勇者と魔王は人生を謳歌する

みけねこ

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15.侵略

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 ずっと嫌な予感がしていた。俺のこういう予感は大概当たってしまうから、だから嫌だった。
 この間勇者と一緒にドラゴンの背に乗ったそのときからだった。勇者は明らかに港のほうを気にしていた。城の周辺の地形と魔王城までの距離。なんとなく眺めている様子だったからきっと俺でなければ気付かなかっただろう。
 俺の嫌な予感が的中するには、時間はそうかからなかった。数日後魔王城にいる俺の目の前に現れた勇者の姿はいつもと変わらない、鎧を着ることなく心もとない布の服を着ていたけれど……明らかに表情が違った。その手は常に剣の柄に触れていた。
「心配かけさせたくなかったから、黙っていたけど。でも何も知らせないままじゃ駄目だと思って」
 開口一番がそれだった。俺はこの表情を知っている。数千年前よく目にしていたものだ――魔王城に現れる勇者は、大概こんな風にその目の奥に力強い光を携えていた。
「他所の国がソレーユ国に攻め込もうとしている。理由は『魔王が討伐されないのはその近くにあるソレーユ国が魔王の属国となったから』。ソレーユ国を攻め込んで拠点にして、そして次は魔王城に攻め込もうとしてるみたい」
「……思い込みだけで、よくぞそこまで」
「魔王が前に言っていたように、人間にもいるんだよ――愚かで、力で抑えつけようとする奴が」
「勇者は戦うのか」
 本来なら城に属している騎士かもしくは兵士が戦うことになるはずだ。自分の城を攻められるのだから。でもソレーユ国の城には勇者がいる。他の誰よりもレベルの高い、戦いにもっとも優れた者が。
 勇者がずっと剣の柄を触れていることがその答えなのに、それでも俺は問いかけずにはいられなかった。目の前にいる勇者は軽くその剣の柄を撫で、俺に口角を上げた表情を向ける。
「そのときのための『勇者』だから」
 折角争う必要のない、平和なときに生まれてきたのに。そうならないために数千年もの間、手を尽くしてきたというのに。
 それを見知らぬ人間に踏みにじられる俺の気持ちは、きっと誰にもわからない。
「私は大群を相手にするけど、もしかしたら数人漏らして魔王城に踏み入れさせるかもしれない。そのときはごめんね」
「……この城に入れば、どういう対応をするか俺が決めてもいいよね?」
「もちろん」
 勇者もソレーユ国の王も、俺に「協力してほしい」と言うことは簡単なはずだ。でもそうしないのはそれこそ他国が攻めてくるというのにそういうことをすれば尚更「属国」と決めつけられ、攻め入る口実を作ってしまうから。
 強いな、と思う。強いよ彼らは。攻め込まれる状況になったとしても彼らは絶対に立ち向かう。自分たちの大切な人を守るために。何度焼き払われても、何度も何度も立ち上がり復興してきた。そうして生きてきたからソレーユ国は今も存続している。
 だから何度でも勇者は俺の目の前に現れ続ける。
「勇者」
 身を翻して彼女は今から戦場へ向かう。ついこの間十六歳になったばかりの女の子が。
「気を付けてね」
 俺が言える言葉はそれしかなくて。そんな俺の言葉に彼女は振り返り笑みを浮かべる。いつもは驚くほど感情表現が苦手な顔が、こういうときばかりしっかりと動く。
「ありがとう。行ってくるね」
 いつだったか、人間が言っていた。彼らが「行ってきます」と口にするのは帰ってきて「ただいま」を口にするためだと。そうして見送るほうは無事に帰ってくることを信じて「いってらっしゃい」と口にするのだと。
「……うん、いってらっしゃい」
 まさか魔王である俺がこんな気持ちで勇者を見送ることになるなんて。小さなその背中が見えなくなるまで俺はその後姿をじっと見続けた。無事に怪我することなく戻ってくることを信じて。

「随分と人間が騒がしそうですね」
「……他国が攻め込んできているらしい」
「そうなんですか。愚かですね」
 王座に座り窓の外に視線を向けながら姿を現したバルレの会話に付き合う。本当に愚かだ、とひとりごちる。俺はそれがどれほど愚かなのか数千年前に身を持って知った。己の欲に従って壊すのは簡単だったが、壊れたものは直すのに時間がかかる。ものによってはもう二度と元には戻らない――彼女の命がそうであったように。
 時が短い人間は歴史に様々なことを学ぶという。それこそ癇癪を起こした精霊の対処だったり、なぜ争うが起こるのかなぜ血を血で洗いそれの行いこそが不条理なのかを子どもに言い聞かせるのだと。
 けれど記憶は風化する。途中で伝承が途絶えるかもしれない。人間は数百年もすれば過去のものとして忘れてしまう。ソレーユ国のように忘れずにいられるのが稀なのだ。
 そして今回ソレーユ国に攻め込んできた国が正にそうなのだろう。最もな大義名分を掲げておきながらその実魔王である俺が恐ろしいのだろう。果たして本当に自国に攻め込まないという保証があるのだろうか。そもそも魔王とはどういったものなのか、ただただ力を振るい恐ろしいだけのものではないのか。俺のことを知ろうとせずただただ勝手に「恐ろしいもの」だと思い込んでいるから攻撃的になっている。恐らく、ソレーユ国についてもしっかりと調べたわけでもないのだろう。
「バルレ」
「はっ」
「居住地にいる魔物たちを避難をさせておいてくれ」
「……! 来ましたか」
「漏れがあったみたいだね――もしくは、最初からこっちが目当てだったか」
 数人敷地内に入ったのを感知した。ここに来るまで放っておいてもいいがそうなると居住地にいる力の弱い魔物たちが一方的に倒されてしまうかもしれない。もうしばらく人間と戦っていない彼らは戦う術すらきっと忘れてしまっている。
 俺は魔王で、そしてこの城の主だ。この城にいる者たちを守る義務が俺にはある。バルレに目配せをすると彼は軽く頭を下げスッと姿を消した。
「……戦うなんて、久々だね」
 リヒトを失ってから一度も人間と戦ってはいない。喪失感がひどくてこんな思いをするならと『魔王』らしいことを一切やらなかった。時折俺を恐れてやってきた人間はいたけれど、戦うことなく魔法で拘束しそのまま街に戻してやったぐらいか。
 派手な音を立てて目の前の扉が開かれた。王座に座っている俺を見つけた途端一瞬恐れをなしたようだが、先頭に立っている男が真っ直ぐに進んでくる。
「貴様が『魔王』だな。人間を下僕とし好き勝手にやってきたようだが、それも今日までだ」
 そんな事実はどこにもない、酷く歪んだ思い込みだなと小さく息を吐く。そんなセリフを聞くのももう何千年ぶりか。いや、昔やってきた勇者のほうがまだここまでひどい言いようではなかったか。
「お前たちは下がっていろ。ここは王子であるこの俺だけで十分だ」
「しかし王子、それはあまりにも危険ですぞ!」
「そうです! 撹乱するために大体の部隊を街のほうに割いたのです、兵力の差が……!」
「フンッ、そのようなもの関係ないだろう?」
 ゾクッと一瞬背筋に悪寒が走る。俺にこんな感覚を味あわせることができるのはこの世界でたった一人のはず。
 自ら王子であると口を滑らせた男が得意げに胸を張って何かを取り出した。そうだ、この感覚はその王子から発せられているものではない。この感覚は――その手に持っているものからだ。
「この剣は魔王を唯一追い詰めた『勇者』のマナから創り上げたものだ。そして俺の剣術を併せ持てば……魔王を討ち滅ぼすことなど、簡単なこと」
「一ついいかい」
 一方的に好き勝手に喋っているところ悪いけど、俺にも気になっているところがある。ここで俺が初めて言葉を発したことによって王子の後ろに隠れていた者たちは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて更に後ろに下がったが、喋っているところを邪魔された王子は怪訝そうな顔を隠しもせずに「なんだ」と短く言葉を返してきた。
「そのマナはどうした」
 俺が間違えるはずがない。そのマナは『勇者』のもの――唯一俺を追い詰めた、リヒトのものと同じ。
 まさか彼女の墓を暴いたとでもいうのか。
「……はっ! 簡単な話だ、死霊使いがかつての英雄の魂を呼び起こし、この剣の素材の一部としたんだよ。ただまぁ、その魂がどうも弱かったようでそのコピーを使うしかなかったがな。だがコピーだとしても、十分なマナの量と質だ」
 色々と気になる点はあったが男が真っ直ぐにリヒトの気配をまとった剣を俺に向けてくる。リヒトのマナは歴代の勇者に比べてマナの質がとてもよかった。それだけ精霊に好かれ精霊の加護を受けていたわけだ。そしてリヒトは剣術も優れており、俺の肉を容易く抉っていた。
「貴様が殺してきた勇者たちの恨み、俺が今ここで晴らしてやろう」
 勇者でもないくせによく言う。
「その勇者は今街の人たちを守ろうとお前が送ってきた兵士と戦っているんだろう? 一体どの口が言っているんだ」
「魔王の手下になった勇者など、もう勇者ではない! この剣を持っている俺こそが真の『勇者』だ!」
 咆哮と共に繰り出してきた剣技は俺の頬を掠め小さな切り傷を作る。男の剣技はそこそこ、それは問題ない。ただ一つ問題があるとすればそれは。
 コピーとはいえリヒトのマナがあまりにも強烈すぎる、というところだ。相手がリヒトだと俺も油断できない。そのマナで今度こそ心臓を抉られるかもしれない。
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