トラック通ります。

みけねこ

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トラック通ります。

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 ここ近年それは増加傾向だった。
 突然現れたそれら……いや、世間一般的に知られていなかっただけで上のお偉いさんたちは昔からその存在を認知していたのかもしれない。それらからの要望、そしてその見返り、交わされた契約。そうして現在が成り立っている。

 プァーッと高い音と共に辺りに響き渡る衝撃音。人々の叫び。
 俺が運転していたトラックは横断歩道を渡ろうとしていた人と衝突した。突然の出来事に通行人は騒然としており、俺も唖然と……しているわけじゃなかった。
 突然ピカッと光ったライトに目をやられた人々は、何度か目をシパシパとさせたあと何事もなく歩いていく。そしてトラックと衝突した人はというと、近くで控えていた救急車に乗せられて病院に運ばれていった。
 俺の仕事は一先ずこれで一段落ついた。
「あ、お疲れ様っす先輩」
「おー、お前も休憩か」
「はい。さっき戻ってきましたー。いやー今の世の中喫煙者には世知辛いっすねぇ」
「禁煙が広がってっからしょうがねぇだろ」
 一応『喫煙OK』という張り紙が書かれている屋上ですっぱすぱと煙を吸ったり吐いたりする。一昔はここで休憩する人間も多かったが、今は昔に比べて人が減った。特に若いのがここに上がってくるのはめずらしくなりつつある。偉いね、健康志向で。
 そしてその『若いの』の部類に入るやってきた男は、俺と同じようにすっぱすぱとタバコを吸い始めた。
「いやでも先輩すごいっすよね。うちの会社で一番腕いいですもん」
「そりゃお前数が違ぇのよ数が。お前も経験積めば上手くなる」
「わかってはいるんすけどねぇ。でも俺やっぱ今でもドキドキするんすよ――人にトラックぶち当てんの」
 物騒な会話に聞こえるだろうが、実はこれも立派な一つの仕事だった。

 昔なら衝突事故として処理されていた。だが今ではその理由が『あちらさん』の存在によって解明され、利害一致というわけでうちのような会社が設立され、俺たちのようなトラック運転手がその役割を担っている。
 どうやら、どうやらだ。『あちらさん』というものがこの世界とはまた違った世界――異世界とやらからやってきたようで。その異世界が危機に面し、その世界の住人ではどうにもならなくなったため、別の世界から人を呼んで解決してもらおう。という発想に至ったそうで。
 向こうの文明がどういうものかはそれぞれらしい。ファンタジーのような世界もあれば中世ヨーロッパに似た世界もあるとかどうとか。アニメやゲームとかに出てくる魔法とかでどうにかできそうなものだがな、とは思ったがそう上手くいかないからこっちにヘルプと頼んできたようだ。
 もちろんこの世界も無償というわけではない。向こうばかり利益があるとかなんだよコラ不公平だろうが、ということでこっちの世界の人間を向こうに送った分こっちもその見返りを貰ってそうして成り立った。
 んでだ、こっちの人間を異世界に送る方法だが。その魔法とかで簡単に送ってやれよ、と思ったがそれが無理らしい。だって俺たちの住む世界、魔法ないし。あるの科学だし。
 魔法では送れない、だからと言って科学の力でワープ、だなんて技術はない。ならどうしよう――物理的に送るしかない、となり。
 そこで俺たちトラックの運転手などに白羽の矢が立ったというわけだ。

 ここで俺たちが乗っているトラックの説明をしよう。なんとこちら、一見普通のトラックだが『見返り』として異世界の魔法が施されている。どういう原理かは知らん。ってか魔法使えないんじゃねぇのかと思ったがこのトラックは支給品のため運転手は詳しくは知らん。運転できればよかろうなのだ。
 まずは、このトラックが人に当たります。衝撃こそあれど痛みはなく、怪我もしない優れモノ。もちろん告知されて当たるわけじゃないから突然の衝突事故で辺りは騒然とする。
 そこでライトだ。このライトから放たれた光は某アニメキャラの目の如く眩ませるだけではなく、衝突した現場の記憶を綺麗さっぱり消え去るという便利アイテムだ。なんか似たようなもんが洋画にあったな。
 よって、トラックの衝突事故という事実は消される。そしてトラックに当てられた人間は中身だけ異世界に飛ばされ、残った身体は提携している救急車がせっせと病院に運ぶというシステムになっている。
 まぁ向こうの世界に飛ばす役割を担っているのは俺たちだけじゃない。中には階段から上手い具合に突き落とすプロがいたり、シャコシャコ自由に出入りするナイフのおもちゃで上手い具合に刺したフリをするプロがいたり多種多様だ。それぞれ与えられている仕事道具も違う。
 もちろん傍には必ず事前に報告を聞いている救急車が控えている。
「でも最近指定が細かくなりましたね」
「そりゃまぁなぁ」
 少し前までは本当に手当たり次第だった。向こうも切羽詰まっていたんだろう。誰でもいいから送ってくれといった感じで。今はそれがない。
「最近はやっぱ専門職を望まれているな。医療従事者とか職人とか色々」
「いやそれってこっちも必要な人材じゃないっすか。昔はそうじゃなかったんでしょ?」
「昔はなぁ、性格に難ありの奴も送られたりしてかえって滅茶苦茶になったところもあったそうだ。そこにもう一人送るとなると向こうもこっちも二度手間だ」
「まぁ……もし送られた奴がサイコパスとかだと大変っすもんね……」
 ふぅ、と吸った煙を吐き出す。まぁそういうときは大変だったそうだ。「変なものを送ってくるな話が違う!」「ならしっかりと指定せんかいワレェ!」と言った感じで。まぁ苦節を経て現在ようやく落ち着いたといったところだ。
「はぁ……異世界っすか。オレ別にアニメもゲームもよく知らねぇから興味あんまないんすけど……いつ帰ってくるとかわからねぇんじゃないっすか?」
「どの異世界も流れる時間が違うらしくてな。ま、こっちだと早くて一週間、長くて一年だそうだ。戻ってきて社会復帰できるように保証もあるようだしな」
「帰りたくないって人もいるんじゃないんすか?」
「まぁ……基本的には帰すようにはしてるみたいだけどな。帰りたくねぇって人間はそのまま残ってもらって、向こうでお陀仏になったときに中身だけ戻ってくるとかどうとか聞いたな」
「結構ご都合主義っすね」
「だな」
 すぱすぱ吸っている間に同僚が一人屋上に上がってきた。軽く片手を上げて「よっ」と挨拶してそいつも懐からタバコを取り出す。
「まぁ何はともあれ俺たちは綺麗にトラックを当てて送り出すだけだな」
「いやぁ慣れねぇっす。当たりどころ悪かったらどうしようって」
「どこ当てても大丈夫らしいけどな。ま、やっぱ綺麗に当ててやりてぇもんだよ」
 それこそ相手が『当たった』という事実にショックを受けないように。突然事故って「あーこれで終わるんだ」って思っていきなり異世界とか嫌だろ。俺だったら嫌だね。当たった瞬間意識を飛ばせるぐらい綺麗に当ててもらいたいところだ。
「さて、そろそろ仕事に戻るか」
「先輩件数多いっすから大変っすね~。頑張ってくださ~い」
「お前も頑張れよ」
「っす!」
 設置されている灰皿にタバコを押し付けて火を消し、しっかりと灰殻も灰皿へ入れて喫煙場所をあとにする。ちゃんと捨てねぇと掃除のおばちゃんからお叱りを受けるんだよな。
 さて、あとの件数も頑張るかと駐車場に戻った俺はトラックに乗り込み、エンジンをかけた。

「はー、世の中何が起こるかわかったもんじゃねぇな」
 仕事が終わり、どっかで飯食うかと青に変わった横断歩道を渡ろうとしたときだった。一台のトラックが突っ込んできて俺の身体を跳ね飛ばした。
 跳ね飛ばされたときに運転手の顔が見えた。同じ会社の同僚、俺たちのあとにタバコを吸いに来た奴だった。お前、その日の仕事俺にぶち当たることだったのかよとつい小言をもらす。
 そんでよくわからねぇ世界に飛ばされた俺は、なぜかトラックを走らせていた。いや俺だってわけわかんねぇよ。明らかにファンタジー感あふれる世界でなんでトラックが存在してんだ。魔法とやらで移動しろ。
 詳しく事情を聞くと――というか飛ばされた直後に聞かされた――前回飛ばされた人間が機械オタクだったらしく、作るだけ作ってなんとモンスターにやられたそうじゃないか。
 残されたほうが初めて見る機械に何が何やら。使い方もわからず。一応一緒にいた行動していた奴がそこそこ使えるようだが、このトラックだけがどうにも動かすことができず置き去り状態。
 んで、使える奴を寄越してもらおうというわけで俺にトラックがぶち当たったというわけだ。
 ちなみにその機械オタクはモンスターにやられたとのことだが、恐らく無事に元の世界に戻っている。当人にとってよかったのかどうかは当人と神のみぞ知る。
 そして俺は異世界でトラックを走らせている。無意味に走らせているわけじゃない。モンスターにバンバン当てて無事成仏させている。どっかのゲームかよと思わんわけでもない。
 でもモンスターの数を極限まで減らせばお役御免らしいので。それまでポケットに入れてたタバコでも吹かせながら走らせるとしよう。

 あ、そこ。トラック通ります。
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