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One Bite
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しおりを挟むいつも通りの時間、いつもと同じアラームの音に起こされる。
今日は、あの夢を見なかった。
それもそうだ。毎日同じ夢を見ているわけじゃない。
慣れた手つきで、顔にはいつものメイクを施していく。
気合いが入ってると思われたくないからお気に入りのセットコーデではなく、シックなワンピースに身を包んだ。
今日は、菜月先生と食事に行く日。
家を出る前に、もう少し可愛くしても良かったかなと鏡を見て思った。けれど、そのままの格好で出勤した。
きっと、里香に“気があるわけではないんだから”と言われたせいだ。その言葉に、逆に意識してしまったのかもしれない。
「真由、おはよう!」
職場の最寄駅に着くと、ちょうど同じ電車に乗っていたようで里香に声をかけられた。
里香はいつも通りではあるが、目の下に隈が出来ていて寝不足なのが一目瞭然だ。
「おはよう、里香。昨日ちゃんと寝たの?」
「やっぱりバレたか... 昨日前にやってたドラマを観ちゃって!」
「あぁ、前に言ってた俳優さんの?」
「そう!もう、どの役も響くんがカッコよくてさ!」
里香は、いわゆるミーハーというやつだ。今までも、私に色んな俳優について熱弁してくれた。確かに里香が教えてくれる俳優は、次から次へとドラマや映画に抜擢されている。
短時間でストーリーが終わる映画は好きな方だ。だけど仕事柄決まった時間に、観ることの出来ないドラマにハマることはできなかった。
仕事を始めた頃は、撮り溜めもしていたけれど気付けば観る作業よりも消す作業の頻度が高くなってしまっていた。だから、ハマるというより観ることを諦めてしまった。
「響くんがね、花ちゃんに壁ドンするシーンがあるんだけど...それが、もう近すぎて!」
特に今里香がハマっているのが、橋本 響という俳優らしい。
そして、今も昨日観たドラマの感想を独り言のように話している。里香がこうなると、中々話が終わらない。
この前なんて、休憩が終わるまでずっとこの調子で話していた。いつも里香から聞かされる話だけでお腹いっぱいになるから、作品自体はほとんどが見たことなかった。
今日の里香の話は、この前の休憩時間を超えることはなかったが中々の記録を残した気がする。
話が終わる頃には更衣室に到着どころか、着替えもほとんど終わっていた。
「里香、コンシーラーちゃんと塗りなよ?」
そんなに話すほどに昨日はドラマを観たのかと半ば呆れつつ、きっと忘れているであろう目の下の隈を指差して指摘する。
「あ、忘れてた!ありがとう」
「先に行ってるからね」
このまま里香とナースステーションに向かえば、またカルテに先に目を通すことが出来ない気がして置いて行くことにした。
そのおかげで、今日は誰にも時間を割かれることなく仕事を始める前の準備をすることができた。
「では、お先に失礼します。」
いつも通りに仕事をこなし、あっという間に夕方になっていた。
楽しみにしていた訳ではないが終わるまでの2時間ほどは時間を何度も確認していたおかげで、定時になる頃には自分の仕事は終えていた。
特に残業もなく退勤時間を迎えた私は、更衣室に戻りスマホのメッセージアプリを開く。お互いが仕事が終わったらメッセージを送り合うことになっていたからだ。
菜月先生からの連絡はなかったので、私からメッセージを送信した。
しかし、直ぐには返事が来なかったので仕事終わりで少しだけ崩れたメイクを直したり、髪型など身嗜みを少しだけ整え待つことにした。
きっと急患の対応をしているのだろう。
看護師より、医者の方がやはり急な仕事は多い。
「あれ?真由、まだ居たの?」
「里香、残業お疲れ様!」
菜月先生から連絡が来たのは、私が退勤をしてから1時間後のことだった。残業していたはずの里香が着替え終わるほどに時間が経っていた。
時間が有り余ったせいか、多少いつもよりメイクが濃くなった気もする。
それでも、男性がそこまで気付くことはないと思った私はそのまま待ち合わせ場所へ向かった。
「今日は、こっちの駅から行くね!」
「え?一緒じゃないの?」
着替え終わった里香と病院を出て、朝来た駅とは反対に向かおうとした。
「あ、そうなの!今日は、菜月先生とご飯行く日だから。」
噂好きの患者のおば様方の目に留まり次の日には根も葉もない噂話で持ちきりになる。そう思った私達は、待ち合わせ場所を病院にはしなかった。女というのは、そういう話が大好きなのだから仕方ない。
とくに菜月先生は人気があるのだから、余計に目を光らせた人が多いことを知っていた。だからあえて、病院から少し歩いた場所にある駅を待ち合わせ場所にした。
「そういうことか!じゃ、報告待ってるからね!」
「だから、そんなんじゃないって!」
お疲れ様と言う里香の笑顔に何だかからかわれた気分になって、少しムキに返事をしてしまった。
それが面白かったのか、里香は更に笑みを浮かべながら去って行った。
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