令嬢は狩人を目指す

みけねこ

文字の大きさ
23 / 43
もうひとつの結末へと

23

しおりを挟む
 私は今とても噛み締めている……身体を動かせるって、なんて素晴らしいことなの。
 数日間ほぼベッドの上で過ごしていた私にとって外の空気はとても清々しかった。痛みがまったくないわけではないけれど腕は動かせるようになったし、そしたらこの数日で鈍っていた身体を動かそうと筋トレを始めた瞬間まずセバスチャンが短い悲鳴を上げた。大袈裟なのよそんなに神経質にならないでと注意していたところ、畑仕事からセバスチャンの悲鳴を聞きつけた先生が急な運動はやめろと今度は私が注意される。
 だなんてこともあったけれどそんなふたりを説得して、時間は設けられてしまったけれど畑仕事ができるようになったしそろそろいいだろうと弓矢を探した。
「……? ないわね」
 ただ問題が。その弓矢がない。
「困ったわ。そろそろ狩りに行きたかったのだけれど」
「エリーさん」
「あら先生、おかえりなさい」
 買い出しに行っていた先生が丁度返ってきたみたいで振り返りながら迎え入れる。私が無事動けるようになってから私に付きっきりだったセバスチャンには休んでほしいと頼んで今はこの家にはいない。折角スローライフを味わえるというのにわざわざ人の世話をする必要もないでしょう、と口にしたのだけれどそのときのセバスチャンは中々に渋った。
 どうするんですかまた不調になったらもしセイファーさんがいないときに倒れたりしたら想像しただけでも恐ろしいこのセバスチャンがいたほうが絶対にいいはずです。そう一気に言い切った彼に何かあったらすぐに呼ぶから、で説き伏せた。お願いだから令嬢でなくなった今そんな過保護にならないでと言いたいところだ。
「先生、私の弓知らない? 探しているけれどないのよ」
「エリーさん、これを」
「ん? 何かしら」
 にこにこ笑顔の先生から包みのような物を手渡され、首を傾げながらぺらりと布を取る。するとだ、そこには私が探していたものがあったのだけれど、予想だにしていないことも起きていた。
「先生、これって……!」
「エリーさんがそろそろ狩りに行きたいと言い出すと思いまして。ケビンさんに手入れをお願いしておきました」
 と先生は言うけれどこれは手入れの範囲を超えてバージョンアップされている。前まで使っていたものは私が見様見真似で作ったもので、そこから使いやすくちょこっとずつ改造していたものだったけれど。弓柄のところはしっかりと手に馴染み弦はより頑丈に、軽く引いてみればしなりもいい。
 勢いよく顔を上げれば穏やかに微笑む先生。むず痒さも感じたけれど少し困ってしまう。
「私のこと甘やかし過ぎじゃないかしら」
「いいえ普通です」
「これって普通なの……?」
「ええ普通です。エリーさんにはこれからこの普通に慣れていかないといけませんね」
 狩りに行くんでしょう? すぐに準備してきますと先生はパタンと自室に戻り、しばらくぽかんとしていた私もハッと我に返って支度するために自室に戻る。クローブも弓も新品同様で最初に狩りに行ったことを思い出す。久しぶりすぎて真下に突き刺さらないようにしなきゃ、と苦笑しながら準備を整え部屋から出るとドアの前にはローブを羽織って待っている先生がいた。
「では行きましょう」
「ええ」
 身体を動かしたいこともあるけれど、正直に言うと……お肉が食べたい。結界も強化され森に魔物が侵入してくることが少なくなり、私もこの腕だったから狩りにも行けず結果肉の保存食がないのだ。
 ということで、リハビリ兼ねての食料調達。私たちは久しぶりに森の中に足を踏み入れた。
 中は相変わらず鬱蒼としており木々のざわめきや動物の鳴き声などが聞こえる。そういえば白狼のブランは元気なのかしら、と辺りを見渡してみるけれど姿は見えない。先生が言うには先日来たときは顔を出したけれど、魔物があまりいないせいか肉がないと判断されそのままそっぽを向かれたとのこと。本当に現金な狼だ。
「エリーさん、私も何度か来ていますが結界強化の甲斐あって魔物はあまりいませんが……」
「私にいい考えがあるの」
「もしかして、森を突き抜けます?」
「そう!」
 この森は敷地内のため結界が張られている。ということは、森を突き抜けてしまえばいつも騎士たちが魔物を討伐している外へと出る。外に出れば少しはいるだろうと踏んで前にドミニクが倒れていた場所に向かい、そしてそこからまた更に奥へと足を進めた。
 しばらく歩けば視界が開け、森から出る。森の裏ってこうなっていたのねぇだなんてしみじみと思いながら辺りを見渡してみる。定期的に騎士たちが討伐しているからもしかしたらいないかも、と少し肩を落としそうになったときガサッという音を拾った。森のように木の影に身を潜めることはできないけれど、いつでも弓を放てる準備だけはしておく。
「……! 先生、お肉よ!」
「ボアですね」
「……私さっきなんて言った?」
「思いきりお肉と叫びましたね」
「……ゴホンゴホン」
 欲を忠実に表してしまってなんて恥ずかしいこと。誤魔化すように咳払いをしてこっちに気付いたボアに弓を構える。
「……ぶれるわ」
 やっぱりこういうのは定期的にちゃんとしておかないと、腕が鈍ってしまう。試しに一度足元に矢を放ってみたけれど目標よりも若干横にずれてしまった。先生も見守ってくれている中、もう一度構えしっかりと狙いを付ける。腕力が少し衰えてしまったせいなのか、または呪のせいかはわからない。
 鼻先を狙った矢はやっぱりずれて額にある『核』を射抜いた。『核』が弱点なわけではないからもう一度、と矢を取ろうとしたのだけれど……ボアは短く悲鳴をあげてそのままドシンと倒れ込んでしまった。え、と小さく零しつつ先生と顔を見合わせたあとしばらく様子を見ていたけれど、動く気配を見せない。
「どういうこと?」
 倒れたボアに近付き弓で軽く突いてみる。反撃する様子もないしそもそもぴくりとも動かない。
「……倒していますね」
「本当に? 私が射抜いたのは『核』よ? 弱点ではなかったはずなのに」
「……エリーさん、残念なお知らせが」
「え……」
「このお肉、食べられません」
「えぇっ?!」
 つまりボア全身に毒かはたまた別の有害な何かが回っていた、ということだ。そんな、と肩を落とす。折角のタンパク源がまさか食べられないとは。
「ということは、素材も剥ぎ取らないほうがいいということ?」
「そういうことになりますね。燃やすしかありません」
 『核』を取ろうにも綺麗に砕けているため取る必要はない、ということになり先生の魔法でボアは着火された。大きな攻撃魔法を使えないので小さい炎であちこちに少しずつ燃やしていたのだけれど。
「先生……燃やすときってこんなに生臭いのね……」
「火力がないので……」
 お互い鼻を手で塞ぎつつ、とろ火で燃やされるボアをそのまま眺め完璧に燃やし尽くすには時間が掛かった。とは言え燃えている最中に放置するわけにもいかないのだ。一応決まりとして魔物は討伐したあとしっかりと消滅させること。狩人は素材を剥ぎ取ったりしているけれど使わない部分はしっかりと燃やしているのだ。
 そうして処理も済ませ辺りを見渡してみたけれど魔物は見当たらない。きちんと仕事をしている騎士に文句を言うわけにはいかないけれどほんの少しだけ肩を落とした。
「腕は鈍っているしお肉はゲットできないし……ついてないわ」
「そういう日もありますよ。その分野菜をたっぷり食べましょう?」
「そうね」
 病み上がりのため狩りも早めに切り上げるとして、家に帰るためにもう一度森の中に足を踏み入れる。ちゃっかり侵入してないかしらと辺りを見渡してみたけれどいるのは『核』のない動物たちだけ。この子たちも平穏に過ごせるのだから魔物がいないのが一番いいのだろうけれど、けれどお肉……お肉は市場に出回っていないからこの世界ではかなり貴重だ。魔法省のほうで飼育されているお肉もあるけれど食べられるのはそれこそ上流階級の人間だけ。
 はぁ、と息を吐き出し右手に視線を向ける。変色しているし痛みも少しだけある。呪か、とさっき砕いた『核』を思い出す。
「……先生、禁術と呪の違いって何かしら」
 一緒のように思えて実は違う気がする禁術と呪。キャロルの腕を犯したのは禁術で私のは呪だ。ある仮説を思い浮かべつつ、専門職である先生に問いかける。
「……禁術の魔法は、人を媒介としているものが多いんです。例えば魔力のある人間の血や、身体の一部。贄と呼ばれるそれらで魔力を倍増せているんです」
「理に反しているわね……」
「ええ、だから禁術と呼ばれています。まともな魔術師なら人を材料にして魔法を使おうだなんて思いませんから」
 確かに、人を材料だなんてなんと恐ろしいこと。何よりそんなことが起こっているこの世界の元が恋愛シミュレーションゲームだなんて世にも奇妙すぎてゾッとする。ヒロインサイド以外に恋愛要素なんて皆無よ。
「呪は、禁術と同じ部類に認識されていますがどちらかと言うと『核』のほうに近いと思います。『呪い』ですので人の負の感情を力の源としています。負の感情が動物に流れ『核』になるのではなく、人に流れ害を成す。それが呪です」
「普通に解術できないのって」
「『核』と違って形を成していないのでまず術式が見づらいことと、人に定着するのでその人と切り離すのが難しいんです」
 それは浄化の力にも同じことが言えると先生は続けた。やはり定着している、という部分が何よりも難しくしているらしい。今回私に施してくれた術は先生の解術で呪と人との繋がりを絶ちアリスの力で浄化するというものだったらしいけれど、やはり繋がりを完璧に断ち切ることができなくてあのように術が弾かれてしまったとのこと。
「……やっぱり、人の負の感情って厄介ね。決してなくならないものだもの」
「助け合い、支え合うことができるのもまた人の感情なんですが……難しいものです」
 社交場のような場所は特に負の感情が生まれやすいだろう。だからと言って負の感情を生み出さないためにひとりで生きていく、というのも不可能に近い。この弓だって先生がケビンさんのところに持って行ってくれたからこんなにも立派な物ができた。この時点で最低ふたりは関わっているのだ、世界はこうして誰かの手があって成り立っている。
 森を歩いていたけれど結局ブランに会うことがなく入り口付近まで戻ってきた。この辺りには実がなっている木もあるため数個実を取って布に包み、食後のデザートにでもしようという話しになった。
 フルーツというものがあるのだからどこからかヨーグルトを仕入れてフルーツヨーグルトでも作れないかしら、と先生に提案していると……何やら家の前に佇んでいる人影。庶民の格好をしているなのだろう人物が私たちに気付き、ドアに寄りかかっている背中を離した。
「やっと戻ってきたか。デートは楽しかったか?」
「……デートではなく、狩りです」
「狩り? ……本当に予想していないことばかりしているな」
 それはこっちのセリフだ。周囲にサッと視線を走らせたけれど護衛が見当たらない。
「……取りあえず家に入っていただいてもよろしいでしょうか、王子」
 ダークブルーの髪を風に靡かせながらコバルトブルーの目を細めた青年は小さく頷きそして笑った。
 というかこの庶民階層の中でも端のほうにあるこの家に聖女やら王子やら訪ねてくるのは正直に言ってやめてもらいたい。折角穏やかに過ごしていたというのに、王子と畑だなんてミスマッチすぎて笑えない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...