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もうひとつの結末へと
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家の中を見渡す王子の考えていることなどわかる。誰がいつ来ても「素朴」かもしくは「質素」と口にする。それはそうだろう、庶民の暮らしなのだから。しかも今は大根を干していたりしているし尚更農家感がにじみ出ている。
「王子、まさかとは思いますが……白昼堂々と歩いてきたわけではございませんよね?」
「歩いてきたが? そのためのこの格好だ。中々新鮮だったぞ」
誰も話しかけて来なかったと笑ってはいるけれど、十中八九それが王子だとみんな気付いているから見て見ぬフリをしてくれただけだ。如何に庶民の格好をしたところで使われている生地が一級品だとわかるし、そもそも洗礼されている佇まいなのだから只者ではないということだけは絶対にわかる。ゴロツキに会わなかったのはたまたま運が良かっただけ。それとも運がいいのも王子のステータスなのだろうか。本当にそっとしてくれていた庶民のみんなに感謝してほしいと眉間に皺を寄せる。
「遊びに来たわけではございませんよね」
「ああ……座っていいか?」
「どうぞ」
王子が座るような立派な椅子はないけれど。シャルルの椅子をどかしていると視線を感じ、一体なんだと顔を上げれば若干目を見張っている目がそこにある。尚更なんだと移動し終えるとクスリと笑みを零したのは先生だ。
「実は前にディラン様がそちらの椅子に座ろうとしてエリーさんに怒られたんです」
「そうなのか。騎士団団長に怒る庶民などそういないだろうな」
「……からかわないでくださいます?」
ふたりで楽しそうに笑って、人を笑いのネタにしないでほしい。確かに王子が言う通り騎士団団長に怒る庶民なんて、そんなことしたら下手したら不敬罪に問われる可能性もあるけれど。でもあの図体でシャルルの椅子になぜ座ろうと思ったのか、誰がどう見たっておかしいと思うはず。
まだ楽しそうに笑っている王子を無視してお茶を出しつつ、テーブルを挟んで正面に座る。遊びに来たわけではない、ということなのだからそれなりの理由があってのことだ。
「それで? どうなさったんです」
「うん、回りくどく言う必要がないから率直に言おう」
一度お茶で喉を潤した王子だけれど「アリスが言っていたとおりだ」だなんて、惚気の一言なんてこっちはご所望ではないのだけれどと視線で先を急かす。
「オスクリタの潜伏場所がわかった」
息を呑み一瞬だけ先生と視線を合わせる。そんな私たちに王子はそのまま続けた。
「前にも言ったがオスクリタの件は俺に一任されている。居場所がわかった以上再び騒動が起きる前に潰すつもりだ。だが……」
どうやらオスクリタの潜伏先が貴族階層の地下にある隠し通路なのだと言う。「隠し通路?」と先生が首を傾げたため、貴族階層の地下はいざというときの避難経路として道が作られていることを軽く説明する。けれどそこを使えるのは王族もしくは貴族のみだ。
「だと言うことは……協力者が貴族にいる、と」
「ああ。そこは他の騎士団に任せて調査を進めている。捕まるのも時間の問題だろう。問題はその地下通路だ、調べてみると魔法探知が掛けられていて魔法を使うとすぐに奴らに知られてしまう」
「そもそも貴族階層の地下なので大きな魔法が使えないですよね」
もし地下で派手な戦闘をしてしまえば上に影響が出ないわけがない。地下通路が壊れてでもしたら地上の道が崩れ、いざ騒ぎが起こればバイタリティ溢れる庶民階層の人たちとは違い動揺して自身の身動きができなくなるのが貴族だ。
よって大勢の騎士たちを連れて行くこともできず、少数精鋭で乗り込むことにしたのだそうだ。
「そして奴らの本拠地のある最奥の部屋の手前だ、禁術によって入り口が塞がれている」
王子の視線が先生へと向かい、どうしてここにやってきたのかその理由がわかった。
「セイファー、君に協力してもらいたい。ウィルも君ならば入り口の禁術を解くことができるだろうと言っていた」
「私がですが? しかし……」
私のほうにちらりと視線を向ける先生に微笑み返す。先生の言いたいことはわかる、解術とサポートはできるけれどいざ戦いが始まるとなると自分は足手まといになるのではと考えているのだろう。攻撃魔法を決して使えないわけでないけれど、とろ火だし水撒きだしそよ風だし。けれどそれ以上に王子が必要だと思える解術を先生は持っているのだ。
小さく頷くとハの字だった先生の眉も元に戻り、視線も私から王子に向かう。
「……わかりました。解術ならば、私にもできることがあるでしょうから」
「よろしく頼む」
「オスクリタには、許せないこともありますから」
右手に向けられる視線に小さく苦笑する。確かにオスクリタが関わったせいでこうなってしまったわけだけれど。
けれどこうなってしまったら、私のできることなんてない。本当は先生のことも心配だし付いて行きたいところだけれど少数精鋭と言っていたし腕利きの騎士を連れていくはず。私の我が儘で邪魔をするわけにはいかないし大人しく帰りを待っているしかない。
万が一に接近戦になったときのために先生にダガーの使い方でも教えておいたほうがいいかしら、と内心苦笑しながら考えていたら視線を感じ顔を上げる。
「それとエリー、君にはセイファーの護衛を頼みたい」
「……え? あっ、私がですか?」
「ああ」
思いもよらない言葉につい素で驚いてしまい、王子も悪戯が成功したかのようにクスッと笑みを零した。
「ディランから聞いたがかなりの弓の腕前らしいな。決して外さないと言っていたぞ」
「ディラン様がそのようなことを?」
「それと、魔物を前にして臆さない気の強い部分もあると」
「まぁ、余計な一言まで」
おほほと手で口元を隠しつつ本当に余計な一言まで言っているのねと毒吐く。隣で先生が「これが社交場……」だなんて零していたけれど一体何に関心しているのかしら。
ディランのことは置いといて、付いて行きたいと思っていたから嬉しい言葉ではあるけれど。確かに狩りなどをしているから普段はあまり外さないけれど、さっきは射って目標から若干ずれていた。右腕もこの状態で果たして足手まといにならずに済むのかわからない。
先生は確かに必要だけれど先生を守れるのは別に私だけではない。それこそ腕のいい信頼できる騎士に、例えばドミニクなどに任せたほうがいい。先生のことを思うのであれば、断る、という選択が一番賢いやり方だ。
「エリーさん」
それでも隣でそんな穏やかな声が私の鼓膜を揺らす。なぜ先生はいつも迷っているときに、こうやってさらりと手を差し出してくれることができるのか。
「あのときと同じように、私の背中をお任せしてもいいですか?」
「……私の腕はこれよ?」
「それでも私よりも強いじゃないですか」
笑いどころなのだろうけれど。でも先生にそう言われてしまったら最善の言葉が引っ込んでしまった。
オスクリタの潜伏場所ならばきっと道中もあらゆる罠が施されているかもしれない。腕利きの騎士だっている、きっと魔法省でも優秀なウィルだっている。それでも心配は心配なのだ。先生、転けないかしら。体力持つかしら。解術しているときに邪魔をされて怪我をしないかしら。そんなことばかり考えてしまう。
「エリー、君も来るだろう?」
選択肢はもうひとつしかなかった。
「詳しいことは追って連絡する。ふたりとも頼んだぞ」
そう言い終えた王子は出されたお茶を完飲し、立ち上がるとローブを羽織り直しドアの前まで歩く。出て行こうとする前に「ああそうだ」とその背中に声を掛けた。
「王子、その変装は庶民の人たちにバレているので帰りは馬車を呼んだほうがよろしいかと」
「……何?! 完璧に庶民の格好だろう!」
「そんな立派な生地を纏っている庶民はいないんです」
やれやれと少し呆れつつアドバイスをあげる。こういうところは世間知らずというか流石は王族と言うべきか。そういえばこういうところがヒロインに好感的でうまくいくのよね、とどうでもいいことを思い出しつつ連絡を済ませた王子はようやくこの場から立ち去った。
先生の隣に立って、王子の言葉を思い返す。悪役令嬢を裏で操っていたと思われる組織と対峙する、ただのモブになるつもりだったのに予想だにしていない物語へと向かっていっているような気がする。
「……先生、私本当に足手まといにならないかしら。だって弓矢を扱えるけれどきちんとした指導を受けたこともなければ魔法だって扱えないのよ?」
キャロルは禁術の力を頼った部分はあったけれど魔法は使えていた。けれど私は今まで一度も火を出せたことも水を出せたことも風を吹かせたこともない。そっちの才能は皆無だった。
「エリーさん魔法使えていますよ?」
「……えっ?!」
勢いよく先生に振り向く。何をそんなに驚いているのだろうかと言いたげな顔が首を傾げている。首を傾げたいのはこっちのほうだ一体いつ、魔法を使ったというのか。使った覚えが一度もない。
「私いつ使ったのかしら?!」
「主に狩りのときですね。物理攻撃力強化と物理魔法防御力強化が発動していましたけれど」
身に覚えがありません? と続けられた言葉にハッとする。確かに右手が呪に掛かったとき、あれほど痛かったにも関わらず同じく呪を掛けられていた金属の指輪とついでに骨を木っ端微塵にした。あのときなぜこんなにも力強く砕くことできたのかしらと疑問に思ったけれど、そういうことだったのかとやっと解明した。
「……ゴリゴリの前衛ね!!」
「恐らく騎士たちは鍛錬のもと習得するのでしょうが、それを自然と習得できたエリーさんは立派な才能の持ち主ですよ」
褒められているのだろうけれど、なぜだろうか、素直に喜ぶことができない。だって騎士たちが汗水垂らして習得するものを普段狩りをしていたからと言って習得できるものなの? それは才能になってしまうの? 元は令嬢の才能がゴリゴリの前衛向きの魔法スキルなの? シャルルが使える魔法が令嬢にとって至極まともなものに見えてきてしまった。
「ま、まぁいいわ。この前衛魔法で先生を守ることができるのなら」
「本来ならば、危険な場所にエリーさんを連れて行くわけにはいかないのでしょう。それが最善の手だということはわかっているんです」
風で木々が揺れ畑に成っている野菜たちの葉も揺れる。ここに来て二年以上経って、荒れ果てた大地ではなくなったし植えられている野菜の種類も増えた。雨漏りばかりしていた家は増築され、次は客室に取り掛かろうとしているところだ。
屋敷を抜け出して、そしてふたりでここまで駆け出して試行錯誤を繰り返してできあがった私たちの住み家。今はもう、何よりも安心できる場所。
「エリーさん、覚えていますか。あなたが家を出るときに言った言葉」
左手に触れる先生の手は相変わらず温かい。
「私たち、運命共同体ですよ」
「……ふふ、そうよ。私が言い出した言葉ね」
「ええ」
繁栄するときも衰亡するときも運命を共にする。あのとき勢いがあったとは言え中々に凄い言葉を口にしたものだ。そして今その言葉がどこぞの貴族に手を触れられ告げられる甘い言葉よりもずっと胸に響いた。
「王子、まさかとは思いますが……白昼堂々と歩いてきたわけではございませんよね?」
「歩いてきたが? そのためのこの格好だ。中々新鮮だったぞ」
誰も話しかけて来なかったと笑ってはいるけれど、十中八九それが王子だとみんな気付いているから見て見ぬフリをしてくれただけだ。如何に庶民の格好をしたところで使われている生地が一級品だとわかるし、そもそも洗礼されている佇まいなのだから只者ではないということだけは絶対にわかる。ゴロツキに会わなかったのはたまたま運が良かっただけ。それとも運がいいのも王子のステータスなのだろうか。本当にそっとしてくれていた庶民のみんなに感謝してほしいと眉間に皺を寄せる。
「遊びに来たわけではございませんよね」
「ああ……座っていいか?」
「どうぞ」
王子が座るような立派な椅子はないけれど。シャルルの椅子をどかしていると視線を感じ、一体なんだと顔を上げれば若干目を見張っている目がそこにある。尚更なんだと移動し終えるとクスリと笑みを零したのは先生だ。
「実は前にディラン様がそちらの椅子に座ろうとしてエリーさんに怒られたんです」
「そうなのか。騎士団団長に怒る庶民などそういないだろうな」
「……からかわないでくださいます?」
ふたりで楽しそうに笑って、人を笑いのネタにしないでほしい。確かに王子が言う通り騎士団団長に怒る庶民なんて、そんなことしたら下手したら不敬罪に問われる可能性もあるけれど。でもあの図体でシャルルの椅子になぜ座ろうと思ったのか、誰がどう見たっておかしいと思うはず。
まだ楽しそうに笑っている王子を無視してお茶を出しつつ、テーブルを挟んで正面に座る。遊びに来たわけではない、ということなのだからそれなりの理由があってのことだ。
「それで? どうなさったんです」
「うん、回りくどく言う必要がないから率直に言おう」
一度お茶で喉を潤した王子だけれど「アリスが言っていたとおりだ」だなんて、惚気の一言なんてこっちはご所望ではないのだけれどと視線で先を急かす。
「オスクリタの潜伏場所がわかった」
息を呑み一瞬だけ先生と視線を合わせる。そんな私たちに王子はそのまま続けた。
「前にも言ったがオスクリタの件は俺に一任されている。居場所がわかった以上再び騒動が起きる前に潰すつもりだ。だが……」
どうやらオスクリタの潜伏先が貴族階層の地下にある隠し通路なのだと言う。「隠し通路?」と先生が首を傾げたため、貴族階層の地下はいざというときの避難経路として道が作られていることを軽く説明する。けれどそこを使えるのは王族もしくは貴族のみだ。
「だと言うことは……協力者が貴族にいる、と」
「ああ。そこは他の騎士団に任せて調査を進めている。捕まるのも時間の問題だろう。問題はその地下通路だ、調べてみると魔法探知が掛けられていて魔法を使うとすぐに奴らに知られてしまう」
「そもそも貴族階層の地下なので大きな魔法が使えないですよね」
もし地下で派手な戦闘をしてしまえば上に影響が出ないわけがない。地下通路が壊れてでもしたら地上の道が崩れ、いざ騒ぎが起こればバイタリティ溢れる庶民階層の人たちとは違い動揺して自身の身動きができなくなるのが貴族だ。
よって大勢の騎士たちを連れて行くこともできず、少数精鋭で乗り込むことにしたのだそうだ。
「そして奴らの本拠地のある最奥の部屋の手前だ、禁術によって入り口が塞がれている」
王子の視線が先生へと向かい、どうしてここにやってきたのかその理由がわかった。
「セイファー、君に協力してもらいたい。ウィルも君ならば入り口の禁術を解くことができるだろうと言っていた」
「私がですが? しかし……」
私のほうにちらりと視線を向ける先生に微笑み返す。先生の言いたいことはわかる、解術とサポートはできるけれどいざ戦いが始まるとなると自分は足手まといになるのではと考えているのだろう。攻撃魔法を決して使えないわけでないけれど、とろ火だし水撒きだしそよ風だし。けれどそれ以上に王子が必要だと思える解術を先生は持っているのだ。
小さく頷くとハの字だった先生の眉も元に戻り、視線も私から王子に向かう。
「……わかりました。解術ならば、私にもできることがあるでしょうから」
「よろしく頼む」
「オスクリタには、許せないこともありますから」
右手に向けられる視線に小さく苦笑する。確かにオスクリタが関わったせいでこうなってしまったわけだけれど。
けれどこうなってしまったら、私のできることなんてない。本当は先生のことも心配だし付いて行きたいところだけれど少数精鋭と言っていたし腕利きの騎士を連れていくはず。私の我が儘で邪魔をするわけにはいかないし大人しく帰りを待っているしかない。
万が一に接近戦になったときのために先生にダガーの使い方でも教えておいたほうがいいかしら、と内心苦笑しながら考えていたら視線を感じ顔を上げる。
「それとエリー、君にはセイファーの護衛を頼みたい」
「……え? あっ、私がですか?」
「ああ」
思いもよらない言葉につい素で驚いてしまい、王子も悪戯が成功したかのようにクスッと笑みを零した。
「ディランから聞いたがかなりの弓の腕前らしいな。決して外さないと言っていたぞ」
「ディラン様がそのようなことを?」
「それと、魔物を前にして臆さない気の強い部分もあると」
「まぁ、余計な一言まで」
おほほと手で口元を隠しつつ本当に余計な一言まで言っているのねと毒吐く。隣で先生が「これが社交場……」だなんて零していたけれど一体何に関心しているのかしら。
ディランのことは置いといて、付いて行きたいと思っていたから嬉しい言葉ではあるけれど。確かに狩りなどをしているから普段はあまり外さないけれど、さっきは射って目標から若干ずれていた。右腕もこの状態で果たして足手まといにならずに済むのかわからない。
先生は確かに必要だけれど先生を守れるのは別に私だけではない。それこそ腕のいい信頼できる騎士に、例えばドミニクなどに任せたほうがいい。先生のことを思うのであれば、断る、という選択が一番賢いやり方だ。
「エリーさん」
それでも隣でそんな穏やかな声が私の鼓膜を揺らす。なぜ先生はいつも迷っているときに、こうやってさらりと手を差し出してくれることができるのか。
「あのときと同じように、私の背中をお任せしてもいいですか?」
「……私の腕はこれよ?」
「それでも私よりも強いじゃないですか」
笑いどころなのだろうけれど。でも先生にそう言われてしまったら最善の言葉が引っ込んでしまった。
オスクリタの潜伏場所ならばきっと道中もあらゆる罠が施されているかもしれない。腕利きの騎士だっている、きっと魔法省でも優秀なウィルだっている。それでも心配は心配なのだ。先生、転けないかしら。体力持つかしら。解術しているときに邪魔をされて怪我をしないかしら。そんなことばかり考えてしまう。
「エリー、君も来るだろう?」
選択肢はもうひとつしかなかった。
「詳しいことは追って連絡する。ふたりとも頼んだぞ」
そう言い終えた王子は出されたお茶を完飲し、立ち上がるとローブを羽織り直しドアの前まで歩く。出て行こうとする前に「ああそうだ」とその背中に声を掛けた。
「王子、その変装は庶民の人たちにバレているので帰りは馬車を呼んだほうがよろしいかと」
「……何?! 完璧に庶民の格好だろう!」
「そんな立派な生地を纏っている庶民はいないんです」
やれやれと少し呆れつつアドバイスをあげる。こういうところは世間知らずというか流石は王族と言うべきか。そういえばこういうところがヒロインに好感的でうまくいくのよね、とどうでもいいことを思い出しつつ連絡を済ませた王子はようやくこの場から立ち去った。
先生の隣に立って、王子の言葉を思い返す。悪役令嬢を裏で操っていたと思われる組織と対峙する、ただのモブになるつもりだったのに予想だにしていない物語へと向かっていっているような気がする。
「……先生、私本当に足手まといにならないかしら。だって弓矢を扱えるけれどきちんとした指導を受けたこともなければ魔法だって扱えないのよ?」
キャロルは禁術の力を頼った部分はあったけれど魔法は使えていた。けれど私は今まで一度も火を出せたことも水を出せたことも風を吹かせたこともない。そっちの才能は皆無だった。
「エリーさん魔法使えていますよ?」
「……えっ?!」
勢いよく先生に振り向く。何をそんなに驚いているのだろうかと言いたげな顔が首を傾げている。首を傾げたいのはこっちのほうだ一体いつ、魔法を使ったというのか。使った覚えが一度もない。
「私いつ使ったのかしら?!」
「主に狩りのときですね。物理攻撃力強化と物理魔法防御力強化が発動していましたけれど」
身に覚えがありません? と続けられた言葉にハッとする。確かに右手が呪に掛かったとき、あれほど痛かったにも関わらず同じく呪を掛けられていた金属の指輪とついでに骨を木っ端微塵にした。あのときなぜこんなにも力強く砕くことできたのかしらと疑問に思ったけれど、そういうことだったのかとやっと解明した。
「……ゴリゴリの前衛ね!!」
「恐らく騎士たちは鍛錬のもと習得するのでしょうが、それを自然と習得できたエリーさんは立派な才能の持ち主ですよ」
褒められているのだろうけれど、なぜだろうか、素直に喜ぶことができない。だって騎士たちが汗水垂らして習得するものを普段狩りをしていたからと言って習得できるものなの? それは才能になってしまうの? 元は令嬢の才能がゴリゴリの前衛向きの魔法スキルなの? シャルルが使える魔法が令嬢にとって至極まともなものに見えてきてしまった。
「ま、まぁいいわ。この前衛魔法で先生を守ることができるのなら」
「本来ならば、危険な場所にエリーさんを連れて行くわけにはいかないのでしょう。それが最善の手だということはわかっているんです」
風で木々が揺れ畑に成っている野菜たちの葉も揺れる。ここに来て二年以上経って、荒れ果てた大地ではなくなったし植えられている野菜の種類も増えた。雨漏りばかりしていた家は増築され、次は客室に取り掛かろうとしているところだ。
屋敷を抜け出して、そしてふたりでここまで駆け出して試行錯誤を繰り返してできあがった私たちの住み家。今はもう、何よりも安心できる場所。
「エリーさん、覚えていますか。あなたが家を出るときに言った言葉」
左手に触れる先生の手は相変わらず温かい。
「私たち、運命共同体ですよ」
「……ふふ、そうよ。私が言い出した言葉ね」
「ええ」
繁栄するときも衰亡するときも運命を共にする。あのとき勢いがあったとは言え中々に凄い言葉を口にしたものだ。そして今その言葉がどこぞの貴族に手を触れられ告げられる甘い言葉よりもずっと胸に響いた。
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