せめて 抱きしめて

璃鵺〜RIYA〜

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せめて 抱きしめて〜転〜

せめて 抱きしめて〜転〜 15

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柔道場の出入り口から、剛さんが道着姿のまま走り出して来た。
扉の下に置かれていたサンダルをつっかけて、走りにくそうに、それでもボクのところまで来てくれた。

「千都星、良かった・・・いっぱい連絡したけど、全然返事くれないから・・・」
「あ・・・ごめんなさい・・・」

スマートフォンも何も持ってないから、剛さんに返信ができるわけがない。

ボクを心配してくれる剛さんが、大好き。
もうボクを心配したりしてくれる人なんて、剛さんしかない。
泣きそうになって、俯いてしまったボクに、剛さんは、

「何かあったのか?」
と、ものすごく心配そうな声で言うと、ボクの顔を覗き込むように体を屈(かが)めた。
ボクは、涙が溢れないように頭を乱暴に横に振った。
そして、笑顔を浮かべる。

「何も・・・何もないです。大丈夫です。返事しなくてごめんなさい」
「千都星・・・?」

勘のいい剛さんは、ボクの笑顔と声と言葉に嘘があることを見抜いていた。

「本当に、何が・・・」
「あと!明日、明日の大会、用事入っちゃって、行けなくなりました」

剛さんに被(かぶ)せるように、ボクは慌てて言った。

ボクなんかが、この人の傍にいちゃダメだ。
こんな、くそみたいな人間。
剛さんには全然似合わない。

「え・・?千都星、急にどうしたんだ?」
「本当に、どうしても断れない用事で・・・ごめんなさい!」

ボクは剛さんに頭を下げると、顔を見ないまま逃げるように走り出した。
剛さんは、練習中だしサンダルは走りにくいしで、ボクを追いかけようとして諦めたみたいだった。

「千都星!」

大きな声で呼ばれる。

ああ・・・剛さんに名前を呼ばれるのは、好きだなぁ・・・。
他の誰かじゃ嫌。
剛さんだから、嬉しい。

ボクはひたすら走った。
大学を出て、最寄りの駅が見えてくる。
剛さんが追いかけてくる気配はない。
良かったと思いつつ、淋しかった。

こういう時は、追いかけてきて欲しいって思うんだと、初めて知った。

追いかけてきて。
抱きしめて欲しかった。
自分で逃げ出したくせに、そんなことを思う。
淋しくなる。

最低。
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