Bites 〜有名人が同じマンションに〜

shuga

文字の大きさ
2 / 9
One Bite

2

しおりを挟む



「また、あの日の夢... 」



カーテンの間から漏れた光が顔に当たり、ただでさえ起きたばかりで重たい目蓋が余計に開かなくなる。

もう一度寝たい気持ちを抑え、目覚めるためのコーヒーを煎れる。砂糖とミルクで甘くしても一口飲めば、コーヒーの苦味で目が覚めたような気持ちになった。







また、同じ夢を見た。
あの日の出来事は私の人生を変えてくれた。


けれど、あの夢を見ることにもいつの間にか慣れてしまった。





最初にこの夢を見たのは、看護師になった年の5月のこと。仕事に慣れ始めた頃に見てから、定期的に同じ夢をみるようになった。



あの夢の通り、進路希望を提出してから看護師になるために努力をした。



努力したと言っても、もともと勉強が出来ないわけでも成績が低い訳でもなかった。

さらに、元から勉強の出来た水瀬君と一緒に勉強をしていたから、私の成績は受験が始まる頃には地元の短大を安心して受けられる程に上がっていた。


そのまま特に問題もなく、地元から近い短大に入学し私は看護師になってしまった。







 ー 続いては、4月から始まるドラマ『冷たい満月』で主演を務める 橋本 きょうさんと森 春香さん お2人からのメッセージです!ご覧ください! ー


ただ、つけているだけになっている朝のニュース番組を流し見しながら流れ作業のようにいつものメイクをして、いつもの時間に自宅を出た。



自宅マンションから勤務地の病院までは、電車で3駅程の距離は1ヶ月も経てば慣れてだいぶ近く思える。

看護師になってから、気付けば5年が経った。
去年の春、前職の看護師長の紹介で都内の大きな病院に移ってきたばかり。




病院に着くと、同僚達に挨拶をしながら更衣室に向かう。手慣れた手つきで長い髪をまとめナース服に袖を通すと、なんだか仕事モードに切り替わる気がする。

朝の申し送りが始まる前にカルテに目を通すのが、日課となっているので他の同僚より早く更衣室を出た。




「あ、おはよう!高木さん!」


ナースステーションの扉の前で、声をかけてきたのは菜月先生だった。

この人は、私が勤める病院の医師。



四十万しじま”という名字が読み辛いことから、医師や看護師だけでなく患者さんからも菜月先生と呼ばれ親しまれているこの病院の人気者。

清潔に整えられた黒髪とは反対に、人懐っこい優しい笑顔の口元には薄らと髭が生えかけていた。



「おはようございます、菜月先生!その顔は当直明けですね?」


頷きながらも見せる菜月先生の笑顔は、少し眠そう。

普段から疲れを露骨に見せることのない菜月先生が、そこまで眠そうにしているだけでも昨夜の忙しさが伺えた。




「菜月先生、かなりお疲れみたいですね。今日は、ゆっくり休んでくださいね。」

「うん、今ここにベッドがあったら直ぐに眠れそう...」


そう言う菜月先生は、既に夢に落ちかけていた。



「菜月先生、こんなところで寝ないでくださいよ!」

菜月先生の肩を揺すって起こすそぶりを見せると、パッと目を開いてニコッと笑った。


「高木さんに、起こされたら起きるしかないですね!」

「もう、菜月先生朝からふざけないでください!」


「真由!菜月先生も、おはようございます!」


ふざけ合っていると、今度は同期の里香りかに声をかけられる。




「おはようございます、新村にいむらさん。僕はついで、ですか?」


里香の言葉に、頬を膨らまし拗ねたようにする姿はきっと他の先生なら許されない気がする。
里香はちゃんと言葉の誤りについて訂正して、菜月先生をなだめる。



他の病院に比べたらスタッフ間の仲が良いことは、この風景を見たら分かると思う。



里香は菜月先生をなだめすぐに、ナースステーションへ入っていった。

「それから、あまりイチャイチャしないでくださいね!」



里香がその一言を残したせいで先程までとは違う、何とも言えない空気感になってしまった。







「そう言えば、高木さん知ってる?Strelitziaストレリチアってレストラン!」

気まずい空気を割ったのは、菜月先生だった。



「あぁ、あの新しくできたイタリアンのお店ですよね!里香がこの前行ったみたいですよ!」



菜月先生が話してるのは、病院の最寄駅の反対側に出来たレストラン。ちょうど、一昨日くらいに里香が話してるのを聞いたところだった。



「そうなんだ!さっき聞けばよかったなぁ...ちょっと気になってるんだよね...!」

「里香は美味しいって言ってましたよ!」


「あのさ、今度仕事終わりに付き合ってくれない?」

「え?」



菜月先生から誘われたのは意外だった。

今まで里香や、他の先生達を含めて食事に行くことはあった。けれど、それはいつだって皆で話していた所謂その場のノリってやつだった。

けど、2人きりで話している時に食事に誘われたのは初めてだった。






「真由!そろそろ始まる!」

突然の誘いにどう返事をしようか悩んでいた時、里香がナースステーションから呼び掛けた。

気が付けば、申し送りが始まる時間だ。



「菜月先生ごめんなさい、もう行かないと!」




正直助かったと思いつつ、後で連絡しますね。とだけ付け加えてナースステーションに駆け込んだ。

後ろから菜月先生が待ってる。と言う言葉が聞こえてくる。





ナースステーションに入るとすぐに申し送りが始まり、仕事が始まる。

もちろん仕事には集中しつつも、ふとした瞬間に菜月先生の誘いが頭に過るほどに私は悩んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...