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2.これはチャンスです
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あちらは公爵、そしてこちらは侯爵。当時その目覚ましい活躍をしていた父上の腕を認めていたあちらからの打診があり、互いの利益のために婚約しようという話だった。でもあちらからしたらそれが姉か『妹』かはどっちでもいい話で、ただ、息子が『妹』のほうを望んだため『妹』との婚約が成立してしまったというわけだ。
いやもう、父上も流石にそういう風に話を進めてしまった姉上に怒って口論になっていたのだけれど、結果だけ先に言おう。父上は姉上に負けた。
「私が当主となってより一層クレヴァー家を繁栄させますから」
自信満々にそう言い切った姉上は肝が座っている。いや座りすぎている。でも当時から姉上はすでに頭角を現していて父上も強く言い返すことができなかった。
そのしわ寄せが私に来たんですけれど。
「婚約破棄、か」
自室に戻って苦しいドレスを脱ぎ捨て、綺麗に留めていた髪を解く。幼い頃だけで済んでいたはずの女の子の格好が未だに続いているとか悲しすぎる。本来なら私も剣を握り素振りぐらいしていたはずだ。
いや実は少しやったことがある。けれどすぐに筋肉がついてしまって手も一層にゴツゴツし始めたから断念するしかなかった。長年必死に隠し続けていたというのに一度の素振りのせいでそれが台無しになってしまう。
もうジレンマだ。私はパンツを履いて剣の腕を磨きたい、でも『婚約者』であるが故にバレないように美も磨かなければならない。
「ああ、でも……姉上的にはアドバイスをくれたのかな?」
ぼすんと仰向けになってベッドに身を投げる。姉上の言葉を思い返しながら、意外にいけるのでは? と思う自分がいた。
幼い頃はまだ仲良くしていたのだけれど、成長するに従ってビクビクしながら過ごすようになっていた。声変わりしていることに気付いて、喋るとバレるんじゃないかと自然と相手との会話も減った。隣に立つと徐々に縮まりつつある身長に気付いて一歩後ろを歩くようになった。
そういうものの積み重ねで、実は相手との関係性に溝が生まれていた。今はもう昔のように仲良くはない。寧ろ、どこか気まずささえもある。
「……いけるかもしれない!」
いやもうこのままいけば本当に婚約破棄できそう、と勢いよく身体を起こした。家の心配はあったけれどそこは強かな姉が上手く動くだろう。私は……まぁ、路頭に迷う可能性が大いにはあるけれど。でも姉上も、父上も母上も使用人たちも無事ならばそれでいい。
「よし……!」
ならば早速動くのみ、と握り拳を作った。けれど。何をどう動けばいいんだと私は再び固まった。
正直、昔のような仲の良さはなくなったとはいえ彼は一応社交場では私のことをエスコートしてくれている。パーティーに行くときは最初は必ず隣にいるし、ダンスも一応踊ってくれている。会話はほぼないけれど。
だから周囲も私たちが上手くいっているのかどうか判断しづらいらしい。ヒソヒソと聞こえてくる声は「上手くいってるのどうなのよ?」という声が多い。それについては私も知りたい。一体どっちなんだと。
今日もパーティーがあって、馬車を降りれば『婚約者』の彼が傍に立ってこちらに手を差し伸べてくる。その顔はまぁ真顔。まったく嬉しそうな表情をしていない。でもここで断るわけにもいかず、私もその手に自分の手を重ねてパーティー会場へと足を進める。
「……はぁ」
ダンスを終えればもう壁の一部だ。諸々隠しているため誰かと楽しくお喋りというのもできない。ということで友達もいない。こうして邪魔にならないよう黙って立つしかない。
こんな婚約者、彼もつまらないはずだ。最初は向こうが私を指名してきたけれどそれは当時幼かったから。成長すれば色んな出会いがあって、世界も広がる。周囲には素敵な女性もたくさんいて、こう言ってはなんだけれど彼は選びたい放題だ。
寧ろ私のために他の女性を選んでくれ。そして私をポイ捨て……ゴホン、自由にしてくれ。
飲み物を飲む気分にもなれなくて、外の空気でも吸ってくるかと少し会場を離れた時だった。何やら騒がしい音が聞こえると、その音がする方向へ足を進める。こういう時は大概女性の戦いが勃発しているが、時には洒落にならない時もあるから念の為にと向かってみた。するとだ。
「なんて見窄らしい格好をしているの?」
「嫌だわ恥ずかしい。よくこのパーティーに出席しようと思いましたわね」
「近付かないでくださる? 貧乏臭さが移ってしまいますわ」
予想していた通りだ。物陰で三対一とはなんと卑怯な。きらびやかな三人の令嬢に囲まれた令嬢は、確かに質素なドレスだった。きっと爵位も低いのだろう。
けれどそのドレスにはところどころ、色々と工面をして手直ししたのだろうと思うところが多々あった。それを彼女がやったのかどうかはわからない。けれど、遠目でもわかるように丁寧に縫われたドレスには、ドレスを着ている当人への愛情が見て取れた。
「何をしているの」
口元を扇で隠し、そしてなるべく裏声で言葉を発する。地声だとバレてしまうから。
「っ……! ア、アリス様」
「わ、わたくしたちは何も……」
「まだダンスは終わっておりません。戻ってはどうですか」
「そ、そうですわね。おほほ……」
現場を見られた彼女たちはいそいそとパーティー会場へ戻っていく。誰かに見られただけでそうやって足早に逃げていくぐらいなら、そもそも最初からこんなことしなければいいのに。令嬢たちの後ろ姿が見えなくなったのを確認し、囲まれていた子のほうへと視線を戻す。
ちなみに彼女たちが言っていた「アリス」とは、私のことである。本名の「アリステア」の最初三文字を取って、女性の姿の時はそう名乗っている。姉上が言うには「アリス」という妹が書類の上では我が家に存在しているらしい。一体どんな手を使ったのか、恐ろしくて聞いてはいない。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。でも私たちの所作や佇まいは家の評価にも繋がります。次からはドレスにもしっかり気を遣ったほうがいいですよ」
「あっ……」
彼女も自分のドレスがどう見られているのかわかったのか、恥ずかしげに顔を俯けた。
「けれど、その素敵なドレスも大事に取っておいたほうがいいと思います。愛情を捨てるなんて以ての外ですから」
「……!」
きっと素晴らしい家族なのだろう。年季の入ったドレスが古めかしく見えない工夫がしっかりとしてあるのは、彼女のことを想ってだ。
姉上、姉上も彼女の家族のことを見て少しでも見習ってください。と思わず愚痴が零れそうになるところを空気を呑み込んで留めた。とりあえず今回の件が彼女のトラウマにならなければいいけれど。
彼女が私に一礼してパーティー会場へと戻っていくのを見送り、そっと息を吐き出す。貴族ならば腹の探り合いなんてあって当然だけれど、ああいう場はいつ見てもいい気分にはなれない。なぜそうも人を妬んだり蔑んだりするものなのか。
すべてのやる気をなくした私だけれど、だからと言って黙って会場を去るわけにもいかない。とりあえず『婚約者』でも待っておくかと再び壁の一部に化すために会場へと戻った。
変化が起こったのはそれからわりとすぐのことだった。どうやって向こうから婚約解消を言い出してもらおうかと画策しているところ、目の前に飛び込んできた光景に思わず目を丸めてサッと口元を扇で隠す。
大体一度は私とダンスをしていたけれど、その後どうしているのかは知らないけれど。
でもあの『婚約者』殿が、私の目の前で堂々と別の女性とダンスをしている。しかもお相手の女性は、この間きらびやかな令嬢たちに絡まれていた令嬢だった。
「まぁ、あんな顔をなさるなんて」
「婚約者相手よりもいい顔をなさっているのではなくて?」
「本当に。楽しそうですわね」
クスクスと楽しげな令嬢たちの声が耳に届く。多分、私に聞こえるようにわざとだ。
でも正直そんなことどうでもいい。だって令嬢たちの言っていることは本当なのだから。いつも私と踊る時は無表情というか感情のない顔をしている『婚約者』が、別の女性と楽しげに踊っている。これは一体どういうことを意味するのか。
――姉上、もしかしたら私やったかもしれません‼
そう扇の下でにんまりとしている口を隠しながら、心の中ではそう声高に叫んで拳を天に突き上げていた。これはもしかしてもしかするかもしれない、そう期待せずにはいられない!
お相手の女性はこの間は少し型の古いドレスだったものの、今ではその可愛らしい容姿にしっかりとマッチしている上品なドレスだ。生地は一般的に売られているもののようだけれど装飾がお見事。まったく見窄らしくは見えない。この間彼女にそう口にした令嬢はさぞかし悔しがっていることだろう。
曲調が変わり、手を離した二人がそれぞれ軽く頭を下げる。自然と周囲には拍手が起こり、その中心で恥ずかしげにしている彼女とパチンと目が合った。
ありがとう、貴女は私の救世主だ。そう思っている私に反し、彼女はサッと顔を青くし足早にこちらにやってきた。
「ご、ご機嫌麗しゅう、アリス様。その……」
「お二人のダンス、お見事でした」
「っ……」
周囲がチラチラとこちらの様子を伺ってくる。私たちの行く末が気になって仕方がないのだろう。まるで見世物のようだと思いつつ、未だににやける顔が抑えきれなくてそのまま扇で口元を隠す。
「も、申し訳ございません! わ、わたしにそんなつもりはなくっ、ただっ……!」
「謝る必要がどこにあるのですか? 良いではありませんか、思う存分彼と踊ってください」
「ア、アリス様っ……」
なぜそんなにも悲痛そうな顔をしているのか。私はというともう別の意味で踊り出したい気分だ。
けれどそんな彼女の様子を見てハッと気付く。こ、これはチャンスなのでは? と。彼女がまるで怯える小動物のような反応をしているから、パッと見た感じ私が彼女をいじめているように見ているはず。ならば、それを逆手に取ればいい。
そう、周囲に私が彼女にいじめを行っているような性悪女のように見せて、そして『婚約者』を失望させればいいのでは? と……!
こんな婚約者嫌でしょう! か弱い女の子を威圧的に上からものを言う女だなんて! まるで姉上のっ……おっとゴホンゴホン、そんなことは思っていない。とても身近に手本になるような女性がいるだなんてそんなことは思ってはいない。
けれど婚約者の評価が落ちれば、その相手と添い遂げるなんて無理だという考えになるに違いない。それから婚約破棄……いける。この作戦できっといけるはず。
未だに顔色を悪くしている令嬢につい笑みを向けたくなったものの、これから少しつらい思いをさせてしまうためここは堪えることにして。すべてを終えたあと彼女にはしっかりとお礼をしなければ、と今後の計画を頭の中でフル回転させた。
いやもう、父上も流石にそういう風に話を進めてしまった姉上に怒って口論になっていたのだけれど、結果だけ先に言おう。父上は姉上に負けた。
「私が当主となってより一層クレヴァー家を繁栄させますから」
自信満々にそう言い切った姉上は肝が座っている。いや座りすぎている。でも当時から姉上はすでに頭角を現していて父上も強く言い返すことができなかった。
そのしわ寄せが私に来たんですけれど。
「婚約破棄、か」
自室に戻って苦しいドレスを脱ぎ捨て、綺麗に留めていた髪を解く。幼い頃だけで済んでいたはずの女の子の格好が未だに続いているとか悲しすぎる。本来なら私も剣を握り素振りぐらいしていたはずだ。
いや実は少しやったことがある。けれどすぐに筋肉がついてしまって手も一層にゴツゴツし始めたから断念するしかなかった。長年必死に隠し続けていたというのに一度の素振りのせいでそれが台無しになってしまう。
もうジレンマだ。私はパンツを履いて剣の腕を磨きたい、でも『婚約者』であるが故にバレないように美も磨かなければならない。
「ああ、でも……姉上的にはアドバイスをくれたのかな?」
ぼすんと仰向けになってベッドに身を投げる。姉上の言葉を思い返しながら、意外にいけるのでは? と思う自分がいた。
幼い頃はまだ仲良くしていたのだけれど、成長するに従ってビクビクしながら過ごすようになっていた。声変わりしていることに気付いて、喋るとバレるんじゃないかと自然と相手との会話も減った。隣に立つと徐々に縮まりつつある身長に気付いて一歩後ろを歩くようになった。
そういうものの積み重ねで、実は相手との関係性に溝が生まれていた。今はもう昔のように仲良くはない。寧ろ、どこか気まずささえもある。
「……いけるかもしれない!」
いやもうこのままいけば本当に婚約破棄できそう、と勢いよく身体を起こした。家の心配はあったけれどそこは強かな姉が上手く動くだろう。私は……まぁ、路頭に迷う可能性が大いにはあるけれど。でも姉上も、父上も母上も使用人たちも無事ならばそれでいい。
「よし……!」
ならば早速動くのみ、と握り拳を作った。けれど。何をどう動けばいいんだと私は再び固まった。
正直、昔のような仲の良さはなくなったとはいえ彼は一応社交場では私のことをエスコートしてくれている。パーティーに行くときは最初は必ず隣にいるし、ダンスも一応踊ってくれている。会話はほぼないけれど。
だから周囲も私たちが上手くいっているのかどうか判断しづらいらしい。ヒソヒソと聞こえてくる声は「上手くいってるのどうなのよ?」という声が多い。それについては私も知りたい。一体どっちなんだと。
今日もパーティーがあって、馬車を降りれば『婚約者』の彼が傍に立ってこちらに手を差し伸べてくる。その顔はまぁ真顔。まったく嬉しそうな表情をしていない。でもここで断るわけにもいかず、私もその手に自分の手を重ねてパーティー会場へと足を進める。
「……はぁ」
ダンスを終えればもう壁の一部だ。諸々隠しているため誰かと楽しくお喋りというのもできない。ということで友達もいない。こうして邪魔にならないよう黙って立つしかない。
こんな婚約者、彼もつまらないはずだ。最初は向こうが私を指名してきたけれどそれは当時幼かったから。成長すれば色んな出会いがあって、世界も広がる。周囲には素敵な女性もたくさんいて、こう言ってはなんだけれど彼は選びたい放題だ。
寧ろ私のために他の女性を選んでくれ。そして私をポイ捨て……ゴホン、自由にしてくれ。
飲み物を飲む気分にもなれなくて、外の空気でも吸ってくるかと少し会場を離れた時だった。何やら騒がしい音が聞こえると、その音がする方向へ足を進める。こういう時は大概女性の戦いが勃発しているが、時には洒落にならない時もあるから念の為にと向かってみた。するとだ。
「なんて見窄らしい格好をしているの?」
「嫌だわ恥ずかしい。よくこのパーティーに出席しようと思いましたわね」
「近付かないでくださる? 貧乏臭さが移ってしまいますわ」
予想していた通りだ。物陰で三対一とはなんと卑怯な。きらびやかな三人の令嬢に囲まれた令嬢は、確かに質素なドレスだった。きっと爵位も低いのだろう。
けれどそのドレスにはところどころ、色々と工面をして手直ししたのだろうと思うところが多々あった。それを彼女がやったのかどうかはわからない。けれど、遠目でもわかるように丁寧に縫われたドレスには、ドレスを着ている当人への愛情が見て取れた。
「何をしているの」
口元を扇で隠し、そしてなるべく裏声で言葉を発する。地声だとバレてしまうから。
「っ……! ア、アリス様」
「わ、わたくしたちは何も……」
「まだダンスは終わっておりません。戻ってはどうですか」
「そ、そうですわね。おほほ……」
現場を見られた彼女たちはいそいそとパーティー会場へ戻っていく。誰かに見られただけでそうやって足早に逃げていくぐらいなら、そもそも最初からこんなことしなければいいのに。令嬢たちの後ろ姿が見えなくなったのを確認し、囲まれていた子のほうへと視線を戻す。
ちなみに彼女たちが言っていた「アリス」とは、私のことである。本名の「アリステア」の最初三文字を取って、女性の姿の時はそう名乗っている。姉上が言うには「アリス」という妹が書類の上では我が家に存在しているらしい。一体どんな手を使ったのか、恐ろしくて聞いてはいない。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。でも私たちの所作や佇まいは家の評価にも繋がります。次からはドレスにもしっかり気を遣ったほうがいいですよ」
「あっ……」
彼女も自分のドレスがどう見られているのかわかったのか、恥ずかしげに顔を俯けた。
「けれど、その素敵なドレスも大事に取っておいたほうがいいと思います。愛情を捨てるなんて以ての外ですから」
「……!」
きっと素晴らしい家族なのだろう。年季の入ったドレスが古めかしく見えない工夫がしっかりとしてあるのは、彼女のことを想ってだ。
姉上、姉上も彼女の家族のことを見て少しでも見習ってください。と思わず愚痴が零れそうになるところを空気を呑み込んで留めた。とりあえず今回の件が彼女のトラウマにならなければいいけれど。
彼女が私に一礼してパーティー会場へと戻っていくのを見送り、そっと息を吐き出す。貴族ならば腹の探り合いなんてあって当然だけれど、ああいう場はいつ見てもいい気分にはなれない。なぜそうも人を妬んだり蔑んだりするものなのか。
すべてのやる気をなくした私だけれど、だからと言って黙って会場を去るわけにもいかない。とりあえず『婚約者』でも待っておくかと再び壁の一部に化すために会場へと戻った。
変化が起こったのはそれからわりとすぐのことだった。どうやって向こうから婚約解消を言い出してもらおうかと画策しているところ、目の前に飛び込んできた光景に思わず目を丸めてサッと口元を扇で隠す。
大体一度は私とダンスをしていたけれど、その後どうしているのかは知らないけれど。
でもあの『婚約者』殿が、私の目の前で堂々と別の女性とダンスをしている。しかもお相手の女性は、この間きらびやかな令嬢たちに絡まれていた令嬢だった。
「まぁ、あんな顔をなさるなんて」
「婚約者相手よりもいい顔をなさっているのではなくて?」
「本当に。楽しそうですわね」
クスクスと楽しげな令嬢たちの声が耳に届く。多分、私に聞こえるようにわざとだ。
でも正直そんなことどうでもいい。だって令嬢たちの言っていることは本当なのだから。いつも私と踊る時は無表情というか感情のない顔をしている『婚約者』が、別の女性と楽しげに踊っている。これは一体どういうことを意味するのか。
――姉上、もしかしたら私やったかもしれません‼
そう扇の下でにんまりとしている口を隠しながら、心の中ではそう声高に叫んで拳を天に突き上げていた。これはもしかしてもしかするかもしれない、そう期待せずにはいられない!
お相手の女性はこの間は少し型の古いドレスだったものの、今ではその可愛らしい容姿にしっかりとマッチしている上品なドレスだ。生地は一般的に売られているもののようだけれど装飾がお見事。まったく見窄らしくは見えない。この間彼女にそう口にした令嬢はさぞかし悔しがっていることだろう。
曲調が変わり、手を離した二人がそれぞれ軽く頭を下げる。自然と周囲には拍手が起こり、その中心で恥ずかしげにしている彼女とパチンと目が合った。
ありがとう、貴女は私の救世主だ。そう思っている私に反し、彼女はサッと顔を青くし足早にこちらにやってきた。
「ご、ご機嫌麗しゅう、アリス様。その……」
「お二人のダンス、お見事でした」
「っ……」
周囲がチラチラとこちらの様子を伺ってくる。私たちの行く末が気になって仕方がないのだろう。まるで見世物のようだと思いつつ、未だににやける顔が抑えきれなくてそのまま扇で口元を隠す。
「も、申し訳ございません! わ、わたしにそんなつもりはなくっ、ただっ……!」
「謝る必要がどこにあるのですか? 良いではありませんか、思う存分彼と踊ってください」
「ア、アリス様っ……」
なぜそんなにも悲痛そうな顔をしているのか。私はというともう別の意味で踊り出したい気分だ。
けれどそんな彼女の様子を見てハッと気付く。こ、これはチャンスなのでは? と。彼女がまるで怯える小動物のような反応をしているから、パッと見た感じ私が彼女をいじめているように見ているはず。ならば、それを逆手に取ればいい。
そう、周囲に私が彼女にいじめを行っているような性悪女のように見せて、そして『婚約者』を失望させればいいのでは? と……!
こんな婚約者嫌でしょう! か弱い女の子を威圧的に上からものを言う女だなんて! まるで姉上のっ……おっとゴホンゴホン、そんなことは思っていない。とても身近に手本になるような女性がいるだなんてそんなことは思ってはいない。
けれど婚約者の評価が落ちれば、その相手と添い遂げるなんて無理だという考えになるに違いない。それから婚約破棄……いける。この作戦できっといけるはず。
未だに顔色を悪くしている令嬢につい笑みを向けたくなったものの、これから少しつらい思いをさせてしまうためここは堪えることにして。すべてを終えたあと彼女にはしっかりとお礼をしなければ、と今後の計画を頭の中でフル回転させた。
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