思ってたのよね。でも、今日良い子を見つけた」
「本気で言ってる?」
「別に演技とか司会進行とかそんなのを求めるんじゃないわよ? ただコスプレして、まぁ来客の写真撮影に応えたり、物品販売を手伝ってもらったりはやってもらうかもだけど、その程度よ? あの子だったら素で雰囲気合ってるから、あの感じで突っ立ってもらうだけでも様になるわ」
どう?
僕は返す言葉もなく、ただ、如月さんの底知れない心の中を思い浮かべるだけだった。
「え? なに、どういう事?」
伊崎は大きな瞳をニヤつかせる。如月さんが近寄りがたい鋭さがあるのとは対象的に、伊崎の目は無条件に愛想を振りまく猫の目だ。肩より短いショートヘア、少し膨らみをもたせたワイシャツにロングスカート、華美になりすぎない腕時計とブレスレット、出るとこが出たスタイル、耳に馴染む柔らかい声。かつての僕がそうだったみたいに、伊崎に心惹かれた男は数しれない。
「社員ができたから、紹介でもと思って」
僕は車内で考えていた言葉を吐き出す。
「社員?」
という伊崎の言葉と、
「はじめまして」
と頭を下げる如月さんの声が重なった。口を噤んだ伊崎に対し、
「この度入社しました如月と申します。今後、お世話になることがあるかと思いまして、ご挨拶に」
伊崎は如月さんの上から下まで無遠慮に見つめて「へぇーー」と声を上げた。
「これはこれはご丁寧に、こちらは伊崎美里と申します。あ、これ名刺。一応イベント運営の会社やってますんでお見知りおきを。あ、こいつとは大学の同級生」
如月さんは渡された名刺に目を下ろす。僕は気が気でなく、如月さんと伊崎の一挙手一投足に神経を尖らせる。伊崎と如月さんが意気投合する姿も、逆に犬猿の仲になる姿も容易に想像が出来て、きっとどちらに転んでも僕にとって居心地の良いものである空間にはならないだろうという確信があった。
「まぁまぁ立ち話もなんだから、どうぞこちらへ。ゆっくりと、お話でも」
『ゆっくりと』のあたりで僕に舐めるような視線を投げる。うるさい、余計なことを言うなよ。そう思う僕の傍ら、如月さんは「いえ」と独り言のように呟いた。
「すみません、私はまたこれから用事がありますので。お誘いをお断りして大変申し訳ないですが、また次の機会にお話できれば」
「あ、そうなの? いーよいーよ気にしなく、また今度お茶でもしましょ。できたら仕事の話以外で」
如月さんはまた深々と頭を下げて「失礼します」と言う。そして僕にも小さく会釈して「それではまた後でお願いします」と囁いた。「終わったらまた連絡して」と返すと、如月さんはまた頭を下げ、横断歩道を渡り、人の影の中に消えていった。僕と伊崎は、その姿が見えなくなるまで如月さんを目で追っていた。
「ーー彼女?」
「違う、社員だっていっただろ」
「ただの社員を連れてくるかね? ん?」
ごもっとも。
伊崎はどかっと椅子に腰掛け、カフェオレをがぶのみした。タイミングを見計らっていたのだろうか、今更のようにメニューを持ってきた店員に「オリジナル、Mサイズのホットで」と告げる。僕は伊崎の反対側に腰掛け、ほっと一息つく。
「しっかしどこで見つけてきたのあんな美人」
「募集したら来ただけだって」
「うっそだぁ。芸能事務所に掛け合ったんでしょ。ほら、モデルルームの事務員だか、コンパニオンだか、そんなのが欲しいって言ってたじゃん」
否定したいところだけど、現状全く言うとおりの役割に収まっているだけに違うと言い難い。
「如月さんってどんな人よ。ねぇ、ねぇ」
「どんな人って」
普段の言動を全て覆うように昨日の痴態が浮かんで、僕は思わず首を横に振る。次に浮かんだのは面接のときの第一印象で、
「ツボみたいな人」
「ツボ?」
「無機質と言うか、作り物みたいと言うか。でも不思議と人を寄せつける魅力があると言うか」
「あー、分かる分かる。でも、中身はどうなのよ」
「中身?」
「何が入ってるの? 水? 油? それとも火薬?」
何が入ってる?
そんな事考えたこともなかった。言われて考えてみても底知れず、清濁合わせこんだ闇色の液体が頭に浮かぶだけだ。水面に映るのは自分自身で、だけど絶えず波が立つその顔は常に歪んでいる。
「まぁいいや、それはまた今度で」
そう言って伊崎は片手を突き出す。僕はイメージを振り払えないまま、カバンからタブレットを取り出し、安楽椅子の画像を表示して伊崎に突き出す。「さんきゅ」と伊崎は言いながら、タブレットを受けとって次々に画像をスライドさせていく。店員が持ってきたコーヒーに口をつけながらゆっくり仕事モードに頭を切り替えていく。伊崎の目はすっかり社会人のそれで、相変わらずの切り替えの速さに感心する。昔から頭の良いやつで、色んな物事を同時に進めていくのが得意だった。就職活動をせずに起業した時、それを止める人は誰もいなかったと思う。お前ならやっていけると、誰もがそう思ったしそれはその通りだった。
「いい感じじゃない。あのアニメ見た?」
「一応ね」
伊崎が持ちかけてきたのはアンティーク家具のリース契約だった。
来月に都内で開催される出版社の合同イベント、その中で少し前に話題になったアニメの劇場版を発表するらしく、そのためのブースを設けるらしい。よくある異世界もので、例にも漏れず美少女がたくさんで来るのだが、中でも特に人気のあるのが青髪で片目を隠したメイドのキャラだ。そのメイドが働く洋館を再現し、コスプレイヤーも置いてPRするとか。そのブースの設営、運営を伊崎の会社が担当していた。広告代理店からの丸投げだけどね、と笑いながら言っていたのを思い出す。
「雰囲気あってるし、まぁ値段もコレだったら妥当っちゃ妥当だし」
「さんざん叩いといてよく言うよ」
「で、さ。あともう一つ借りたいのあるんだけど」
「追加? そういうのは早めに言ってくれよ。タイミング的に結構ギリだぞ。なかったらまた探しに行かなくちゃならんし」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとあるやつだから」
そう言って伊崎は、
「あの子貸して」
と言った。
意味が分からなかった。
「ーーなに?」
「さっきの、えーと、そう如月ちゃん。一緒に貸してよ」
笑ってはいるけど目は本気だった。僕が返事に困っていると、
「当日ブースに置くレイヤー探してるんだけどさ、いまいちピンとこないと言うか。そのくせ高くて予算押してるし、もう妥協しようかなって思ってたのよね。でも、今日良い子を見つけた」
「本気で言ってる?」
「別に演技とか司会進行とかそんなのを求めるんじゃないわよ? ただコスプレして、まぁ来客の写真撮影に応えたり、物品販売を手伝ってもらったりはやってもらうかもだけど、その程度よ? あの子だったら素で雰囲気合ってるから、あの感じで突っ立ってもらうだけでも様になるわ」
どう?
僕は返す言葉もなく、ただ、如月さんの底知れない心の中を思い浮かべるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい
沢尻夏芽
恋愛
自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。
それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。
『様子がおかしい』
※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。
現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。
他サイトでも掲載中。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺をフッた女子に拉致されて、逃げ場のない同棲生活が始まりました
ちくわ食べます
恋愛
大学のサークル飲み会。
意を決して想いを告げた相手は、学内でも有名な人気女子・一ノ瀬さくら。
しかし返ってきたのは――
「今はちょっと……」という、曖昧な言葉だった。
完全にフラれたと思い込んで落ち込む俺。
その3日後――なぜか自分のアパートに入れなくなっていた。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる